ワイヴァーン
第九十三話 ワイヴァーン
「残念だったわね・・・」
夕刻、俺とヴェルヘルナーゼはチェシーディアの周囲の探索を切り上げた。火の神チュシディーグローシュの名を戴いている街であるため、期待に胸を膨らませていたのだが、寂れた村だった。街の聖堂も街の周囲にも、遺跡めいたものは何も無かった。
俺とヴェルヘルナーゼは帆船でアルプーディアに戻り、シーサーペントが出ない快適な旅を満喫した。アルプーディアからは魔道馬車で北西に進む街道を行き、チェシーディアに入った。ルーシュ神族の遺跡、首塚を探したのだが何も見つからなかったのだ。
チェシーディアに近づくと灰色牙狼が出没し始めた。十二頭狩った。
「まあいいさ。明日、ワイヴァーンの調査に出かけるよ」
「わかったわ。宿に行きましょうか・・・宿なんてあったかしら」
「うん、確か有った気がする」
俺とヴェルヘルナーゼは街に入り、寂れた宿を見つけると泊まる事にした。虫が酷いので除虫菊の香を焚いて駆除を行う。
食事は硬いパンと塩スープだった。南部の食事はソコソコ美味しかったのでなんだか残念である。
俺とヴェルヘルナーゼだが、南部を巡る旅で親密度が増して、普通に抱き合って眠る仲になった。もう一人では寝られない気がする。ヴェルヘルナーゼの寝顔は美しく、見ているだけで癒されるのだ。
俺とヴェルヘルナーゼは翌朝、チェシーディアの街を出た。ルーガルまではドゴールという村が一カ所有るらしい。普通は馬車でも二泊ほど野宿が入るらしいのだが、魔道馬車で飛ばして一日で行くつもりである。旅も終わりに近づいている。嬉しいような、寂しいような気持である。
「索敵をしてみるわ。龍筒をお願いね。ワイヴァーンを刺激するかも知れないから」
ヴェルヘルナーゼは体内で魔力を練ると、西に向かって魔力を展開した。俺の索敵の魔法が使えるようになったのだが、俺より魔力が厚く、魔物に気付かれてしまうのである。
ヴェルヘルナーゼは魔力量が豊富なので、俺とは別次元とも言える広範囲の索敵が出来る。
俺は西にそびえる山脈を見る。ワイヴァーンの巣があると聞いたが、非常に遠い。気軽に調査に行ける距離でも無いのが見て分かった。
「山脈の麓まで探ってみたけど、ワイヴァーンはいないわね。それなりに魔物はいるようよ」
「そっか。じゃあ行くか。あの山脈の調査は数ヶ月掛けないと無理だよね」
「そうね。行きましょうか。ね、うちが馭者になってもいい? 見てたら出来るかなって」
「あ、いいよ。じゃ行くか」
ヴェルヘルナーゼは魔道馬車を出すと、運転席に乗り込み、発進させた。
「最初はこの銀貨、人がのろのろ歩く速さ。次が人が早歩き。次が馬車の速度。順番に銀貨に触れていって。順番に触らないと発進しないからね」
「うん」
最初は馬車の速さ、時速十キロで操縦して貰う。自動車の運転は、スムーズに運転するために色々覚える事があるが、魔道馬車は時速二十キロなので覚える事など何も無い。慣れれば問題ないであろう。
ヴェルヘルナーゼはすぐにコツを掴み、時速十五キロでも問題なく運転出来る様になった。時速二十キロは路面によっては難しい場合がある。今は道が悪いために十五キロで操縦して貰った。
ユージーとヴェルヘルナーゼが魔道馬車を駆っているとき、先を行く馬車があった。
「殿下、護衛の騎士団が全員連れ去られました」
豪華な馬車の中の主従二人が乗っている。貴人の護衛と思われる女騎士が唇を噛みしめ、涙を流しながら少女とも言える年齢の主人に現実を告げる。
「きゃああ!」
馬車は横殴りに倒れた。護衛は主人を抱きとめ、衝撃を防いだ。馬の嘶く声も聞こえなくなった。馬車の外は、何者かが咀嚼する音が聞こえてくる。
「フォールー、巻き添えにしてしまったわね」
「お供します。大いなるお方の御代にて、永久の命のもとに」
フォールーと呼ばれた女騎士が主人を抱きしめた。主人は初めて抱かれた暖かい温もりに、二人で死ぬのも悪く無いと思った。
「が・・・」
フォールーが血を吐いた。巨大な爪がフォールーを貫いていた。
「フォールー!」
主人は涙を流して、今度はフォールーを抱きしめた。
「一緒よ、私も逝くからね!」
そのときだった。甲高い、大きな音がしたと思うと、馬車を襲った者どもが離れていったのだった。
「ん?」
俺は空を何かが飛んでいった気がして、索敵の魔法を展開した。俺は唇を噛む。
「ワイヴァーンらしき大型の魔物が三頭、街道に出た。ミスリル弾で対応する。無理そうなら助太刀頼む」
「わかったわ」
俺は龍筒を弾を二十発、ミスリル弾を八発、魔力薬を取り出した。
「距離千! 七百で狙撃する!」
街道は大きく曲がり、先が見えなくなっている。俺は真鍮の弾を込め、射撃を行った。
「距離七百! 狙撃」
ぱあん!
全く見えない中で魔法を頼りに狙撃する。当たったのか、良くわからない。
「見えたわ! 馬車が襲われているわ! 二頭は浮遊、一頭は倒れそうよ。命中ね!」
俺はミスリル弾を込め、浮遊しているワイヴァーンを狙う。
「射撃」
ぱあん!
ミスリル弾はワイヴァーンの頭を貫き、地上へ落下していった。残る一頭は何処から襲われているのか理解出来ないようである。
「次もミスリル弾! 射撃!」
ぱあん!
残り一頭のワイヴァーンも頭を貫かれ、落ちていった。
「俺はワイヴァーンに止めを刺す! 救出を頼む!」
「わかったわ!」
俺は龍筒に真鍮の弾を込める。最初に狙撃した個体が起き上がった。ヴェルヘルナーゼは魔道馬車を止め、馬車に走って駆け寄る。
「射撃」
ぱあん!
頭に命中した。俺は更に射撃を行う。
「射撃」
ぱあん!
ワイヴァーンは力尽き、地面に伏した。俺は残り二頭のワイヴァーンの頭に射撃を行い、間違い無く仕留めたことを確認した。
俺が三頭を仕留めた頃、ヴェルヘルナーゼが倒れた馬車から泣きじゃくる少女と共に血まみれの女騎士を引きずり出した。
「あなた! 助けてあげて! 怪我しているの! ファークエル! ナイフサイズで! 火は無しで!」
俺は魔力薬を飲み、寝かされている女騎士に駆け寄った。ヴェルヘルナーゼは魔龍剣ファークエルを風のナイフと化し、鎧の継ぎ目を切り裂いて装備を外していく。
「かは、かは、かは、こ、殺して・・・」
女騎士は虫の息だった。俺は血まみれの腹部に手を当てる。血が溢れてくる。腹部にワイヴァーンの爪を喰らったのだろう。
「お願いです! 助けてあげてくだざい! だずげでぇ!」
身なりの良い、高貴な身分とわかる少女が泣きじゃくる。
「大丈夫よ。死なせないからね」
「おねがいでず! だずげげえ」
ヴェルヘルナーゼは優しく抱き寄せ、頭を撫でる。俺は魔力を腹部に流し、傷を塞ぐ。恐らく傷は貫通している。
「ヴェルヘルナーゼ! 背中も傷を塞ぐ! 手伝って!」
俺とヴェルヘルナーゼの二人で女騎士俯せにすると、傷口に魔力を流し、傷を塞ぐ。俺は水の入った樽を取り出すと、傷口を洗い流す。
「あ、あ、あ」
少女は絶望の表情と共に空を指差した。
「ぎゃああああ!」
空が魔物の咆哮で染まる。
「大丈夫よ。そこで見ていなさいね」
ヴェルヘルナーゼは少女に優しく言うと、立ち上がって俺目がけて叫んだ。
「あなた! もう一頭来たわ! 丸焼きにするけど仕方ないわね! ファークエル! 空の王者はファークエルだと示してあげなさい!」
今までに無い、巨大な炎の龍が姿を現した。
「小さな母よ! そこで見ておられよ!」
ファークエルが咆哮すると、ワイヴァーン目がけて飛び立った。ファークエルはワイヴァーンの二倍はある大きさだ。本来の龍と変わらないサイズであろう。
ファークエルはワイヴァーンのブレスを物ともせず、頭を囓り切り、体を爪で押さえて地面に押しつけた。あっという間だった。
「もう良いわ、ありがとう」
「どうだ? いつもは小さき父に負けているから、消し炭にはしなかったぞ。ワハハハ」
ファークエルは笑いながら消えて行った。ヴェルヘルナーゼは魔力が尽き掛け、魔力薬を口にする。
「南部で噂になっている冒険者がいる・・・炎の龍を駆るエルフと、ドラゴンブレスを放つ男の二人組・・・この方達が龍炎の二人・・・」
少女は呆然としていたが、ヴェルヘルナーゼに背中を押され、女騎士の下へ駆け寄った。




