ゴブリン狩り その三
第三十一話 ゴブリン狩り その三
「おい、お前冒険者か? 戦闘音が聞こえたが、状況がわかるか?」
俺はヴェルヘルナーゼとキーアキーラを追おうとして上流へ進むと、二十人ほどの騎士の一団がいた。皆徒で、金属鎧と盾で武装していた。皆腰に剣を、手には槍を持っている。完全なプレートメイルではなく、革の鎧に金属片を貼り付けて補強した鎧だ。
「あ、すまん。ミカファ・レングラン、今回の依頼者だ」
こいつの弟が俺を半殺しにしたのかと、腹が立ったが言葉を飲み込んだ。
「黒鉄級冒険者ユージーです。先ほど、川の下流でゴブリンと交戦、殲滅しましたが迷宮騎士団死亡二名、明星の剣負傷一名、この二つのパーティの運用は難しくなっています。川の上流で赤色傭兵団五名が索敵中にゴブリン二十と会敵。応援にギルマス他六名が駆けつけています。待って下さい。索敵します・・・」
俺は周囲に魔力を放つ。ヤバイ。
「索敵だと?」
「ゴブリン第三波、四十来ます。応援をお願いします」
「・・・お前、わかるのか?」
「ええ。魔法です。信じて下さい」
ミカファは迷った。信じていいものか、どうか。前男爵と弟の浪費によって力を失った男爵家は、魔法使いを雇った事が無い。しかし、先ほどの報告は簡潔で理解しやすく、見事であった。見た目は女のような見た目の子供であるが、明らかに状況を俯瞰して把握している。
「わかった。済まんが、作戦行動中は俺の側で索敵してくれ」
ミカファはユージーを信じる事にした。騎士の方を向くと大声を張り上げた。
「これからゴブリン掃討を行う! 抜かるなよ! 作戦中は俺の指示と、この小さな冒険者の忠告に従え! 魔法で索敵をしてくれる! 良いか! 抜刀!」
二十人がおお! と声をそろえて一斉に抜刀した。ユージーは冒険者にこの統率があれば、二人は死ななかったのではないかと思ってしまう。だが、それは冒険者ではあり得ぬ事なのだ。自由に動き、稼ぎ、死ぬのが冒険者なのだ。
「行くぞ!」
ミカファが先頭を走り始める。
「おい、索敵しろ!」
「はい!」
ユージーは魔力を周囲に放つ。
「味方、赤色傭兵団を回収して逃走中! もう少しで川に到着します! ゴブリンは合流して六十の群れになっています! 追うより合流を選択、味方を追って来ます! 距離三百!」
「おう。どうすればいい」
ミカファは俺に聞いて来た。
「ゴブリンは弱いですが、数で押してきます。囲まれないように、隊を三つに分けて川岸に真っ直ぐ布陣して挟み込みましょう。槍で攻撃すれば、被害は無いはずです。待ち受けて囲みましょう」
「ドークール! ドドーレー お前達は七人づつ率いて左右に布陣 正面は俺が指揮する! 冒険者を回収後、川岸までゴブリンを引きつけるぞ! 盾を構えて矢にそなえよ!」
「は!」
ミカファはユージーと名乗った子供の見識に驚いている。軍を率いたことのあるかのような言葉だった。しかも、騎士と冒険者の質の違いも正確に把握している。
騎士達は川岸に横一列に整列し、盾を構えている。
「盾を構えろ! 槍衾!」
ミカファが叫ぶ。ユージーは勝った、と思った。ゴブリンは背の低い魔物だ。当然力も無い。得物も短い。一方、騎士達は長槍で武装している。冒険者が戦闘を行うフィールドは多岐にわたり、状況も刻々と変化する。狭い洞窟、街中、街道、馬車の中の戦闘も警護であるかも知れない。汎用性は明らかに剣に軍配が上がる。しかし、野戦に限った場合はリーチの長い長槍にかなう武器は無い。長槍に変わる武器は火縄銃まで待たねばならない。
森から人影が姿を現した。先頭はキーアキーラだ。次々に冒険者が姿を現す。
「キーアキーラか! 我々の後ろに下がれ!」
「ミカファ殿! 数は多い! 抜かるな!」
「承知! 一息ついたら援護を頼む! 討ち漏らした奴を斬れ!」
「承知!」
十二人の冒険者達が騎士の後ろに到達した時、ゴブリンが姿を表した。
「ユージー君!」
「ヴェルヘルナーゼ! 大丈夫!」
「ええ。凄い数よ。精霊で焼き殺すわ」
ヴェルヘルナーゼは精霊を呼ぼうとしたので俺は手を取って止めさせる。
「駄目だ、ヴェルヘルナーゼ。これからゴブリンを引き寄せて殲滅させる。魔法を放って逃げられたら悪手になる。我々は討ち漏らしたゴブリンを騎士の背に行かせないようにする方が大事だ」
「そうだ、小僧の言うとおりだ。騎士は後ろを向けねえから、後ろに行かれたらイチコロだ。小僧、冒険者を二つに分けて配置してくれ。後ろは任せた。頼むぞ」
ミカファが俺に叫ぶ。
「あら? 仇敵の信頼が厚いのね。キーアキーラ、私達とマスターは左、赤色は右を頼みましょうか」
「ああ。赤色! 聞いたか! 右を頼む! 前に出る必要はない、後ろに回ってきたやつだけだ! 行くぞ、ユージー、ヴェルヘルナーゼ!」
「おっと、小僧はここにいてくれ」
ミカファが俺を呼び止める。
「ふ、わかった。怪我させたら承知しないぞ」
「任せろ。こいつは今回のキーマンだからな」
冒険者は二つに分かれ、散って行った。俺は索敵を行う。
「ゴブリン、間も無く現れます! 陣形は縦型です! このままゴブリンの陣形を維持させて下さい! 散らすような遠隔攻撃は禁止です!」
俺は声を張り上げる。ゴブリンは縦型、縦列に並んで行軍してきている。横に広がられると、囲めなくなる。囲むには縦列で来て貰った方がいい。
散々俺が声を張り上げているが、俺が実際に軍を動かした事など一度も無い。本で読んだだけである。ギリシア・ローマ時代の名将として名高いのがハンニバルである。彼はカルタゴという、北アフリカの都市を率いてローマと対峙する。ローマを苦しめたのがハンニバルの用いた囲み戦術だ。後のローマ軍もハンニバル流の囲み戦術を用いて、連戦連勝を記録し、大帝国を築いていく。戦とは囲む事なのだろうかと、著者は感想を述べていた。俺もその言葉を信じる事にする。
「来たぞ! 矢に注意!」
ゴブリンはばらばらと現れて、渡河を始めた。陣を平らに組むまでの知性は無いのだろうか。ゴブリン達は騎士を見た途端、目の色を変え、口から涎を垂らしながら走ってきた。
「ぎゃああああ!」
俺は索敵を行う。全部が渡河を始める段階で囲みたい。速度を見るに、隊列の六割が渡河を開始したら左右の陣を動かしたい。
「まだです、左翼、右翼も動かないで下さい! 俺の合図で、正面は下がりながら左右を挟み込んで下さい!」
「ドークール! ドドーレー 俺の指示があるまでは待機!」
ゴブリンが正面に到達する。騎士達は長槍で次々に突き刺していく。勝負にならなかった。
ゴブリン達は大半が渡河を開始した。
「よし! 左右から挟んで下さい! 正面は攻撃しながら後ろに下がって!」
俺が叫ぶ。
「よし、言うとおりにしろ!」
ミカファが叫ぶと、左翼と右翼が動き始める。
「正面! ゆっくり下がれ!」
ミカファの号令で正面が下がり始める。騎士は平らな陣形から、コの字型に変化していく。ゴブリンは次々にコの字型の中に収まっていく。決まったと、俺は思った。
囲んでからは虐殺だった。勝負はあっという間に付いた。囲まれたゴブリンは、状況を理解すると浮き足だった。囲まれた事がわかった最前列は逃げようと後ろに下がるが、後ろからはどんどんと進軍してくる。ゴブリン達は衝突して恐慌状態となった。ゴブリン達は戦意を失い、自ら壊滅していく。騎士が長い槍で突き殺すだけの作業と化した。陣から漏れるゴブリンは居なかった。
「スゲェな。イチコロじゃねえか。見事な作戦だ」
ミカファは後ろでユージーと立ちながら戦況を見守った。索敵をしながら同時に作戦を立案する。確かに誰にも真似できない事だと、ミカファは関心した。
左右の冒険者達も仕事が無いと見て、ミカファとユージーの元に冒険者が集まってくる。
「おう。マスターとキーアキーラ。すまなかったな。二名死んだと聞いたぞ。小僧の索敵と指揮があって何故死んだ? こいつは状況を全て把握していただろ」
俺は思わず唇を噛んだ。思えば、回避できた犠牲だったのだ。




