173.この星の丁度反対側!
宿に入って行くハルとナツミに、私は、
「サウスの魔石はギルドに持って行かないの?」
って聞いた。
そうしたら、ナツミからは、
「他の幹部四人と魔王の魔石を手に入れてから、全部一括してギルドに持ち込むことにする。それより、ちょっと休んだ後、この街を見て回らない?」
とのこと。
たしかに、まだ日が高い。
ハルが瞬時にサウスの軍を倒しちゃったからね。
「だったら、魔王軍の討伐を急がない?」
「本当は、そうすべきなんだろうけど、少しは魔力に余裕を持ちたいんだよね。余り頑張り過ぎて魔力が大幅に低下したところで、敵が、ここに一気に攻めて来るとかなったらマズイじゃない?」
「まあ……たしかに、そうだね」
今回、戦ったのは実質ハルだけだから、私は魔力が、思いっ切り有り余っているんだけどね。
なので、私自身は余裕で戦える。
でも、クリテイシャス世界の前例を考えると、私だけじゃなくて、三人共、魔力に余裕を持っていた方がイイ気はする。
倒された部下の魔素を魔王軍幹部の連中とか魔王が吸収して、現在のレベルよりも数段強くなることは有り得るからね。
「なので、ちょっと休んで、お昼を食べたら街に出よう」
「了解」
一先ず、午後になったら街を見て回ることにした。
せっかくこの世界に来たわけだから、少しは見学しても罰は当たらないよね?
…
…
…
昼食は……毎度の如く、ナツミもハルも、もの凄い食欲だった。
あの質量が、マジで何処に消えるんだろうって思うレベルだよ。
今更だけど。
そして、昼食後、私達は街に繰り出した。
この世界で私が見学できる街って、時間的制約を考えたら、多分、ここだけなんだろうけどね。
魔王軍討伐をゆっくりやれば、他の街を見て回る時間も取れるだろうけど、それが理由で、魔王討伐を何日も先送りには出来ない。
しかも、記念に何かを買うことも許されない。
原則として、別世界への物品の持ち出しは禁止だからね。
この世界から別の世界に移る際、購入品は、この世界に置いて行くことになる。
なので、見学と言っても、出来ることは精々ウィンドウショッピングくらいだ。
ナツミもハルも、
「あの人形、カワイイ。買わないけど」
「あのペンダント、綺麗だね。買わないけど」
ってな調子だった。
買うだけ無駄って分かっているってことだ。
ただ、食べ物に関しては別だ。
美味しい食べ物があれば、是非食べてみたい。
ナツミもハルも、
「あの串焼き美味しそう。記念に食べよう!」
「あのお好み焼きみたいなヤツ。食べたい! ねえ、買おう!」
「焼きそばみたいなヤツ!」
「クレープみたいなの!」
「から揚げっぽいやつ!」
「この世界の芋にバターっぽいのを乗せたヤツ!」
と、昼にあれだけ大量に食べたのに、別腹だけは、しっかりと、かなりの余剰スペースが確保されている様子だった。
ちなみに、ここノナンは魔王城から最も離れた街で、魔王軍支配が及ばないところだそうだ。
なので、ノナンや周辺の町に平和を求めて移住してくる人間もチラホラいる。
でも、心の奥底では、この地方に移住したいって思っていても、現実には移住できずにいる人達の方が圧倒的に多いらしい。
ペンタンの街のように、精神コントロールされて、移住したい気持ちを抑え込まれている人間が大部分だからだ。
多分、ノナン周辺は、この世界で最も人間が人間らしく生きられるところだろう。
他にも比較的魔王軍支配が少ない町や村が点在しているけど、ノナン周辺が最も平和なんじゃないかって思う。
ただ、この世界の殆どが魔王軍によって支配されている以上、他の地方との交易が事実上できないに等しい状態にある。
言い換えれば、周囲から断絶した集落とか島と大差ない。
人口の規模は、集落と言うよりも都市に近い気がするけど。
なので、この地方で採れるモノ、この地方で生産できるモノ以外は、原則として売っていないってことだ。
まさに、この街は人々にとって運命共同体なんだろう。
…
…
…
翌朝、私達は、二度に渡るナツミの転移魔法で、四人目の魔王軍幹部、イーストが治めるブタンへと移動した。
ブタンは、私達の拠点となるノナンから五千キロほど離れたところにある魔族の拠点。
ナツミの転移魔法は、一回の移動上限距離が三千キロなので、二度に分けて移動する必要があった。
そして、ここでも前回と同様にハルが、
「連弾!」
光の弾丸を撃ちまくって下級魔族共を一掃。
その後、この拠点のボス、イーストも光の剣で楽々と葬り去った。
結局、ナツミはタクシー係、私は結界を張って自身とナツミを守るだけ。
あとは、お弁当係か。
なので、事実上、ハル一人の力でブタンを落とした。
その翌日は、拠点プロパンで魔王軍幹部レッドが率いる軍隊を完全討伐、そのさらに翌日には、拠点エタンで魔王軍幹部グリーンが率いる軍隊を完全討伐した。
勿論、ハル一人の力でね。
そのさらに次の日には、拠点メタンに赴き、魔王軍幹部ナンバーワンと言われるホワイトと、彼が率いる軍隊をハル一人で殲滅。
確実に、毎日一カ所ずつ、魔王軍の拠点を解放していった。
もはや、完全に作業ゲー状態。
こんなに事が簡単に進んじゃってイイのかよって思うくらいだ。
それだけハルが凄いってことなんだけどね。
これで魔王軍幹部七人を全て倒したわけだから、魔王城の結界は、完全に消えたはずだ。
今頃、魔王城内では大騒ぎになっていることだろう。
…
…
…
そして、そのさらに次の日、ついに私達は、ノナンから約二万キロ離れたところに位置する魔王城の丁度真ん前までナツミの転移魔法で移動した。
七連続での転移になったけどね。
「さすがに、七回連続で上限距離の移動だと、ちょっと疲れたかな」
「お疲れ、ナツミ」
「今日は、多分、ラヤも活躍してもらうことになると思うから、お願いね」
「なんか、ハル一人で何とかしちゃうそうな気もするんだけど……」
ノナンが日本とすれば、魔王城の位置はブラジル辺り。
この星の丁度裏側に位置する。
魔王城には、一応、結界が張られていたけど、大した強度のモノではない。
多分、幹部七人の力で張られた結界が消え、大急ぎで張り直されたモノなんだろうけど、術者の力が弱いってことだ。
このまま、私達は魔王城の中に突き進もうとしたけど、私達の前を遮るかのように、たくさんの魔族達が突如として転移して現れた。
魔王城を守る者達、魔王直下の軍勢だろう。
「七人の幹部達を倒したのはお前達か?」
こう聞いて来たのは、転移して来た魔族の中でも、最も魔力が強いヤツ。
でも、これまでハルが倒して来た魔王軍幹部達よりは魔力が少し弱い感じがした。
「連弾!」
ハルは、その魔族に答えることなく、光の弾丸を激しく、そして容赦なく連射した。
たしかに答える義理は無いけど……。
魔族達は、次々と頭と心臓を撃ち抜かれ、真っ黒な物体に姿を変えていった。
ただ、余りにも突然だったんで、私は、私とナツミの周りに結界を張るのをすっかり忘れていたよ。
下っ端魔族達は、ハルの攻撃を受けて全滅。
私達は魔王城に向けて歩み始めた。
そして、魔王城を取り囲む結界まで、あと五十メートルくらいのところまで来た時だ。
「ええい!」
ハルが、両手から光の銛を撃ち放った。
この銛が結界に直撃。
結界は、まるでガラスが割れたような音を立てて弾け飛んだ。
そのまま、私達は堂々と魔王城へと足を踏み入れた。
ハルを先頭に、私、ナツミの順。
一応、背後から魔族が襲って来たことを想定して、ナツミは聖剣を構えていた。
それから、私は、
「結界」
私達三人を小さな結界で覆った。
これは、私とハル、ナツミの攻撃は通すけど、他は、私よりも強力な魔力を持つ者からの攻撃でない限り、魔法攻撃も物理攻撃も一切通さないと言う優れモノだ。
前方から、次々と魔族達が襲いかかってくる。
しかも、その数は半端じゃない。
でも、
「連弾!」
ここでもハルは、光の弾丸を連射して、魔族の頭と心臓を次々と撃ち抜いて行った。
ただ、これがハルにとっては全力じゃないわけだからスゴイよね。
魔王との戦いもあるし、魔力が枯渇しないよう、かなり力をセーブしているようだ。
魔族側からも、
「ファイヤーランス!」
「サンダースピア!」
次々と魔法攻撃が放たれて来たけど、私の結界が全てガードした。
魔族達からすれば、どんな攻撃も跳ね返す超強固な装甲車から、怒涛の如く劣化ウラン弾が連射されているような状態だ。
しかも、その弾丸は、ハルの魔力が尽きない限り永遠に放つことが可能だ。
マジでハルが味方で良かったよ。
そして、とうとう魔王のいる大広間に到着。
その広さは、大きな体育館レベルだ。
「こんな超スピードで、ここまで来るとは驚きだ。以前、我に戦いを挑んで来た勇者コワード達よりも数段優れておる」
こう聞いて来たのは魔王。
たしかに、女神グエホイ様に映像で見せてもらった通り、体高五メートルにも及ぶ二脚歩行の巨大なカエルみたいなヤツだった。
「アナタがコワード、イディオット、パンカー、マイランの力を吸収した魔王だよね?」
「そうだ。我こそが魔王アルケイン。貴様は何と言う?」
「私はラヤ」
「お前じゃない。我が部下共を一蹴したその娘だ」
やっぱり、魔王の興味は、結界張り以外何もしていない私じゃなくて、ハルの方に行っていたか。
多分、そうなるだろうとは思っていたけどさ。
「私はバージェス世界から来たハル」
「ハルか。貴様、人間ではないな? 龍か?」
「今では人間のつもりだけどね」
「しかし、いくら龍でも、勇者、大賢者、聖騎士、聖女の力全てを奪ったこの我に敵うかな? 超爆裂!」
魔王アルケインが、右手を私達の方に差し向けると、とんでもないエネルギーの塊を放って来た。
これが超爆裂ってことか。
たしかに、当たったモノは、その強大なエネルギーによって爆発四散するだろう。
「超結界!」
私は、自分達に張った結界を超高密度結界に切り替えた。
これで魔王アルケインの魔法に対抗する!
超爆裂魔法が超高密度結界に到達した。
そして、
「ドカン!」
と大きな音を立てて大爆発を起こした。
取り敢えず、私達は超高密度結界に守られて無事だったけど、超高密度結界には、まさかのヒビが入っていた。
相当な破壊力だ。
「連弾!」
今度は、ハルが魔王アルケインに向けて光の弾丸を連射した。
ただ、この時、ハルは魔力開放を五割くらいに留めていた。
案の定、魔王は、身体の周りに結界と言う名のバリヤーを張り巡らせて、ハルの攻撃を防いだ。
やっぱり、パワー全開にしないとムリじゃんじゃない?
続いてハルは、
「ええい!」
光の銛を超腕から魔王に向けて撃ち放った。
でも、これらもフルパワーじゃなくて、五割程度の力にセーブしていた。
言うまでも無いけど、これらの魔王の結界に余裕で阻まれたよ。
「ねえ、ハル。どうして、全力で撃たないの?」
こう聞いたのは私。
「全力で撃てば、多分、魔王を倒せると思う。でも、十回倒すのはムリ。この魔王は命を十個持っているからね。途中で、私が魔力切れを起こすよ。それで、十回撃ち放つことを前提に魔力セーブしたんだけど、これじゃダメだね」
そうだった。
この魔王は、命が十個ある。
十回倒さないとイケない反則級のヤツだったんだ。
「なので、ラヤ」
「えっ?」
「バトンタッチ。後はヨロシク!」
と言うことで、ここからは私が、この魔王の相手をする。
もっとも、そのために、この世界に送り込まれたわけだけど……。
ただ、あれからちょっと考えたんだけどさ。
いきなりセイクリッド・デキャピテーションを放って、万が一だけど、命が九個ある魔王が二人誕生したら面倒だよね?
極力、他の方法で倒さないとイケないかな?




