王都の迷宮 その四
第百六十二話 王都の迷宮 その四
ダウフェムは震える手で鎧をはぎ取っていく。冒険者の腹部から血がどくどくと流れ落ちる。
「がは、メリーカーナで、でんか・・・殺して・・・」
「駄目よ。静かにしなさい。治すわ」
メリーカーナは腹部に受けた傷に向け、魔力を流していく。傷は塞がり、止血される。傷付いた内臓も修復する。更に魔力を流す。剣の毒がどんどん増えている。メリーカーナ王女は胸からペンダントを取りだし、魔力を流す。すっと剣の毒は消える。
「お姉様! この人は助かるわ! 安心して!」
メリーカーナ王女の声で、ヴェルヘルナーゼ頷いた。
「ダウフェム、向こうまで運ぶわよ!」
重たい冒険者を引きずろうとしたら、先ほどの三人が現れた。ユージーと同じクラスの三人である。
「殿下は他の負傷者を! この冒険者を避難させます! 我々の仕事です!」
「わかったわ! 骸骨に注意するのよ!」
三人は冒険者を担ぐと、ゆっくりと後に下がっていった。人体は想像以上に運びにくい。治療された冒険者は意識があるものの、血液が流れてしまっているために頭が朦朧とし、自分で歩けないのだ。
三人の子供達が走ってきた。一回生、銅クラスだ。剣を持った二回生に守られている。
「負傷者を運ぶぞ! 護りながら後に下がる! いいか!」
二回生が指揮を取り、負傷者を運び始めた。
「私はメリーカーナです! 負傷者をここに運びなさい! 小さな傷でも来なさい! 私が治します! フォールー! あそこの人を引っ張って来なさい! 今治せば戦列に復帰出来るわ!」
フォールーは頷くと、右腕から血を流す冒険者を連れて来た。
「腕を出して! 今治せばすぐに復帰出来るから!」
冒険者が腕を出すと、メリーカーナ王女は魔力を流し、止血をする。剣の毒は無い。
「もう大丈夫よ! 回りにいる負傷者を連れて来て! 私はドラゴンブレスの一番弟子よ! いくらでも治してみせるわ!」
「わかった! 恩に着る! 殿下だと? メリーカーナ王女か?」
「そんなことどうでも良いわ! 負傷者を連れて来て!」
「よっしゃ、仲間を助けてくれ! 王女様よ!」
冒険者は走って戦列に復帰すると、次々に負傷者を抱えて連れてきた。メリーカーナ王女は次々に治療を行い、重傷者は魔道学園の生徒達に後方へ運ばれていった。
ヴェルヘルナーゼの使役するファークエルがブレスを吐いて数を減らし、冒険者が残りを始末する。負傷した冒険者をメリーカーナ王女が治療し、魔道学園生徒が安全な場所へ運ぶという体勢が出来有りつつあった。
冒険者の負傷者が増えてくるに連れ、門を守るドーリィーグとミハエールまでたどり着く骸骨兵が増えて来た。
徐々に数に押されて来た。戦っている全員が終わる事の無い戦いに、疲労を隠せないでいた。特に要のヴェルヘルナーゼの疲労が濃い。当然である。考えられないほどの魔力を使い、ファークエルを呼び出しているからだ。
「ヴェルヘルナーゼさんは頑張ったわ! 大半を殲滅してくれたもの! 恨んじゃ駄目よ! 流石に魔力が尽きるわ! もう一踏ん張りよ!」
デルフォーは冒険者達の限界が近づいていることを理解していた。ヴェルヘルナーゼの魔力が尽きたときが、皆の終わりだろう。流石に精魂が尽き果てようとしていた時だった。後方で歓声が沸き起こる。
「おおおおお!」
「頼む!」
「来たぞ! アーガス卿だ!」
「頼む! みんなを助けてくれ!」
俺は大物の魔物が出なくなってから急いで魔道学園にやって来た。魔道馬車を使って来たが、逃げ惑う人で満足に進まなかった。
門の外は負傷した冒険者で溢れていた。俺は門の前で戦うミハエールを見つけた。ミハエールと学園の生徒らしき少年が剣を振るい、骸骨兵と戦っている。
「ミハエール! 戦況を教えろ!」
総ミスリルのゴーレム、ライカいやクーディーメローシュは頷くとアダマンタイトの剣を乱暴に振り回す。横にぶん、と振り回すだけだ。
骸骨が吹き飛ぶと、二人の学生疲労の為に立っているのが精一杯のようだった。
「みんな! アーガス卿が来たぞ! もう大丈夫だ!」
ミハエールは叫ぶ。
「おおおおお!」
誰が来たか、良くわからなかった学園の生徒達が大きな声を上げた。
「ユージー君! 案内するわ! 骸骨のスタンピートなの! 止まらないの! 炎の龍も段々と消えかかっているわ! 付いてきて! 案内するわ!」
林で二回ほどお茶をしたスーメリーマーヤが剣を抜いて走り出した。
「ミハエール! ここは頼む!」
俺は回復薬を取り出すと、二人に手渡す。ファークエルを見上げると、炎の色が減って来ており、薄くなってきている。
「あの魔力のバケモノのヴェルヘルナーゼも限界か? 待ってろ!」
俺とクーディーメローシュは最前線に案内される。
最前線では冒険者達は力尽き、防戦一方になっていた。気を吐いていたのはグールン子爵只一人でだった。グールン子爵は手から炎を吹き出し、効率よく骸骨兵の胴体を焼いていく。
「ライカ! 砲撃を行う! 目標、洞窟の中心!」
俺は大きい龍筒を手渡し、後から弾を込める。ルーディアで鋳込んだ、フルメタルジャケット弾である。鉛を薄い真鍮の板で囲んだ構造になっており、重いために貫通力に優れる構造だ。
「ライカ、撃て!」
地面が軽く振動し、弾が発射された。一発で五十体前後の骸骨兵が吹き飛ばされた。
「次! 撃て!」
再び轟音を発し、弾が発射される。俺は五度発射した。おかげで地面の穴までの通路が出来上がった。慎重に動線を確認する。よし、真っ直ぐだ。俺はライカにアダマンタイトの剣を渡し、大きい龍筒を回収する。
「ライカ、前進して穴に突入。死守せよ。骸骨を一匹たりとも外に出すな」
ライカは空いた道を歩いて穴に向かう。穴に入ると、ブンブンとアダマンタイトの剣を振り回し続けた。アダマンタイトの剣は簡単に骸骨兵を壊す。恐らく出てこれまい。
「ファークエル! もう良いぞ! ヴェルヘルナーゼが限界だ!」
「わかった小さき父! 三千は壊したぞ!」
「流石だ! ありがとう!」
「わかれば良いのだ! ワッハッハ!」
ファークエルの姿は消え、代わりにヴェルヘルナーゼの手には炎の剣が出現した。
「あなた! 助かったわ! さあ! 地上に出ている残りを方付けるよ! あああああ!」
ヴェルヘルナーゼは魔龍剣をゴーレムと同じようにブンブンと振り、一人でバッタバタと骸骨兵を壊していく。足下は大量の人骨で埋め尽くされている。
「つ、強い・・・噂の炎の剣だ・・・」
冒険者達は邪魔にならないように、ヴェルヘルナーゼが骸骨兵を破壊する光景を見続けた。ヴェルヘルナーゼは水を得た魚のように魔龍剣を振るい、あっと言う間に地上の骸骨兵を方付けてしまった。百体はいただろう。
「流石だわ。こんなに早く治めるとは思って見なかったわ・・・何、あのミスリルのゴーレムは?」
「作ったんです。デルフォーさん。単純に振り回せば良い敵なら無敵ですよ」
「確かに凄いわ。骸骨兵が全く出てこれないものね」
デルフォーは剣を高々と上げた。
「勝ったわ! 我々の勝利よ! 今のうちに全員休憩を取りなさい! 側に負傷者がいれば後まで運んであげて!」
「うおおおお! 勝った!」
「やったぞ!」
「終わったのか!」
ある冒険者達は武器を納め、瓢箪から水を飲み、パンを囓り始める。違う冒険者は仲間の肩を抱えて後方に移動する。
「あなた、流石ね。貴方が来たら一瞬だったわね」
「大丈夫か? 魔力欠乏じゃないか?」
俺はヴェルヘルナーゼの肩を掴んだ。
「あなたに言われるとはね。ウフフ。さ、殿下に声を掛けてあげて。あそこに居るわ」
「ダウフェムじゃないか」
ダウフェムが最前線でメリーカーナ王女の助手を務めていた。メリーカーナ王女は最後の冒険者の手当が終わると、立ち上がった。ボロボロと涙を流し始め、足ががくがくと震え始める。
メーリーカーナ王女は俺に駆け寄り、胸の中で泣いた。大声で泣いた。
「もう大丈夫だ。大丈夫だ」
俺が言うと、頷きながら泣き続けた。
青い顔をしたグールン子爵がよろめきながら近づいて来た。周囲を見まわしても、宮廷魔道師はグールン子爵一人しかいなかった。不思議と、宮廷魔道師の命と言える白いローブは着ていなかった。
グールン子爵はメリーカーナの横で跪くとじっと待った。顔は青ざめ、体を保つ事が出来ないでいる。極度の魔力欠乏症だ。
「殿下。最後まで戦った、真の貴族が殿下の言葉を待っています。声をかけてあげてください」
俺はメリーカーナ王女の涙を拭うと、体をそっと離した。メリーカーナ王女が振り向くと、初めてグールン子爵に気が付いた。
「グールン子爵」
メリーカーナ王女が声を掛けると、グールン子爵は笑みを浮かべながら失神し、頭から骸骨だらけの地面に突っこんだ。
「しゃあねえ、宮廷魔道師は嫌いだがコイツには三回も助けて貰った。魔力欠乏か? 俺の魔力薬を飲ませてやる」
側に居た冒険者は骸骨を集めて枕にすると、寝かせ、唇が濡れる程度で少しずつ魔力薬を含ませていく。
「よし、顔色が戻ったな。大事な殿下の子分だ、大事に扱わねばなるめえ。手伝え」
側に居た冒険者三人でグールン子爵は運ばれていった。
俺は大型の魔道馬車を出すと、フォールーを探した。
「フォールーさん! 殿下を休ませてください! 湯を沸かして清拭も頼みます。フォールーさんも顔を拭ってください」
「ありがとう、ユージー君。さ、殿下、お休みになってください。あとはユージー君に任せておけば良いですよ」
フォールーはメリーカーナ王女を抱き上げ、魔道馬車に入って行った。
「さて、アーガス卿。ヴェルちゃん。騎士どもが来る前に核を取ってしまいましょう。さ、行きましょ。貴方たちが取るべきよ」
デルフォーは剣を掲げた。
「さあ! 最後よ! 迷宮の核を取って攻略完了よ! みんな! 白金級王都の迷宮はユージー・アーガス卿と! ヴェルヘルナーゼさんの二人で攻略よ!」
残った冒険者達は雄叫びを上げた。
「おおおおお!」
「おめでとう!」
「流石だ!」
ヴェルヘルナーゼはちらりとデルフォーを見た。デルフォーはにっこりと微笑んだ。




