古執事たち
仕事が終わり、僕はひとり寂しく家路に就く。
アパートの敷地内に足を踏み入れ、急な階段を昇る。
僕の部屋の前でドアノブをきっちり両手で抑えた紳士がこちらに浅いお辞儀をする。
そっと開かれたドアを進むといつもの光景が広がる。
十畳の空間はビッシリと埋め尽くされていた。
中で待っていたひとりの紳士が僕の右足を優しく握って靴を脱がせる。
右足を玄関から少し段差のある場所へ移そうとすると、ひとりの紳士がスリッパを滑り込ませる。
もうひとりの紳士も近づいてきて僕のもう片方の靴を優しく引っ張る。
左足も玄関から上に移そうとすると、すぐさまひとりの紳士がやって来て、スリッパを置く。
紳士たちはみんな、訳あってここに流れ着いた。
困っている人たちをどうにか助けてあげたい。
そう思って色々考えた結果、この部屋は人で埋め尽くされた。
みんなは訳ありな人から、僕の執事へと変貌を遂げた。
鞄を受け取る執事が僕の鞄をさっと受け取り、奥に消える。
マフラーを外す執事が慣れた手つきで、巻かれたマフラーを剥がす。
コートを脱がせる執事が僕のコートを脱がしている間に、玄関のドアを開けた執事とは別の執事が洗面所のドアを開ける。
その間にも、エアコンをつける執事がエアコンのスイッチを押し、電気をつける執事が部屋の明かりを灯す。
洗面所専門の電気をつける執事が壁のスイッチを押し、辺りがパッと明るくなる。
洗面台の前に立つと、水を出す執事が水を出し、ハンドソープを出す執事が僕の手のひら目掛けて発射する。
僕の手に沢山の泡が溢れ返って包み込むと、水を出す執事が水を出し、タオルを用意する執事がフッカフカのタオルを目の前に構え出す。
テレビをつける執事がこれからの時間帯に放送される各局の番組を読み上げているのを聞き流しながら、うがいの水を用意する執事の水を受け取る。
喉をガラガラと音を立てながら綺麗にし、勢いよく吐き出すと、うがいの水を用意してくれた執事へコップを渡して洗面所をあとにする。
部屋に戻ると、灯り、暖房、テレビが優しく迎えてくれ、それらの前で待ち構えていた上を脱がせる執事が僕の上半身を裸にさせる。
そして下を脱がせる執事が脱がし、上を着させる執事、下を着させる執事が次々と僕に洋服と落ち着きを着させる。
鼓舞執事に悩みを打ち明けている傍らで、執事鼓舞執事が執事たちを一生懸命に鼓舞し続ける。
僕の好みの味を知っている料理専門執事に託され、配膳執事が優しさ溢れる料理をテーブルに託す。
サラダ食べさせ執事①が口元にフォークを近づけ、僕は小刻みに口を動かす。
そしてサラダ食べさせ執事が②から⑩まで到達すると、再びサラダ食べさせ執事①がサラダを刺したフォークを僕の口にそっと近づける。
サラダが綺麗さっぱりなくなると、後ろの方でスタンバイしていたメイン食べさせ執事①から⑩が、のそのそとサラダ食べさせ執事たちと入れ替わってゆく。
その執事たちに順番に食べさせられ、美味しい料理に舌鼓を打った。
汁物食べさせ執事①から⑩に汁物を食べさせられ、ご飯食べさせ執事①から⑩にご飯を食べさせられた後、デザートその他食べさせ執事①から⑩に食べさせられたデザートにより満腹を迎えた。
テレビをつける執事がこれからの時間帯に放送される各局の番組を読み上げるのを聞きながら、テレビにかじりつく。
頭マッサージ執事が頭を程よくほぐし、右腕マッサージ執事が右腕を優しく包み込む。
左腕マッサージ執事、右手マッサージ執事、左手マッサージ執事が次々と加わり、全身に程よい刺激が与えられてゆく。
その後、右ももマッサージ執事、左ももマッサージ執事、右ふくらはぎマッサージ執事、左ふくらはぎマッサージ執事も現れ、気持ち良さはさらに上がってゆく。
右足先マッサージ執事に右足の先端までほぐされ、左足先マッサージ執事に優しく仕上げられると、僕は絶頂を迎えた。
その他の雑用執事4人はずっと、部屋中を忙しなく動き回る。
僕のつまらないジョークに笑い執事が笑い、僕の感動話に泣き執事が泣く。
僕の安らぎや幸せは、執事たち、そして執事に仕事を振り分ける執事ゼネラルプロデューサー執事、AP執事、見習い執事あってのものだ。
部屋の隅に追いやられてしまったベテラン執事たちは今日も笑顔で、僕を見守ってくれていた。