猪狩り その二
第十九話 猪狩り その二
翌日、森に直行して罠を回収しながら森の中を進んで行った。俺達は猪狩りの依頼を受け、三日間活動している。初日に罠を仕掛け、二日目に猪と鹿を一頭づつ仕留める事が出来た。鹿は猪二頭分の評価で、依頼はすでに達成された。
俺は正直、金級の冒険者は「戦闘馬鹿」だと思っていた。ヴェルヘルナーゼはキーアキーラの事を「レンジャー」と言っていた。戦闘、斥候、狩人をこなすと見て良いのだろう。ヴェルヘルナーゼの狩りを見ていると、戦闘を行うだけでは冒険者家業は難しいのだろうなと、素直に感じてしまう。
ヴェルヘルナーゼは強烈なパンチを思い出す・・・思い出すと脳が萎縮する気がした・・・が、魔法使いだ。二人のペアはなかなかバランスが取れている気がする。
俺はどうかと言うと、明らかに役不足である。奮起したいところであるが、焦っても仕方が無い。俺は自分に言い聞かせ、ひたすら木に登って外したロープをヴェルヘルナーゼに投げ渡す。ロープを掌と肘でくるくると巻き取って縛ると、キーアキーラが背負うザックに投げ入れる。
十五個目の罠に、猪がかかっていた。前の世界では牛くらい有る大きさである。猪は罠にかかっている前足を気にしながら俺達に向かって罠のかかっていない前左足で地面を搔きながら、頭を落として威嚇を始める。
威嚇の声の低さが腹に響き、俺は後ずさってしまう。
キーアキーラは当然のように細身の剣を抜く。
「俺がやります」
「うん。頼む」
キーアキーラは俺をちらりと見た。頷くと剣を納める。
「無理しなくてもいいのよ」
ヴェルヘルナーゼは心配してくれるが、俺は決めた。きちんと命を奪い、命と向き合おうと。
俺は短剣を抜くと、猪と対峙した。猪の大きさに、牙の鋭さに逡巡する。
「喉か、心の臓を刺すと息絶える。まずは思いっきり頭を叩くように切って隙を作れ。その後に急所を切れ。猪の頭に商品価値は無いから、気にする必要はないからな」
俺はキーアキーラのアドバイスに頷き、一歩、また一歩と、猪に近づいていく。猪は巨大で、短剣では心もと無かった。
「お?」
キーアキーラが俺の構えを見て声を上げた。俺は短剣を中段でもなく、上段でもなく。水平に、剣を突きいられるように右脇を開けて、腰を落として構えた。
俺はにじり足でゆっくりと近づく。突きの間合いに入るが、猪は間合いでないと判断したようだ。
俺は剣を構えて永遠と思える時間、猪と対峙した。猪は生命力に溢れ、野性的で、美しかった。
「いやあああ!」
俺は息を大きく吸うと右足を思いっきり踏み出し、突きを左目に突き刺す。猪は俺の動きに着いていくことが出来なかった。剣は根元まで突き刺ささる。
「お見事」
キーアキーラの声が後ろから聞こえる。猪はバタリと横倒しで倒れた。重量物が倒れる音が森に響き渡る。俺は腰からナイフを抜き、喉を切ろうとした。血抜きをする必要があるからだ。
「もういいぞ。私がやろう。見事な突きだった」
キーアキーラは猪の喉を切ると、血が地面に溢れだした。猪の頭に右足を置き、短剣を引き抜いた。短剣は血に塗れていた。俺が命を奪った短剣だった。
「ほら、ボロ切れで剣を拭くのよ。凄い突きね。猪の頭蓋骨は硬くて剣を弾くのよ。どうするのかと思って見ていたよ」
ヴェルヘルナーゼから布を受け取り。短剣を拭いて鞘に納めた。
俺は両肩で息をしていた。そして、体に虚脱感が広がる。
「ほら、少し座るといいわ。お水を飲むのよ。顔が真っ青よ」
俺は猪を見ないように座り、水を飲んだ。
「ふうう」
俺は大きく息を吐いた。今まで呼吸を忘れていた気がする。
「ウフフ。これで冒険者ね。おめでとう、ユージー君」
ヴェルヘルナーゼが俺の横に座る。俺は差し出された瓢箪の水筒を口にする。
「ふう」
少し落ち着いた。手に短剣が猪にめり込む感触が残っている。俺は魔力を周囲に放ってみる。俺の周囲を検知する魔法で獲物がかかっているか確認しようとしたのだ。
「ん? 十ほど、何者かが近づいてくる」
俺の声に、ヴェルヘルナーゼとキーアキーラが即座に反応する。
「魔法で検知したの?」
俺は頷き、短剣で方向を指示する。
「ゴブリンどもか。血の匂いを嗅ぎつけたか」
確かに風下から近づいてくる。
「錬金術師君、剣を抜いて身を隠せ。ヴェルヘルナーゼは魔法の準備」
「風の妖精エルフィーン、現れてうちに力を貸して」
ふう、とヴェルヘルナーゼが息を掌に吹きかけると、昨日に引き続き、巨大な半透明の鷹が現れた。
俺は息を殺して草むらから気配を伺う。
「ゴブリンを確認。距離三十トッフ、数は十、交戦用意」
キーアキーラは草むらで姿が見えないのに正確に距離と数を把握していた。
「魔法を頼む」
「エルフィーン! 風の刃でゴブリンの喉を切り裂け!」
ヴェルヘルナーゼが鷹を飛ばす。鷹は草むらに分け入る。
「ぎゃ!」
草むらから悲鳴が聞こえてくる。
「君はここでヴェルヘルナーゼを守れ! 行ってくる!」
キーアキーラは躊躇いなく草むらに飛び込んで行く。俺は草むらの外で、神経を尖らせる。ヴェルヘルナーゼは掌を光らせたまま、目を閉じている。
草むらから、金属音や鈍い音が聞こえてくる。
ガサリ、という音と共に何者が現れた。背丈は小学生程度の人型の何かだった。どす黒い緑色でしわくちゃの顔。尖った耳と鼻。口からは犬歯が覗き、獲物への期待からか涎がだれている。体は汚い布で覆っているだけだ。右手に粗末な棍棒を持っている。
「ぎゃぎゃぎゃ!」
魔物は嫌な声を発しながら棍棒を振り上げた。遅い。動きは話にならないほど遅い。大丈夫だ、普通に斬ればやれる。
俺は魔物より数段早く、右足を踏み出して魔物の頭蓋目がけて短剣を振り抜く。
「ぎゃああああ!」
魔物は額から血を流し、大きくよろめいた。俺は再び右足を踏み込んで首筋から斜めに切り裂いた。ザックリと袈裟斬りをするつもりであったが、切れたのは首筋のみであった。
魔物は喉から血を吹き出し、倒れた。
「止めを刺せ!」
何処からかキーアキーラの声がした。俺は喉に短剣を突き刺した。ごぼごぼと喉から息が漏れ、魔物は痙攣をし、息絶えた。俺はゆっくりと剣を引き抜いた。
「ぎゃああああ!」
斜め後ろから魔物の棍棒が振り下ろされた。俺は辛うじて短剣で受ける。
「ぎゃあああ!」
不意を突かれたため、力が全く入らない。何かが俺の前を通り過ぎた気がした。魔物は首から血を吹いて倒れる。俺は喉へ短剣を突き刺し、止めを刺す。
「ピュウウウウウィィィィィィ!」
鷹だ。鷹が大きく鳴いた。俺の回りを一回りすると草むらに飛び込んだ。
「ありがとう、ヴェルヘルナーゼ!」
俺は叫びを終えないうちに魔物が現れた。
「ぎゃやややや!」
魔物はゆっくりと棍棒を振りかぶる。俺は中段の構えから大きく右足を踏み出し、喉に突きを決める。
「ぎゃ?」
魔物は敗北を理解出来ないうちに喉から空気を漏らし、息絶えた。俺は右足で魔物を蹴り、剣を引き抜いた。
俺が魔物を倒すと、辺りは静かになった。
章分けしました。
猪編は次回で終わりです。




