フロントリミテッド
ずっと机に顔を埋める少女。
中学一年の時から埋めている姿しか見ていない。
小学生の時からこうだったと、彼女の昔からの同級生は言っている。
誰よりも早く登校し、誰よりも遅く下校する。
クラスメートは誰が最初に顔を上げられるか競っているようだ。
小学校の六年間を無事に切り抜けてきたのだから、それは不可能に近い。
アイドルのサインを持ってきて見せびらかしてみたり。
誰も見破れないような手品を見せてみたり。
クラスメートは工夫を凝らし、様々なことを彼女の周りで繰り広げた。
だが、今の今まで全く効果は出ていない。
これからも、彼女が顔を上げることはないだろう。
テストは腕で覆って記入する。
それでかなりの高得点を取る。
顔を上げないだけではなく、一言も喋ることはない。
誰もが気になる濃い存在のはずが、影はさほど濃くはない。
むしろ薄い方なのかもしれない。
毎日毎日ずっと本気で机に張り付いている。
誰もいないときしか席からは動かない。
トイレもどうやら大丈夫らしい。
みんなが校庭に出ている体育の時間も机との一体化を続けている。
校庭でみんなが楽しくドッジボールで戦っている間も、彼女は机と戦っている。
お昼休みに彼女の近くを通ると、ガサガサ、ポリポリと音がする。
たぶんカロリーメイトなどのササッと食べられるものを隠れて食べているみたいだ。
何を言われても動きを周囲に見せない彼女。
そんな彼女が、カニフライを持ってきた友人に対する盛り上がりで少しビクッと動いた。
でも、それは微動に留まり、ほとんど動いていないのと一緒だった。
彼女は机に馴染んでいるので、掃除の時はそのまま運ばれ、そのまま戻される。
家族であっても、写真を撮られることを極端に嫌い、先生でさえも顔を知らない。
僕が彼女の顔を見たことがないということは、彼女も僕の顔を生で見たことがないということになる。
教室から誰もいなくなり、彼女が教室から抜け出すタイミングを見計らって戻っても、机から消えている。
校内には、ちらほらと生徒がいるので気付かれずに抜け出すことは出来ない。
いつか誰かと擦れ違っているのは確かだ。
もしかしたら、僕とも何回も擦れ違っているのかもしれない。
でも、存在感を消しているのだろう、一切気付くことはなかった。
とうとう卒業になった。
卒業式の間も体育館には姿を現さず、彼女は机に張り付いていた。
式が終わり、中学生活を全て終え、彼女の顔を拝めなかったモヤモヤを携えて、帰ろうと下駄箱を開けた。
すると、そこには一枚の紙が入っていた。
紙には校舎裏に来るようにと書いてあった。
僕は駆け足で指定された場所へと向かった。
するとそこには瞳を輝かせた見たこともない美少女が、ウチの学校の制服を着て立っていた。