第四王女 その三
第九十六話 第四王女 その三
翌朝も俺が朝食を作った。焼きたてのパンと、コンソメスープ、フワフワのオムレツを焼いた。昼はチキンサンドとタマゴサンドだ。俺とヴェルヘルナーゼでチキンを揚げて、サンドイッチを作っておく。
「あなたって器用よね。その二本の棒で料理を作るし・・・」
ヴェルヘルナーゼは俺が箸でオムレツをかき混ぜているのを不思議そうに見ている。
「フフフ・・・コンソメスープ、美味しそうね」
コンソメスープ、俺がイメージしているのとは違う。もう少し旨い気がするが、仕方が無い。
メイドにお願いして料理を運んで貰う。準備が出来ると、ハールレにメリーカーナ王女を呼んできて貰った。
「おはようございます」
俺を含めた全員が頭を下げる。
「おはよう。今日も良い匂いがするわ・・・特にスープが」
四人で朝食を食べて貰っている。
「ちらりと思っていたんですが、このスープより美味しい物は王宮に無いですよ!」
護衛騎士のフォールーは感想を述べると、一心不乱に朝食を食べている。
「驚きのスープですね・・・パンは暖かい・・・あ、レーズン」
メリーカーナ王女がにっこりと微笑んでパンを口に運ぶ。
「この卵焼き、ふわっふわですよ・・・」
フォールーは嬉しそうに食事を取っている。怪我は問題ないようだった。
食事も終わり、執務室へ移動すると沢山のギャラリーがいた。寄り合い筆頭のカムナと、辺境一の長寿ハハム爺もいるので寄り合いのメンバーだろう。
メリーカーナ王女は一瞬面食らったものの、すぐに皆に微笑み、一人一人手を取った。皆は感激して顔を紅潮させている。ハハム爺はいつ死んでも良いと言って、泣き始めた。
「みなさん、男爵の為に身を粉にして励んでください」
メリーカーナ王女の要請に全員が「は!」と答えた。
「殿下、むさ苦しいのがいて申し訳ございません。これから、当家の改革についてアーガス卿から話を聞くというので、全員集めておきました。我々もアーガス卿の話を聞くのは良い勉強になるのです。では頼む」
「はい。ではレングラン男爵領の改革について話をさせて頂きます。この地は大きな問題を抱えていた地で、先代親子の浪費が酷く、財政が苦しい状況でした。借金が無いのは救いでした。財政の破綻と同じくして、男爵家から人心が離れ、屋敷から人が居なくなり、政務が滞り、街はスラムの増加、病人の増加と、悪化に拍車を掛けていました」
「はい。聞いていました」
「四点、私は改革をしようと思い、男爵に掛け合いました。農業の改革、内政の改革、軍備の再編、財政の改革です。最初に農業の改革からお話いたします」
「農業。大事です。聞きましょう」
「はい。まず、南部の食料事情ですが、慢性的に足りていません。作物だけで生きて行けない状況なのです。不足している食糧の代わりに、オーク、オーガを中心とした魔物を食べている状況です」
「魔物を・・・」
「ええ。魔物は魔物を食って魔力を溜めるんですよね? だから魔物を食べるのは問題だと思うんですが、鬼族はもっと重大な問題があります」
「問題?」
「はい。鬼族は人間と子を産めるんです。これが何を表しているか、わかりますか? 鬼族は人間と繁殖できる、非常に近い種であると言うことです。ハーフオークも人間と繁殖できると聞きました。この、孫が生まれると言うことは、人間と全く同種と言うことが言えます。いいですか、事実です。鬼族は人間の亜種なんです。亜種を食べるというのは非常に不味いです。恐らく、辺境病の原因ではないかと考えています。カムナさん、どうでした?」
「ここに居るハハム爺さんを含め、長老と言われている人達は魔物を食わないです。冒険者ギルドも、長生きしている冒険者は魔物を食わないと言っていました。否定できないので、レングラン男爵領では魔物食を禁止する方向で動きます」
「と言うことで、魔物食を止めると食料が足りなくなるんです。目を付けたのが、連作障害の可能性です。同じ畑で同じ作物を作り続けると、成長しなくなり、収穫が下がるんです。もしかしたら領内も可能性がないかなと思いまして、調査をお願いしていました。カムナさん、どうでした? なにかわかりました?」
「一人だけ牧畜と小麦を交互にやっていました。話を聞く限り、収穫が多いです。道理で金回りが良いと思いました」
「はい、連作障害を回避すれば麦の増産が出来るのでは、と思っています。南部のレーキでも同じ悩みを持っています。春蒔きと秋蒔きで麦の種を変え、さらに牧畜を行って畑を休めることをしたいなと考えています。問題は牛の調達でして、南部のレコールで調達可能なのですが、南部は灰色牙狼が多くて旅が難しいですよね」
「確かに、屈強な騎士団が必要ですね。連作障害とは初めて聞きました」
「実際にはこれから考えるでいいです? カムナさん」
カムナが頷く。
「農業は以上です。次は内政です」
「鬼族は人間ですか・・・ちょっとショッキングですね・・・次は内政の改革ですか?」
「ええ。男爵領は、所詮小さな男爵領ですから、男爵が一人でヒーヒー言えば何とか運営は出来るんです。ですがやはり無理があります。そこで、後ろにいる方々、この地の地主の方達に集まって頂き、義務を果たして貰う事にしました。市民の義務、政治です。ただ集まるだけでは致し方ないので、寄り合いを組織し、男爵領での立法は全て寄り合いで採決、多数決で決定することにしました。寄り合いで可決し、男爵のサインが出たら決定です。通常はこのプロセスを通します。議長を一人決め、寄り合いを率いて貰います。レングラン男爵は法衣騎士爵を二名任命できるそうです。私が頂きましたが、二人目は後ろにいるカムナを任命いたしました。カムナは男爵領における宰相として、内政の全てを司ります。主な仕事は収穫量の推定から得られる税の予算案の作成と、領内の細かな立法や決めごとの案の作成、実行です。領内に大きな権限を持ち、運営するのがカムナの仕事です」
カムナはええ? みたいな顔で聞いている。
「カムナは大変ではなくて? 男爵は何をするのかしら?」
「良い質問ありがとうございます。カムナは既に貴族であります。崇高な義務を果たせ、と言っております。ただ激務であるため、私は五年を任期とし、最大二期までで交代しても良いかなと思っています。最初は男爵が任命しますが、後々は寄り合いで選出しても良いかなと思っています。男爵ですが、寄り合いに対し拒否権を持ちます。これは絶対に変える事の出来ないルールです。もちろん、寄り合いに案を出しても構いません。最初は男爵が案を出し、寄り合いに計るという感じになるかと思います。男爵が領の為にならないと判断したときは却下出来ます。寄り合いのデメリットとして、衆愚になる可能性と、やらなければならないことをサボる可能性もあります。拒否権が防止するわけです。領主と宰相、寄り合いの仕事の内容を明確に決めた事になります。宰相の権利って曖昧じゃないですか?」
「確かにユージーの言うとおりかもね」
「はい。男爵には大きな仕事がありまして、一つは軍を率いる総大将です。二つ目は外交、王家や他領、冒険者ギルドとの窓口になる事です。一番大切なのは、大きな視点で領が良くなるよう、未来を考えるという仕事があります。これは実務に追われていたら出来ない事です」
「理解したわ。完全に王の立場に男爵を置くのね?」
「そうです」
「寄り合いね・・・上手くいくのかしら?」
「少なくとも、寄り合いに計れば領内全ての人が知る事が出来ますよね。如何に形骸化させないか、というのが男爵とカムナの大事な仕事です。ごもっともなご指摘です」
「わかったわ」
「次に軍務の再編ですが、男爵は二十名の騎士を抱えています。今までは男爵の私兵二十名が最大戦力でした。ここにいる寄り合いのメンバー、または当主のご子息を正規兵として再軍備しようと思っています。権利がある以上、義務を果たして貰います。義務とは戦いの義務です」
「義務なのかしら・・・」
「ええ。貴族も含め、我々は王に属しています。権利の有る者、貴族は強大な権利を持ち、国政に関与します。何故権利があるかわかりますか?」
「王より貴族として認められているからよ」
「ええ。ではどうして貴族として認められるのでしょうか。二通り有るでしょう。貴族家を継ぐ場合と、大きな功績を残す場合です。王国の始まりに於いて、王は軍を率いて国を作ったはずです。王は王国で一番強い人間なんです。だから権威がある。貴族は本来王に従って兵を出した地主なんです。一番強いから王であり、義務は戦に出る。これが国の基本的な仕組みです。国とは、戦をする仕組みなんです。これを皆にわかって貰い、各地主から兵を出して貰います。やはり魔物が多く、兵が慢性的に必要な状況です」
「国とは、戦をするためにあると?」
「ええ。戦というと語弊が有るかもしれません。国に住む人の安全を守る為にあります。為政者は安全が脅かされるとき、戦をして脅威を取り除く必要があります。これが国、小さくすると領となります」
「誰も教えてくれないわ」
「当然です。言うからには、戦場に出る必要がありますからね。戦場に出ると死にます。だから王や貴族は妻を多数娶り、子供を増やしておくのだと、私は考えていますが、実際は違うのでしょう。さて、話はずれましたが、兵を増やしました。率いるのは当然レングラン男爵です。私がお願いしたのは、指揮命令系統に順位を付けて貰ってます。カムナさん、どうなりました?」
「決めました。男爵が一位、私、騎士爵が二位、三位が議長、四位が騎士団長、五位が副団長、六位がアーガス卿です。実際にはこの順位の人が、一位がアーガス卿、二位が騎士団長、三位が副団長の順で総大将を務めるよう命令する事になります」
「寄り合いで計って男爵にはサインを?」
「おう。サインした。今後はこれで動く。大変だったぞ? 決めるのに」
レングラン男爵が頷きながら言った。
「順位ですか? 決める必要ってありますか?」
「実際にはカムナが不在は考えにくいですから、レングラン男爵が所用で王都に行っているとき、魔物に襲来されたら混乱しますよね。誰が軍を動かすのか、迷います。混乱と変な人間の介入を防ぎたいと考えています」
「わかったわ。なかなか考えているのね」
「では、最後の財政改革です。財政と言うより、領内の産業を発展させて、皆がきちんと飯を食えるようになりたいと考えています。巡って税収も増えるのではないかと。一つ目は昨日ご覧頂いた薬草です。この地は希少な薬草が多く、かなり利益が上がると思っています。薬草畑の運用は農業が出来る人なら誰でも出来そうなので、雇用対策としては良いのじゃないかと思っています。薬草畑は職の無い人の受け皿になるべく、個人での経営はしないつもりです。領または経営が出来る組織に運営をお願いし、薬草を販売します。本当は薬草を独占する為に我々の商会を設立したのですが、いつの間にか軍司令官まで頂戴するはめに・・・」
「ウフフ。独占はいけませんわよ。五年で手放しなさいな」
「は。五年間だけ独占させて頂き、手放します。次に目を付けたのは魔道馬車の木製部分の製作です。ルーガルでは大型のタイプのみの製造を行う予定です。金属部分はルーディアで製作し、希望者にはその状態で販売しようと思っています」
「工房に見に行くのよね」
「はい。あとでご案内します。三番目はお酒の製造です。昨晩お飲み頂いたお酒、ウィシュケです」
「新しい酒・・・」
今までの話では静かだったのだが、お酒でざわつき始めた。
「静かに。後で試飲していただきますので。製造に詳しい人間を紹介して貰っていますので、見つけて酒造を作ろうと思っています。この地で採れる泥炭を使いますので、この地にピッタリの酒です」
「わかったわ。お酒の製造は独占を認めるわ。出資はお姉様の商会が出すのよね」
「ええ。魔道馬車を売ったお金ですね。ヴェルヘルナーゼ、皆さんにグラスを一個ずつお渡しして。あ、皆さん、寄り合いご就任の贈り物として、私達キーヴェルユー・リーフローフ商会より、ミハカール王国から輸入したグラスを一個ずつ贈ります。瑠璃のグラスでウィシュケを飲むと、色が映えますので。これで私どもが製造を独占することをお許し頂きたく」
「堂々とした賄賂ね。製造に独占も無いのに」
寄り合いのメンバーはヴェルヘルナーゼの前に並び、酌を受けている。新しい酒と美人のヴェルヘルナーゼの酌で、皆はニコニコである。
「旨い酒じゃ」
「瑠璃を初めてみたわい」
「奥様、すまない」
「騎士のねえちゃん、いける口だな!」
わいわいと宴会が始まりそうな雰囲気になった。
「すみません、なんだか宴会になりそうです」
「ううん、いいのよ・・・あれ? フォールーは? 飲んでいるのね・・・仕方ないわね・・・」
フォールーもグラスを貰い、嬉しそうに飲んでいる。俺とメリーカーナ王女が話していると、レングラン男爵とカムナが来た。
「カムナさんね? ええと」
「カムナ・ルーファと名乗らせています」
男爵が答えると、カムナは頭を下げた。
「ルーファ卿、貴族の義務を果たすのよ」
「は」
カムナは頭を下げる。
「殿下、実はお願いがございまして」
「何かしら?」
「今までの話、王国で違法がなければ、と。特に寄り合いと兵のあたりですが」
「大丈夫、問題ないわ。お酒の製造は税金があるかもね。商業ギルドに聞くといいわ。男爵領の税金だけどね。寄り合いは今後上手くいくか気になるわね。農業も気になるわ」
「またお越し頂ければと思います」
俺が言うと、レングラン男爵は頭を下げた。
「さ、お昼をご用意させて頂いています。どうぞ」
俺は食堂へ案内する。
「フォールー! 行くわよ!」
「殿下、一杯しか貰えないんです! 酷いと思いませんか!」
「いいから行くわよ!」
ヴェルヘルナーゼは酔っぱらい達の相手を止め、樽を収納すると俺達の後を付いてきた。




