再び南部へ その三
第百三十五話 再び南部へ その三
「アーガス卿、次は俺達にも灰色牙狼を回してくれませんか?」
ドドーレが出発の際、決意を露わにしている。俺は頷いた。
「灰色牙狼は飛び道具的な攻撃は有りませんから、槍衾で正面からぶつかる限り、負けはありません。左右を取られないように気を付けて下さい」
ドドーレは大きく頷いた。
どの武器が強いか、大半の状況では槍であろう。一対一では長刀が強いが、複数人運用できるとしたら、槍に敵う武器は無い。槍を複数運用できる場合、槍衾という、槍を構える密集陣形を同じ人数の剣を持った部隊で戦った場合、どうなるかというとリーチの長い槍の前に剣は届かず、滅多刺しにされて終わるはずである。
灰色牙狼が正面から飛び込んで来る限り、恐れることは無いだろう。
「次は回します。俺が撃ち漏らした分はズーフィーさんとドドーレさんで対応願います。ヴェルヘルナーゼ、龍筒の後はドドーレさんのフォローに」
「アーガス卿、駄目です。ヴェルヘルナーゼさんは確実にアーガス卿を守っていただきたい。俺達の代わりはいるが、アーガス卿の代わりはいない。アーガス卿に何かあると、ルーガルの民が困窮する。一頭くらいは任せてくれ。それと騎士が二、三人死ぬくらいで狼狽えないでください。我々は死ぬためにいるのです」
「・・・わかりました・・・」
俺は説得され、魔道馬車に乗り込んだ。俺は人の命が軽いという事実を受け入れらないでいる。こちらの世界での、異変には人の命で対応する、という事実が受け入れられないのだ。
俺達は魔道馬車に、騎士達は幌馬車に乗り込んでレコールを目指す。
出発してから灰色牙狼は出ずに旅を続けたが、昼過ぎにズーフィーが声を上げた。
「みんな! 来るわよ! ユージー君達は見学してて! 手出しは無用よ!」
「え?」
俺は困惑の声を上げた。
「君がいると頼りすぎるのよ! 我慢するのよ! さあ行くわよ! ドリエウタ! モノルゲッテ!」
ズーフィー、ドリエウタは剣を抜き、街道で灰色牙狼が来るのを待つ。俺は索敵の魔法を掛ける。草原の中に四頭の灰色牙狼が身構えている。
騎士達は六名、盾と槍を構えて灰色牙狼の襲来を待っている。
「あれ? 灰色牙狼が飛び込んでこない」
「ズーフィーさんとドリエウタさんの殺気か何かを感じているんだわ。あなたの場合は遠くから撃っちゃうから殺気を感じないのね。ほら、草むらから出て来たわよ」
「ガアアア!」
二頭、草むらから顔を出した。
「一頭は引き受けた!」
「わかったわ!」
ドドーレの声に、ズーフィーが応えた。
ドドーレは初めて対峙する灰色牙狼に足が竦んでいる。
「ドドーレさん! 六人で三方向を囲むんだ! 囲めば相手は動けなくなる! その後に一斉に突きを入れろ!」
俺は堪らず叫ぶ。
「みんな! 囲むぞ! ゴブリンの時の感じだ! 右二人、真ん中二人、左二人でペアになって囲むぞ!」
ドドーレが叫ぶと、唸りながら威嚇を行う灰色牙狼をゆっくりと囲んでいく。灰色牙狼は左右を見まわし、対応を図りかねている。
騎士達は三メートル離れて囲んだ。騎士達は左右を見合い、判断を付きかねている。
「距離を詰めろ! 槍の間合いに入ったら一斉に突け!」
俺は再び声を出す。
「良し! びびるなよ! 俺達は腹を空かせたガキどもに飯を食わせるんだ! この作戦はルーガルを左右する作戦である! 気を強く持て! 距離を半分に詰める!」
ドドーレは叫ぶと、左手の盾を構え直し、一歩踏み出した。ドドーレが進むと、他の騎士も灰色牙狼と距離を詰め始める。
「ウガアアアアア!」
灰色牙狼が腹の底から吠える。遠巻きに見ている俺にも魔力の乗った咆哮が魂を揺さぶりにかかる。騎士達は咆哮に飲み込まれ、意識が一瞬虚ろになった。
「射撃」
ぱあん!
俺は空に向かって撃った。龍筒の音が街道に響き渡る。
「ドドーレさん! 魔力の乗った咆哮に負けるな! 目を覚ませ!」
「射撃」
ぱあん!
俺はもう一度空を撃ったが、空砲では目を覚ますことが出来なかった。
「あなた、不味いわよ」
ヴェルヘルナーゼはいつの間にか魔龍剣ファークエルを握っている。
「グルルルル」
灰色牙路は咆哮が効いて戦意を奪った事を理解し、捕食者の顔でドドーレを睨んだ。ドドーレが群れのボスと認識しているようだ。
「ヴェルヘルナーゼ、矢でドドーレを射ってくれ。兜に当てて怪我をしない程度に」
ドドーレは完全に咆哮に飲まれ、我を失っていた。
「わかったわ。あんな魅了の魔法のようなやつなんか解いてあげる」
ヴェルヘルナーゼは魔力を練り、光輝く弓を出現させた。矢は光の妖精が祝福をあたえ、矢の先端には魔法陣が出現する。
「さあ、魔法を解除するのよ!」
ヴェルヘルナーゼは次々に魔法の矢を射る。矢が当たった騎士達ははっとして灰色牙狼を見直した。
「俺は・・・飲まれていたのか・・・おい! 気持を強く持て! 総員! 槍を構えろ!」
騎士達はようやく戦意を取り戻し、右手で槍を灰色牙狼に向ける。
「総員! 突撃!」
騎士達は一斉に槍を突き入れた。囲まれている灰色牙狼は狼狽の表情を浮かべ、一歩後ずさったが、遅かった。騎士達の六カ所からの渾身の突きの幾つかが灰色牙狼の急所を捕らえ、灰色牙狼を地に伏せさせた。
「やった、俺達が・・・」
ドドーレは血を吐き、倒れる灰色牙狼を放心して見つめている。
「ドドーレさん! まだ生きている! 槍を抜いて止めをさせ! 槍が抜けないなら諦めて剣を抜け!」
ドドーレが槍を抜くと、灰色牙狼が立ち上がった。
「ガ、ガアアア!」
灰色牙狼は最後の力を振り絞り、五本の槍を体に刺したままドドーレに襲いかかった。
「うおおおおお!」
ドドーレは盾を投げ捨て、両手で槍を構えると灰色牙狼の口の中に突き刺した。
「うおおおおお!」
ドドーレの雄叫びと共に槍は灰色牙狼に飲み込まれ、ついに息を引き取った。
「や、やった。俺達があの灰色牙狼を倒した」
ドドーレはその場に座り込んでしまった。
「不味い、もう一頭来る」
俺は龍筒を構えるが、射線上に騎士達がいて撃つことが出来ない。
「まかせて。ファークエル! 行くよ! 風を頂戴!」
ヴェルヘルナーゼは風に乗って跳躍すると、騎士達の前に降り立った。
「格好良かったわ! 騎士さん! 一頭は貰うわ!」
言うやいなや、ヴェルヘルナーゼは炎の魔剣を出現させる。ヴェルヘルナーゼは索敵の魔法を展開し、草むらの中の灰色牙狼を捕捉している。
「ファークエル! 飛ぶよ!」
ヴェルヘルナーゼは風に乗って大きく跳躍すると、唸り声を上げて飛び込んできた灰色牙狼の頭に落下し、一撃で脳天を貫いた。貫かれた頭は燃えていく。
「あの灰色牙狼を一撃で・・・流石は奥方様・・・」
ドドーレは驚きの声を上げる。
「こっちは苦戦したわ。流石に灰色牙狼は手強いわね。あら、ドドーレの隊は特級にはならないけど一級にはなるのではなくて? どう、ドリエウタ」
「そうですね。我々の丸焼きに比べると上等ですね。ヴェルヘルナーゼさんの方は二級ですね。燃えた範囲が多いですね」
「えー。私が悪者みたいじゃないですか。でも、灰色牙狼クラスの魔物を魔法無しで倒せるものなんですね。そっちの方が驚きですね」
モノルゲッテは不満の声を上げつつ、食い入る様にドドーレが倒した獲物を見る。騎士達は近づいて来たズーフィー達金級冒険者組を見る。後には三頭の炭の山があった。
「奥方様、手助け無用と言っておきながら、完全に咆哮に飲まれてしまいました。助けていただいて本当に面目ない」
「ウフフ・・・そんなこと無いわよ」
「いや・・・どうしたらあの咆哮にうちかてるのかなと・・・」
「あら? 随分と弱気ね? 一級の毛皮を狩る人達なのにね? 動物型の魔物はすべからく吠えるわよね。魔力が籠もっていてね、自分より弱い獲物の動きを奪うのよ。でも、貴方の隊は一級を狩れるのよ? 灰色牙狼はもう金貨じゃないの。羨ましいわね。ね、ドリエウタ、戻ったら槍を新調しない? 迷宮に潜るわけでも無いし、屋外では槍の方が良さそうよね」
「そうですね。槍を失っても剣が残りますからね。南部用に装備を変えても良いかもしれませんね。それにしても、ヴェルヘルナーゼさんの魔法の矢は凄かったですね。神々しいという感じでした」
「あれはね、ウインドカッターなの。うちはエルフだから弓の方が相性が良くて、弓にしたんだけど、ユージーが弓を光らせろとか、魔法に関係の無いうちの使役の妖精に魔法陣を出現させろとか言い始めてね・・・」
「へ? ウインドカッター? 何言っているの? 魔法の矢でしょう? まあユージー君のデタラメなのかしらね。ま、気にしたら負けね。魔法陣は威力を増しているのかしらね」
ズーフィーは感心している。
「いや、単に格好いいからって・・・」
「へ? そうなの?」
「さ、大事な一級を回収して出発しましょうか。まだ先は長いわよ」
ヴェルヘルナーゼの一言で騎士達は槍を引き抜いたり、血を拭ったりし始めた。




