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144.コイツが原因か!

 スタッフルームに到着。

 私は、適当な席に座ると、アイテムボックスからお弁当を取り出した。


 ここは、特別な事情が無い限り、関係者以外は立ち入り禁止のはずだからね。

 いくらイディオットでも、勝手にここまで来ることは出来ないと思う。



 そして、私はゆっくりとお弁当を食べ始めた。

 一仕事終えた後だから、特に美味しく感じる……わけでもないんだけどね。

 さすがに、今は……。


 聖女生活を始めて、もうン年になるけど、重傷患者の治療直後に食事ってのは、正直キツイ……って言うか、慣れない。

 なので、食べるペースも、自然と遅くなっていた。

 喉を通らないんだもん。


 それでも、一応、死体ボックスに大量の死体が飛び込んでくるのを見た直後よりは、今回の方が、少しはマシな気がするけどさ。



 何時もの倍近い時間をかけて昼食を終了。

 お弁当箱をアイテムボックス内に収納すると、私は治療コーナーに戻った。


 イディオットがギルド内をプラプラしていないか、ちょっと不安だったけど、彼の姿はギルド内には無かった。


 多分、重傷者達の姿が、彼にとって衝撃的だったんじゃないかな?

 それで気持ち悪くなって帰ったとか、そんなところだと思う。



 それから少しして、派手な服を身にまとった小太りの中年男性がギルドに入って来た。

 そして、一瞬、ギルド内を見回したけど、どうやら、私に用があるみたいだ。

 私の方に向かって一直線に歩いて来たよ。


「君がラヤ君かね? 治療コーナーにいると聞いたが?」

「はい。ラヤ・ビブリスと申します」

「儂は商業ギルドの代表をしているリッチモンドと言う者だ。ラヤ君が、冒険者ランクによって支払い上限額を変えていると、ここのギルド長のアヤから聞いたが?」

「そうです。あと、できれば冒険者以外の人達も支払い能力によって上限額を決めたいと考えておりまして。それで、商業ギルドにも相談したいと考えておりました」

「たしかに、君の提案通りにした方が、低所得者にとっては有り難いな。まあ、リッチモンド個人としては賛成する」

「じゃあ」

「しかし、商業ギルドの代表としては、その件は冒険者ギルドの中だけの特別措置にしていただきたい」

「えっ?」


 本心としては賛成しているのに、反対するって、どう言うこと?

 大人の事情に疎い私には、理解が追い付かない。

 多分、顔一面に、たくさんのハテナマークが出ていたんじゃないかな?



「まあ、ラヤ君としても納得できないだろう。しかし、君の提案は、金を持っている人間が損をするとも解釈できる」

「でも、貧困層が助かるだけで、富裕層は正規の金額ですけど?」

「しかし、相対的に損を感じてしまう。故に、富裕層からは派手に叩かれるだろう」

「でも……ええと……リッチモンドさん個人は賛成なんですよね?」

「儂の下で働く者達が救われるからな」

「ですよね?」

「しかし、殆どの連中は、そこまで考えておらん。自分の下で働く者が得をして自分が損するのはケシカランと考えるだろう」


 つまり、働き手の健康管理など、どうでもイイってことか。

 福利厚生なんて言葉は、この世界には存在しないんだろうな。



「残念ですね」

「そうだな。それと、貴族の連中も要注意だ。下級貴族や準貴族の治療代が中級貴族や上級貴族の治療費よりも安ければ、当然、中級貴族や上級貴族から叩かれる」

「……」

「君と同じことを王族が唱えたのであれば、貴族もそれに従うだろうがな」


 つまり、バージェス世界、シルリア世界、ジュラ世界でやっていたみたいに、身分もランクも問わず上限金額を一律設定した方が平和だったってことか。



 実は、ジュラ世界でダニエルに言われたこと……、

『私の治療代が安過ぎると低級治癒術師達が困る』

 ってことについて、あれから私なりに考えてね。


 それで、折衷案みたいな感じで、身分やランクで上限額を変えるって方法にしてみようと思ったんだけど……。

 いきなり出鼻を挫かれた感じだよ。



「ええと……、それを言っていただくために、ワザワザここまでご足労いただいて、なんか済みませんでした」

「いや。実は、ここに来たのは、あの海の魔獣を退治したのがどんな娘が見たかったからでな。ギルド代表で来たのは、その理由付けだ」

「もしかして、アヤさんから?」

「全て聞いておる。ただ、二人組と聞いていたが、もう一人は?」

「今、依頼を受けて外出中です」

「そうか……。力になれなくて済まんが、冒険者ギルドの連中だけでも安く治してやってくれ。スタンピードの時とか、ここぞと言う時に頼るのは冒険者達だからな」

「はい。承知致しました」

「じゃあ、また」


 リッチモンドは、これで冒険者ギルドを後にした。

 商業ギルドの方も、本業の商売の方も忙しいみたいでね。

 むしろ、いつもプラプラしているイディオットの方がおかしいと思う。


 …

 …

 …


 夕方になった。

 シュンカがギルドに戻って来たんだけど、私に向かって軽く手を振ると、急いで受付カウンターの方に向かった。

 依頼を達成したんだろう。


 ただ、特に獲物を狩って来たとか言う訳ではないみたいだ。

 受付嬢に何か話しただけで終了。

 すぐに私の方に向かって来た。



「ラヤ、お待たせ」

「今日は、どうだった?」

「ナイティアの森に行って来てね。第二ブロックと、ついでに第三ブロックの偵察をしてきた」

「なんか、魔獣生息域のバランスが崩れているっぽいね?」

「そうなんだよね。第二ブロックには猿型魔獣がチラホラいたし、第三ブロックにも第二ブロック寄りのところに、かなりの数がいたよ」

「スタンピードでも起きたりしない?」

「さっき報告したら、受付の人も同じことを言ってたよ」


 もしかすると、ナイティアの森にとんでもない魔獣が誕生したとか、移り住んで来たとかがあるのかも知れないね。


 それで、生息域を追われた魔獣が、自分よりも弱い魔獣の生息域に、順々に移り住んで来たってことなんだろう。



「変なことが起きなければイイけどね?」

「別に、何か起きてもラヤがいるから大丈夫だと思うけど?」

「でも、少なからず犠牲者は出るだろうからさ」

「そりゃあね。そう言えば、例のヤツは?」

「昼前に来たよ」

「マジ?」

「詳細は後で話す」


 私は、受付の方に挨拶をすると、これで今日は撤収した。

 それと、受付の方には、もし急患が来たら、宿の方……オリゴセンまで連絡してもらうようにお願いしておいた。



 シュンカの転移魔法でオリゴセンに到着。

 私は、この宿を初めて見るけど、たしかに今朝までいた安宿とは比べ物にならない。

 まるでお城のようだ!


 受付でチェックイン。

 スタッフに通された部屋は……スウィートルームっぽい。

 小娘二人だけで使うには、かなり面積を持て余したよ。


 シュンカは、

「うわぁー……」

 って声を出して感激していたけどね。



「それでラヤ。例のヤツは?」

「安宿の前で待ってたって言ってた」

「やっぱり、あの場に居たのは偶然じゃなかったってことか」

「それで、昼前に来て食事に誘われて」

「マジ?」

「お弁当あるからって言ったら、『クソ食べたい』って言われて」


 シュンカが嫌悪感丸出しの顔を見せた。

 言葉をそのままの意味で解釈したようだ。



「ナニそれ? 糞食愛好者?」

「ここで言う『クソ』は、『非常に』って意味ね」

「ああ、そう言うことね」

「ただ、『クソ』を連呼するから、正直、ちょっと……」

「品が無いよね」

「うん」


 私は、大きく頷いた。

 この品の無さが、一応、私がヤツのことを避けたいって思う理由の一つではあるしね。

 大きな声で『クソ』を連呼されると、一緒にいるこっちが恥ずかしい。



「ただ、そんなヤツが相手でも、ラヤの立場だと人間愛だけは与えないといけないんじゃない?」

「ええぇー? 何で?」

「良く分からないけど、候補生だから」

「私も、その辺のことは全然分からないんだけど……。ただ、人間愛か。自信無いけど」

「まあ、気持ちは分かる。それに、四六時中、付きまとわれていちゃね」

「そうなんだよね」


 これが、イリヤ王子に付きまとわれているんなら嬉しいんだけどさ。

 でも、品が無いのは置いといて、どうしてここまで、イディオットのことがイヤなんだろう?



 思い起こせば、シルリア世界のフランとかも、あること無いこと……と言うか、無いこと無いこと言うヤツだったけど。


 でも、イヤな感じは受けなかった。

 ここまで受け入れられないのって、もしかして初めてじゃないかな?



「でも、私がギルドに帰った時にはいなかったけど?」

「実は、その直後に、Dランク冒険者三人が重傷で運ばれて来て」

「じゃあ、三十万Qenゲット?」

「まあね。ただ、あの重傷者の姿を見て、イディオットは気持ち悪くなったのか、帰ったみたい」

「じゃあ、その重傷者達には悪いけど、ラヤにとっては幸いだったってことか」

「そうなる」


 イディオットから解放されるきっかけになったわけだし、当然、彼等には感謝している。

 同時に、申し訳ないとも思っているけどね。


 怪我人が運ばれて来て欲しいなんて願っちゃったからさ。

 別に、私のリクエストに答えて怪我をしてくれたわけじゃないけど……。



「でも、どんな感じの重傷だったの?」

「一人は片腕欠損、もう一人は膝下が両脚共に欠損、最後の一人が腹をザックリ。お陰で、さすがに私も食欲が失せたけどね」

「どうせラヤのことだから、欠損部位も再生させたんでしょうけど?」

「まあね」

「でも、それで三十万Qenじゃ激安だね」


 再び、私は大きく頷いた。

 シュンカの言う通りだって自覚しているからね。

 治療内容と労働対価が合っているとは、到底思えない。



「ただね。その人達、ナイティアの森の第四ブロックにいたらしいんだけど、熊型魔獣に遭遇したって。本来なら第九ブロックに行かないといないはずとも言ってたよ」

「絶対に何かあるね、あの森」

「ちょっと、チャットボット機能で確認しとこうか?」

「そうだね。お願いしてイイ?」

「了解」



 私は、チャットボット機能を立ち上げると、早速、あの森で何が起きているのか、質問をぶつけてみた。

 場合によっては、私達の手で解決できるかも知れないからね。



『Q:ナイティアの森で魔獣生息分布が変わっている理由は何?』

『A:最深部に外部から古龍が降り立ったため』


 分かり易い回答だ。

 全てを納得したよ。


 まさか古龍が原因とはね。

 でも、どうして古龍が移住してきたんだろ?



『Q:古龍がナイティアの森に来た理由は?』

『A:単なる気まぐれ』


 マジ?

 理由なしに来るって、一番迷惑なんですけど!



『Q:海にいたモササウルス型魔獣と古龍の関連性は?』

『A:特にない。両者が同時期に近くにいたのは単なる偶然』


『Q:討伐して問題無い?』

『A:問題無い』


 なら、方針は決まった。

 この地に来たことを後悔させてやる!



「それで、ラヤ。チャットボットは何て言ってた?」

「森の最深部に、理由も無く気まぐれで古龍が降り立ったんだって」

「マジで古龍? やたら強いんじゃない?」

「まあね」

「でも、気まぐれって、ナニそれ?」

「私も同じことを考えたよ。あと、海にいたモササウルス型魔獣と同時期に近くにいるのは単なる偶然で、それから古龍の討伐はOKだって」

「じゃあ」

「当然倒す。明日は、私も森に行くよ」


 森の異変にはアヤも気付いているはずだからね。

 古龍のこととか、チャットボット機能のことは話せないけど、海の魔獣を討伐した私達が行くことには、アヤだって反対はしないだろう。

 なので、明日は、聖女ラヤから破壊神ラヤに変身するよ!

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