決戦 その五
第二百十五話 決戦 その五
「とうとう破られたか! 怪我人を担いで全員外に出ろ! 私が食い止める! 行け! メリー!」
キーアキーラは煉獄刀を抜くと侵入してくるオークを切り伏せていく。オーク自体は金級冒険者であるキーアキーラの敵ではない。ただ、数が多かった。ざっと王宮に侵入してきたのは十匹だ。キーアキーラは左右に動き、オークの剣をひらりと躱しては屠っていく。
「キーアキーラお姉様あああ!」
「メリー! 早くしろ!」
若い冒険者達が怪我人を担いで外に出ると、キーアキーラも後退を始める。全員外に出きったのを確認し、キーアキーラは走って王宮の外に出る。体を捕まれて引き抜かれると同時に出て来たオークどもが槍で滅多刺しになった。
「はーい、キーアキーラ。苦戦ね?」
「ズーフィー・・・来たか、南部軍が!」
「お前らいいか! 突入するぞ! 伯爵様!」
レングラン男爵が大声を張り上げる。ズーフィー、ドリエウタ、モノルゲッテの金級トリオと一緒だ。恐らく南部軍最強と思われる。
「キーアキーラ様。後はお任せを。レングラン男爵! 王宮の制覇! 行け!」
「じゃあ行ってくるわ。さあ行くわヨォ!」
「おお!」
ズーフィーが叫ぶとレングラン男爵軍が呼応し、槍を構える。騎士達と領地軍の混合軍三十名だ。
「突撃よォォォォ!」
「すっかり嫁が指揮官だよ」
レングラン男爵が口を挟むやいなや、勇敢にも魔物で溢れる王宮へ突入していった。
「ふ・・・一番槍はくれてやるか・・・キーアキーラ様、遅くなりました。南部軍二千、参上いたしました」
「オーリー、助かった。龍はユージーが倒したが、グリフォン、オーガ、オーク、大蜘蛛、大鼠が大量に溢れてきている。ヴェルヘルナーゼも魔力が切れる。助かった」
「おお、後はお任せを。しかしレングラン男爵軍は強いですな。相当の訓練を重ねた槍部隊ですぞ。よおし! 第一隊は王宮を右から回り込め! 第二隊は王宮へ突入! 第三隊は左から回り込め!」
騎乗したドーソリー伯爵が声を張り上げる。
「突撃!」
ドーソリー伯爵が槍を振り下ろすと、南部軍は三手に分かれて突入していった。男爵は馬から降りると、真っ黒な槍を構えて王宮に入っていく。
「黒槍公、指揮を見せて貰うぞ」
「は。お任せを。キーアキーラ様。魔物と言えば南部の騎士でしょう」
俺は大量に湧いて出てくる魔物を見ながら、撤退を考えていた。主戦力であるヴェルヘルナーゼの魔力が尽き掛けており、ファークエルを維持出来なくなっている。一人で一万の魔物を狩っている。
「ぎゃあ!」
下を向くと、ヴェルヘルナーゼはふらつき、マクミリヤニ王に体を支えられている。最初は大丈夫だったのだ。グリフォンも発生しなくなった。だが徐々にオーガの発生割合が増えて行き、今では二割がオーガだ。ルーアナーゼルーシュで殲滅しているが、追いつかない状況だ。騎士団も冒険者も隊列は崩れ、混戦になっている。
「閣下! ご判断を! 俺が殿を務めます!」
俺は負けを認め、マクミリヤニ王に判断を迫る。ここが破られるということは王都の民へ甚大な損害を出すと言うことだ。俺は唇を噛みしめる。
「ルーアナーゼルーシュ、相手が多すぎる。みんなを守って死ぬぞ。すまないな」
「ぎゃ」
レングラン男爵軍はあっと言う間に王宮一階にいたオークを屠る。
「中庭に出る入口はあそこだ。奥に御所があるんだ」
「本当? よおし、戦場は外ね! みんなァァァ! 覚悟はいい! 槍構え! 突撃!」
レングラン男爵の話を聞いたズーフィーは槍を構え、オークを屠りながら前に進んでいく。オークでは槍で武装したレングラン男爵軍を止める事が出来なかった。
レングラン男爵軍は外に出る。外は混戦だった。
「レングラン男爵軍! 助太刀に来たわよォォォ! 前を開けなさい! 前列は騎士! 後列は領地軍! 横長の陣形よォ! 槍構え! 行くわよォ! 前進! マクミリヤニ殿下とヴェルヘルナーゼを収容するわよォ!」
十五人二列の横長の陣を組むと、槍を構えたファランクスを形作る。三十人の小さな軍であるが、一糸乱れずに前に進み始める。長槍の前に、オーク、大蜘蛛、大鼠などは敵ではなかった。
どんどんとオークを屠りながら前に進み、とうとう二人を収容する事に成功する。
「いたいた! ユージー君! 遅くなったわねぇ! 南部軍二千到着よォォォ! みんな! 良く耐えたわ! あとは任せて! レングラン男爵軍! 行くわよォォ! 目標は前方のオーガー! いっけぇぇ!」
レングラン男爵軍は一糸乱れぬ動きで目前に迫ったオーガに対峙する。
「全員! しっかり槍を構えるのよォ! 踏ん張るのよォ! 目標オーガ! 突撃!」
三十本の槍は一斉にオーガを刺し貫いた。槍はオーガの持つ棍棒より長いので遠くから、かつ棍棒より早く攻撃が可能なのだ。
「よし! ここで迎え撃つわ! 後は任せるのよ! ユージー君は一度下がりなさい! 龍君も疲れているわ!」
レングラン男爵軍がオーガを倒した事により、騎士も冒険者も大いに沸き始めた。左右から南部軍が魔物の群れに襲いかかった。後方からモノルゲッテが火の玉を撃ち、左右からもの凄い圧力で魔物を屠って行く。魔物達は完璧に挟まれて混乱し、一方的殺戮となった。
俺は飛びながら大声で指示を出す。「王都騎士団! 冒険者! 一回撤退だ! あとは南部軍に任せる! 一度戻れ! 立て直すぞ!」
俺を含めた王都の騎士団と冒険者は王宮の中を通り、王宮の向こう側へ避難した。ルーアナーゼルーシュは地上に降りると猫みたいに座り込んでしまった。魔力が尽き掛けているのだ。
「ルーアナーゼルーシュ! よく頑張った! 肉だ! 王国一旨い牛肉だ! 食え!」
俺は牛肉を取り出すと、ルーアナーゼルーシュは一気に食べ始める。一塊二十キロはある塊を二つも食べると、体を丸めて眠りに入った。
俺が一息着いた頃、ヴェルヘルナーゼがマクミリヤニ王に支えられながら姿を現した。
「ヴェルヘルナーゼ!」
「ユージーさん、無理をさせてしまいました。魔力が尽き掛けています」
俺は空を眺める。陽は傾きつつあるが、晴天だ。俺はヴェルヘルナーゼをルーアナーゼルーシュに寄りかかるように寝かせる。
「しばらく陽に当てましょう。日光で魔力を補充する鎧なんです」
「なんと・・・しかし危なかったですね。私も撤退を考えてしまいました・・・」
俺は回復薬を飲み、体をリフレッシュさせるとルーアナーゼルーシュから小さい方の龍筒を手に取る。
「ユージー、静かになったな・・・終わったか? ヴェルヘルナーゼ、起きろ。終わったようだぞ。迷宮の核を確認しに行くぞ。功労者のユージーとヴェルヘルナーゼ、マクミリヤニの仕事だ」
キーアキーラはヴェルヘルナーゼを起こすと、魔力薬を手渡した。
「う・・うん・・・うち寝ちゃったの?」
ヴェルヘルナーゼは魔力薬を受け取ると一気に飲み干した。ヴェルヘルナーゼは魔力が豊富であるため、魔力薬を飲んでもごく微量しか回復しないのだ。
「ルーアちゃん、起きて。行くわよ」
「ぎゃあ?」
「ウフフ。魔力は溜まった?」
「ぎゃ」
「少し溜まったの? うちもよ」
メリーカーナ王女達は忙しそうに怪我人の治療を行っている。
「メリー、戦闘が終わったようだよ。見に行ってくる」
マクミリヤニ王は声を掛けると、王宮の中に入っていった。戦場に戻ると、南部軍はレングラン男爵軍を中心に御所を包囲していた。
広場に横たわる魔物と、冒険者と、騎士達の遺骸を見ないように進んで行く。
「閣下! 魔物のスタンピートは終わったようです。南部軍損害は百と軽微です」
「助かりました、ドーソリー伯爵。やはり黒槍公の異名を持つだけはありますね」
ドーソリー伯爵は頭を下げて受ける。
「閣下が通る! 道を空けろ!」
兵が割れて建物の壊れた跡が目前に広がる。地下に大きな穴が開いていて、魔力が微かに漂ってくる。
「ぎゃ」
「迷宮の魔力が尽きたっていっているわよ」
「よし、入りますか」
俺とルーアナーゼルーシュ、ヴェルヘルナーゼ、キーアキーラ、マクミリヤニ王が南部軍を通過していく。軍の真ん中をレングラン男爵軍が陣取っていた。ドドーレにカムナの姿も見える。
「さあ、親玉を倒してこい!」
「頼みましたよ、ユージーさん!」
ドドーレとカムナに声を掛けられる。
「ドドーレさん・・・カムナさんも・・・みんな・・・ありがとう・・・」
俺は思わず涙が出そうになる。
「もう少しです、ユージーさん。あなたがルーガルに来てくれてから、急激に良くなりました。ありがとうはこちらの台詞です」
「カムナさん・・・」
俺が感慨に耽っていると、マクミリヤニ王の煉獄刀がもの凄い勢いで火を吹き始めた。
「ユージーさん! 何かが来ます!」
マクミリヤニ王が叫ぶ。
「父だ。この魔力、父上だ」
「聖なる王?」
「違いますよ、ユージーさん。魔物ロスメンディフェルトです。しかし、父であることには変わりありません・・・私には・・・」
マクミリヤニ王は下を向いた。
「ユージー、頼みがある。父上を討ってくれ。もう人ではない。わかっているのだが・・・すまない・・・父上は剣がお上手だ・・・気を付けてくれ」
俺はキーアキーラの願いを聞くと、迷宮を見た。何者かが歩いて出てこようとしていた。




