16.リセット!
私が送り込まれたブロッキニア王国は、基本的に平和だと思う。
そりゃあ、各個人にとっての大事件は起こるよ。
例えば、誰だって親が亡くなったら大事件だし、失恋すれば大事件だし、受験に失敗すれば大事件だもん。
でも、政治的に不安定とか、貧困層で溢れ返っているとか言うわけじゃない。
割と安定して暮らして行ける国だと思う。
なので、私は、結構安心して仕事ができるんだけど、このトモティ世界が全て平和ってわけじゃない。
実は、ブロッキニア王国のすぐ西に位置するカトプシス王国に、そのさらに隣のユーフォルビア帝国が攻撃を仕掛けたらしいんだ。
つまり、戦争が始まったってこと。
ユーフォルビア帝国は、一か月前に先帝が崩御されて新しい皇帝が即位したんだけど、突然、軍事国家に変わったらしい。
詳細は良く分からないけど、噂では、新皇帝が軍隊を動かしたってことになっている。
軍事国家って言うと、私はブルバレン世界のノーソラム共和国みたいな独裁者支配の国をイメージしちゃうから、その新皇帝が独裁者なのかなって勝手に想像してしまう。
かつて私が、ノーソラム共和国軍の総司令官として戦った時は、町や村を戦場にするのを避けていた。
一応、人がほとんど住んでいない場所を選んで戦争していたんだよ。
じゃないと、兵士以外の人達……特に女子供の命が多数、危険に晒されるからね。
戦争で死ぬのは、極力、戦いに飢えた野郎共だけにしたかったんだよ。
ところが、ユーフォルビア帝国は、まともに町を攻撃してきたって話だ。
当然、兵士以外の人間達から多数の死傷者が出た。
カトプシス王国だって、やられれば、やり返すことになる。
攻撃された町を守り、そして、反撃するよ。
結果として、そこから戦域は次第に広がって行った。
今では、両国共に国境付近のいくつかの町が、既に戦渦に巻き込まれたとのことだった。
そのニュースを私が聞いたのは、レイラの治療に当たった翌週のことだった。
ヘクチオイデス大聖殿での診療にあたっていた時に患者さんの一人から聞いたんだ。
この時、私のスコアは3,776になっていた。
『富士山の高さに匹敵するね!』
なんて内心喜んでいたんだけどさ。戦争のことを知って、そんなことを言っている場合じゃないって思ったよ。
それで、私は、その日の診療を終えると、エミリアにお願いしてお城に連れて行ってもらった。
イリヤ王子に会うためだ。
イリヤ王子は、
「僕に会いに来てくれたのかい?」
なんて、言いながら最初は私の顔を見て喜んでいたんだけどね。
ところが、私が、
「実は、カトプシス王国とユーフォルビア帝国の件でお話が……」
と言った途端に王子の表情が曇ったよ。
元々聡明な人だからね。
私が戦争のことを知ったら、絶対に『戦場に行く』って言い出すと予想していたんだろうな。
「先に釘を刺しておくけど、我が王国が戦渦に巻き込まれることだけは避けたい。それを第一前提として動くことになる。参戦しないし、誰も戦場には送り込まない」
「それが、ブロッキニア王国の立ち位置と言うわけですね」
「そうだよ。なので、当然、ラヤにも中立の立場を守ってもらいたい」
「そう言っていただけて安心しました。ですので、私は中立の立場で戦場に行こうと思っております」
「やっぱりか」
イリヤ王子がため息をついた。
勿論、ホッとしたため息じゃ無くて、
『まったくもう……』
みたいな感じだ。
「気付いていらしたんですね」
「そりゃあ、君のことだからね。想像はつくよ」
「そうですか。民間人からも多数の死傷者が出ていると聞いております。ですので、中立の立場で人々を救いたいんです」
死ぬのは戦争したいヤツとか、戦争での武勇伝を語りたい連中だけで十分だと思う。
民間人まで巻き込まないで欲しいってのが、私の本音だ。
「一つ確認させてくれ。それは、カウント数を稼ぐためか?」
「違います。この際、カウント数は関係ありません」
私は、首を大きく横に振った。
この際、カウント数なんてどうだってイイ。
「そうか。やっぱり君は、そういう女性だ。でもね、だったら、なおさらダメだ。戦場に行って、万が一、君が死んだら困る」
「でも、私は女神様の手によって人々の治療に当たるために、この世界に送り込まれた人間です。この戦争を無視するわけには行きません」
「どうしても行くと言うんだね?」
イリヤ王子の雰囲気が、珍しく怖い。
それだけ、私に行って欲しくないんだろう。危険な場所だし、命の保証が無いところだからね。
でも、私だって決心は固い。
「そうです」
「実は、君の身柄をどうするか、父も悩んでいてね。君の存在は、他国でも噂になっている。当然、カトプシス王国もユーフォルビア帝国も、君を欲しがるだろう。兵士達の治療のためにね。なので、当然、両国から君を拉致しに来る可能性がある」
「……」
「勿論、他の国だって君のことを狙っているだろう。エミリアを護衛に付けているけど、近日中にエミリアだけで対処できる状態じゃなくなる可能性が高い。その君が、戦場に行きたいと言う。悪いけど、これで君を捕らえる表向きの口実ができた」
「えっ?」
ちょっと私の考えが甘かったかも知れない。
私は、イリヤ王子に反対されるのは分かっていた。
でも、私がどうしても行くと言えば、イリヤ王子も半ば怒った感じで、
『勝手にしろ!』
とか言って、それで私は現地に行ける……なんて思っていたんだ。
それが、まさか捕らえられるだなんて……。
「エミリア。ラヤを地下牢に連行しろ!」
「しかし、イリヤ王子」
「聞こえなかったのか。命令だ、エミリア。ラヤを地下牢に」
「わ……分かりました」
エミリアは、命令されて仕方なくって感じだった。
一旦、私に拘束具を付ける。
「ヘクチオイデス大聖殿とブロメリオイデス教会には、君の身柄を拘束した旨、僕の方から連絡を入れておく。ただ、ラヤ。誤解しないでくれ。僕は、君に万が一のことが起きては困るんだ。この城内なら結界魔法が張ってあって、エミリアやエレーナのように登録された転移魔法使い以外は転移魔法で直接入ることが出来ない。なので、城内で君を保護するんだよ」
こう言いながら、イリヤ王子は珍しく私から視線を外していた。
人の目をまっすぐ見ないで話すのは、彼としては珍しい。
それだけ、彼にとっても私を拘束することは不本意なことなんだろう。
「でも、牢の中なんですね」
「君に勝手に出歩かれないためにね。君が、絶対に城内から出ないって約束してくれれば牢に入れないけどさ」
「それはムリでしょうね」
「だろうね。でも、やっぱり君は僕が好きになった人だって思ったよ。自分の危険を顧みず、戦地に行って人々を助けようって言うんだからね。自分の命可愛さに、女神様から命じられたことを放棄しますって人間じゃなくて、本当は僕自身も君のことを名誉に思っているよ」
そうは言ってくれたけど、私にとっては、まさかの展開だった。
私は、王子に報告して、多分止められるとは思っていたし、そうなればエミリアも貸してもらえないだろうとは思っていた。
それなら転移魔法無しで、自力で戦地まで行けばイイくらいの認識だったんだけど、考えが甘かったよ。
まさか、王子に投獄されるなんてね。
「鍵は僕が預かっておくよ。誰もラヤを解放できないようにね。ちなみに、この牢には特殊な結界が張られていて、転移魔法での出入りは出来ないようになっているんだ。エミリアやエレーナのように登録された転移魔法の使い手でもね」
つまり、もはや出ることは不可能ってことだね。
三食昼寝付きのイイ御身分だけど。
こんなことになるなんて……。
叫んだところで牢から出してもらえるわけでもない。
私は、
「リニフローラ様……」
ただ女神様に祈るだけだった。
『この牢から抜け出させてください。それと、人々を救うための、さらなる力をお与えください』
ってね。
深夜零時くらいのことだった。
私は、光を感じて目を覚ました。
すると、そこには女神様の姿があった。
ただ、リニフローラ様ではない。初めてお会いするお方だった。
「アナタは?」
「私はアクアティカ。リニフローラの友人です」
「この世界の女神様ですね。お願いがあります」
「言わなくても分かっています。ここを抜け出す魔法ですね」
「そうです。ただ、それだけではありません。戦争ともなれば、不運にも手足を失う者達も出てくるでしょう。自ら望んで戦いに出て、障害を負って、それを後々武勇伝にするような者達もいますけど、多分、大半は自ら望んで戦いに出ているとは思えません。イヤイヤ戦っているのではないでしょうか? そう言う者達が身体に障害を負って、その後、辛い人生を送るのは避けさせてあげたいのです。でも、今の私には、身体の一部を欠いた場合、それを完全に再生できる程の力はありません。腫瘍の摘出等でしたら、その器官を元の形に戻せますけど、手足を失った者に、新たに手足を授ける力はありません。私の能力は限定的です」
いやいや戦争に行かされる人達に何かあった時、彼等を救える力が自分には無いことを、私だって十分理解している。
でも、可能であれば、彼等をどうにか救ってあげたい。
この時、私は心底そう思っていた。
「つまり、ラヤが望むのは再生魔法のパワーアップですね」
「そうです。それから、この世界での禁を犯すことになりますけど、患者を診る拠点を作らなければなりません。巨大なテントを張るとか。それから、食料も必要になります。ですので、期間限定で構いません。特例で物質創製魔法も与えていただきたいのです」
「分かりました。でも、タダで与えるわけには行きません。それ相当の覚悟を示していただく必要があります」
「分かっています。ですので、この戦争での医療行為は私の姿を元に戻すのに必要なカウントには入れません」
これくらいの覚悟は、私自身、当然のことだって思っていた。
でも……。
「そうですね。でも、それだけでは足りません。二つ目として、今までのカウント数をリセットすること、そして、三つ目として母数を十万に増やすことを条件とします」
「えっ?」
「それだけの覚悟がアナタにはありますか?」
私は、一瞬だけど返答できずに言葉に詰まった。
この条件を飲むと言うことは、自分の中ではイリヤ王子との結婚が先延ばしになることを意味している。
今の姿に完全固定できるまでは結婚しないって決めたからね。
でも……王子、ゴメン!
やっぱり今は、私や王子のことよりも人々の方が大事だよ!
「分かりました。ただ、戦地で医療活動を続ける間だけは、患者達が驚くので、今の姿でいられるようにしていただきたいのですが」
「承知しました。では、三つの条件を飲むと言うことで、アナタには、アナタが聞いたことのある魔法のうち、蘇生魔法以外は全て与えます」
「蘇生魔法はダメなんですか?」
「この世界で今まで死んだ人間全員を蘇らされたら世界が人間で飽和しますからね」
「たしかに……」
「では、今すぐに転移魔法を使って戦地に飛びなさい。この城の結界など関係なく、アナタは、この場から直接、戦地に赴くことが出来るでしょう。アナタの活躍に期待します」
そう言うと、女神アクアティカは、その場から姿を消した。
私は、確認のため自分のステータス画面を開いた。
たしかにカウント数が0/100,000になっていた。容赦ない。
せっかく富士山……3,776を超えたのに、それを放棄か。
でも、仕方が無い。こうなることを自ら選んだんだもん。
「ゴメンね、王子。では、ラヤ、行きます!」
そして、私は転移魔法で城の結界を突き破り、戦地に飛んだ。
戦地到着。
この地は、ブロッキニア王国よりも西側にある。当然、時差はある。時刻は、大体午後七時くらいってところ。
時差は五時間か。
私は、
「異次元魔法!」
まず異次元空間に体育館十個分くらいの巨大な部屋を作った。必要に応じて、さらに部屋は拡張するつもりだ。
出入口は無い。私の転移魔法でのみ出入りできる。
それから、その部屋からは戦場の光景を窓から覗くことが出来る。でも、逆に三次元空間から、この部屋の中を見ることは出来ないようにした。
そして、
「出ろ!」
さらに私は、物質創製魔法で大量のベッドと食料、飲み物を出した。ここで患者を受け入れるためだ。
続いて、戦場に転移!
この季節、この時間帯だと既に暗くなっていたけど、私は魔法で暗がりでもモノをキチンと見ることが出来るようにしていた。
魔法って便利!
戦場には、沢山の人達が力尽きて倒れていた。兵士も民間人もね。
予想通り片腕を失った人や片足を失った人も結構いた。出血がヒドいし、もうほとんど死にかけている人達ばかりだ。
いや、既に死んでいる人も多数いる。と言うか、死んでいる人の方が多いか……。ヒドい状態だ。
生きている人達も、多分、もう一時間も持たないだろう。
怪我の有無を問わず、動ける兵士達は、双方共に各陣営に一時撤退している模様。なので、一先ず戦火は止んでいた。
でも、どちらかが動き出せば、もう片方もすぐに動けるよう、双方共に陣営の周りには見張りの兵を輪番で配置しているっぽい。
陣営内の人達は、一先ず後回し。
それよりも、地面に転がっている兵士や民間人を、取り急ぎ転移魔法で、次々と異次元の部屋へと送り込んだ。
一人一人触れる必要はない。
私は、
「半径十キロの、地に横たわる生きた怪我人。転移!」
と唱えて一気に部屋へと送り込んだんだ。ムチャクチャ強大な転移魔法だよ、これ。
でも、ゴメンね。死者だけは、その場に置いておくしかなかった。さすがに死者を蘇生させることだけは出来ないからね。
そして、
「治癒魔法最大照射!」
私は部屋に戻ると治癒魔法を最大放出して、人々の怪我を治していった。
それも、一人一人を順番に診て治して行くんじゃなくて、私が部屋全体に魔法を放って、部屋にいる人全員を一気に治す方法に出たんだ。
こうでもしないと、治す前に死なれてしまうそうだからね。
それだけ切迫した状態だったんだ。
ただ、結構な人数がいたからね。
一応、省エネってことで、普通の治癒魔法で治せるレベルの怪我は、上級治癒魔法を使わずに対応した。
さらに、
「超再生魔法最大照射!」
身体の一部を欠いた人達に向けて上級治癒魔法を照射し、欠損部位を再生して元通りの姿に戻してあげた。
きっと、目を覚ましたら喜ぶだろうな。
いや、その前に驚くか。
スパラティブは『最上級』とか『この上ない』の意味ですが、ここでは魔法のランク(上級魔法とか)の意味ではなく、『強度として最上級』の意味で使っておりますことをご了承ください。




