王都大聖堂
第百六十六話 王都大聖堂
「よし、出来た」
俺は一週間で二百枚のアミュレットを作り終え、昼食とデザートの準備をする。メリーカーナ王女は午前中に魔道学園の生徒達に治療を施している。俺は焦らないこと、今の状態を肯定し、頑張れだとか奮起しろ、だとかは絶対に言わないようにとアドバイスをしている。
ビール製造を書いた手紙も送ってある。ヴェルヘルナーゼはほぼ回復したように見える。これは一安心だ。俺は相変わらず右肩が痛く、肩を回したり、ヴェルヘルナーゼにマッサージしてもらったりの生活だ。
昼からは俺、ヴェルヘルナーゼ、メリーカーナ王女、フォールー、スーメリーマーヤで食事を摂っている。
治療はかなり困難に直面しているようだ。重症と思われる子が四十人、軽症が六十人。要治療と思われる子が百人にのぼる。日に日にメリーカーナ王女は疲労が溜まっていく。俺は強めにセロトニンを出す魔法を施し、体をリラックスさせて疲れを残さないようにしている。
今日は珍しい人が来た。グールン子爵だ。
「アーガス卿。知らせがある。ヴェルヘルナーゼさんの具合は良さそうですね」
ヴェルヘルナーゼにお茶を淹れてもらい、話を聞いた。
「良い知らせと悪い知らせがある」
「じゃあ良い知らせからお願いします」
「子供達の回復は順調だ。大部分の子供達が食事を摂れるようになった。礼を言う」
「アミュレットは効いています?」
「ああ。凄い効き目だ。それよりも受け取った感激度合いが凄い。この前数人に殿下が個人的な論功を行ったと聞いた。皆、殿下から貰いたかったそうだ」
「効いているようで良かったです」
「で、悪い知らせだが神官より招集状が来た。渡しておく。ブリド・デーガ大祠祭儀の署名だ。伯爵家出身の実力者だ。断れん。しかも今日の昼だ」
「俺になんの用でしょうかね?」
「取込だろうな。三回生に娘がいるから、あてがわれると思う。ヴェルヘルナーゼさんにドレスを着せて行った方が良いかもな」
「えええ! あてがうってどういうことなんです?」
ヴェルヘルナーゼが声を荒立てる。
「デーガ伯爵の弟君がブリド・デーガ大祠祭儀だ。格はなかなかであるから、第一婦人であろうよ」
「えええ?」
「まぁ俺は聖堂と無関係ですから、聖堂関係者の娘と結婚する理由がありませんよ」
「破門になるぞ」
「大丈夫ですよ。俺は洗礼っていうんですかね? 受けていないし、何の宗教にも入っていませんので、異教徒でも無いです」
主祭神のロスメンディフェルトをブチ殺す予定なので、正しくは敵対する予定だ。
「アーガス卿はエルフの教えを守っているのじゃないのか?」
「違いますよ? たまたま神と呼ばれた魔法使いにお会い出来ただけです」
「普通は断れないのだが・・・」
「そうだ、聖堂の神官達と王都聖堂枢機卿会の関係を教えていただけませんか? 秘密でしょうが」
「普通は知らぬことだ。王族も知らぬだろう。枢機卿会の決定には最高高位神官である大神儀の承認が必要だ。大神儀は通常はかなりの高齢になるため、諮問機関として大祠祭儀と三人の祠祭儀で祠祭儀祭という会議を執り行うらしい。この国の最高運営機関だ。王族は権威はあるが、政治力は無いのだ。では幸運を祈る」
グールン子爵は席を立った。
「・・・結構歪なのね、王国って」
「ああ。まさか本当に宗教国家だとは思わなかったな・・・なるほどね。鎧を着ていくか」
「そうね・・・ドレスはいやよ」
ルーディールーシュの龍の鱗の鎧を着せてもらっていると、疲れた顔をしたメリーカーナ王女が来た。
「お兄様、お姉様、お体はいかがですか・・・とうとう自殺者が出てしまいました。私の目の前で謝罪をされて、喉を搔き斬ったんです。なんとか助けましたよ・・・三回生の聖堂の娘さんです。父が申し訳ございません、と言っていましたわ。しかも、アミュレットを持っていなかったんです。予備を渡しましたけど」
メリーカーナは青い顔をしている。ヴェルヘルナーゼは紅茶を淹れる。俺はブルーヴェリーパイを皆に出す。
「盗まれたの?」
「父親のデーガ大祠祭儀様が持っていったらしいです・・・参ったわ」
メリーカーナ王女の両手を握り、魔力を流してやる。セロトニンを大目に放出させ、眠らせた。
「フォールーさん、寝かせてあげてください。これが追加予備のアミュレットです。俺達はこれからその大祠祭儀なる人に呼び出しを受けているんですよ」
「そうなの? じゃあ私が魔道馬車を出すから行ってらっしゃい」
俺は魔道馬車を収納し、メリーカーナ王女主従を残したままギルドに向かった。昼間のギルドは比較的空いている。俺は二人の女性冒険者に握手を求められる。受付嬢にギルドマスターのデルフォーさんを呼んでもらった。
「あら、どうしたの?」
「デーガ大祠祭儀って人に呼ばれているので行く所なんです」
「あら、丁度いいわ。私も行くわね。討伐費用金貨七万枚の請求を行うわ。王宮に送ってもどうせ大祠祭儀様に行くだけだからね。フフフフ。白金級三名でカチ込みよ。楽しいわね」
「待っていて。今準備をしてくるわ」
デルフォーも鎧に着替え、完全武装の白金級が三人並んだ。流石に冒険者達は異常を感じたのか、我々を見ている。
「みんな、カチ込みじゃないわ。普段通りにして」
デルフォーの発言に、「なんだ」「つまらん」「この前は血が滾ったのに」と呟きながら普通に戻った。
「状況を教えて?」
俺達は聖堂へ向かう途中、現状の再確認を行った。
「デーガ大祠祭儀の目的は俺と娘を婚姻させたいのでは、とグールン子爵は考えていますが、魔道学園三回生の娘は今朝喉を切って自殺を決行するも殿下の治療で一命を取り留めています。俺との婚姻を父親から聞いたのと、治療のアミュレットを貸していたのですが父親に取り上げられたからです。魔道学園の生徒の約半数が先の動員の恐怖で心身に異常を起こしています。全生徒にシーサーペントの鱗をアミュレットにして配ったんです。名目は貸与にした方がいいでしょうか?」
「ほうほう! アミュレット盗賊がいた! いいわ! いいわ! 本来は捕縛、処刑だけど大物だし支払もしてほしいから返してもらったら勘弁しましょうか」
「え? マジですか?」
「当たり前じゃない。貴族だろうが聖職者だろうが、盗みは盗みよ。しかもアーガス卿のアミュレットだったら欲しがる人が沢山いるわよ」
デルフォーはウキウキで歩いて行く。王都の聖堂は巨大だった。二つの塔がそびえる大聖堂である。
「武器をどうしましょうかね・・・持って入れないわ」
「預かりますよ。魔法の鞄ですから」
「いいの? 頼むわ」
一応丸腰になると、大聖堂の中に入っていく。ステンドグラスが美しい。古代エルフ語や神代文字は無いようである。大いなる方と呼ばれているロスメンディフェルトの男性像はあるが、他の遺跡のように神々の首塚ではないようだ。
俺達は大祠祭儀に呼び出しを受けている旨を側に居た老齢の神官に伝えると、聖堂の奥の間に案内される。
石造りの質素な部屋だった。しばらく待つと、三人ほどの神職が現れた。五十代のふくよかな男が俺達三人をちらりと見た。一番見たのはヴェルヘルナーゼだった。
「ようこそおいで下さりました。王都の聖堂の大祭祀儀を務めております、ブリド・デーガと申します。ご高名なアーガス卿とパートナーのヴェルヘルナーゼさん、そしてギルドマスターのデルフォーさんですな。お前達、お飲み物をお持ちしろ」
付き人らしい二人は一度下がる。最初は口火を切った。
「まずですね、今朝の出来事からご説明させてください。ドールスーヤ・デーガさんが今朝、自ら喉を切って自殺を図ってます。幸いにも王女殿下の目の前で自殺を図ったようで、すぐに治療を開始、命は取り留めたとのことです。父が申し訳ございませんと、言ってからの決行であったそうです。王女殿下からの情報です」
「なんだと! 出任せじゃないのか?」
「その言葉は王女殿下へお願いします。それよりも殿下にお礼を言う方がさきではと、ご忠告させていただきます。そもそも、自殺を図った原因が三つあると考えています。ご説明させていただいてよろしいですか? それとも娘様の所に行かれますか?」
「まず聞かせてくれ」
デーガ大祠祭儀はだらだらと汗を流し始める。
「まずは俺のアミュレットを返してください。魔道学園の生徒の半数は心身のバランスが崩れ、非常に危険な状態になっています。王女殿下の治療と俺が作ったアミュレットで症状を抑えている状態です。一次原因として、アミュレットを無くした状態で不安定な状態になったということです」
「なんだと! デタラメを言っているのではありませんか?」
デーガ大祠祭儀は汗を流しながら、凄もうとする。
「まず、お返しください。でないと白金級冒険者権限で金貨五十枚相当の強奪と見なします」
「大祠祭儀様の決めた法では即時処刑が可能ですよ」
俺の言葉のあとに、デルフォーが言葉を続けてくれる。
「・・・わかった。返却しよう。調べたが、何の効果も無かった。アミュレットではない」
「いや、そう言う方がいるので、王女殿下が認めた人間でないと効果が出ないように作りましたので。素材だけでも貴重な品なんです。内海を荒らし回っていたシーサーペントの鱗です」
デーガ大祠祭儀は懐からアミュレットを取り出すと、俺に手渡した。
「確かに受け取りました。話の続きです。第二の要因は、娘さんに強いショックをデーガ大祠祭儀が与えたと推定しています。おわかりですね? 俺はヴェルヘルナーゼという婚約者がいます。他に娶るつもりもありません。特に俺は聖堂で洗礼をして貰っているわけでもありませんので、貴方の指示を聞く理由もないんです」
「お、お前は異教徒の悪魔だったのか!」
「落ち着いてください。俺は何処にも洗礼も所属もしていませんよ。いわば無教徒です。わかりますか? 無教徒ですよ? 異教徒ではありません」
「何を言うか! 屁理屈だ!」
「落ち着いてください。ここからがデーガ大祠祭儀様にとって大変な所です。いいですか、魔道学園の生徒の半数は突然の動員により死の恐怖に晒され、精神のバランスを崩す重篤な状態になりました。たまに聞かないですか? 戦場帰りの兵士や騎士がおかしくなると? 冒険者でも同じです。人を斬ると精神に異常をきたす人間が居るんです。盗賊征伐は報酬が高いんです。酒を飲んで、女を抱いて精神の異常を回避させるんです」
「・・・私とは無関係だ。私は神職だ」
「まあ、話を聞いて下さい。ご存じだと思いますが、魔道学園地下に封じられていたのは火の龍チュシディーグローシュ。ロスメンディフェルト率いるフェルト神族が苦戦をして、ロスメンディフェルトの自爆攻撃でようやっと凌いだ強大な魔物だと推測しています」
デーガ大祠祭儀が恐ろしい顔を上げる。
「話を聞いてください。俺はすぐに存在を検知しました。残念ながら宮廷魔術師団と揉めてしまい、初日で退学させられました。もうすぐ寿命で崩御するだろうなと思っていたら崩御したんです。強大な魔力ばらまき、地下一階層という極めて浅くて、強大な魔物を四十三頭生み出しました。最初の一匹が不味かったですね。神狼フェンリル、魔法が一切効かない、金級冒険者すら瞬殺する恐ろしい魔物が出て来ました。私は見ていませんが、最初に魔力を乗せた咆哮を出すんですよ。それで宮廷魔術師も生徒達も一発で気絶させられましたね。もの凄い恐怖だったと思いますよ」
「・・・」
「宮廷魔道師どもはみんな銀級がいいところですね。グールン子爵が金級相当でしょうね。ですが、無理がありましたね。一頭でも白金級案件でした」
デルフォーが続く。
「話をまとめると、王国最強の火の龍等に対し、生徒と銀級のみで対応しようとして失敗、生徒は心にもの凄い傷を得てしまい、殿下に治療をしていただいているのにもかかわらず症状を抑えるアミュレットを取り上げ、強いストレスを与えてしまった結果が娘さんの自殺の背景です」
「・・・」
「でですね、王国は王都聖堂枢機卿会の統治下におかれていて、枢機卿会の決定の承認には大神儀様の承認が必要で、大神儀様には諮問機関である大祠祭儀様と祠祭儀様がいらっしゃるので事実上の統治者であるデーガ様に説明責任があるかと。生徒の半数が症状を発症させています。おそらく、今後の貴族としての活動は不可能です。生きる事ができるかすら難しい状況です。もの凄いことが起きましたよ。二百年も隠し続けた王家傀儡統治が明るみになります。俺は亡命をお勧めしますよ。恐らく、今後も自殺者がでます。大量の心身のバランスを失った貴族の子弟を生み出し、今後も出るであろう自殺者の責任です。今は殿下が治療を行っていますが、十三歳の子供です。明日からは治療は難しいでしょう。これ以上治療に当たると殿下の心が持たないです」
「・・・」
「と言うわけで製作したアミュレット二百枚、金貨一万枚の費用をお支払い下さい」
「ぐ・・・」
「待って。討伐費用の請求です。災厄級魔物四十三頭、骸骨兵五千、合わせて金貨七万枚です。こちらもお支払い下さい」
「騎士からの報告では、骸骨の骨しか無かったと聞いている」
「当たり前じゃないですか。素材の山です。残すわけ無いでしょう」
「四十三頭の量だぞ」
「高位冒険者は鞄持ち、魔法の鞄を持っている人が多々います。ご心配なく」
デルフォーが説明する。
「治療費はどうなるのだ」
「あ、うっかりしていました。殿下の治療費ですね。二百人分、二万枚をお支払い下さい。正確な生徒の数はわかりませんので、学園側と詰めていただけたらと思います」
「違う。聖堂が受け取るべき治療費だ。冒険者達の治療も多数に登ったと聞く。本来は聖堂が受け取るべきだ」
俺は心底驚いた。聖堂が全ての治療を行うとかというルールを持ち出して来ている。
「え? すみません。冒険者を治療したのは殿下一人であって、神官の方は居ませんでしたが、どうして聖堂に支払いが発生するのですか?」
「本来は聖堂でしか治療魔法を認めていないためだ。来て、順番が来たら治療する」
「戦場で死ぬか生きるかの時に聖堂へ行って、順番を待つのですか? どれくらい?」
「三ヶ月かな。だいたい」
「ご自分で言っていておかしいと思いませんか?」
「・・・」
「では、アミュレット分一万枚、治療費二万枚、討伐費七万枚お支払い下さい。あ、金貨か貴金属類でお願いします。ご神職の方の身につけられていた物を下賜されても、俺には全く値打ちがありませんので」
「ギルドもです。腰の短剣に手を伸ばされていますが、魔剣ならまだしも普通の剣では値が付きませんから止めて下さい。金貨か貴金属品で頼みます。魔道具類や魔剣も評価がかなり変わるので、やめて下さい」
俺とデルフォーに言われ、デーガ大祠祭儀は椅子に座り直した。
「わかった。ギルドに届けさせる」
「わかりましたわ。では、これでおいとまします」
デルフォーが宣言すると、会談は終了となった。




