南部小領主地区ミハーク
第八十一話 南部小領主地区ミハーク
レコールの街で牛肉を仕入れた翌日、俺とヴェルヘルナーゼが城門を出て街道を歩いていると、レコールの街の冒険者ケルケコルと、相棒の女魔法使いフローメールに出会った。
「朝が早いな。出発か。俺達は夜警を終えて寝るところだ。最近灰色牙狼が増えて来ている。狩っても狩っても追いつかん」
ケルケコルは小さくため息をついた。
「おはようございます。ケルケコルさん、フローメールさん。灰色牙狼って何処が巣なんでしょうか?」
「今日もお綺麗ですね! あそこですよ、狼山が巣です」
「おいおい、フローメールそれじゃわかりにくいだろ。街道はルーガルからクーディア、アプルーディア、チュシーディアと冠状になっているだろ。何故冠状かというとほら、ガルダス山地があるからだ。特に真ん中の山を狼山と言っている。餌が不足してくると奴らは山から下りてくる。気を付けろよ、今年は冷夏か干魃だぞ。保証は無いがな」
「え? 冷夏? 干魃?」
「灰色牙狼の出る年は不作だって、この辺では噂されているの。あくまでも噂ね。もし冷夏でも、レコールはお肉を食べるから関係無いけどね」
俺が発した声に、フローメールが答えてくれた。
「奴らは生きる本能が研ぎ澄まされた、半神の魔物だ。本来、狼は山の神の化身だからな。山の食料を減らさないように、麓へ降りてくるんだ。何が起きるかわからないが、気を付けた方がいい。気を付けろと言われても困るがな」
「・・・」
「安心しろ、この辺じゃ常識だ。じゃあ気を付けろよ」
俺とヴェルヘルナーゼは人影が消えたのを確認して、魔道馬車に乗り込んだ。
「凄い人達ね」
ヴェルヘルナーゼが関心している。
「そうだね。レコールの宝だろうな。しかし収穫が下がるのか・・・何が起きるんだろう?」
「アッハッハ。あなたが出張って来たんだから、今度はドラゴンよ。狼山はドラゴン山に名前が変わるわよ。何色かしらね? 赤? 赤は凶暴なのよね」
「ええ? ドラゴンが出るって物騒な」
「ほら、あなたがやっつけた龍断のなんとかって人が居たでしょう。あの人はあなたと同じ、ワイヴァーン討伐のはずなんだ。ドラゴンを征伐したら正真正銘のドラゴンスレイヤーよ。ウフフ・・・楽しみね」
龍断のキーク、元金級の冒険者である。子供がいるのにキーアキーラに手を出してしまい、剣を抜いたので降格を喰らった人だ。
「不謹慎だなぁ」
「で、どうやってドラゴンを倒すの? レッドドラゴンだったらうちとの相性は最悪ね。火が全く通用しないからね」
「デカイ龍筒を作ろうかなって思ってるんだ。でも今以上の龍筒は持てないんだよ。撃った時の衝撃が大きそうでさ」
「うちとキーアキーラで持つ?」
「ゴーレムが良いかなって。一万トッフ(約八キロ)は届くから、ドラゴンと戦いにならないうちにやっつける」
「い、一万トッフ・・・今の龍筒でも凄いのに・・・」
「それで、お願いしたいのはヴェルヘルナーゼに索敵の魔法を使って欲しいんだ。俺だと魔力が無くて精々千トッフ位しか索敵出来ないんだけど、ヴェルヘルナーゼならできるだろ?」
「まあ、確かにうちはあなたより魔力は多いわよね。でも見えれば索敵の魔法は要らないわよね」
「索敵の魔法で得られた場所に撃ち込んでいるんだ。だから命中精度が高いし、見なくても当たるんだ」
「それが秘密だったのね・・・当たりすぎると思ったのよ。百発百中だし。索敵の魔法が大事なのは理解したよ。じゃあ教えて貰おうかな」
「うん。まずね、何も無いこの空間、俺達は息をしているよね」
「うん。そうね」
「俺達は空気というガス体を吸っているんだよ。空気は二割が酸素という物質で、八割が窒素という物質なんだ。まず、これをわかって欲しい」
「て、哲学的な話これきた、って感じね」
「哲学? で、俺達が話している声、どうして聞こえるかと言うと、空気が振動しているからなんだ。水みたいに波打っているんだよ」
「え? 波?」
「そう。音は一拍の間におおよそ二百トッフ、ええと・・・正確には二百十二トッフ進むんだ。雷が鳴って、光ってから音がするよね。あれは光の進む速度より音の進む速度が遅いから、後で音が追いついてくる現象なんだよ」
「う、うん」
「池にさ、石を投げたら波紋が出来るよね? 波紋って反射するよね? 波紋も波なんだ」
「うーん、そうだったかしら」
「反射するんだ。それを魔力で行うのが索敵の魔法だよ。魔力なら、地形だけとか、大型の動物だけとか選別が出来るでしょう? 何もかも測定しちゃうと情報が多くなりすぎて頭が焼き切れるから気を付けてね」
「え? じゃあ迷宮の構造もわかるじゃないの」
「俺では無理だけどね。魔力が切れてしまうよ」
「成る程ね・・・次の街、ミハークが見えてきたわ」
俺とヴェルヘルナーゼは魔道馬車を降り、ミハークの街に入る。
「宿をさがしましょうと言いたいけど、無いんじゃない?」
俺は街の広場に立って、周囲を見まわした。小さい。余りにも小さい。街と言うより村だ。
「村だな・・・こりゃ・・・仕方が無い、通過しようか・・・あ、酒蔵があるよ。入ってみよう」
「そうね。お酒をルーガルでって言っていたわよね・・・こんにちは!」
酒蔵の中は大きな酒樽が鎮座している。
「あ、いらっしゃい。カルツァールかい? うちはカルツァールしかないんだ。今年で終わりだけどね」
初老の男性が小さな樽と一緒に出て来た。
「カルツァールってなんですか?」
「南部の人じゃ無いのかい。麦を蒸溜した酒だよ。酒精が強いんだ。飲んでみなよ」
俺は渡されたコップで少量口に含む。これから運転があるので本当に嘗めるだけだ。味家の無い、辛くてイガイガするだけのウィスキーの様な、麦焼酎のような味だ。アルコール度数は五十パーセント位だろう。消毒に良さそうである。
「辛いね! 酒精が強い!」
「南部はエールやワインが痛みやすいから、蒸溜したカルツァールが好まれるんだよ」
「へえ。この小さい樽で二つ貰おうかな。いっちゃん古いのが欲しい。で、さっき終わりだって言っていた気がしますが」
「ああ。俺も体が弱ってきたし、釜も傷んで使えないんだ。子はルーディアに行ってしまったし、街の外に売れないからねぇ。この街も人が減ってしまって、商売にならないんだ。隠居するんだよ」
「そうですか・・・」
「古いカルツァールか。黒く成っているぞ。俺は黒い方が好きなんだがな。売らないで自分で飲むのさ・・・って言いたいところだが、腐ったとかいって好まれないから売れないんだ」
俺とヴェルヘルナーゼは貯蔵庫に案内される。一際大きい樽が六個置いてある。人の背よりも高い。大きい。
「一番左の樽だよ。ちょっとまって、汲んでくる」
俺は樽にかかった梯子から降りてくるご主人から琥珀色の蒸留酒を受け取った。
「あら、本当だわ。黒いわよ。体に悪いわよ」
「大丈夫。樽に入れて寝かせると茶色くなるんだ。どれどれ・・・」
俺は香りを嗅いで少し嘗めた。見た目はウィスキーだが、香りも弱く、泥炭の香りも少ない気がする。味が落ちるウィスキーだ。こういう酒だ、と言い切ればこれで良いかもしれない。高級ウィスキーと比べるのはよそう。夜にでもゆっくりと飲みたい。
「ご主人、麦芽を燻す時には泥炭じゃないのですか?」
「泥炭は取れなくなってな、隣町の魔法使いに頼んでいたのだよ。この樽は泥炭で燻したカルツァールが混ざっているんじゃないかな」
「そうですか・・・」
ヴェルヘルナーゼが俺の顔をちらりと見た。まさか。
「この樽、譲って頂けないかしら? 金二十枚でいかが?」
ヴェルヘルナーゼが価格交渉を始めた。
「いいのか? どうやって運ぶのだ?」
「大丈夫です。では金貨をどうぞ」
ご主人はヴェルヘルナーゼから金貨を受け取ると、にこりと笑った。
「じゃ、頂いていきます」
ヴェルヘルナーゼは大樽を収納すると、ご主人は酷く驚いた。
「鞄持ちか。王都の商会さま?」
「いいえ、ルーディアのキーヴェルユー・リーフローフ商会のユージーと申します。こちらは同じくヴェルヘルナーゼです」
「おや、ルーディアか。息子はルーディアで冒険者をしているんだけど、見かけたら声を掛けてくれ。俺はゾンヒレ、息子はダンヒレだ。苦労していると思う。酒屋の息子が冒険者になれるとは思わないから」
「わかりました。会ったら声をかけさせて頂きます」
酒蔵のご主人、ゾンヒレは笑いながら俺と握手をした。




