南部小領主地区クーディア その二
第八十三話 南部小領主地区クーディア その二
「小さな母、それはアッギドルだ。次はベルギモレ。それはフェー」
俺とヴェルヘルナーゼはクーディーメローシュに関連すると思われる遺跡の前に立っている。扉には神代文字が刻まれており、ヴェルヘルナーゼが読もうと試みたが難しく、途方に暮れていたのだった。
見るに見かねたのか、大精霊ファークエルが顕現し、文字を教えてくれている。
ファークエルは龍みたいな絵を指差してアッギドル、剣を持った人をベルギモレ、翼の生えた人をフェーと言っていた。二十二種類、ファークエルは名称を言っていく。恐らくアルファベットなのだろう。
「小さな父。済まぬ。大目に見てやって欲しい」
「いえいえ。神代文字を読もうと言うだけで凄いです」
「ファークエル、ありがとう。大体わかったわ」
「さらばだ」
ファークエルは剣に戻っていった。
「ありがと。じゃあ読むわよ。祝福を、洗礼を。この種子に望みを、大地の恵みは父なる陽の光を浴びて、強大なる慈雨の恵により大地より出でて、大地に恵をもたらす。恵は大地に伸び、小鳥が歌い、栗鼠が木の実を拾い、獣が草を喰む。大地の恵みは大きく伸び、益々大地に恵を与え、恵を多くに分け与えるだろう。恵は更に広まり、一柱の御身を・・・あ、一柱って木の事ね・・・祝福を、洗礼を。一柱の御身から生まれ出る祝福を、洗礼を、大地の恵みたる種子を蒔き、二柱となるであろう。夫婦となる二柱、大地の恵みは父なる陽の光を益々浴びて、強大なる慈雨の恵により大地より出でて、大地に恵を益々もたらす。恵は大地に伸び、小鳥が益々歌い、栗鼠が益々木の実を拾い、獣が草を益々喰む。この芳醇が約束された大地の恵みは父なる陽の光を益々浴びて、強大なる慈雨の恵により大地より出でて、大地に恵を益々もたらす。恵は大地に伸び、小鳥が益々歌い、栗鼠が益々木の実を拾い、獣が草を益々喰む地に残す・・・こうかな」
「え? なんだ? 何言っているんだ? 栗鼠が団栗を拾ったってことか?」
「・・・エルフは森を見つけると興奮するのよ。いい、長々と書いて有るけど『森』よ。昔の人は森のことを、『祝福を、洗礼を。この種子に望みを、大地の恵みは父なる陽の光を浴びて、強大なる慈雨の恵により大地より出でて、大地に恵をもたらす。恵は大地に伸び、小鳥が歌い、栗鼠が木の実を拾い、獣が草を喰む。大地の恵みは大きく伸び、益々大地に恵を与え、恵を多くに分け与えるだろう。恵は更に広まり、一柱の御身を・・・って、二十柱まで繰り返して感謝の意をくべながら会話したって言うわね。森に行こう、と言おうと思っても、長々と感謝しているうちに用件を忘れて二人で感謝して終わってしまうのよ。流石に都合が悪いからやめたらしいんだけど、樹木族がこんな感じらしいわ。樹木族と目があっても会話しちゃ駄目よ。日が暮れるわね」
「わ、わかった。要約をお願いできないかな」
「ああ、ゴメン。『森に残した』って言いたかったのよ。良い森に出会って興奮して『森』を祝福を、洗礼を。この種子に望みを、大地の恵みは父なる陽の光を浴びて・・・」
「あーあーあ、わかったわかった! 入り方とか扉の開け方とか・・・」
「ほら、見て。最後。文字の間隔が狭くなって書ききれなかったのよ、多分」
「そうか・・・じゃあ開けてみよう」
「開くの?」
「ヴェルヘルナーゼの姓はゲルアだろ、違う?」
俺は想像を口にしてみる。魔力の多さ、奇怪な痣からしてゲルアの直系だと思っていた。
「へ? 良くわかったわね。そうよ。うちの真名はルーアフォーヴェ・ヴェルヘルナーゼ・ゲルアよ。あ!」
「どうした?」
「ううん、何でも無いわ。ヴェルヘルナーゼは字なのよ。真名は森を出たときに捨てたんだ。もう名乗らないよ」
「ほ、本当にゲルア姓だったのか・・・」
「エルフの姓の半分はゲルアとルーディールーシュだから、特別なものじゃ無いからね。手に持った団栗の山は、全てゲルアに行き渡るって言われているのよ」
エルフは団栗が好きらしい。今度拾ってこようと思った。
「ルーアフォーヴェか・・・」
ヴェルヘルナーゼは俯いて小さく「うん」と答えた。
「ルーアフォーヴェ」
「うん・・・」
俺はしおらしいヴェルヘルナーゼが可愛くて何回も真名で呼んだ。
「ルーアフォーヴェ」
「ちょっと! 真面目にやってよ! もう!」
「ははは。ごめんごめん」
俺は扉の方に向くと、扉を開けようとするが、押しても開かないし、手に引っかける取っ手も無い。
「開かないの?」
「仕方ないな・・・扉よ、全ての母、大地の女神ゲルアの子孫がゲルアの意志を引き連れてご光臨される。開けよ」
俺は畏まって言ってみる。扉は鈍い音を立てて開いた。
「ひ、開いたわ」
「本当に古代のエルフの遺跡だね」
「フォーリーフェーン!」
小さな光の妖精が現れ、扉の中を明るく照らした。洞窟が伸びている。洞窟というより、地下神殿という趣である。キッチリと四角く削られていた。
「入るわよ」
ヴェルヘルナーゼの顔は引き締まり、前を見据えていた。
俺とヴェルヘルナーゼは先を進んで行く。俺は索敵の魔法を掛けてみるが、生きている者の反応は無かった。
「魔物も動物もいないよ。行こう」
「待って。何かいるわ」
近づいてみると、白銀の鎧に身を包んだ恐ろしく細い騎士が立っている。
「死んでいる? 違うな。鎧を着ているだけだ」
「下がって!」
ヴェルヘルナーゼは俺の襟を掴むと、思いっきり引っ張った。
ブン、と風切り音と共に、俺が居た場所を鎧が薙いだ。恐ろしい速さで、生き物とは思えなかった。
「ゴーレムよ! ミスリルのゴーレムだわ! ファークエル!」
ヴェルヘルナーゼは魔龍剣ファークエルの炎の剣を出現させる。非常に長い長剣になっていた。
「行くわよ!」
ヴェルヘルナーゼは相手のリーチより長いファークエルで斬りつける。炎と風の魔剣はミスリルの鎧に触れるとかき消え、傷一つ付ける事無く素通りした。
「ああ、魔力が吸収されたわ!」
ヴェルヘルナーゼはファークエルを構えたまま後ろに下がる。
「あいつを仕留めるには魔法じゃ駄目ね。剣でぶったたくしかないわ。相性最悪ね」
ミスリルの鎧は大きく剣を薙いだ。剣術もクソもない、思いっきりブン回すだけであるが、余りの剣速に近づけない。
「に、逃げるわよ。敵わないわ。外なら龍筒で・・・」
言い終わらないうちにミスリルゴーレムは剣を振り回してくる。怖くはないが、近づくのも無理だった。
「ゴーレムよ、控えろ。大地の女神ゲルアの御嫡子がゲルアのご意志と共にご光臨である。通せ」
俺が叫ぶと、ミスリルゴーレムは動きを止めた。しばらく俺とヴェルヘルナーゼを見つめている。ヘルメットで顔が見えないのだが、俺とヴェルヘルナーゼを観察している気がした。
「あっ」
固唾を飲んでいたヴェルヘルナーゼが小さく叫んだ。
ゴーレムは力を失い、頭から倒れた。ヘルメットが外れ、中から土が零れ出た。
「死んだの?」
「役目を終えたんじゃないかな・・・どれどれ、制御部位を見させて貰いますよ・・・」
俺は心臓が高鳴るのを押さえ、ヘルメットを手に取ってみた。純粋なミスリルである。
「凄い。ミスリルだ・・・土を掻き出して・・・何もない・・・嘘だろ・・・」
「ゴーレムの核になる魔方陣でしょう? 魔方陣を記したものが核になるって言われているから有るんじゃないの?」
ヴェルヘルナーゼは胴の土を出すが、何も入っていなかた。
「駄目ね。土に書かれていたのね・・・」
「そんな・・・」
「ミスリルの鎧を着た、クレイゴーレムだったのかな・・・お勤めご苦労様」
「仕方が無い。ゴーレムの調査は迷宮で行おう。帰ったら迷宮に行くよ」
「ウフフ。わかったわ。じゃ、有り難たくミスリルの鎧は頂いて行くわね」
「ヴェルヘルナーゼが着られないかい? 魔法の類が全く効かないよね。吸収しているし・・・あ」
「どうしたの? 何かひらめいたのね。後にするのよ。ひらめいても今は魔道馬車だけで精一杯なのよ」
「うん。で、どう?」
「うーん、細すぎるし頭も小さすぎるわ。わざと小さく作っているし、ほら、関節は人形のようよ。これは鎧じゃなくて人形じゃないかな」
俺は言われて関節を見ると、球体が入っていた。無論、ミスリルの球体だ。球体関節人形である。
「本当だ。球体関節人形だ。これをゴーレムにして再起動させよう」
「ねえあなた、この剣だけども」
俺は剣を渡された。懐かしい輝きである。
「それ、永久に光輝いて朽ちる事のない鉄、アダマンタイトじゃないかしら?」
「アダマンタイト? そんな金属は存在しないよ。これはね、まってよ・・・」
俺は魔力を少し流し、成分を探ってみた。魔力を流さなくてもわかった。懐かしさの余り涙が出そうになった。




