魔付き その一
第三十四話 魔付き その一
「でだな、あの後のゴブリン集落の殲滅はだな、騎士達の被害は結構あったそうだ。死者二、重傷四だ。やはりハーフゴブリンの女に毒のナイフを喰らったらしいな。彼女らを殺すのは苦しいからな。あとあの三人は伯爵家の護衛に推挙した。護衛になるならお金のやりとりは彼女たちと相談する。任せてくれ」
俺達はギルドでギルドマスターに話を聞いている。何故かというと指名依頼の説明らしかった。俺はこの人の評価を変えている。筋肉ムキムキの脳筋かと思ったら、かなり細かな采配が出来る人である。大会社の課長などをやるといいだろう。
あの三人の推挙とは明星の剣の三人の事だ。
「で、ボウズが治療している所をレングラン男爵が見ていたんだ。まぁ見るよな。実は男爵家には訳ありのご令嬢がいて、どうにもならない状態なんだ。魔付きでは無いかと言われている。悪魔が取り憑いて、誰もがさじを投げる状況らしい。経費を除いて金貨十枚だ」
「ああ、ハールレ様か」
「キーアキーラさん、知っているのですか?」
「有名なのよ。外に出ない箱入りのご令嬢よ。魔付きだったのね」
ヴェルヘルナーゼも頷いている。
「魔付き?」
「詳しい事は判らない。受けるか? って、悪魔だったら手に負えないんだがな」
「受けます。但し経費は随時、契約破棄可能で。なんだかさっぱりわかりませんので」
「そりゃそうだな。わかった。失敗時の違約金は無しでいいぞ。早速だがこれから頼む」
「私は三人を連れてルーディアにいく。片が付いたら合流だ。剣も出来ているだろうしな」
「あ、そうですね。わかりました」
俺とヴェルヘルナーゼはキーアキーラと別れ、レングラン男爵の屋敷を目指した。
「よく受けたわね。私なら受けないけどね」
「まぁご令嬢が悪い訳ではないし、いいよ」
「まあいいわ。万一に備えてうちが守るからね。魔付きだったら魔法で襲われるんじゃない?」
「その前に、指輪を一個買っていくよ。多分使うと思うからね」
俺は露店商から銀の指輪を一個買い、屋敷に向けて歩き始める。レングラン男爵家の屋敷は商業地区や宿がある西ではなく、東にあった。東の大半がレングラン男爵家の屋敷で、余りの大きさに俺は驚いてしまった。
「お屋敷が全部じゃないわ。騎士達の宿舎もあるし、訓練場もあるし、使用人の宿舎もあるわね。本当のお屋敷は奥の建物よ。あれよあれ」
指差された方に二階建ての建物が見えた。宿泊している宿の三倍はあると思う。
遠巻きに眺めていると、騎士が出て来た。
「おや? 君か。魔剣持ちの彼女も一緒か。今日は何かな?」
ゴブリン退治で副長を務めていた騎士だ。体は大きく、屈強だ。
「ドドーレさん、ご無事でしたか。男爵様よりギルドへの依頼で来ました」
「ああ、君だったのか。案内する。付いてこい」
俺とヴェルヘルナーゼは騎士ドドーレの後を付いて行く。先のゴブリン殲滅戦では副隊長を務めた人だ。屋敷の規模に対して、人が少ないような気がするし、手入れも行き届いていない。草も生えまくっている気がする。
屋敷は手の込んだ造りであるのだが、絵画だとか、壺だとか、鎧だとか、装飾品の類はは一切無かった。お金が苦しそうだと思ってしまう。
屋敷の二階に案内された。
「ミカファ様! 冒険者をお連れしました!」
騎士がノックをすると、男性の声が聞こえてきた。
「おう。入れ!」
騎士がドアを開けてくれた。俺は中に入る。中ではミカファがペンを持って、書類と格闘していた。当たり前だが、全部羊皮紙である。執務室であるようだった。執務をしているのはミカファ一人である。
俺は市役所のように役人が沢山いるものと思っていたが、男爵領だと人がいないのかも知れない。
「おう。すまん。ま、座ってくれ。ユージーったか。弟が乱暴をした事については申し訳無かった。鉱山送りになったので、三年も保たないだろ。死んだら連絡する」
俺とヴェルヘルナーゼは執務室内のテーブルに座る。残念ながら、高級品ではない。安物に毛が生えた程度のテーブルと椅子だ。
「今日来て貰ったのは、お前さんが最後の望みだからだ。話は聞いたと思うが、俺には妹がいる。ハールレと言うんだが、悪魔か悪霊が取り憑いたみたいなんだ。祓って欲しい。違約金は設定しないから、気楽に頼む」
「わかりました。ハールレ様はおいくつですか?」
「十六だ」
「どのような感じなのでしょうか。いつからです?」
「今から一年くらい前だ。突然な、凶暴になってな。火の玉をぶつけられて死にそうになったぞ。気を付けて欲しいが、ヴェルヘルナーゼがいるからいいよな」
「はあ。凶暴じゃない時もあります?」
「わかんねぇな。まともに話せていねぇんだ。もともとは大人しくておっとりした可愛い妹だったんだよ」
「ええと、家族構成を教えていただいていいですか?」
「ああ、いいぞ。オヤジとオフクロは男爵家を引退している。兄弟は俺と弟、妹、弟、妹だ。次男と三男は妾腹だ。三男があいつだな。最後の妹がハールレだ」
「わかりました。会ってみましょう」
「すまん。頼む。付いてこい」
俺とヴェルヘルナーゼは二階の奥の部屋に案内された。
「おい! ハールレ! お前を見てくれる人を連れて来たぞ! 入るぞ!」
ミカファは声を上げてドアを開けた。護衛の騎士は緊張した面持ちだ。ドアを開けてミカファは入って言った。俺とヴェルヘルナーゼも入る。
部屋はベッドと机が置いてある質素な部屋だった。ベッドに腰掛け一人の少女が座っていた。優雅にお茶を飲んでいる。
少女は兄であるミカファと同じ赤い髪を後ろで束ね、にっこりと微笑んでる。微笑んでいるように見せている。顔色は真っ白で、目は虚ろだ。髪も傷んでいるように見えたが、純白のドレスはそれでもよく似合ってた。
やはりそうか。俺は思った。
「ハールレ。こちらはお前を見てくれる治療魔法使いのユージー殿と、高名な冒険者のヴェルヘルナーゼ殿だ」
ハールレはちらりと見たが、虚ろな目をカップに戻した。
「あ、もう良いですよ。男爵様は退出願います。ええと、二人になるのはまずいですよね。ヴェルヘルナーゼだけいて貰います」
「頼む」
ミカファは俺の手を強く握ると、部屋を出て行った。
俺は装備類を全部外し、ヴェルヘルナーゼに預ける。目が「大丈夫?」と問いかけているが、俺は小さく頷いた。俺はベッドに腰掛けるハールレの正面に行き、立ち膝になる。
「初めまして。黒鉄級冒険者のユージーです。お手を拝見させていただけませんか」
ハールレは虚ろな目を俺に向けると、目の色がふっと変化し、目に力が籠もった。
「だ、誰よあなた? 止めてよ、止めて来ないで来ないで嫌よ嫌よ。こないでったら! 来ないでぇぇぇぇぇ!」
「ハールレ様?」
「嫌よ、来ないでよ! ハールレって誰よ? 誰よ? 誰よぉぉぉぉぉ!」
ハールレの顔は恐怖に歪み、靴のまま後ろにずれていく。俺に枕を投げつけられた。
「ユ、ユージー君・・・」
「ヴェルヘルナーゼ、大丈夫だと優しくあやしてくれ。今の人格が何かの被害に遭った人格だ。もう大丈夫だって、子供の様にあやしてあげて。名前を聞いて欲しい」
「わ、わかったわ。名前ね」
「止めて! 怖いのよぉ! あの男が怖いのよぉぉ!」
ヴェルヘルナーゼは後ろからハールレの体を抱き留めた。
「もう大丈夫よ。大丈夫。あの男はね、小さくてひょろひょろしているでしょう? とっても弱いのよ。だから大丈夫、大丈夫」
「・・・怖くないの?」
「そうよ。怖くないわ。だって私の舎弟だもの。ね、今日は何していたの? 教えて欲しいな」
ヴェルヘルナーゼによってハールレが落ち着いてきた。しかし、俺はひょろひょろなのか・・・しかも舎弟だって・・・
「ええとね、今日はね、一人で寂しかったの・・・」
「そうなの? 寂しかった?」
「うん・・・でもお姉さんがいるから大丈夫・・・かな・・・」
ヴェルヘルナーゼが完全に仲良くなった。凄い。
俺は指輪に魔力を通し、あるアミュレットを作った。俺がアミュレットを作っているのを見たヴェルヘルナーゼは手を伸ばして指輪を受け取った。俺は小さな声で、寝かせろと呟いた。
「ね、お姉さんとおそろいの指輪を上げる。手を出して? ほら、おそろいよ。これをしたらうちとお友達になっちゃうね」
「え? 本当に? じゃお願い!」
ヴェルヘルナーゼは右手の薬指に指輪を嵌めた。嵌めた瞬間、血色が良くなり始める。目も閉じ始めた。
「もう大丈夫よ。ゆっくり寝てね・・・ね、お名前を教えて」
「ポーフィーよ。ポーちゃんって呼んで・・・」
「お休み、ポーちゃん」
ヴェルヘルナーゼはハールレの靴を脱がし、ベッドに横たえた。血色の良くなったハールレは、赤い髪と純白のドレスが眩しく見えた。
「寝たわ。どういう事よ? ポーフィーってどういう事よ?」
俺はハールレの手を握り、魔力を通して行く。最初は脳。やはり、セロトニンの分泌が少ない気がする。セロトニンを増やす魔力を指輪に込めたから、少しずつ多くなってきている。
セロトニン、安心感を司る副交感神経を働かせる脳内物質である。ハールレはセロトニンが少ないのだ。脳内でセロトニンが枯渇する状況。精神病に罹患している状況で間違い無いと思う。
俺はハールレの体内を探っていく。異常は無いか・・・あった。俺は悲しくなった。子宮に胎児がいた。既に動いていない。子宮も動いていない。
「・・・」
俺は手を離して、安心して眠るハールレを見ていた。
「彼女は解離性同一性障害だ。一人の中に数人の人格を作ってしまう病気なんだ。原因は、強姦による妊娠と、死産。子宮に生きていない胎児がまだいるよ」
「え?」
「男爵に説明するよ」
少し毛色の違う話を挟みます。
削除も考えましたが、掲載する事にしました。
少しお付き合いください。




