体力つくり
第九話 体力つくり
四日目の朝、いつものように三人で朝食を食べていた。
「おう、錬金術師君は顔色がいいな。例の病気とやらは良くなったのか?」
「そうよね、元気そうよ」
キーアキーラの声をヴェルヘルナーゼが肯定してくれる。
「一応、完治しました。これで体力が戻ったら冒険者に復帰ですよ。今日から素振りをしようかと思いましてね。昼からは銀細工を街で探してみますよ。確か露天商に居ましたよね」
「んん? よし、これから立ち会うか。今日は錬金術師君の腕を見せてくれ。今日は休みだ」
「じゃあうちもお休みにしようっと。ユージー君の剣の腕前が見たいわね」
「いや、別にお仕事をしてくださいよ」
「フフフ。自由なのが冒険者、よ」
俺の抗議はヴェルヘルナーゼに一蹴されてしまった。
「じゃあこれから剣を持って集合ね」
俺は短剣を持って宿の前に行くと、ヴェルヘルナーゼとキーアキーラが打ち合っていた。
「はっ! はっ!」
「まだね。遅いわ」
俺は二人の剣を見続ける。ヴェルヘルナーゼが一生懸命に上段から振り下ろし、キーアキーラが受けていた。ヴェルヘルナーゼは俺と同じ短剣だ。キーアキーラは細い、レイピアっぽい剣だ。俺の目には、ただ剣をブンブン振り回しているだけに見えた。時折、キーアキーラも攻撃を入れるが。上下に振り回すだけである。
「お、来たか。やるぞ」
「頑張って、ユージー君!」
俺は剣を上段で構え、二回ほど上下素振りをする。剣を頭の後ろ、俺の場合は地面と平行になるように構え、静かに振る。肩、肘、手首と連動して振り、最後に肩胛骨を入れて剣先を前に動かす。
三十年ぶりだけどまぁまぁ出来た。次は三挙動素振り。剣は頭の後方だがほぼ垂直に右足を一歩出して、剣を振り、右足を元の位置に戻す。三回ほど繰り返す。
「よし。いいですよ」
気になったのだが、明確な剣術を二人は納めていないようだった。魔物と対峙するには、関係無いかも知れない。熊やライオンと戦うのに剣術が必要かと言われると、確かに違う気がする。如何に力を込めた打撃をたたき込むかが大事なんだと思う。
恐らく、キーアキーラの剣は体捌きで躱せる気がする。
「なんだ? 不思議な動きだな。よし、やるか」
俺とキーアキーラは剣を構える。俺は中段に構える。防御も攻撃も行いやすい。キーアキーラは両手でバットを持つように構えた。バッティングでいう、割れの形だ。両手を頭の右に構える形である。両脇を開く、大リーグスタイルだ。
細身のすらりとした体型とが剣を持つ姿は美しかった。思わず見とれてしまう。
「じゃあ始め!」
ヴェルヘルナーゼの声でキーアキーラは思いっきり剣を振ってきた。良いレベルスイングだ。スイングスピードも速い。高打率間違い無い。恐らく、乱戦になる戦場では滅法強い剣だと思う。しかし、今は一対一だ。
俺はすっと右側に動き剣を難なく躱すとキーアキーラの剣が止まった瞬間に大きく右足を踏み出し、籠手を入れた。籠手と言うより、剣の根本を思いっきり叩く。剣は手から落ち、がしゃん、という音を立てて地面に落ちた。
「え? 嘘?」
ヴェルヘルナーゼは驚きの顔をする。
「俺の勝ちです」
「も、もう一回だ!」
二回目も足を全く使わない剣を難なく躱し、籠手を入れて剣を落とした。
とにかく女性としては、しかも細い女性とは思えない剣速だった。ただ足を使わないので全く怖くなかった。
「も、もう一度だ!」
三回目は俺が中段から突きを入れた。右足を思いっきり踏み出して、渾身の突きだ。突きは剣を振らないので、極めて速い。キーアキーラは動けず、喉を俺の剣先に晒した。
「そうか、わかったぞ」
キーアキーラはにやりと笑う。
「さあ来い」
キーアキーラも俺と同じように中段で構える。
「大丈夫なの? 負けてばっかりよ? あんた金級なのよ? 鉛級に負けてどうするのよ」
「ああ。今度は負けない。合図を」
「じゃあ行くわよ。始め!」
キーアキーラは俺の方に大きく右を踏み出し、突きを入れた。俺は左に体を反らし、突きをかわすので精一杯だった。
「躱されたか・・・済まん、錬金術師殿の剣を盗ませて貰った」
「別にかまいませ・・・うっぷ」
俺は気持が悪くなった。吐きそうなのを我慢する。
「ユージー君! 君は病み上がりなのよ! キーアキーラも! まったく!」
ヴェルヘルナーゼが水を飲ませてくれる。
「大丈夫?」
「ふう。落ち着きました。もう大丈夫です。しかしもう俺じゃ勝てませんね」
二、三度見ただけで完璧に剣術を会得した感じだ。これが金級の冒険者の実力・・・冒険者は自由と言っていたが、キーアキーラの場合は考え方も自由なのだろう。柔軟だ。柔軟な頭が、生き残るコツなのだろうか。
「よし、うちも」
ヴェルヘルナーゼは素振りを始めたが、全く成っていない。
「あ、駄目です。まずは立ったまま素振りです。剣を構えて、三角形を作ったらそのまま上げます。手の形は変えちゃ駄目ですよ。そうそう。俺の場合は剣を水平にまで後ろにして、円を描くように振ります。肩から肘、手首と連動して振ります。最後に肩の骨を入れて剣先を前に繰り出します。これが素振りです」
「今までとは全く違うわね」
「そうだな。一対一を行うには最適ではないか。野盗やオークに有効だ。要人警護にもいいな。警護に最適ではないか」
二人は素振りを始めるが、何か変だ。
「なんか変ですね。こうです」
俺が手本を見せると、段々と形が良くなっていく。
「次は三挙動素振りです。剣は垂直に近い感じで構えます。右足を踏み込んで振ります。地面と水平まで振ったら剣を戻しながら右足を下げます」
俺は三回ほど繰り返す。まずはヴェルヘルナーゼが真似をする。なんかおかしい。
「足を前に出しながら剣を振るっておかしいわよね。すっごい変な感じがする」
ヴェルヘルナーゼは顔を顰める。
「何言っているんですか。踏み込んだ分、剣が速く、力が入りますよ。それに、踏み込んだ分遠い間合いでも剣がとどくんです」
合っているかわからないが、野球のバッティング用語で説明してみる。
「だから三本目、突きにやられたのだ。目から鱗だったぞ。龍の鱗なら素材になるのだけどな」
「アハハハそうそう! キーアキーラ止めてよ! 練習出来ないじゃない!」
冒険者ジョークだ・・・
二人は一心不乱に素振りを始める。最初は右足を出すのを考えながらだったが、すぐに一体化した素振りになる。こいつ等天才なのか? 天才だから銀級とか金級になるのか。
二人は小一時間、素振りをしていた。汗びっしょりだ。俺は病み上がりだから見学させてもらう。途中、ヴェルヘルナーゼの剣が左に流れ始めたので、左手の力が抜けていると注意する。
「あ、すまん。金級になって、違う技を覚えることが出来るとは思わなかった。しかし、礼をしなくてはな。秘密だったのだろう。悪かったな」
キーアキーラは剣を納めた。
「あら、ホントだね。お礼をしなくちゃね」
ヴェルヘルナーゼはおっぱい、キーアキーラはお尻がいいです、と言いたかったが止めておく。パンチを食らいそうだ。次は死ぬかもしれない。
「いえいえ。俺はちょっと休んで買い物に出かけます。じゃ」
「ありがとうな!」
キーアキーラは声を上げると、一心不乱に素振りを始めた。
「ね、私も買い物に行くよ。剣士のキーアキーラはまだ剣を振っているよ。鉛級から一本も取れないなんて、流石に堪えたんだねぇ。私は魔法使いだから、ショックは小さかったよ」
ヴェルヘルナーゼと二人で笑いながら部屋に戻った。恐らく、俺はキーアキーラに勝てないんだろうなと思ってしまった。
平均で4.5という高評価を戴きました。
本当にありがとうございます。