ゴブリン狩り その二
第三十話 ゴブリン狩り その二
「おいおいおい! 皆並べ! 魔法使いと神官は後ろだ! 新人、お前も後ろだ!」
ギルドマスターが大声を張り上げる。俺は後ろに回される。
布陣は以下の様に成った。真ん中にキーアキーラとヴェルヘルナーゼ。左に退魔の誓いの三人の剣士。キーアキーラの右はギルドマスターと迷宮騎士団の剣士二人。さらに右は明星の星の剣士レイラ。
それぞれのパーティの神官や魔法使いは後ろに位置している。残念だが俺も後ろだった。前衛は十名だ。後衛は俺、神官二人、魔法使い二人だ。
「皆! うちのユージーは魔法で索敵を行う! 暫時状況を述べるので指示に従って欲しい!」
キーアキーラが叫ぶが、誰も話を聞いていないようだ。
「距離百五十ダール! 相手は草むらにいます!」
俺は大声を張り上げる。俺の仕事は索敵だ。一応短剣は抜いておく。
「退魔の誓い! 障壁張れるか!」
「張れるわ!」
キーアキーラが声を掛ける。実質的な指揮官はキーアキーラのようだ。左側から声がする。退魔の誓い所属の女魔法使いだ。
「皆! 初撃の矢を障壁で防いだら突撃する! 矢が無いようだったら突撃を敢行するぞ! 死ぬなよ!」
キーアキーラの声で皆剣を抜き、固唾を飲んで敵を待つ。ガチャガチャと森の中から音が聞こえてきた。ヴェルヘルナーゼは魔剣から炎の刃を発現させた。
細かな作戦は無いようだった。実際、軍隊でないので難しいのかも知れない。見たところ、キーアキーラが指揮官っぽく見えるが、軍の様に権限があるわけではないのだ。
残念ながら、魔法使い二名の使い道が無い。すぐに乱戦に持ち込むようだ。ゴブリンが森の中を進軍し、魔法使いを無力化したのだった。
「良い魔剣じゃねえかぁ! 頼むぜ! しかし役に立たねぇな! 騎士様はよ!」
退魔の誓いのガエークがヴェルヘルナーゼの魔剣を見て声を上げる。俺は固唾を飲んで見守る。
森の中からゴブリンが出て来た。ばらばらと、草むらから出て来ては立ち止まってこちらを威嚇している。
「行くぞ! 突撃! 先頭を包み込め!」
キーアキーラが声を上げると、皆剣を顔の右に構えて走り始める。
「いっくわよおおお!」
ヴェルヘルナーゼが長い炎の剣を振り抜くとゴブリンは声も出せずに首が飛び、血を吹き上げた。ヴェルヘルナーゼは剣を突き入れ、ゴブリンの息の根を止めていく。
「囲め!」
キーアキーラが指示を出す。十人はコの字型になって先頭のゴブリンを切り裂いていく。ゴブリンは弱い魔物である。基本的に剣を使う事が出来れば、遅れを取る相手ではない。十匹ほどのゴブリンが命を散らした。残り三十だ。
「ユージー君! 索敵をお願い!」
ヴェルヘルナーゼが剣を振るいながら俺に聞いて来る。俺は魔力を放ち、ゴブリンの動きを見る。
「右側! ゴブリンが来る! 数は十! 下がって正面から受けて! 右から来るぞ!」
俺が叫ぶと、レイラだけが俺をちらりと見たが、なかなか動かない。
「ユージーは魔法使いだ! 言うことを聞け!」
キーアキーラが叫ぶも、目先のゴブリンの殲滅に気を取られている迷宮騎士団はもろに挟撃を受けた。リーダーのコーフともう一人の剣士が喉を切られ、崩れ落ちた。ゴブリンは二人を囲み、滅多刺しにしている。俺はゾーンと叫びながら崩れそうな右に切りかかる。一匹のゴブリンを切り、迷宮騎士団の剣士と明星の星のレイラを引っ張り、後ろに戻す。
「リーダーが! リーダーが!」
「悲しむのは後だ! 気を抜くな!」
キーアキーラは声を張り上げる。声を上げているのは俺達だけだ。
「左からも十ほど来るぞ! 下がって正面から受けろ!」
俺が叫ぶと、退魔の誓いのガエークは下がれ! と怒鳴り、挟撃を防止した。俺も前衛右に飛び込み、前衛は九人となった。相手はゴブリン三十。前衛で受けきららないゴブリンが、右に流れて行った。俺は流れるゴブリンを斬っていく。
ゴブリンは弱い。背丈は小学生程度だ。力も準じた物だ。俺も三匹ほどゴブリンを斬った。しかし、俺の中でゴブリンの恐怖は増していく。死兵だった。ゴブリンは殺されても、殺されても仲間の屍を乗り越えて俺に襲いかかってきた。俺はゴブリンの血で真っ赤に染まる。ゴブリンの死骸が剣の邪魔をする。斬り、血飛沫を浴び、蹴飛ばして死骸を足下から追いやる。俺は無心で剣を振り続ける。ゴブリンは残り二十だ。
レイラの動きが悪くなってきた。
「止めてぇぇ! 来ないでぇ!」
レイラが悲鳴にも似た声を上げる。ゴブリンを斬る腕も怪しくなってきた時だった。
「きゃああ!」
レイラの腹に、ゴブリンの刃が食い込んだ。俺はゴブリンの喉に突きを入れて蹴り飛ばす。
「セラフィーナー! 頼む!」
「レイラ! 大丈夫!」
「かは、かは」
レイラは口から血を吐き、セラフィーナに引きずられて前線から離れる。
「いやややあああ! ゾーン!」
ヴェルヘルナーゼの声が聞こえた。魔剣を更に長くしたヴェルヘルナーゼは一人でゴブリンの群れに切り込んでいく。剣身は長く、炎の量も尋常では無い量だ。剣に当てられゴブリンは燃え上がっていく。ヴェルヘルナーゼが魔剣をぐるぐると振り回り、ゴブリンは数を減らして行った。
ヴェルヘルナーゼは残り全てのゴブリンを切り伏せ、よろよろと下がっていった。二名の死者を出して、ゴブリン四十匹との戦いは終わった。
「ぎゃああああああ!」
戦場に絶叫が響き渡る。レイラのパーティメンバー、魔法使いのシルッカがレイラに刺さっていた腹の剣を引き抜いた。
腹からはどくどくと血が流れていく。
「かは、かは、かは」
「今助けるよ!」
同じく同じパーティメンバーのセラフィーネが回復魔法を掛けると、血が止まっていった。
「は、は、は、は」
レイラの呼吸が速くなってくる。手足が痙攣し始めた。
「かは、こ、ろ、し、て」
レイラは一筋の涙を流す。と大きく血を吐いた。
「毒だわ! 待っていて!」
セラフィーネは鞄から魔法薬を取り出して飲ませようとするが、レイラに魔法薬を飲む体力は残されていなかった。全て口から零れた。
「解毒の魔法薬が! ご、ごめんなさい。今楽にしてあげる」
セラフィーネは涙を流しながら短剣を抜き、振り上げた。
「待て!」
俺はセラフィーネの短剣を取り上げると、地面に置いた。
「毒か!」
「ゴブリンは毒を刃に仕込む!」
キーアキーラが叫ぶ。俺は指輪を外すと、レイラに嵌める。耐毒、耐病の指輪だ。
「は、は、は、は」
レイラの痙攣は治まり、呼吸が楽になり始めた。
俺はレイラのお腹に手を当てる。目を閉じ、魔力を練ると魔力の細い糸をレイラに流し始める。レイラの体内には毒物が入っていた。俺は大量の魔力の糸を流し込み、毒物を吸収させる、活性炭に毒物が吸着されるイメージだ。
俺は目を開ける。懐から魔力薬を取り出し、半分飲む。俺の体内に灰色の、錬金術師ロビーリーサの魔力が流れ込んだ。俺は体内で魔力を練り、再び魔力を送ろうとした際、嫌な予感がして探査を行った。
「川上流に二十! 赤色が囲まれました!」
「ヴェルヘルナーゼ、マスター行くぞ! 退魔は来れるか! 迷宮騎士団は弔ってやれ! ユージーはレイラを頼む! 行くぞ!」
七人は剣を持ったまま走り出した。
俺は再びレイラに魔力の糸を流し込む。毒は順調に減っていった。俺が魔力を流さなくても毒は減って行った。
「ふー。毒は何とかなった!」
俺は魔力が切れ、フラフラになりながら残りの魔力薬を飲み、魔力を回復させた。
レイラは呼吸が深くなり、安定し始めた。
「ありがとうございます!」
明星の星のシルッカは俺の手をガッチリと握った。セラフィーネはレイラの血を拭き取っている。
「街に戻ったら指輪を返してくれ。キーアキーラさんでもいいから。それまでは指輪を外すな。耐毒の指輪だから。出来れば、一度経過を見させて欲しい」
頷くシルッカ。俺の手に、大粒の涙が流れ落ちる。
俺は剣を抜き、川の上流に走って行った。
ゴブリンとの戦闘に入りました。
まだ続きます。




