抱きしめた 【冬の詩企画】
その日は突然訪れた――
それはもう10年前
3月17日午後23:28
一本の電話が仕事中の自分の机で鳴り響く。
現場に出ていた自分はその電話を取れなかった。
同23:35
電話を取った上司より社内放送にて呼び出される。
自分の机にもどったその時まで保留のままの電話
「あんたやっと捕まった!! ちょっと早く病院に来て!! 上司の人には許可貰ってあるから!! 今よ!!」
俺は自分の言葉を言えなかった。この時の病院とは「母が入院している病院」の意だ。
呼び出されたことにも納得できなかった。
この7時間前に俺は行ってきて一緒に夕飯を食べてきた。
だから……呼び出されるなんて思ってなかった……
そのまま呆けていると上司から声をかけられて気を取り戻し、慌てて上着だけを着込んで会社を出て行く。
急いでいるせいで上手くエンジンキーが回せない……焦る。焦れば焦る程……回らない……
23:46
ようやく病院へ向けて車を走らせ始める。
心で急いで車は冷静に運転しながら。
「なんだ? なにがあった? 母ちゃんか?」
頭の中はぐちゃぐちゃだ……心臓は高鳴っている……
3月18日00:08
病院に着いた。
車の止めるlineなんて気にしないでドアを投げ捨てるように開け閉めし
病室へと急ぐ。
そこには――
もう……何も話さない姉弟が大好きだった母ちゃんが横になっていた……
周りでは看護師さんが忙しそうに動き回っている。
それまでついていた生命維持装置を外し横になったままの母ちゃんに新しい病院着を着させようとしている。
「な……なんでもっと早く来れなったの!!」
「母ちゃんはあんたを待ってたのに!!」
周りで泣き崩れている三姉妹。
「か、母ちゃん……は?」
親父に聞くと一言だけつぶやいた。
「誕生日……おめでとうって言ってくれって……」
それを聞いて時計を見た。既に到着から五分経っていた。
「いつ!? それっていつだよ!?」
「00:02分よ……あんたを待つって……」
母ちゃんは17日の23時過ぎから容体が急変したらしい。俺が駆け付ける10分前までは意識もあって話も出来たらしいけど、着いた少し前にその言葉だけを残して逝った……
約30年にもわたる腎不全との闘いを必死に戦い抜いて……
全ての事が一通り病院で終わった時には6時を指していた。
その日が母ちゃんの命日になり、俺の三十数回目の誕生日だった。
独り病院から出て泣いた……
誰彼はばからず泣いた……
母ちゃんは立派に戦って逝ったのだ……悲しむことは無い。
苦しみにも痛みにも開放されたのだから喜んでやるべき。
なのにどうしても流れる涙を留める事が出来なかった……
一通り泣いて……病室に戻り母ちゃんを抱きしめた。
「ありがとう母ちゃん……そんな時まで俺の誕生日気にしてくれて……」
そしてまた泣いた……
冬が終わりを告げる季節にあった出来事――
本作は「冬の詩企画」参加作品です。
企画の概要については下記URLをご覧ください。
https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/1423845/blogkey/2157614/(志茂塚ゆり活動報告)
なお、本作は下記サイトに転載します。
http://huyunosi.seesaa.net/(冬の詩企画@小説家になろう:seesaablog)