報酬と魔銀級冒険者
第百七十話 報酬と魔銀級冒険者
午後、両殿下が帰った後に俺達はギルドを訪れた。行くと知らない男性に声を掛けられる。四十代の片目の男だった。
「アーガス卿! やっと来たぞ! 解体だな? 予約が凄いんだ。全部出してくれ。解体してやるぞ。王都のギルドは魔法の鞄があるから気にするな。全部出してくれ」
連れて行かれた解体場は大きかった。ヴェルヘルナーゼは四十二体の魔物を出して行く。全ての種類の毛皮、骨、牙は貰う事にした。骨は粉にして貰う。魔石は半分貰う。
「ち、フェンリルの毛皮は駄目か?」
「それだけは駄目ですね。この中で一番のお宝です」
「わかった。諦める。フェンリル一、サイクロプス五、ミノタウロス六、マンティコア七、グリフォン四、レッサードラゴン七、バジリスク四、ヒドラ一、ヘカトンケイル一、巨大なサンドワーム類が七だ。すげえな・・・明日来てくれ。算定しておく。俺は解体長のジークだ」
「ユージー・アーガスです。じゃあお願いします」
「任せとけ!」
ギルドの受付に行くと、ギルドマスターのデルフォーがやって来た。
「あ、ユー君とヴェルちゃん! 荷物が届いているわよ! 三階のいつもの部屋にあるから!」
ユー君? 俺か?
「ほら! 行った行った!」
俺達は三階の応接室に通される。木箱が四つも置いてある。
「なんだろ? べべルコさんからだね」
荷物はルーディアの鍛冶、べべルコからだった。木箱を開けると、龍筒の弾が詰まっていた。大小ともに五百発はありそうだ。
「手紙が入っている・・・キーアキーラさんからだ・・・なになに・・・そろそろ無くなっている頃だから、補給するだって」
「へえ。すっかりバレバレじゃない。ウフフ。ルーディアに帰りたくなっちゃうね」
「誰かに見られる前に収納っと」
ドアがノックされ、デルフォーが入って来る。手には紅茶のポットとカップが載った盆を手にしている。
「お茶にしましょ。はいどうぞ。まずは素材をありがとうね。問い合わせが凄いのよ。何処から情報を聞いたのかしらね」
「フェンリルの毛皮はお渡し出来ませんよ」
「仕方ないわ。魔法を弾くんじゃないかって話題なんだからね。ユー君の調子はどう? ヴェルちゃんは良さそうな感じだけど」
「俺は肩が上がらないんです。ここまでかな? いてて・・・毎日マッサージと腕を回す運動しかできないです。剣を振る筋肉も衰えるでしょうから、かなり参ってます」
「そっか。依頼は難しそうね。それはいいわ。冒険者の間では王女殿下の人気が凄いわ。本当は金貨を支払わないといけないのよ。でも誰も払わないわね。だから彼らは殿下の奴隷扱いなのよ。兵力が必要なら動員してやって。待っているのよ。嬉々として盾になるから。殿下に伝えといて」
「マジッスか?」
「真面目な話よ。相当嬉しかったのよ。けなげで可愛いし、守ってあげたくなるわよね」
「今、兄殿下と二人で学問と剣の家庭教師中なんです。肩が治るまで家庭教師ですね」
「へえ。兄殿下って、マクミリヤニ殿下? お体が悪くて歩くことも出来ないって聞いたわよ」
「サックリ治して健康になりましたよ。誰にも相手されなかったんでしょう。素直な良い子ですね。偉そうじゃ無くて良いですよ」
「へえ。ユー君がコントロール出来るお方なら魔銀級になっていただきたいわね。今の魔銀級は王太子殿下だったけど、王宮から辞退の連絡が来ているの。魔銀級不在なのよ。王女殿下でもいいかな?」
「現段階ではメリーカーナ殿下の方が良いですね。ご結婚などで王都にいるかわかりませんから、いずれはマクミリヤニ殿下の方がいい気がします」
「わかったわ。王宮に打診するわ。近々来て欲しいな。楽しみね。実際に活動する魔銀級の誕生じゃない? 今までは名誉職だったから活動されたお方はいないのよ。魔銀級令を出されるかもしれないわね」
「あの、名誉職でなくて・・・」
「魔銀級の権威を行使出来るわ。白金級の決定の取り消し、罪人の認定、全ての冒険者ギルドの非常事態の把握が可能よ。魔銀級の決定は誰も取り消せないわ。まさに歩くギルドよ」
「じゃあ明後日にでも来ますね」
「ウフフ。完全に王女殿下を制御しているのね。凄いわ」
「え? いやあの」
「殿下をワイヴァーンからお救いして、治療魔法を授けたんでしょう? さらにユー君の剣聖を斬った剣術を学んでいるのよね? 正直羨ましいわ。私が教えてっていっても駄目なんでしょう?」
「駄目ですね」
「つれないわね。じゃあ最後の話。報酬を持って来るわ。待っていて」
デルフォーは部屋を出て、数人の職員とともに大量の革袋とミスリルのインゴットを持て来た。革袋はズッシリと重い大きな袋が十袋。ミスリルのインゴットは十センチ角が四十個。すごい量だ。
「報酬は金貨五万枚よ。約束のミスリルのもね。本当に感謝しているわ。お二人とも、見事な戦い振りでした」
有り難く頂戴し、ギルドを後にした。
「ウフフ・・・殿下が魔銀級・・・なんだか嬉しいわね」
「責任が重すぎるけど、仕方ないんだろうな。王族だし、この前の戦いは目立っていたしね」
「目立つどころじゃないわ。凄かったわよ。まさに光の王女だって思ったわ」
「ミスリルで剣を作ろうか。例の剣だ」
「アレね? 戻ったらロビーリーサさんにお願いしなきゃね」
林に戻り、魔道馬車を出して夕食を摂った。
翌日、両殿下が来て授業を始める。
「今日は、国のあり方の話です」
「覚えてます! 国の仕事と王と義務の話ね?」
「覚えていますか? ではメリーカーナ殿下、マクミリヤニ殿下に教えてあげていただけませんか?」
「国はですね・・・」
復習を兼ねてメリーカーナ殿下に説明してもらう。マクミリヤニ殿下はメモを取りながら聞いている。
国は戦争をするためにある、王は一番強い存在で、統帥権を有する、民には戦いに参加する義務がある、この三点だ。
「流石です、メリーカーナ殿下。国は戦争をするためにあると言いましたが、正確には安全保障と言います。国民の命を守ることが最優先で、あらゆる権利に勝るんです。例えば隣国が攻めてきたり、反乱が起きたとします。周辺の人民は仕事で得られるお金を放棄させてでも避難させる場合があります。王は軍を率いるから偉いんですよ。本来はね。王国では聖なる王になるから偉いんですけどちょっと横に置いておきます。王は軍を率いて勝利し、政権を取ったから偉いんです。貴族は実際に兵を出した人達なんです。マクミリヤニ殿下が行うべき事は一つです。なんだかわかりますか?」
「私が行うべき事ですか・・・強くなることでしょうか」
「三十点ですね。軍の掌握です。メリーカーナ殿下は冒険者に極めて人気があるんですが、マクミリヤニ殿下は軍の支持を得て欲しいんです。取り込み方はお教えしましょう。マクミリヤニ殿下は魔力はありますよね。何級でしょうか?」
「こう見えても金級です」
「凄いですね・・・みんな金級とかですか・・・」
「どうしたんですか?」
「お兄様は青銅級の魔力なの。極めて少ないのよ」
「ハッハッハ。メリーは魔法の他にもジョークまで一級品ですね。話に聞きましたよ。ワイヴァーンを倒すのに青銅級では無理・・・本当ですか?」
「黒鉄級に増えたけど、魔法使いは最低でも銀級だから、少ないことには代わりないのです。少ない魔力を知識で補っているんです。あなた、これから色々なお勉強をするんでしょう? よく聞いて置いた方がいいと思うんです」
「まあね。ヴェルヘルナーゼの光の矢は二百くらい届く?」
「今は三百まで届くわ。見せて良いの?」
「二人とも見ててください。普通の魔法は射程が百くらいなんです。俺は千でも届くし、先の戦いで使った魔法は一万でも届くんです。魔法の強さは破壊力でもあるんだけど、実際は距離なんです。遠くに飛ばせる方が絶対に強い場合が多いんです。じゃあ頼むよ」
「川の向こう岸、距離三百に黒い岩があるのがわかりますか? あれに当てます」
ヴェルヘルナーゼは立ち上がると光の弓を引く。弓の前には光の魔法陣が現れ、小さな妖精が祝福を与えている。無論、全てイミテーションだ。
「わ・・・美しい・・・」
「流石お姉様」
ヴェルヘルナーゼが光の矢を放つと、美しい軌跡を描きながら見事に命中し、岩を貫いた。
「凄い・・・あれ、呪文を唱えていない・・・」
「今日の後半は、魔法に取り組みましょう。魔法はですね、色々な知識と、信じる心が全てです。具現化する技術が瞑想です。オレ流ですみませんが瞑想を行いましょう。ヴェルヘルナーゼ、メリーカーナ王女、瞑想をお願い出来ませんか」
「お姉様と瞑想ですね!」
二人は椅子に座ると瞑想を始める。ヴェルヘルナーゼの存在感は殆ど無くなる。メリーカーナ王女もかなりの瞑想だが、まだヴェルヘルナーゼに追いつかない。
「ヴェルヘルナーゼさんが消えた! メリーも居るのはわかるのにわからなくなった・・・」
「ヴェルヘルナーゼの瞑想が理想に近いです。メリーカーナ殿下もかなりの瞑想です。マクミリヤニ殿下もあのレベルまで瞑想を行って下さい。ではやりましょうか」
「はい!」
「じゃあ目を閉じて下さい。今から肩を触って、ごく微量の魔力を流します。感じて下さい」
俺はマクミリヤニ殿下の肩に触れ、極細い、髪の毛より細い魔力の糸を流す。
「魔力が流れています。わかりますか?」
「はい・・・凄く細いです・・・信じられないくらい細い・・・」
「知覚できましたね。動かしますよ・・・」
俺は魔力の糸を肩から右腕に動かす。
「動いていますね。動かしてみてください。動きますか・・・動きましたね」
魔力の糸は俺の支配から外れ、マクミリヤニ殿下が動かしている。動いているうちに入らないかも知れないが、何とか動いている。
「では人差し指に針をイメージしてください。細い針です。細い糸の魔力を指先から出してください。出たら細い針になります」
マクミリヤニ殿下の指先に、極小の針が出現する。
「目を開けて見てみて下さい。指先に針がありますね。ヴェルヘルナーゼが使った光の矢と同じ魔法です。おめでとうございます。六人目かな? 無詠唱魔法の使い手となりました」
「え?」
マクミリヤニ殿下は指を見ると、針はかき消えた。
「ああ、消えましたね。でも出来ていましたよ。目を開けていても、いつでも魔力の循環が出来る様になればいつでも瞬時に魔法が使えるんです」
「私が魔法を・・・しかも無詠唱・・・」
「さ、殿下、瞑想を」
「わかりました!」
マクミリヤニ殿下は嬉しそうに瞑想を始めるが、難しい顔をしている。
「魔力の糸を出現できませんね? 最初はお手伝いしましょう」
俺は肩を触り、魔力の糸を流してやる。マクミリヤニ殿下は頷きながら瞑想を始める。横を見ると、フォールーも瞑想を行っている。皆が瞑想を行う静かな空間だった。俺も何時もより多めに魔力を練る。無論、目を開けたままである。
川のせせらぎ。小鳥の鳴き声。風が吹き、草木が揺れる木の葉の音。虫の鳴き声。静かな空間に、自然の音だけが響く。俺は少し離れ、メーフォーリの側に行く。
「殿下はいかがです? 王宮ではどのようにお過ごしに?」
「疲れてお休みになってます。でもお顔がとても明るいです。なんとお礼をいったらいいか・・・日に日に逞しくなっていきます。しかも私のパンを食べて・・・」
「殿下はメーフォーリさんのことを気に入っておられますよね」
「私が殿下と接した唯一の女性なんです。伽はそのうちするでしょうけど、私に本気になられても困るというか、無理でしょうね。そうそう、ヴェルヘルナーゼさんに飽きたら伽をしますよ。ウフフ。なんなら何人でもメイドを紹介しますよ」
「遠慮しますよ」
「しかしヴェルヘルナーゼさんはお綺麗ですよね・・・流石王都一と言われた方です。アーガス卿だったら女性を取っ替え引っ替えでしょうに。独占するなんて凄いです。殿下がご結婚されたら私を養ってくださいよ」
「え? それだけはいやです。あの、ちょいちょい聞くんですが王都一の美貌って・・・たしかに間違いじゃない気がしますが」
「魔道学園での逸話は凄いですよ。ヴェルヘルナーゼさんを巡って高位貴族の子達で決闘が相次いだとか、贈り物が山のように届いたとか。全て退けたようですね」
「なるほど・・・男性が苦手みたいな感じでしたからね」
「噂では、何人も殴り倒したらしいです。ダンスパーティーのパートナーはキーアキーラ殿下だったそうですよ」
「なるほどね・・・」
「ほら、殿下がお疲れじゃないですか?」
「本当だ。魔力酔いかな?」
俺はマクミリヤニ殿下に近づく。
「気分悪そうですね。ここで切り上げましょう。少し休んだら軽く剣を振りましょう」
「気持ちは悪いですがなんというか・・・心が満ち足りていく感じです・・・胸の奥から」
マクミリヤニ王子はフラフラしている。
「殿下、今のお気持ちをお忘れずに。これから心の表面を揺さぶられる誘惑が多くなります。その時は、今と同じように心の奥底から湧き出る感情に従って下さい。それは、小さな、本物の殿下と、恐らくメーフォーリさんから貰った愛情です。この二つに嘘をついちゃいけませんよ」
「メーフォーリから貰った愛情・・・」
「ええ。この世で一番美しいものです。違いますか?」
「うん。うん」
マクミリヤニ王子は俺にしがみつき、ボロボロと泣き始めた。声を上げて泣きに泣いた。
マクミリヤニ王子は湧き出た感情を抑える事が出来なかった。初めての事だった。大切なものは二つではないと思ったが、心の奥にしまっておいた。




