猪狩り その一
第十八話 猪狩り その1
「これがいいと思う」
キーアキーラは掲示板から羊皮紙を一枚、取り外した。
「猪狩りね。そうね。農家が依頼先ね」
俺は初めて冒険者ギルドに来ている。ちくちくと、男性冒険者の視線が痛い。
「あの小さいのがそうなのか?」
「鉄拳に振られた腹いせに暴行を受けたのがあの可愛い男の子よ」
「あの鉄拳を物にしやがって。くそ。でも俺は殴られたくないしな」
様々なひそひそ話が聞こえて来る。ヴェルヘルナーゼが受付に並んだ。俺はキーアキーラから話を聞くことにする。
「猪の魔物ですね」
「違う。普通の猪だ」
キーアキーラは言い放った。俺の魔物退治はまだ先みたいだ。
「猪は肉が売れるし、毛皮も売れるしなかなかなのだ。君は剣術は凄いが、実際には剣術など使わないからな。狩る、と言うことが良くわかるのが猪狩りだ」
俺が頷きながら聞いていると、ヴェルヘルナーゼが戻って来た。
「じゃあ行こう! 農家のウーリーさんの依頼だよ。この人毎年出してくれるんだよね」
俺達は黒鉄級の依頼を受けた。俺はガーレルに暴行を受けた後、十日間ほど冒険者を休み、体を癒していた。
俺が休養している間、前半の五日間はつきっきりでヴェルヘルナーゼが看病してくれた。後半はスライム狩りに精を出して五十匹のスライム捕獲を終え、黒鉄級にランクアップした。
俺は冒険者復帰四日で五十匹のスライム捕獲を終え、黒鉄級にランクアップした。俺とヴェルヘルナーゼ、キーアキーラの三人でスライムを捕獲してギルドに運び、全て俺の成果と報告したからだ。ギルドの受付メーニアに睨まれたが認めてくれ、あっという間に黒鉄級になった。黒鉄級であれば、迷宮にも入れるので一安心、と言うことらしい。
農家のウーリーは街の外にある畑地帯の大地主だった。痩せた初老の人だ。森に面しているため、森から猪が出るとのこと。報酬は歩合制で、一頭あたり銀貨二枚。但し、捕獲した猪は売って欲しいと、三日間で出来るだけ捕獲して欲しいと言われた。目標は三頭だそうだ。
俺達はウーリーと別れ、畑と森の間に立つ。
「大きさにもよるけど、肉が一頭銀貨五枚、毛皮が一頭銀貨三枚。要するに一頭金貨一枚の仕事になる。お肉になるので良い仕事よ。狩った成果は、全て冒険者に帰するのよ。でも実際には重くて運べないからウーリーさんに売る形になるわね」
「猪だけどな、背丈がこれぐらいでな、突進してくるから正面から立ち向かうのは無理だからな。気を付けろよ」
キーアキーラは腹位を示す。俺は思わず息を飲んだ。
「デカイですね。俺の知っている猪はもっと小さい」
「そうか。さて、やるぞ。猪はこの広い森にいるけど、見つけるのは難しい。罠を仕掛ける。くくり罠だ。ほら、獣道が見えるだろ。ここを通って農作物を狙うんだ。道に沿って罠を仕掛ける。沢山仕掛けるぞ。まあ見ていろ」
キーアキーラはザックからロープを取り出した。
「端は投げ縄結びだ。引っ張ると獲物を捕らえる輪が小さくなるから。これを弾力のある丈夫な木の枝に結び、木の枝とかでロープを押さえる仕組みを工夫すれば罠になる。わかるか」
俺は頷きながら罠を仕掛けるキーアキーラを見ている。しゃがみ込む度にお尻を俺に向けるので、思わずドキドキしてしまう。今日もキーアキーラのお尻は素晴らしい。キーアキーラは革鎧を着ているのだが、黒い革パンツはピッタリと密着していて、お尻の割れ目まで見える。丸見えだ。見る度にモヤモヤする。
「ちょっと、キーアキーラ、さっきからお尻ばっかり向けないでよ」
「ああすまん。わざとなんだ。錬金術師君の私の尻を見る目は楽しいからな」
俺は遊ばれているようだ。
「あはは・・・」
とりあえず笑ったあと、俺は二、三度、投げ縄結びの練習をする。一回普通に結び、輪の根本を通して先ほどの結び目に通すとカウボーイが使う投げ縄になる。ロープを引くと輪が小さくなる。
「でだ、猪は人参が好きだから。罠の近くに人参をおいておくんだ」
俺はずっしりと重い、人参が一杯入っているザックから取り出し、一個置いた。
「で、この獣道が猪が捕れるんだ。順に仕掛けていくぞ」
俺達は教えられた通りに罠を仕掛け、人参を置いていく。
「錬金術師君、今仕掛けた罠に引っかかってみろ。枝が細いんじゃないか」
「キーアキーラさん、そうですか? じゃあ、ああああああ!」
俺はロープに足を入れて罠を作動させると、枝の反動で見事に宙づりになった。
「ああごめん。嘘だ。完璧だった」
「見て、キーアキーラ、うり坊よ。ウフフ」
「酷い・・・罠が動くのはわかりましたよ」
俺は腹筋で上体を起こすと、枝まで登り、自分で罠を外した。
「流石に人間は罠を外せるな。さ、遊んでないでどんどん罠を張るぞ」
遊んでいるのはキーアキーラじゃないかと思いながら、罠を張っていく。枝まで木を登ってロープを結び、降りて下まで引っ張るのはかなり骨だった。
俺は五カ所で疲れてしまったが、キーアキーラは十カ所以上の罠を張っている。
「疲れたわね。パンを食べましょうか」
ヴェルヘルナーゼは座るとパンを取り出して俺に分けてくれた。休憩を終え、更に罠を設置して俺達は作業を終えた。
「これから三日間、罠を見回って人参を補給するのが仕事だ。罠に掛かっているといいな」
翌日、俺は人参を背負って、俺だけ背負って、森に入っていく。
「ピギャギャ!」
森の入口から獣の鳴き声がする。
「ほら、早速かかっているぞ。見ていろよ」
俺は足を引っ張られて罠を外そうと必死になっている猪を見る。デカイ。日本で見た牛と同じ大きさだ。三百キロはありそうだ。これで一頭銀貨五枚は安い気がする。
キーアキーラは剣を抜くと、首もと目がけて剣を振るった。細身の剣は首を落とすことは出来ないが、動脈を断ち切り、血が吹き出た。猪は力なく倒れる。周囲は濃密な血の匂いが充満する。俺は思わず目を背けてしまった。
「錬金術師君は屠殺を見るのは初めてか。今のうちに慣れておけ。冒険者は人を斬ることもあるからな。盗賊狩りとか」
俺は深呼吸して、次の罠に行く。人参だけが無くなっているので補充しておく。罠の殆どは人参だけが無くなっていた。
十カ所目の罠に、鹿がかかっていた。鹿もデカイ。ムース、ヘラジカに見える。ヘラジカは俺達を認めると、頭を下げて威嚇を始めるが、ロープが行動を制限している。
「お、鹿がかかったな。特別ボーナスだ。ヴェルヘルナーゼ、頼む」
「いいわよ」
ヴェルヘルナーゼが右掌を開く。
「風の妖精エルフィーン、現れてうちに力を貸して」
ふう、とヴェルヘルナーゼが息を掌に吹きかけた。ヴェルヘルナーゼの右掌が光り輝き、半透明で巨大な鷹が現れた。
「エルフィーンよ、鹿ののど笛を切り裂いて」
何かがホーミングミサイルのように、半透明の鷹は首右側目がけて迂回しながら飛んで行った。鹿は断末魔を発する事無く、のど笛を爪でえぐられ、血を吹き出した。巨大な鹿が横から倒れ、どくどくと血が流れた。
俺は再び、目を背けてしまう。正直、生命を奪う風景は心にくる。日本人は汚れを嫌う。生命を奪うという行為を徹底的に嫌う。毎日の様に肉を食べているのに、だ。俺は文化の違う場所に来たのだと、強く実感する。
「大丈夫か。冒険者はな、黒鉄級までは素早くランアップして、黒鉄級からじっくりと活動した方がいいのだ。冒険者は命を奪う仕事だ。ゆっくり慣れていくといい。そして、殺さないと生存できないことを学ぶのだ。錬金術師君は見事な剣術を持っているから、我々の事を見ると良いと思う」
俺はキーアキーラの正論に頷くしか出来なかった。かかった獲物は猪一頭、鹿一頭だ。鹿は猪二頭分はあると思う。
俺達は依頼人のウーリーに会いに戻る。猪と鹿が獲れたことを伝えると、ウーリーは非常に喜んでいた。依頼達成で構わないと言ってくれた。ウーリーは仲間を集め、早速回収に向かうと言っていた。明らかに、農被害防止ではないようだった。
「毎年、肉を食べて体力を付けて春の作業を行うんだって。夏の間に食べる干し肉を作るのかも知れないね。うちらもお肉食べようよ」
「おいおい、錬金術師君は無理じゃないかな。軽くパンを食べて休んだ方がいいぞ。明日も罠を見に来て、獲物を確認して終わりだ。ヴェルヘルナーゼ、青い顔をしている錬金術師君を慰めるように」
俺は宿に帰ると、体を拭って血の匂いを落とした。食欲も無くベッドに横になった。目を閉じると、喉から血を吹き出す光景が消えなかった。
ドアがノックされ、ヴェルヘルナーゼが入って来た。
「大丈夫、じゃなさそうね。パンくらい食べなさいよ」
ヴェルヘルナーゼは皿を机に置くと、起き上がろうとする俺の頭を太ももに乗せてくれた。
「特別よ。明日もがんばろうね」
ヴェルヘルナーゼは俺の瞼をそっと閉じてくれた。
「ヴェルヘルナーゼ、ありがとう」
俺の言葉に、ヴェルヘルナーゼが反応した気がしたが、目を閉じているために見えなかった。
俺は大好きなヴェルヘルナーゼの香りに包まれ、眠りについた。
主人公は試練が続きます。
次回は猪狩りその2の予定です。
お読み下さりありがとうございます。今後ともよろしくお願いいたします。




