居抜きバカンス伝言番
大きな屋敷の前にいる。
ずっと潜んでいた。
絶対に、金目のものが沢山あるはずだ。
でも、特にそういうものには興味がない。
興味があるのは、この屋敷の広さだ。
男性が、大きな荷物を持って出掛けていった。
今がチャンスだ。
全身を手で擦りながら、暖かさを作って、歩き出す。
少しずつ、少しずつ前進した。
防犯カメラはない。
門も厳重ではなく、触ってみると簡単に開いた。
一気に、侵入出来そうな気がしてきた。
まさかと思ったが、玄関の扉に手を掛けると、普通に開いた。
盗み目的ではなく、広い部屋で過ごしたい願望があるだけ。
でも、その願望はものすごい。
男性のことは、あまりよく分からない。
何であの若さで、こんな豪邸に住めるのか。
不思議で仕方ない。
中に入っていっても、特に何も作動しなかった。
静けさが、広がっているだけだった。
[ピンポンピンポンピンポーン]
不法侵入してから、くつろぐ間もなく、訪問者がやって来た。
「はい。何でしょうか」
「あのう?タケルさんはいないんですか?」
たぶん、この家の住人の男性は、タケルという名前なのだろう。
「もしかして、タケルさんの家族の方ですか? 兄弟がいるとは聞いてましたけど」
「はい、僕は弟です」
「そうでしたか」
この家の住人の男性は、兄弟がいることが分かったが、気持ちは全然休まらない。
「今日の昼に肉じゃがを頂いたのですが、とても美味しかったです」
「ああ、そうなんですか」
「これ、肉じゃがが入っていたタッパーです」
この家の住人の男性は、料理上手ということが分かったが、そんな情報知ったところで、何の役にもたたない。
「タケルさんには、肉じゃががとても美味しかったとお伝えください。それと、シェフのお仕事、頑張ってくださいとお伝えください」
「はい、分かりました。伝えておきます」
この家の住人の男性は、有名なレストランのシェフの可能性が出てきたが、そんなこと、僕には関係ない。
「あの、もうひとつ伝えて欲しいことがあるんですけど」
「何でしょうか?」
「肌にいいボディクリームを見つけたよ、と言ってもらえますか? 後で紹介したいので」
「分かりました。伝えておきます」
この家の男性は、肌が弱いのだろう。だから、肌にいいボディクリームの情報を、共有しようとしているに違いない。
「あの、申し訳ありません。もうひとつ伝言を、頼んでもいいですか?」
「はい。いいですよ」
「あの世界的スターの、パトリック・ミアリーのサインが欲しいと、言ってくれませんか? 友達だと聞いたので」
「はい。分かりました」
男性は、あの世界的スターとも繋がっているほど、かなりの大物なのか。また、よく分からなくなってきた。
どんどん男性の情報は入ってくるものの、いまいちピンと来ない。逆に疲れが来た。こんなに疲れると思っていなかった。
「最後に弟さんに質問なんですけど、100カ国も旅をしてきて、50以上の職種を経験してきた、お兄さんをどう思っていますか?」
最後にも、すごい情報が入ってきて、心は余裕が全く無くなっていた。今、急激に男性について詳しくなったけど、全くの無意味だ。
「まあ、すごいなあって」




