ゴブリン狩り その四
第三十二話 ゴブリン狩り その四
「気にするな、ユージー。ゴブリン狩りの難しい所だ。ゴブリンは単体では弱いので回りが見えなくなる。ユージーと、私と二回も声を掛けた。命を拾う事が出来たのだが、すり抜けた。指揮命令権の無い冒険者の辛いところだ。ミカファ卿、我々は卿の弟の件があったばかりなので、参加を断ったのだが規定で断れなく、戦闘はしない代わりに無給なのだ。しかもユージーが病み開けで、直接戦闘の経験も二、三日目だ。これで引き上げさせていただく」
「おい、病みあけって」
レングラン男爵ミカファ卿はキーアキーラの話を聞いた後に俺を見た。
「ああ。件の被害者はユージーだ」
「そ、そうか。済まなかった」
「いえ。済んだ事ですし」
「じゃ引き上げましょうね。その前に、お見送りするわよ」
俺はヴェルヘルナーゼに連れられて二体の遺体の前で泣く二人の側に行く。俺達が行くと、立てないレイア以外の冒険者が集まった。
遺体は血みどろで、首が半分取れかかっていた。目は恐ろしい表情を浮かべたままだった。
「大丈夫か。皆で埋めてやれ」
ギルドマスターがスコップを持ってきた。交代で二人分の穴を掘り、土をかけて埋めた。墓標はヘルメットを並べた。
「まずは立て。敵に討たれるは冒険者の定め。残ったお前達はその分生き残ればいい。全員、捧げ剣。黙祷」
皆剣を抜き、胸の位置に構える。俺も真似して剣を構えた。ヴェルヘルナーゼは燃える剣身を発現させた。
後悔が無いかと言われれば、後悔が残る。
「黙祷止め。勇敢なる戦士達に、手向けの酒を」
ギルドマスターは墓標代わりのヘルメットに酒を注いだ。俺は悔しくて、涙が出て来た。俺は退魔の誓いの生き残りに頭を下げた。
「すみません。俺が無理矢理にでも引きはがせば」
「お前が二人を殺したんだ!」
男剣士は剣を抜き、俺を鬼のような目で睨んでくる。
「止めなリーク。悔しいのはわかるけど、この子関係無いよ。しかもリークはこの子に腕を引っ張られて助けて貰ったじゃない」
「邪魔するなフローグ! 斬らんと腹の虫が治まらん!」
残された男の剣士はリーク、女の魔法使いはフローグと言うらしかった。リークは興奮が絶頂に達し、怒りを全て俺にぶつけてきた。俺は激しい怒りを当てられ、思わず息を飲んだ。
「おい、リーク。さっきから酷い言い分だな。助けられておいて、よく酷い言葉を掛けられるな。それ以上言うのであれば貴様と名誉を賭けて決闘を申し込む。金級冒険者キーアキーラがお相手する」
キーアキーラは俺とリークの間に入り、剣を抜き、リークの眼前に向ける。
「く・・・」
リークは剣を落とし、座り込んだ。
「わかっている! ガエークとリューゾは俺のダチだったんだよ。村から出て来たときの血を分けた家族より家族なんだよ・・・死なないでくれよガエーク、リューゾ。俺はどうすればいいんだよ・・・俺も一緒に殺してくれよ・・・」
ギルドマスターがリークに近づいていくと、泣きじゃくるリークを立たせた。どご、と音が響き渡った。
ギルドマスターのパンチを腹に受け、リークが泣き言をようやく止めた。
「リーク、貴様はまず一つ、いや二つだ。やることがあるだろう。ボウズに非礼を詫びろ。助けて貰った礼を言え。狼狽えているのはわかるが、リークにあるまじき言葉だった」
ギルドマスターは優しくリークの肩を叩く。
「・・・」
リークははっとした顔を上げる。立ち上がると、手に持っていた小さめの鞄を差し出してきた。
「取り乱した。済まない。そして礼を言う。お詫びの印だ。受け取って欲しい。ガエーク兄貴の自慢の品だ」
「・・・仕方ないわね。無礼を働いた上に恩人だからね」
リークは俺に薄汚れた皮の肩掛けバッグを差し出した。何も入っていなかった。
「?」
俺は不思議に思って中を覗く。
「あの、ええと・・・」
俺は戸惑って二人を見る。
「ユージー、パーティ退魔の誓いの命の品だ。有り難く貰っておけ。魔法の鞄じゃないのか。護衛に特化した若手だと聞いた。秘密はそれじゃないのか」
「流石金級ね。商家に生まれたガエークさんの自慢の品よ。安心して、あと二つあるから。小さめの容量だけど、荷物と得物二十か三十は保管出来るわ。腐らないし、便利な品よ」
「え?」
「済まなかった。気持が落ち着いたら、一杯奢らせてくれ」
俺とリークは握手した。リークとフローグは川に血を流しに行った。
「さて、本番はこっちよ。三人が待っているわよ」
木陰で寝かされているレイラと、顔を強ばらせている女魔法使いのシルッカ、女神官のセラフィーナ。
俺は不思議に思いながらレイラの横に座る。息は安定し、大丈夫の様に見える。俺は右手首を持ち、脈を測る。時計が無いので正確には測れないが、脈拍は六十を切っている。浅い。
俺はレイラの指輪、俺の耐病と耐毒のアミュレットを外し、魔力を流してみる。毒は消え失せている様だが、破傷風になりかけている。指輪のでも病原菌を完全に殺す事はできないようだ。
俺は魔力の許す限りレイラの体内に魔力を循環させ、病原菌を吸収していく。病原菌は消え失せたが、念の為に指輪を嵌めておく。
レイラの呼吸が大きくなり、肌色も良くなった。完全に回復したと思う。
俺は立ち上がって深呼吸した。
「破傷風という病気になりかけていました。恐らくもう大丈夫です。念の為、俺の指輪はしばらく付けておいて下さい。魔法の指輪ですから」
俺は魔力欠乏気味になり、体がふらついた。
「おっと。大丈夫? 顔色が悪いわ」
ヴェルヘルナーゼが俺を支えてくれた。
「でも君をお世話するのも最後かな。うちらのパーティも解散ね。あと、誰か庇護を求めるのね。レングラン男爵かしらね」
俺はヴェルヘルナーゼの言葉の意味を図り兼ねた。
「あ、その子は君の奴隷になるのよ。価格的には性奴隷ね。性奴隷でないと、三人全て奴隷よね。三人は君の為に壁になるわ。肉の壁ね。迷宮攻略の時、君の代わりに攻撃を受けてくれるわ。高価な魔道具の貸与、毒の治療、病の治療。セラフィーナさんの所だと幾らくらいになるかしら」
「え? いや、俺は別に。指輪が戻って来ればいいかな」
「駄目よ、対価は受け取りなさい。二人もわかっているわ。助けるとはこういう事よ」
シルッカは唇を噛んで俯いている。セラフィーナは難しい顔をしながら顔を上げる。
「病の治療が出来る者は、教会では数名しかいないわ。治療が上手くいったとは聞かないけどね。皆高位聖職者だから高いわね。金貨八十枚だと思うわ」
金貨八十枚と聞いて俺は絶句した。八百万円ぐらいである。
「そんなに?」
セラフィーナは頷いた。
「黒鉄級なんて、食っていけるかどうかなのよ。払えて?」
セラフィーナは首を振った。
「この子が目覚めたら、話をします。それまで待って下さい」
「あ、じゃあ分割払いでお願いします。奴隷なんて要りませんので」
俺はヴェルヘルナーゼとキーアキーラとパティーを組みたいのである。実はセラフィーナが、元四十歳のオヤジとしては、恐らく三十前後であろうセラフィーナはジャストミートなのであるが、やはりヴェルヘルナーゼと一緒にいたいのだ。
「分割払い? 何それ?」
ヴェルヘルナーゼが怪訝な顔をする。
「金貨八十枚を俺が貸した事にします。無利子、無担保で。報酬の一割を頂きます。これでどうです? ええと、管理はどうするかな」
「ギルドで見てやる。管理費は報酬の半分だ。これでどうだ。最低限、半年に一回はうちのギルドで仕事を受けるか、支払え。無い場合は盗賊扱いになるな」
ギルドマスターが入って来た。ギルドで管理してくれるのならば有り難い。
「ありがとうございます。でも報酬の半分は高すぎますね。二割にしてください」
「わかった。専用の帳簿を用意する。帳簿代は別に貰うからな。いいか? シルッカとセラフィーナ。悪く無い話だぞ。支払いには気を付けろよ。忘れたら盗賊になるからな」
「え? あ? はい?」
シルッカは理解が付いて行っていないようだ。
「で、金は来たときに払えばいいのか? ボウズ」
「お金ですが、そうですね・・・確か孤児院がありましたよね。運営費としてください。明星の剣の名前にしてくれると助かります」
「お? いらないのか?」
「んー、なんかいきなり奴隷になるとか、金を払うとか言われても僕も気持悪いですし、実費がかかっていない・・・あ、魔力薬は現品で貰えればいいですし。寄付がいいかなと。孤児の姉弟と顔見知りなんですが服も汚いし、痩せているしもうちょっと良い生活と、出来れば読み書きくらいは出来て欲しいなって思うんですよ」
「うむ。言いたいことはわかるが、欲がないな。いいか、シルッカ。決まったから、レイラが良くなったらしっかり働けよ」
「え? あ? はい?」
シルッカとセラフィーナは顔を見合わせた。良くわかって居ない様子である。
「あ、マスター、怪我してますね。治しますよ」
「く、来るんじゃねぇ。お前に治療されると俺の稼ぎが孤児院に行っちまうじゃねえか。くんな!」
「ウフフ」
ヴェルヘルナーゼとキーアキーラは笑い始めた。
「あ、誰か怪我か病気はいます?」
皆は俺と顔を合わせないようにテントに戻って行った。
「ええと、借金が出来たけど、誰も奴隷落ちしないのよね。しかもセラフィーナさんのいた孤児院に寄付するのかしら? これって・・・」
「シルッカ、ようやくわかったかしら? 気にしないで今まで通り冒険者が続けられるわ。あ、あのユージーさん」
「ほら、レイラが目を覚ましますよ」




