1.その願い、叶えよう!
「死ね!」
私がそう唱えると、敵軍最前列の兵士達の首が、端から順に豪快に飛んで行った。
これが、私の持つ恐怖の首ちょんぱ魔法。
相手が強大なドラゴンでも、私が、たった一言、
『死ね!』
と言えば、瞬時に絶命する。
どんな動物も私に抗うことは許されない。
このブルバレンと呼ばれる世界に転移する時に、元天使長ラフレシアが、私をカワイイ系美少女に変身させると同時に、この魔法を与えてくれたんだ。
今、私はノーソラム共和国軍の総司令官の立場にいる。
馬にまたがりながら、自らが軍の先頭に立って敵軍に向けて突き進んで行く。
「死ね!」
続いて、敵軍の二列目、三列目の兵士達の首が飛んで行った。
さすがに、これを目の当たりにした敵兵達は、戦意を喪失して敵前逃亡し始めた。
当然だろう。
命が惜しいもんね。
敵軍は完全崩壊。
残ったのは最後尾にいた高官達数人だけ。開戦早々逃げ出すなんて無様な真似は、彼らには許されなかったんだろうね。
立場もあるし。
その中にイケメン発見!
ラッキー!
この世界で私に逆らえる者はいないはず。
私は、もう、以前の私じゃない。やりたい放題、好き勝手に生きるんだ!
絶対に後悔なんかしたくない!
当然、この男は私のモノ。
私は、彼の近くまで馬を走らせた。
そして、馬を降りると、私は、
「死にたくなかったら私に奉仕しなさい」
と、そのイケメンに言った。
その風采から察するに、多分、そのイケメンは、この国か、この国の同盟国の王子様なんだろう。
しかも、そのイケメン王子様が私を見て怯えている。
どうせなら彼を襲ってみたい。
いっそのこと、全てを奪ってみたい。
私は、彼と強引に唇を重ねた。
カワイイ系美女の私に唇を奪われて、この王子様は、怯えながらも悪い気はしていないみたいね。
地球にいた頃には、こんな展開は絶対にありえなかった。
以前の私なら、こんなこと絶対にできない。この世界に来て無敵の能力を授けられて、自分でも驚くくらい性格が変わったんだ。
この世界に来て良かった。
でも、この直後、
「離れろ、このクソ女!」
野蛮な声が聞こえてきた。
声がした方を振り返ると、そこにいたのは一人の女性。
いつの間に?
多分、空間転移してきたんだろう。
それにしても、この女……。ムチャクチャ綺麗……。
目が大きくて小顔。
ウエストが細く引き締まっていて脚長。
特に目を引くのが大きな胸。私の胸より数段大きい。巨乳と言うよりも爆乳か?
私はカワイイ系美女になりたかったし、あんな胸になりたいとは思っていなかったけど、実際に見せ付けられるとムカつくものだ。
「なに、このHな女。気に入らない」
私は、大声で、
「死ね!」
と、その女に言い放った。首ちょんぱ魔法で、その女性の首を刎ねたんだ。
その女性の足元に、その女性の首が転がった。
これで死んだはずだもんね。まさに、ざまぁって感じ!
でも、何かおかしい。普通なら切断部分から噴水のように血しぶきが上がるのに、それがない。
それに、何故か私は、その首と目が合った。
なんだか怖い雰囲気がある。気味が悪い。
急に嫌な予感がしてきた。
そして、その首が、
「ケケケケケケ!」
と不気味に笑い出した。首が胴体と離れたのに死んでいないの?
もしかして妖怪か何か?
魑魅魍魎?
その女性は、自分の首を拾い上げると、首を胴体の上に乗せた。
しかも、切断したはずの首と胴体がくっついている!?
なにこれ!?
こんなのアリ?
少なくとも私の常識では考えられない超魔法なんだろう。
そして、その女性は、
「アンタに私を倒すことはできない!」
と言うと、物質創製魔法で鞭を出し、いたぶるように私に何回も鞭を打ち込んで来た。
「パシッ! ピシッ! ペシッ!」
まるで肉が避けるような激痛が走った。
私は、
「痛い! やめて! 許して!」
と泣き叫んだ。
この時、完全に私は、この女性と、この女性が振るう鞭に意識が向いていた。
他の何も見えずにいたんだ。
すると、その女性の後方から反重力魔法が放たれて来た。まさに強烈な衝撃波だ。
このオーラ……。通常の人間のレベルを遥かに超える強大なレベル!
その女の後にいた男性が放って来たようだ。
私は、この衝撃波をマトモに受けて後方に激しく弾き飛ばされた。
もの凄い破壊力だった。この一撃で、私は全身の骨が砕けたっぽい。もう、身体中が痛いのを通り越して痺れている。
さらに、私に向けて同じ男性が巨大な火炎球を繰り出して来た。
これを受けた直後、私の視界は真っ暗になった。
多分、私の身体は、完全に消し飛んだんだろうね。
せっかく転移してきたのに、この世界での人生は随分短かったなぁ。
でも、地球にいた頃よりは、数段マシだったかも……。イケメン王子様と、ムリヤリだけどキスできたし……。
短くても有意義だったかもしれない。地球にいた頃に比べれば……。
…
…
…
地球にいた頃のことだ。
「もっと男らしくできねえのかよ!」
「弱っちいんだよ!」
「チンコ付いてんのか?」
こんな罵声が、毎日のようにボクの周りを飛び交っていた。
口撃を受けているのは、当然、ボク。
もう、うんざりだった。
ボクの名前は大田原金之助。
中学二年生。
名前から分かる通り、医学上は男子に生まれた。
もし、これが医学上女子に生まれた子の名前だったら、明らかにイジメだよね。
多分、キラキラとは呼ばれずにDQNと言われていたよ。
もっとも、医学上男子のボクにとっても、この名前はイジメに感じていたけどね。
ムチャクチャ名前がゴツ過ぎて可愛らしさの欠片もないし、金の文字がボクの中では男性のシンボルをイメージさせていたんだ。
ボクは、男子としては余りにも体型に乏しくて筋力ゼロ。
正直、男に生まれてイイことなんて一つも無いって思っていた。
親の勧め……と言うか命令で、小さな頃から柔道をやって……と言うかやらされていたけど、全然ダメ。
正直、ボクは、この手のスポーツには向いていないよ。
なので、ボクにとっては柔道をやらされること自体が苦痛でならなかった。
実は、ボクは小さな頃から自分の性に疑問を抱いていた。
何故、男らしく振る舞わなければならないのか?
自分は女の子のように可愛らしい服を着たいのに、何故、周りは、それを許してくれないのか?
それ以前に、どうしてボクの身体は男なのか?
小さな頃に見ていたアニメも、ボクは美少女戦士モノとか魔法美少女モノが中心だったけど、他の男子達は、そう言うのは見ていなかったし、話が全然合わなかった。
ボクは、本気で美少女戦士とか魔法美少女に憧れていたんだけどなぁ。
あの手のアニメが好きだったし、ああ言うのになりたいって気持ちもあったんだ。
中学に進学する少し前に、ボクは自分が精神異常を起こしているのではないかって心配になり、ネットで色々検索してみた。
そこで見つけた単語は、性同一性障害。
しかも、ボクと同じような悩みを持つ人達が世の中には結構いることを、その時に初めて知った。
良かった。ボクだけじゃなかったんだ。
ボク一人だけが、心と身体の性が一致していないんじゃないかって悩んでいたからね。これを知って、正直、ボクはホッとしたんだ。
でも、同じような事例が、それ相当に報告されている世の中なのに、どうして周りはボクに男らしさを要求……と言うか無理強いするのか?
これは、一つの個性として認められなければならないことなのに!
なんだか怒りを覚えてきた。
これを機会に、少しずつだけど、ボクに男であることを強制するヤツらに、ボクは怒りのあまり、殺意すら抱くようになって行ったんだ。
この時は、実際に殺すなんてマネはできなかったけどね。
その次の日に、ボクは女の子用の可愛らしいパジャマを買った。
ただ、親には内緒だ。
パジャマを手に入れた瞬間は、とても嬉しかった。
たったそれだけのことだけど、周りの目もあったし、親の目もあったから、大手を振って女の子の恰好は出来なかったからね。
でも、これからは、せめて自分の部屋で、一人でいる時くらいは、可愛らしい格好をするんだ。
これは、その第一歩だ。
入浴後から翌朝までの限られた時間帯のみだけど、誰にも邪魔されずにボクは自称少女としていられる。
この時間だけがボクにとって唯一の癒しになった。
そんなある日のことだった。
時刻は夜中の二時くらいだったと思う。ボクは、自室のベッドの上で眠っていた。
すると、
「お前の願いを叶えたいとは思わないか?」
誰かが、ボクの頭の中に直接語りかけてきた。この声で、ボクは目を覚ました。
「誰?」
「我が名はラフレシア。異世界で天使長を務めていた者だ。お前にはブルバレンと呼ばれる世界の者達に、正しい性のあり方を教えてやって欲しい」
「性のあり方って、男らしくしろとか、女らしくしろとか、そう言うことですか?」
「違う」
「では、何を?」
「この地球と呼ばれる世界では、性的マイノリティー(LGBT)と言うモノが認識されているだろう?」
「ええ。でも、まだ認識度は完全ではない気がしますけど?」
「ただ、認識されているだけマシだ。ブルバレン世界は、この世界と同じ頃に創世されたにも拘らず、未だに性的マイノリティーがキチンと理解されていない。まったくケシカランことだ」
「じゃあ、ボクのように苦しんでいる人もいるってことでしょうか?」
「当然だ。男らしくしろと言われて、お前はどう思った?」
「怒りを覚えました。最近では、そいつらの首を刎ねてやりたいって思うくらいです」
「もし、お前が望むなら、それも出来るようにしてやるぞ。お前が念じるだけで天界の者達以外は全て首を刎ねることが出来る」
「そんな力を?」
「当然だ。お前は、その世界で救世主となるのだからな!」
「救世主!?」
「それで、お前には、その世界を一旦破滅へと導いてもらい、改めて物事が正しく認識された新しい世界を再構築し、精神的な苦しみから人々を開放してほしい。勿論、お前の願いを叶えた上での話だ」
かなり、ぶっ飛んだ話だった。
性的マイノリティー自体は重要だと思う。
でも、性的マイノリティーを浸透させるために世界を再構築って、後から思えば話の展開自体にムリがあるような気がする。
でも、この時のボクには共感するモノがあった。
それだけ周りからの不理解に耐えられなかったんだ。
「じゃあ、ボクを可愛くて美人な女性に変えることもできますか?」
「勿論可能だ。願いは前払いにしてやる」
「本当ですか?」
「嘘は言わない。それから、お前の敵を一瞬で倒す魔法として、さっきお前が口にした首刎ねの魔法も与えてやろう。最強の魔法美少女になれるぞ!」
最強の魔法美少女。
この言葉が、ボクの決断の決定打になった。
「是非!」
「良かろう。気に入らないヤツは、その魔法で死を与えてやれ。お前は、今日から最強の魔法美少女になるんだ!」
「分かりました」
「では、お前を選ばれた美少女として、その世界に転移する」
「選ばれた美少女!」
美少女って言葉は当然、ボクにとって喜びの対象だけど、この『選ばれた』って単語にも、ボクは内心、喜んでいた。
やっぱり、選ばれた存在になりたいって誰でも思うじゃん?
それに、今、ボクは中二だよ。
当然、中二病患者の予備軍だもん。
しかも、子供の頃に憧れていた美少女戦士や魔法美少女になれるしね。
喜ぶなと言う方がムリな話だった。
多分、この時だと思う。
完全にボクの中で、中二病患者予備軍から、選民思想バリバリな中二病患者へとスイッチが切り替わったのは……。
「じゃあ、ボクは異世界転生するんですね?」
「いや、転生ではなく転移。生まれ変わるのではなく、その身体を可愛らしい美少女の姿に変えて、その世界へと送り込む。そして、お前が、その世界を救うのだ!」
「分かりました! あと、それから!」
「なんだ?」
「自分用の可愛い服とか靴とかを、いくらでも魔法で出せるようにしてもらいたいんですけど」
「良かろう。その力も与えてやる」
「ありがとうございます。あと、服とかをしまうため収納魔法も!」
「ならば、アイテムボックスを与えてやろう。それと、不便が無いように降臨する全世界の言葉を読み書きできるようにもしておいてやる」
「重ね重ね感謝致します!」
「では、早速ブルバレン世界に飛ぶのだ。そこでお前は、ラヤと名を改めるが良い!」
そう言われた直後、ボクの視界は完全な闇に閉ざされた。