買い物デート
第十話 買い物デート
俺は街の広場に来ている。ヴェルヘルナーゼと一緒だ。エルフのヴェルヘルナーゼは美人である。恐らく、この街一番の美人だ。俺好みの、綺麗と可愛いが混ざった感じといったらわかってくれるだろうか。
そう、かなり人目に着くのだ。特に男どもの視線が痛い。リア充死ねとか思われてるのに違いない。かなり親密になったと思うが、何しろ出会って数日だし、天性の戦闘スキルで俺を完全に破壊したので、これ以上親密になるのは腰が引けている。
でも、俺の部屋に美女が二人も来てくれるなんて、元の世界じゃ考えられなかった。実は、こちらに来て良かったと思っている。
俺が欲しいのは銀のアクセサリーだ。自分用のアミュレットを作るのである。時間を掛けて、銀を全てミスリルに変えるのだ。
「銀細工やさんは、いたいた」
テーブルに銀の装飾物を並べている色黒のおじさんが俺達を見ている。
「おお! 綺麗なお姉ちゃんだ! 彼氏かい? ウチの銀細工を買えばイチコロだよ」
おじさんはばん、と机を叩く。
「これなんかどうだい? 可愛いネックレスだろ?」
俺は丸と四角、三角が組み合わされた幾何学模様のネックレスを渡される。少し魔力を流してみる。純度が悪いな・・・
俺は片っ端から手に取って魔力を流し、純度を見る。この銀細工やさんの商品は純度が良くない。それでも指輪二つ、ネックレス一つ、ヘアピン一つを買った。指輪とヘアピンは飾り気の無いデザインで良かったのだが、ネックレスは気持の悪い像が踊っている。ちょっと付けたくないデザインだ。
銀細工は一個銀五枚。計金貨二枚を払って店を後にした。一個五万円くらいだと思う。
「又来てくれよ!」
四個も買ったからおじさんはほくほく顔だった。
いつものように乾燥果物売りのおばちゃんから石榴を買って広場に座る。
「ユージー君、指輪とヘアピンは良いと思うよ、でも何? その変なネックレス・・・気持悪いよ?」
「やっぱり? でも銀の純度が高くてね。純度が高い順に買ったんだ」
「・・・ユージー君はミスリル細工で食っていけそうよね」
「強欲な貴族に捕まって一生ミスリルを作り続ける生活にならない? それはいやだな・・・」
「そうね・・・なるわね。魔術学園が黙っていないわよね」
「ね、魔術学園ってあるの?」
「王都にあるわよ。私も卒業生よ。貴族が幅をきかせてね、私なんか俺の女になれって言われてそればっかりだったわ。詰まらなかったのよね。魔法を使える貴族が自分の派閥を作る場所よ。ユージー君とはまるっきり逆ね」
俺は頷きながら石榴を食べていると、汚い格好をした女の子が俺を見ていた。六歳くらいだろうか。痩せて汚い格好をしている。
「孤児かしら? この街は孤児が多いのよ。辺境で魔物が多いから」
孤児か・・・親が魔物に殺されるんだろうな・・・・行政は孤児の救済をしないんだろうな。
「おいで。石榴たべよう」
俺が手招きすると、女の子はにかっと笑って手を出してきた。汚い。俺はザックから水筒を取り出し、タオルを濡らすと手と顔をゴシゴシと拭いた。綺麗になった顔は可愛らしく、にっこりと微笑んだ。
「よし、綺麗になった。ほら、石榴を上げるからお友達と食べるんだよ」
小さな手に石榴を四個置くと、女の子はにっこりと笑った。
「ありがとう! バイバイ!」
女の子は走って行った。すぐに見えなくなる。俺が結婚していたら、今くらいの娘が居てもおかしくはないよな。
「あら? 子供が好きだったんだ。意外ね」
「それは秘密だ。そうそう、この前二人にアミュレットを作っただろ」
「キーアキーラが凄くうれしがっていたわよ」
「売ったお金を何に使おうかなって」
「持っていればいいじゃない。冒険者は明日にも腕を失って隠居生活を余儀なくされるかもしれないのよ? 金貨二百枚じゃ余生を楽しく暮らせないって。貧乏生活をしたら大丈夫かな?」
「あ、そうか。自分の引退を考えてなかったね。商売を始める人はいないのかな?」
「・・・いるわね。冒険者商法っていって金級とか銀級の人間が、人に頭を下げると思う? 細かいことを考えると思う? キーアキーラがいらっしゃいませ! って愛想を振りまくと思う?」
「ぷ」
「そう言う事よ。成功する人はあまり聞かないわね。ユージー君なら大丈夫な気がするけどね」
「なるほどね・・・」
「それよりもね、私のミスリルのナイフ。見て。幾らだと思う?」
ヴェルヘルナーゼは腰からナイフを抜いた。ミスリルが怪しく光る、装飾が細かいナイフだった。
「これで金貨千枚よ。剣じゃ切れない敵も、ミスリルだと斬れるのよ。魔力を流しながら斬るのね。ミスリルの長剣は金貨一万枚。鎧は五万枚よ。良い武具や珍しい魔物の素材を使った武具は高いのよ。持てば持つほど生存確率が高まるわよ。ユージー君の耐熱と耐寒の指輪、凄く良いわね。迷宮には極寒層や熱帯層があって、装備が大変だもの。毒沼もあるし。迷宮を行くには、強いだけじゃ駄目で、装備が大切なのよね」
「そっか・・・じゃあ作ろうっと」
俺はミスリルのナイフに魔力を流してみる。純度が高い。
「ほら、魔力が流れやすいでしょう?」
「じゃあ例の耐寒と耐熱の保護を付けるね。いい?」
「え? いいの?」
「あ、待って。止めておこう。魔力の使われ方が変わるかも知れない」
「あ、魔力を流したら寒さに強く成るだけで、魔物が斬れなくなるってこと?」
「可能性はね・・・」
「そ、そうね。やはりアクセサリーの方が良いわよね」
俺は楽しくヴェルヘルナーゼと話しているが、通行人は俺達をじろじろと見ている。オシャレなカフェとか欲しい・・・
「あれ? 騎士がいるね」
「う、うん。居るわね。帰ろっか」
騎士が二人、露店を歩いている。露天商は懐から銀貨を取り出し、騎士に払っている。
「行くわよ。嫌な物を見たわ」
ヴェルヘルナーゼは立ち上がると、騎士とは反対方向に歩き始めた。ちょうど宿の方向に騎士が立っているのだ。
「賄賂? いや、みかじめ料か」
「そうよ。文句を言えないからみんな払っているわ」
「酷いな」
「ち、逆方向じゃないの」
二人で宿とは逆方向を歩く。逆方向は薄汚い地区だった。ガリガリに痩せた子供や、精気が無い大人が昼間から酒を飲んでいる。
匂いも臭い。二人で歩くと、精気の無い目が俺を貫いた。何人もの大人が、ガリガリに痩せて寝っ転がっていた。子供が数人走り抜けていった。
「泥棒! 肉を盗みやがった! 何処行った!」
干し肉屋のオヤジが恐ろしい目をしている。
「ここは・・・」
「貧民街よ。抜けましょ。施しとか駄目よ」
「わかった・・・」
「孤児にスラムに、賄賂を要求する騎士、これがこの街、ルーガルの街の正体よ。家を買うならここじゃない方がいいかもね」
「ここは珍しい薬草が沢山採れるんだけどね」
スラムがあるのは仕方ないと思えるのだが、街の規模にたいして、スラム街が大きすぎる気がする。統治が上手く機能していないのだろうか。
「ちょいと、お兄さん。良いことしない? 銀一でいいよ」
ゾッとするほど痩せこけた女に声を掛けられた。色は真っ白で、発疹が発生していた。右腕で左腕を隠している。腫瘍を隠しているのが見えた。末期の梅毒だ。
「行くわよ」
ヴェルヘルナーゼは女を睨み付けた。
「ごめんよ、お姉さんの男とは思わないじゃないの」
女は汚い小屋に引っ込んだ。死んでも入りたくない汚い小屋だ。匂いも酷い。
小屋は何件も並んでいる。次々に女が声を掛けて来る。汚い服で、みな顔色が悪く、痩せている。三人目の女は赤い発疹と皮膚の腫瘍が垣間見えた。ここの売春婦は、梅毒で商売にならなくなった女達だ。死ぬまで、客を取るのだろう。客は当然、梅毒になる。
「ユージー君は知らないかな。ここはレングラン男爵家領のルーガルの街。三男が冒険者をしているわ。銀級なんだけど、嫌な奴なのよ。近づいちゃ駄目よ」
俺は言葉無く、頷いた。
「ごめんね。折角楽しかったのに、嫌な物をみせちゃったね」
孤児に賄賂、スラムに梅毒。小さな街に、問題がすし詰めになっていた。俺は心が沈み、何も言えなくなった。
この世界の真実を見た気がした。基本的人権が無い、この世界の。人の命は、俺が思っているより価値が小さいのかも知れない。
気落ちした俺は帰ってから何もせずに寝て過ごした。
またも高評価を戴きました。
本当に嬉しいです!
今後とも期待してください!




