迷宮地底湖エリア その二
第二百二話 迷宮地底湖エリア その二
「ヴェルヘルナーゼ! 魔道馬車を出せ! 私が治療を行うから、メリーを連れて来い! 私の治療魔法の腕では完治は無理だから頼むぞ!」
キーアキーラは二十三階層の草原の上で俺を膝枕に乗せる。俺は血を吐けなくなり、息が出来なくなる。
「が、息が・・・」
キーアキーラは直ぐに気が付いたらしく、俺を側臥位にしてくれる。俺は口に指を入れられ、血を吐いてく。血を吐き終わると、胴丸を脱がされる。
「胸か?」
キーアキーラは俺に魔力を流してくる。魔力は俺の体を探っていく。
「胸の骨が折れている・・・肺にも穴が・・・胸の骨よ・・・元の位置に戻ってくっつけ・・・」
俺は青い顔をして脂汗をだらだらと流すキーアキーラの顔が目に入った。折れた肋骨が治りきらないまでも、肺から抜けた。俺は肺に向かって魔力を流し、損傷した肺を治していく。
俺は肺を治したところで魔力切れとなった。それでも体は楽になり、仰向けに寝ることができた。
「すまない。すっかり油断した。まさかあの状態で動くとは思わなかったんだ。お前の大龍筒を受けて動いた魔物はいなかったからな・・・本当にすまない・・・」
ぽたりと、滴が流れ落ちた。
「け、怪我は・・・」
「有るわけ無いだろ。お前が守ってくれたんだ。流石だよ」
「良かった・・・泣かないで・・・」
俺は意識を手放した。もう少し体を強くしたいと思ってしまった。
「あら? ルーアちゃんの音がするわ?」
「どうしました? 殿下」
「おかしいわ。今は迷宮の攻略中なはず・・・どうして王宮に? フォールー、テラスに行くわよ」
メリーカーナ王女は急いでテラスに行くと、両肩で息をしているヴェルヘルナーゼが居た。
「メリーちゃん! 私達の不注意でユージーが怪我をしたの! 今キーアキーラが治療しているけど来て!」
ヴェルヘルナーゼはふらふらと立ち上がるとルーアナーゼルーシュの背に座る。
「わかりました! 行きます! フォールー! 事情をマクミリヤニお兄様に伝えておいて!」
ヴェルヘルナーゼの後にメリーカーナ王女が乗ると、ルーアナーゼルーシュは両足で徒テラスを蹴り、大空に飛び立った。
「ルーアちゃん、さっきの半分の速度でお願い」
ヴェルヘルナーゼが言うと、下半身が締め付けられる。もの凄いGと共にルーアナーゼルーシュは加速していく。
「きゃあああああ!」
メリーカーナ王女は余りの速度とGに驚き、悲鳴を上げつづける。悲鳴を上げている間にルーアナーゼルーシュは速度を落とし、湖に降り立った。
「メ、メリーちゃん、あとは任せたわ・・・」
ヴェルヘルナーゼは強烈な疲労と目眩のために草むらに横になり、気を失った。
「はあ、はあ、はあ・・・ユージーさん!」
メリーカーナ王女は青ざめた顔で泣いているキーアキーラを見て、悲鳴を上げてしまう。
「いやああああ! ユージーさあああん!」
「メリー、静かに。低魔力症だ。肺に刺さった肋骨は私が抜いた。肺はユージーが自分で治した。骨を治すのを頼む。あとは全身の打ち身だ。内臓も損傷がありそうだ」
「わかりました。どうしてこんな目に・・・」
「すまない。迷宮最強と言われる魔物、デュラハンが三十一階層に現れたんだ。デカイ方のドラゴンブレスで完全に貫通し、鎧もぐちゃぐちゃになったんだよ。私とヴェルヘルナーゼは倒したと思って近づいてしまったんだ。ユージーに助けてもらわなければ、二人とも真っ二つにされていた」
「え? ユージーさんの魔法を喰らって動けたの?」
「ああ。あの魔法を喰らって動けると思わなかったからな。デュラハンは金属鎧の魔物だ。ゴーレムみたいなやつだから動けるんだろうな・・・さ、診てやってくれ。デュラハンの剣を止めたのは私が知る限りユージーだけだ。デュラハンは剣を止められたが、強烈な蹴りを放ったんだ。龍の鎧が無かったら胴が吹き飛んでいたな・・・」
「そそんな・・・」
「さ、頼む。私も意識を保つのが・・・」
「はい!」
メリーカーナ王女はユージーの胸に手を当てると、魔力を流して肋骨を修復していく。肺は綺麗に治っているが、周辺の筋肉や血管が損傷を受けている。内臓も、背中の筋肉も損傷をうけているので一気に治す。
ユージーの顔が赤らみ始め、寝息も規則的になっていく。
「もう大丈夫です、キーアキーラお姉様」
「そうか、よかった・・・」
キーアキーラは大粒の涙をぼろぼろとこぼす。
「私が代わりになれば・・・」
「キーアキーラ、違うわよ。大好きなキーアキーラが死んだらユージーは悲しむどころではないわ。龍の鎧を残してくれたご先祖様とレングラン男爵に感謝しましょ。凄い鎧よ」
「ぎゃ」
ヴェルヘルナーゼがフラフラと歩いて来た。左手でルーアナーゼルーシュの頭を持ち、体を支えている。
「ヴェルお姉様、もう大丈夫です。お姉様も治療しますね」
「うちのは疲労だから大丈夫。回復薬を飲んで・・・ふう、落ち着いて来たわ。ね、デュラハンは龍筒で完全に貫かれて、鎧もベコベコだったじゃない。どうして動けたのかしら」
「溶かすかバラバラにするかしないとだめなんだろうな。迷宮で一番強いと言われるゆえんだと思う。四十階層のボスのはずなんだ。倒したと記録があるのは百七十年前のあの時くらいじゃないか? 前に一度、余りの強さに撤退したよな」
「懐かしいわね。二十人のパーティの時でしょう? 船を魔法の鞄に入れていった時」
「それにしても格好良かったぞ。メリーが一目惚れするのがわかるな」
「うん。もの凄い剣戟だったわよね」
「さ、手を貸してくれ。ユージーを馬車の中に寝かそう。また数日は足止めだな」
女手三人で苦労してユージーを馬車に運ぶ。
「私は食事の支度をするから、メリーは看病を頼む。ヴェルヘルナーゼも横になれ。顔がまだ青いな・・・ルーアナーゼルーシュで全速で飛んだんだろう? そんなに疲労するのか? 疲労どころではないぞ?」
「ええ、気を失いそうになるのよ。気を保つだけで精一杯よ・・・」
「ユージーはさんは宙返りしたりくるくる回ったりしていました・・・私も乗りましたけど、乗るだけで精一杯です・・・」
「あれでも半分の速度なの。龍騎士って凄いのね」
「過去にいた龍騎士は馬代わりにワイヴァーンに乗っただけだぞ。王太子の拝命式で並ぶ以外に運用された記録が無いんだ。ユージーは特別だよな・・・どうしてここまで飛ぶことにこだわるのか、あとで聞いてみるか」
俺はいつもと違う香りで目が覚めた。ヴェルヘルナーゼの香りはするがキーアキーラではない香りがした。すこし甘い、ミルクの匂いだ。
俺は目を開けると左右にヴェルヘルナーゼとメリーカーナ王女が居た。三人で寝ていたようだ。
「あなた・・・良かった・・・えっぐ、えっぐ」
ヴェルヘルナーゼが子供の様に泣き始める。俺はキーアキーラに続き、ヴェルヘルナーゼも泣かせてしまった。ちくりと心に棘が刺さる。
ヴェルヘルナーゼの頭を撫でると、メリーカーナ王女も目を覚ました。
「ユージーさん、良かったです・・・お体はいかがです?」
「うん、大丈夫・・・いてて」
俺は上半身を起こすと、体の痛みで声を漏らしてしまう。
「おい、起きたのか? 良かった、良かった・・・」
キーアキーラが入って来て、俺に抱きついてきた。
「苦しいです、ちょっと」
「ああ、すまない・・・でも良かった・・・」
キーアキーラの目は真っ赤だ。
「さ、夕食を食べるぞ。いつものシチューで悪いな」
俺は自分で立つと、外に出る。いつの間にか夕焼けになっていた。みんなが座ると、キーアキーラがパンとシチュー、紅茶を用意してくれる。
「はい、もう俺の怪我の話は終わりね」
俺は一方的に宣言する。
「もう。ね、さっき話していたんだけど、あなたはどうして飛ぶことにこだわるの? 王宮に行くときに全速で飛んでもらったのよ。死ぬかと思ったわ。前は全く見えないしさ・・・」
「ああ、だってロスメンディフェルトは龍にやられたんだよね。じゃあ龍を用意しているんだろうなって。厄介だから空中で殲滅しようかなって」
「空中?」
キーアキーラが不思議そうな顔をする。
「簡単に言うと大龍筒みたいな大きな火力を持つと、速いほうが強いんだ。空を飛ぶと、大きい方が強いのではなく速いほうが強い。ルーアナーゼルーシュの強烈な速度で、龍が出て来ても後に回り込んで大龍筒をドカンですよ。あれは魔法を弾く敵でも大丈夫ですからね。陸上に居るならば問題にならないですね。俺は距離一万から狙撃できますから、只の的になります。どんなに強くても。地上に居る場合、絶対に飛んでいるユニットには敵わないんです」
「そうなのか?」
「そうですよ。普通は大きさと攻撃力と防御力は全部比例しますよね。基本的にデカイ方が強い。多分魔物の基本原則ですよね」
「そうだな」
「ルーアナーゼルーシュに持たせた大龍筒は敵の攻撃範囲外から攻撃します。基本、相手の攻撃を喰らわないじゃないですか。俺が強いと言われるゆえんなんです。速く飛べば絶対に相手の攻撃を喰らわないんですよ。デカイ龍と空中で戦う場合、龍がブレスを噴いている間に後に回り込んでドカンです。そもそも遠くからドカンですね」
「なるほど。そこまで考えているのか。この前の戦いのようにわらわらと魔物が出てくるんだろうな。単純な魔力は多そうだから龍が出て来ても不思議ではないか・・・」
「骸骨が出てこなければ良いわね・・・強敵だったわ」
ヴェルヘルナーゼが遠い目をする。
「さ、飯を食べたらユージーは寝るんだな・・・メリーは帰った方がいいな。成人したら一緒に住むぞ。楽しみに待っているな」
「はい。今は婚約みたいなものだと理解しています」
「ぎゃ」
「ルーアちゃん、送ってくれるの?」
「ぎゃ」
「ウフフ。じゃあお願いするかな。ユージーさん、明日も来ます。キーアキーラお姉様、ヴェルお姉様、ユージーさんをお願いします」
メリーカーナ王女が背に座ると、ルーアナーゼルーシュはふわりと浮き上がる。
「ぎゃあああ!」
クオオオオオ・・・・
「え? 超特急で送るって? いや、ゆっくりで・・・きゃあああああ!」
ズドン! という音と共にルーアナーゼルーシュは飛んでいった。
「は、速いな」
「大丈夫かしら」
「なあ、ルーアナーゼルーシュはどのくらいの速度が出ているんだ? 黒隼が急降下するくらいか?」
黒隼という鳥は知らないが、恐らく時速三百キロくらいだろう。マッハ二で飛んでいるはずなので時速二千キロ前後である。
「多分六倍くらいじゃないかな? 音よりも速いんですよ。通り過ぎたら、音があとから付いてくるはずです」
「凄いな・・・」
「一番速いのはルーアナーゼルーシュです。これは譲れませんね」
「遠い国や大陸もあっと言う間ね」
「行っても良いですけど、新たな大陸は見知らぬ病気があるから今で暮らせているのなら知り合わない方がいいですよ」
「病気があるのか?」
「ええ。土地土地には固有の疫病があります。交易をして富を得ると同時に、双方の疫病も交換してしまいます。こちらからは梅毒やペストを、相手からは見知らぬ病気を貰いますよ。人間には免疫という、病気に対抗する働きがあるんですが、初見の病気は免疫がありませんのであっと言う間に広がります。初邂逅時は大量の人間が死ぬんですよ。俺の欲しい物は今回のコーヒーで大体見つかったし・・・あ、やべ」
「どうした?」
「ショウガだ・・・ショウガのストックが無くなったんですよ。探しに行きましょう。迷宮に生えていそうな気がしますね」
今は乾燥したショウガを使っている。迷宮でドロップした品らしい。
「また大高地エリアに行くの?」
「うん。行く。行かないと料理が作れなくなる」
「なに? 行くか。一大事だな」
「ええ? 仕方ないわね。行きましょうか」




