14.悪役令嬢!
これで私は、晴れてイケメン王子の婚約者になるってことか。でも、私なんかが、本当にイイのかな?
やっぱり、その前に一つ確認しなきゃ。
「イリヤ王子。基本的には求婚を受け入れる方向ですけど、正式に受け入れる前に一つ王子に伝えなくてはならないことがあります」
「それは、他の者達に聞かれても良いことなのか?」
「余り聞かれたくはありませんけど」
「分かった。では、お前達、今だけ席を外してくれ」
イリヤ王子は、私のために、その場に居る護衛の人達全員を、この部屋から退出させた。勿論、エミリアも例外じゃない。
本当は、護衛ゼロになるのはマズいんだろうけどね。
ここは今、二人だけの空間になった。
「じゃあ、話してくれ」
「はい、実は……」
私は王子に、自分のことを順に話していった。
元々、私は地球に暮らす14歳の学生で、堕天使に召喚されてブルバレン世界の危ない軍事国家に送り込まれ、戦争に身を投じたこと。
その戦争では戦線に立ち、堕天使に与えられた恐怖の首ちょんぱ魔法で、多数の人々を殺したこと。
そして、敵国に首ちょんぱ魔法が効かない特殊能力者がいて、そのお陰で敗北して戦死し、前世の罪を償うために、この世界に治癒魔法使いとして転生したこと……。
元男性ってことだけは伏せたけどね。
これを聞いて、さすがにイリヤ王子も首ちょんぱ魔法には驚いていた。目が点になるだけじゃなく、マジで顔が蒼褪めていたよ。
そりゃあそうだよね。首が順番に派手に飛んで行くんだよ。そんな恐ろしい魔法の存在なんて、普通は信じられないだろうからさ。
でも、王子は、
「例えばさ。この世の中にはたくさんのカップルがいるけど、そのカップルの全てが前世で味方同士だったって保証は無いよね。
前世では敵国同士だったってこともあり得るよ。でも、前世で敵だったから付き合いませんとか結婚しませんとかってのは無いよね?
普通は、そこまで知らないからさ。それと基本的には同じだよ。
前世で君が人を殺していても、君は、それを偶々知っているだけ。
僕だって前世とか、そのさらに前世とかで人を殺しているかも知れないでしょ?
でも、ただ、それを知らされていないだけ。
だから、君に前世で殺人の罪があっても、僕が君を嫌う理由にはならないよ」
と言ってくれた。相変わらず優しい口調で。
これくらいじゃ、私のことを嫌いにならないってことか。
「それと、これを知っているのは他には?」
「フランチェスカさんには、雇用される前に話しました。ですので、多分オリガ導師もご存じだと思います」
「それだけか?」
「はい」
「では、これ以上は他言しないように頼む。変なことを言い出すヤツがいるからね。なので、この指輪は有効ってことでイイよね」
「はい……」
私は、正式にイリヤ王子からの求婚を受け入れた。
そりゃあ、最高に優良物件だもん。こっちが余程、訳アリじゃなかったら普通は受け入れて当然だよね?
マジで嬉しくて涙が出てきた。
この時は、急いで課題の一万人治癒を達成して、その後はイリヤ王子のためだけに生きようって思ったんだ。
そう。この時は……。
人生って、どこで何が起きるか分からないし、どんな決断を迫られるかも分からない。
今までの判断をひっくり返されたりすることも起こり得る。
そう言ったことを、後々思い知らされることになるんだけどね……。でも、この時は、そんなことまで考えられなかった。
多分、今が凄く幸せだったから……。
…
…
…
それから少しして、
「ただいま帰りました」
私は、エミリアの転移魔法で王都からブロメリオイデス教会に帰宅した。
この時、私の左手の薬指には指輪が……。
しかも、それは、ダイヤモンドよりも貴重とされる紫色の石が填め込まれていた。
食堂に行くと、オリガ導師とフランチェスカさんは、既に夕食を取った後。
でも、私の分は、ちゃんと残しておいてくれていた。有難いことだ。
それで、私が、自分が食べる分を、鍋やフライパンから皿に移してテーブルに運んだその時だった。
「「何それ?」」
オリガ導師とフランチェスカさんの言葉がハモった。
二人の視線は、しっかりと私の左手の薬指を捉えていた。
もう、二人とも目ざといなぁ。
「ちょっと、その指輪。魔石じゃないか。今朝は付けていなかったよね?」
とオリガ導師。早速魔力に反応した。
ただ、これを付けている指の位置には気付いていない模様。
「まさか、左手薬指って……大聖殿の仕事の後にイリヤ王子に会って欲しいって言われたのって、それ?」
こう聞いて来たのはフランチェスカさん。
魔力には気付いていなかったみたいだけど、付けている指に反応していましたぁ。
二人とも、突っ込むところに性格とか職業柄とかが出ているなぁ。
でも、これだけは言える。さすがに、独身アラサー二人から、この手の突っ込みをされるのはキツいなって……。
でも、仕方が無い。
この期に及んで、嘘を吐いたって無意味だもんね。
「はい。イリヤ王子からいただきました」
「一万人を治療するまではダメって言っていたくせに!」
これはフランチェスカさんの台詞。
まあ、私自身、そう考えていたのは事実だよ。結果的に、前言撤回ってことになっちゃったけど。
「裏切者!」
それでもって、これはオリガ導師の台詞。
別に裏切ったつもりは無いんだけど……。
「今朝の、アナトリー王子とドミトリーのことが原因です。あれで、イリヤ王子も焦ったらしくて」
「「はぁ?」」
「それで、魔除けと言うか、男除けに、これを付けることを義務付けられました」
「「……」」
まあ、こんな言い回しでも別にOKだよね。大ウソは吐いていないし。
でも、今更、二人から根掘り葉掘り聞かれることようなことは無かった。
そもそも、イリヤ王子と私が出会ったのは、この教会だし、既に二人とも、イリヤ王子が私にアタックしていたことを知っていたからね。
夕食を終え、さらにお風呂をいただいた後、私は自室に戻ってベッドに横たわった。
正直、今日は疲れたけど、顔が変にニヤけてくる。まさに地球時代に憧れていた少女漫画的展開の主人公になれたからだ。
でも、これで浮かれちゃダメ!
とにかく患者を救うこと。先ずは一万人。これが最優先事項だよ。
私は、そのことを何回も自分に言い聞かせた。
なんだけど……。分かっちゃいるんだけど……。
やっぱり嬉しいんだよね。
私は枕に顔をうずめたり、枕を抱き締めてベッドの上を左右に転げ回ったり足をバタバタさせたりしていたよ。
多分、第三者の目には奇行にしか見えないような動きをしていたんじゃないかって思う。
それから数週間が過ぎた。
私が、このトモティの世界に来て、二か月が経っていた。
ヘクチオイデス大聖殿で最初に見せた奇跡に端を発して、今では、私は王都レダクタで聖女と呼ばれている。
相変わらず過大評価だ。
今、私にカウント数は3,345/10,000と、着実に伸びていたけど、初めて王都に来た時に比べると伸び率は下がっていた。これは仕方が無いだろう。
でも、目標値の三分の一を超えたよ。
この分なら、恐らく、こっちに来て半年ちょっとで目標を達成できそうだ。王子とも結婚できる!
目標人数が一万人で良かった。
もし、百万人とか言われていたら、何十年かかるか分からないもんね。
季節は秋。
随分涼しくなってきた。
そう言えば、ブルバレンの世界で私の首ちょんぱ魔法を受けても生きていたHな身体付きの女の名前が、たしかアキだったね。
あの女のことは思い出したくない。
だって、生首状態で、
『ケケケケケケ』
って笑って怖かったんだもん。
この日、私はお城に来ていた。一応、フランチェスカさんが私に同行してくれた。
ブロメリオイデス教会の方は、オリガ導師とスヴェトラーナさんに任せてきた。
それで、何でお城にいるかって言うと、私とイリヤ王子の婚約発表のためのお披露目パーティーだって。
なので、私は招待されたんじゃなくて招待する側の一員ってこと。
まあ、王子様と聖女の婚約だからね。
これを、王家としては大々的に発表したかったらしい。
もっとも、聖女がブロッキニア王国の人間なんだって、国民達にアナウンスしたかったのが一番の理由みたいだけどね。
オリガ導師とかフランチェスカさんに言わせると、私が王国内にいるってだけで、どんな病気も怪我も治せるってことで国民達が安心するし、それ以上に王族の人気取りにも使えるってことらしいんだけど……。
他国から発表会に参加している人はいなかった。
別に、まだ結婚するわけじゃないし、それ以前に、この世界では王子の婚約発表会とか結婚式に他国の国家主席を呼ぶなんて文化は無いみたいだね。
なので、招待客は国内の貴族や大店商人達だけだった。
でも、弟に先を越されたアナトリー王子が、ちょっと可哀相な気がするな。
そのうち、きっとイイ相手が見つかるよ。
先ず、イリヤ王子と私が壇上に立ち、二人が婚約したことを国王陛下からアナウンスされた。
「我がブロッキニア王国の第二王子イリヤと、今や史上最高の導師とまで謳われるラヤ導師が、この度、正式に婚約したことを発表する。ラヤ導師は、イリヤの難病を治療しただけに留まらず、大事故の被害に遭い、本来であれば再起不能となるはずだった者達までをも完全に治す優れた治癒魔法を持っており、これまでブロメリオイデス教会だけではなく、ヘクチオイデス大聖殿でも数多くの人達の治療に当たり……」
しかも、私のことを色々とアピールされている。
持ち上げられ過ぎて、また全身がむず痒くなってきたよ。
続いて、イリヤ王子から、
「ラヤは、今では聖女とまで呼ばれている。その彼女と婚約できたことと、彼女をこの世界に送り込まれたことを、女神様に心より感謝申し上げます」
と、まあ、彼も私を持ち上げながらスピーチされた。
もはや、むず痒さがマックス状態になっていたよ。
さらにその後、私にスピーチを振られたんだけど、
「ラ……ラヤです。よろしくお願いします!」
緊張して、これしか言えなかったよ。
パーティーの席には、私と同年代の娘達も結構来ていた。
貴族や大店商人の娘達ね。
彼女達が私に投げ掛ける視線はムチャクチャ冷たかったけどね。
理由は簡単だよ。
まず、イリヤ王子はイケメンってこと。
それから、王太子は兄のアナトリー王子だから、イリヤ王子はアナトリー王子ほど忙しい立場じゃない。
なので、アナトリー王子の妃になるよりもイリヤ王子の妃になる方が楽が出来る。
最高権力者じゃなくても、第二王子だから、かなりの権力者になるわけだし、当然、財力もかなりのモノのはず。
そりゃあ、優良物件だよね。
なので、イリヤ王子を狙っていた貴族の女性は、かなり多かったみたい。
はやりの悪役令嬢っぽいのもチラホラいたなぁ。
もし、私が本当に貴族の立場で一緒に学校に通っていたら、きっと色々と嫌がらせを受けていたに違いない。
よくある『魔法学校への入学!』とかが無くて良かったよ!
あったら、きっと袋叩きだもんね。
それから、悪役令嬢風の娘の中に、多数の取り巻きに囲まれていた人が一人いたんだけど、その娘の視線が完全に私をロックオンしていた。
イヤだなぁ。しかも、意地悪そうな笑みを浮かべているよ。
スピーチを終えると、一先ずご歓談をってことになった。
私とイリヤ王子に、何人もの貴族の方々が直接ご挨拶に来てくれた。
最初のうちは、二人同時にご挨拶って感じだったけど、そのうち、私と王子は別々に来客の方々から声をかけられるようになった。
そして、私と王子の距離ができたその時を狙って、私に視線をロックオンしていた悪役令嬢風の女子が、私に近づいて来た。
取り巻き連中も一緒にゾロゾロと付いてきていたし、正直、イヤな予感しかしない。
そして、その悪役令嬢風の女性が私に話しかけてきた。
「ラヤさん。はじめまして」
「はじめまして」
「レイラと申します。国王陛下も仰ってましたけど、アナタがイリヤ王子を難病からお救いになられたんですね?」
「はい、そうです」
「治療と併せて心を操作することってできるんですか?」
「いえ、それは、さすがにできませんけど」
「治療と同時に、王子の意識が向くように細工ができたら、本当に面白いなって思ったんですけどね」
「私にできるのは、飽くまでも診断と治療だけです。他には何もできません」
「ご謙遜を。もし、私に何かありました時には治療をお願いすることもあるかと思いますけど、その時には、よろしくお願いしますわね」
そう言って会釈をすると、レイラは取り巻き連中を連れて私の前から立ち去った。
イヤな感じ。
私が王子をマインドコントロールしたとでも言いたげだね。
何故か私の隣では、フランチェスカさんがウンウンと頷いているし……ってなんで?
「フランチェスカさん、どうして納得しているんですか?」
「だって私もオリガ導師も、あのレイラって娘と同じ側だもの」
「えっ?」
「つまり、嫉妬する側ってこと。なので、そう言うことにしなきゃ面白くないなって」
「ヒドいです」
「でも、所詮、人間なんてそんなモノよ。ラヤちゃんは、これからも、そんな人間達を救い続けるの?」
「続けますよ。どんなにイイ人でも、イヤなことがあれば、瞬間的に悪くなることくらいあると思っていますから。レイラさんだって、本当はイイ人かも知れませんし」
「ラヤちゃんは、本当に人がイイわね。やっぱり、アナタは聖女かも知れないわね」
「それだけは、あり得ませんけど」
でも、同年代の娘達の言いたいことを、レイラは代表して私に言いに来たってことなんだろうな。
多分、ポッと出の新人が、美味しいところをかっさらって行ったって認識でしか無いんだよね。
まあ、事実だけどさ……。




