初めての街
第二話 初めての街
二時間くらい歩くと、森が途切れ、畑が見えてきた。作物は麦っぽい。羊や牛も見える。風が吹き、麦が揺れた。
俺は思わず揺れる麦に見とれてしまった。美しいと思った。どうやら主食は麦のようだ。牛や羊が居るので、乳製品も食べる事ができるだろう。
中世ヨーロッパのようだ、と俺は思った。同時に難しいぞ、とも思った。
中世ヨーロッパ、どのようなイメージがあるだろうか? 美しい街、騎士と姫、大きな城。肯定的なイメージが多いと思う。
中世ヨーロッパ、一言で言うと暗黒時代である。農民は殆ど農奴で、自作民は居ないだろう。
トイレなどは無い。垂れ流しだ。ハイヒールは糞尿を踏まないために、傘は二階から投げ捨てられる糞尿を被らないためのものだ。
非常に衛生が悪く、寿命も短い。恐らく三十歳とか、四十歳くらいのはずだ。
幼児もすぐに死ぬ。半分くらいしか大人にならないはずだ。病気になると人はすぐに死ぬ。抗生物質など無い。そもそも、医者がいるのだろうか?
トマト、胡椒などの香辛料、砂糖、芋類はインドやアメリカの作物で、大航海時代が始まるまでは無い。塩とハーブで味を付ける。考えてほしい。鶏肉を焼くのに胡椒を振ることが出来ないのだ。いわゆる旨い物が全く無いのだ。ビールは無い。エールのはずだ。ホップが入っているのがビール、入っていないのがエールと思えば良いだろう。
俺は意識を強く持ち、前を向く。街が見えてきた。市街地は城壁で覆われているようだ。入口があり、皆は並んでいる。殆どが徒であるが、ちらほらと馬車も見える。
俺は列に並び、順番を待っていると話し声が聞こえてくる。
「おい、今日は魔物に会わなくて良かったな」
「全くだ! 最近は魔物が多いっていうからな。街道にも出たらしいぞ」
前に並ぶ男達の会話を耳に入れる。どうやら魔物がいるようだ。
「くっそ。今日も長い列だ。依頼がなくなるじゃねえか」
「仕方ないわ。無かったら明日で良いわよ。冒険者ギルドはここから逆方向なのよね」
後ろの剣士風の男と、魔法使い風の女が聞き捨てならない事を話している。冒険者ギルド。あるのか。冒険者ギルド。言葉を聞く限り、魔物を狩ったり、薬草取ったり、いわゆる何でも屋のギルドだろう。
俺の順番になった。騎士が二人、門に立って通行者の確認をしている。
「新顔だな。何しに来た」
騎士は中年の男で、顎髭が似合うがたいのいい男だった。
「ええと、稼ぎに来ました。仕事無いですかね?」
俺は正直に言ってみる。
「仕事? お前達みたいな流れ者は冒険者くらいだ。すぐに半分は死んじまうから、いつでも冒険者になれる。死んでもいいのなら行ってみな。あとは仕事はねえな。行け」
「はい。ありがとうございます」
俺は丁寧に頭を下げる。
「ハッ、随分礼儀正しいじゃねえか。死ぬんじゃねえぞ」
俺は再び頭を下げて門を潜る。門の先はちょっとした広場になっていた。俺はザックを地面に置き、休憩するそぶりをして後ろに並んでいた剣士と魔法使いがギルドに向かうのを待つ。
二人も入ってきて、歩き始めた。俺は距離を開けて付いていく。街は大通りにそって建物が並んでいた。大通り沿いには、露店が並んでいた。山積みの野菜や果物を売る店。鶏肉を一羽のまま売る店。何かの肉を串に刺して焼く店。パンみたいな何かを売る店。
二人は石造りの二階建ての建物に入っていった。冒険者ギルドと書いてあった。
「おお、読めた。ありがたい」
俺はこの地方の言葉がわかったし、文字も読めた。しかもお金がある。この体、俺が乗っ取ったんだろうか。もしくはこの年齢であの森に現れたのだろうか。
疑問は沢山有るが、大きく息を吸って冒険者ギルドに入ってみる。
ギルドの中に入ると、何とも言えないむっとした匂いに満たされていた。汗だ。男と汗のにおいで充満している。俺は顔を顰めて中を見る。
筋骨隆々とした剣士、全身鎧を着た騎士風の男。短剣を持った革鎧の女。いかにもという面々がいた。
手前が受け付けで、奥が酒場と食堂を兼ねた作りになっている。
俺は受付の列に並んでみる。並べばいいのか?
受付は二列だった。俺の順になる。
「あら、新顔ね? 冒険者登録かしら? 銅貨五枚掛かるけどいい?」
受付は二十歳くらいの、茶色い髪が肩まである、綺麗な人だった。顔は笑顔は無く、仕事いう感じで俺に話しかけてきた。ここでにこっと笑ってくれたら良いのに、と思ってしまった。
「ええ、お願いします」
「あら、礼儀正しいわね。こっちに名前を書いてくれたら登録出来るから。名前は私が書くわね。名前教えて?」
「ユージーです」
俺の名は赤須優司。こちらではユージー・アーカスとかになるだろうけど、姓は名乗らない。恐らく、貴族と間違われるはずだ。もしくは詐称か。
「わかったわ。ユージー君ね。はい。こっちの宝珠に手を乗せてね。魔力を測る魔道具なのよ」
俺は水晶の様な物に手を乗せると、微かに光った。
「おめでとう! 魔力があるわよ。でも青銅ね。多いとは言えないけど、羨ましいわね。はい、こちらがギルドの登録証よ。身分証明になるから、このケースに入れて持ち歩いてね」
俺は書類を受け取った。厚い紙だ。紙じゃない、革だ。羊皮紙だ。羊皮紙だと思う。俺は初めて見た羊皮紙に驚いた。
「あら? 羊皮紙を見るのは初めてかな? 無くしたらお金がかかるからね。で、ここに書いてあるけど君は鉛級の冒険者よ。一番低ランクね。順に、青銅級、黒鉄級、剣鉄級、銀級、金級、白金級、魔銀級と分かれているから頑張ってね。魔力量も、同じように呼ぶわ。君の魔力は青銅だから余り多くないわ。依頼は後ろの依頼ボードを見てね。でも鉛級は常時依頼だけよ。魔物討伐は青銅以上ね。今ある常時依頼は薬草採りと、どぶ浚いくらいかしらね。薬草採り、受けていく?」
俺は銀貨一枚を払い、おつりを貰う。
「いや、今日はいいです。準備して、明日からにします」
「あら、良い心がけね。ほら、売店があるから見ていくといいわ。武器と防具、薬草や携帯食料を忘れないようにね。魔法薬は買えないかな」
「わかりました。ありがとうございます」
俺は視線を感じつつ、受付を辞した。受付の右にある、売店コーナーに行く。武器や防具、靴、食料が並んでいる。
「いらっしゃい。どれにする? オウ、新人か?」
一際ごつくて筋肉がムキムキの汗臭い初老の男が居た。凄い。良くわからないけど凄い感じがする人だ。髪はグレー、半分は白髪だった。なかなかのロマンスグレーである。
「初めまして。ユージーです。ええと、剣と防具が欲しいです」
「おう。防具もか。良い心がけだ。ボウズは細いな。ボウズには短剣が無難か。ほら、持ってみな」
俺は刃渡り六十センチの両刃の剣を持つ。鍛造品だ。鋳物ではない。刃の研ぎは甘い。悪くは無いので買うことにする。
「銀貨五枚だ。あと、予備にナイフがあると良いぞ。出来れば二、三本持て。投げつければ、威嚇できる。その隙に走って逃げる。時間稼ぎだ。銀貨一枚だ」
俺は頷くと、ナイフを渡される。いゆるダガーナイフだ。短い直剣だ。片刃の湾曲したナイフは最初から持って居る。
「わかりました。短剣とダガーを戴きます。防具は軽いのが良いです」
「おう、銀貨十枚で牛の皮の革鎧だ。これで良いと思うぞ。どれ、着せてやる」
俺はザックを置いて鞣されただけの茶色い革鎧を着せて貰う。胴の他に、レギンズ、籠手も付いている。
「すまんな。次は着せてもらう女を探すんだぞ」
俺は革鎧は意外と重く、少し懐かしいと感じた。俺は小学校までやっていた剣道を思い出し、懐かしい気持になった。
「革の鎧は大型の魔物だと牙が通るからな。気を付けろよ。あと、薬草はいろいろ種類があって、難しい。毒消しの魔法薬は高いけど買っておけ。銀貨五枚だ。魔法薬だからどんな毒にでも効くから、毒消しの薬草をいくつも持つよりいいぞ」
俺は銀貨二十三枚を払う。結構な出費だった。仕方ないか・・・
「毎度あり。特別に教えてやる。コレだ、薬草はコレを採ってこい。フールー草だ」
俺は乾燥した薬草を手に取った。見たことがあるな・・・匂いを嗅いでみる。バジルだ。バジルの香りがする。
「街の北側の森で採れる。いつでも買い取るからな。小鬼が出るかもしれんから、気を付けろよ。薬草ザックだ、沢山買ってもらったからサービスだ」
ありがたい。ちょっと俺は嬉しくなった。
「ありがとうございます。早速行ってみます!」
俺は薬草ザックに剣やナイフを投げ入れ、ギルドを辞した。