犬飼さん、猫を飼う
犬飼さんには悩みがある。
犬飼さんは、犬飼さんにしか理解出来ないような、悩みを持っている。
それは『犬飼』という名前の通り、犬を飼っているのではと思われていることだ。
そして『犬飼』という名前の通り、犬好きだと思われていることだ。
でも実際に、犬飼さんは猫が大好きだった。
しかも、犬は触れられないほど苦手だった。
そのことが、最近、犬飼さんの頭の中でぐるぐると、竜巻のように渦巻いている。
玄関のチャイムが鳴り響いた。
犬飼さんが玄関のドアを開けると、そこには犬を連れた女性が立っていた。
どこからどういう噂を聞いたのか分からないが、たまに犬好きの人が訪ねてくる。
犬飼という名字の人は、犬の専門家ではない。
それに、賢い利口な犬を飼っているという根拠はどこにもない。
噂はただの噂でしかない。
犬飼という名字の他に、愛犬家を引き寄せているであろう心当たりは、犬飼さんの頭の中にひとつだけあった。
その心当たりというのは、息子だ。
息子の犬の鳴きマネは、無駄に上手い。
夜に結構長い時間、鳴きマネを続けていることも多い。
4歳でこのクオリティーなので、犬飼さんは息子の将来が不安でどうしようもなかった。
犬飼さんだからといって、犬を飼っているというのは間違いだ。
しかし、犬と猫の二択だったら犬はランキングが下に来る。
だから“犬下位さん”という意味では、合っているのかもしれない。
そう犬飼さんは思っている。
犬を連れてきた人には必ず、私のワンちゃん触っていいですよ、と言われる。
でも、毎回触ることさえも出来ずに、色々とツッコまれてしまう。
家に訪ねてくるのは犬ばかりで、最近は犬しか見ていない。
だから、犬飼さんは最近、猫が恋しくなってきていた。
犬飼さんは思った。
"よし、猫を飼おう"