15.再生術!
婚約発表会から一週間が過ぎた。
この時、私のカウント数は、一応3,555まで伸びていた。とにかく、一万人完了を目指して頑張ろう!
王子。待っててね!
この日の午後、私は王都に来ていた。勿論、診察のためね。
そして、
「急患です!」
一人の若い女性が私のところに運ばれて来た。
しかも、患者を運んできたのはハイレベルな転移魔法の使いの手。と言うことは、下手に物理的に動かせないレベルの危ない状態ってことなんだろう。
侍女も付き添っていたことから、その女性の身分が高いことが推察される。転移魔法使いも、どうやら、その女性の家に仕えているっぽい。
その侍女によれば、
「他の二人の導師様には治療不可能と断られまして、こちらに……」
とのこと。
今日の午後は、私を入れて、ヘクチオイデス大聖殿には三人の導師がいる。
と言うことは既に他の二人に診てもらったけどムリだと言われたってことだ。
「そうですか」
「お嬢様は、階段から派手に転がり落ちまして……。多分、頭でも打ったのかと」
「分かりました」
その患者さんは、全然動く気配が無かった。気を失っているし、侍女の言う通り、頭でも打ったのかなって、この時、私は思っていた。
そして、早速診断をと……。
でも、この女性って、どこかで見たことあるような……って、婚約発表パーティーで王子へのマインドコントロール疑惑を私に持ちかけてきた悪役令嬢じゃない?
たしか、名前はレイラ。
うーん……。
でも、あの時は、イヤな思いをさせられたけど、そんな理由で見捨てたりはしない。なんとかしてあげるよ。
目が覚めてからの反応が楽しみだなぁ。
恋敵に命を救われるんだもんね。
とにかく私は、急いで彼女の頭部を診断魔法でスキャンした。ところが、特に何の異常もなし。そもそも頭を打った形跡が無かった。
あれっ?
そこで私は、レイラのステータス画面を覗いた。
すると、そこに記載されていたのは、
『侯爵家令嬢』
えっ?
侯爵家の御令嬢だったんだ。まさに悪役令嬢として最高のキャスティング!
じゃなくて……。
まあ、今は、それは置いといて。
病状には、『外傷性大動脈解離』との文字。
ところで、外傷性大動脈解離って何?
そう私が思った直後、私のステータス画面が開き、辞書機能のページに飛んだ。勿論、飛んだ先は、外傷性大動脈解離の説明ページね。
ええと、書かれている内容は、
『事故などで大動脈に間接的に衝撃が加わって大動脈解離を起こすこと』
うーん……。これじゃ分からない。
それじゃ、大動脈解離って何?
すると、今度は大動脈解離のページに飛んだ。
書かれている内容は、
『動脈の壁は三枚重なってできていて、内側から内膜、中膜、外膜と呼ぶが、何らかの原因で大動脈の内膜に傷ができて、そこから動脈壁に血液が流れ込んで膜と膜が剝がれること』
つまり、レイラは階段落ちして運悪く大動脈の内膜に傷ができて、そこから血液が流れ込んで大動脈の膜と膜が剥がれているってことか。
それから、辞書機能に書かれている内容によれば、大動脈解離が起きる時って、杭でも打ち込まれたような激しい激痛が走るらしい。
レイラは、多分、その激痛に耐えきれずに気を失ったんだろうね。
そこで私は、改めて胸部を診断魔法でスキャンした。
たしかに違和感が……。
勿論、今まで経験したことの無い感じだ。
私は、この疾患を診るの、初めてだもんね。
これが大動脈解離ってヤツだね。
大動脈解離は、高血圧患者とかでも起こるみたいだし、今後のためにも覚えておこう。
今後も、お目にかかるかも知れないからさ。
私は、レイラの胸に右掌を当てると、
「(治癒魔法照射!)」
彼女の大動脈を元の状態に戻した。
地球なら間違いなく大手術ってとこだろうね。手術痕も残るだろうし。
侯爵家の御令嬢の身体に傷が付かなくて本当に良かったよ。
あと、階段落ちって言ってたよね。
他に問題が無いか、改めてレイラの全身を診断魔法でスキャンした。
すると……、右足に魚の目発見!
これは、さくっと治しておいてあげた。
まあ、サービスと言うことで。
他には、基本的に特に異常なしなんだけど、一点だけ気になることが……。
これは、本人に確認した方がイイだろうね。
私は、侍女の方に、
「これで問題ありません。お嬢様は、特に頭を打ったわけではなく、胸の方にとんでもない激痛が走ったようです。それで気を失ったみたいです」
と報告したんだけど、侍女としては、
「そ……そうなんですか?」
良く分からない模様。
まあ、普通は頭を打って気を失ったって思うよね?
私も最初は、そう思ったもん。
「はい。杭でも刺されたような激しい痛みだったと思います。その原因は取り除きましたので、もう大丈夫です」
「は……はい。ありがとうございます」
「一先ず、お嬢様は、そこのベッドで寝かせておいてください」
「イイんですか?」
「ベッドは二つありますし、それにスペースを持て余しておりますので。お二人(侍女と転移魔法使い)は、そこの椅子をお使いください」
「ありがとうございます」
「では、次の方」
一先ず、レイラのベッドのある所をパーテーションで区切って、その後も、私は他の患者の診察を続けた。
さすがに診察を受けに来たら、同じ診察室に別の患者さんもいて御対面……なんてのはイヤだろうからね。
本当は、患者のプライバシー保護のためには、同じ部屋にいるって良くないんだと思うけど、レイラの目が覚めたら、彼女に聞きたいことがあったんで、それで、この部屋で寝かせることにしたんだ。
…
…
…
しばらくして、
「ここってどこ?」
レイラが目を覚ました。
丁度、診ていた患者が退室したところだったんで、
「気が付きました?」
と言いながら私がレイラの顔を覗き込むと、
「どうして、アンタがここにいるのよ?」
と、レイラが大声を出して驚いた。
そりゃ、そうだろうね。
ここに運び込まれてきた記憶なんてないはずだからね。
すると、侍女が、
「お嬢様は階段から落ちて気を失われたんです。それで、ラヤ様が治療を……」
とレイラに簡便に状況説明してくれた。
思った通り、恋敵に命を救われて、レイラは半ばむくれていたよ。実は、この反応を楽しみにしていたんだよね。
って、ちょっと性格悪いな、私。
「まさか、私がアンタに借りを作るとはね!」
「一応、確認しておきますけど、階段から落ちて、胸に杭でも刺されたような強烈な痛みがあったと思います」
「良く分かったわね。ムチャクチャ痛かったわよ、あれ」
「その原因は取り除きましたので、もう大丈夫です。それと、右足のデキモノはサービスで治しておきましたから」
「えっ?」
さすがに魚の目の存在を知られて恥ずかしそうだった。しかも、絶対に知られたくない相手だろうからね。
でも、これから聞きたいことは、それ以上だよ!
「それと、一つ、レイラさんに確認したいことがありまして」
「何よ!?」
「二人だけで話をさせていただきたいのですが?」
「何の話?」
正直、侍女や転移魔法使いにも聞かれるわけには行かないよねって話。
そう思って、私はレイラに耳打ちした。
「破瓜の血についてです」
「!!!」
これにはレイラも赤面した。
でも、私が言いたいことが分かったようだ。
「二人とも、悪いけど一旦席を外して」
レイラに言われて、侍女も転移魔法使いも不安そうな顔をしながら診察室を出て行った。
それから、私の方も、
「エミリアもお願い」
こっちの護衛にも退室してもらった。さすがに、これは、エミリアにも100%聞かれたくなかったからだ。
早速、レイラから、
「既に私が処女を喪失しているんじゃないかってことね?」
と私に言ってきた。
ただ、口調はツンデレお嬢様っぽいんだけど、表情は半分泣き出しそうだった。多分、中古品になっていることが悔しいんじゃないかな?
やっぱり、聞かなかった方が良かったかな?
でも、サイは投げられちゃったもんね。このまま話を進めるしかない。
「そうです」
「でも、勘違いしないでよね。私、誰かとしたわけじゃないから。前に、馬に乗っていたら出血して……」
たしかに乗馬でってパターンもあるって、地球にいた頃、ネットで見た記憶があるよ。
まあ、レイラはイリヤ王子を狙っていたわけだろうし、誰かとヤッているとは考えにくかったけどね。
だから、誰かに無理矢理ヤラれたか、もしくは何らかの衝撃で失ったかのどっちかだと思ったんだ。
まあ、事故での喪失で、まだ良かったよ。
でも、相手は馬か……。
って獣姦じゃないよ!
「それを、元に戻すこともできます」
「えっ?」
「今回は、タダで元に戻しますよ。出血大サービスと言うことで」
「それ、嫌み?」
「そう言うわけじゃないけど……。でも、将来、相手の殿方に、変に疑われるのもイヤでしょ?」
「それもそうね。本当は、イケメンのイリヤ王子が良かったんだけどね、相手の殿方!」
「ええと……」
「でも、もう、それは仕方が無いって分かっているわよ! じゃあ、よろしく頼むわ」
「了解!」
と言うことで、私はレイラの下腹部に右手をかざした。
って言っても、振りだけだけどね。これの再生術くらい、手をかざさずにやれるもん。
そして、
「(治癒魔法照射!)」
さくっと完了。
「終わったよ」
「えっ? もう?」
「馬に乗る時は気を付けてね」
「多分、しばらく乗らないわね。今日は、アナタには色々とお世話になったわ。一応、礼を言っとく。ありがとう。それじゃ」
そう言うと、レイラは診察室を急々と退室した。多分、恥ずかしいのが半分、借りを作って悔しいのが半分ってとこかな?
いずれにしても、これでレイラが私に突っかかってくることは、しばらく無いだろう。




