おぱんちゅ・すぴりちゅある
十二月始めの放課後、理純智良はルームメイトの占部麻幌を訪ねるために中等部の校舎におもむいていた。すでに高等部一年であられるうらべぇだが、特に後輩たちから占いの依頼が非常に殺到しており、とても一日ですべてを捌ききれない状態になっており、そのため最近では完全予約制にして、中等部の空き教室で人数を制限して占いを執り行っているのだとか。
ルームメイトである智良の場合、寮部屋でお願いしても断られることはまずなかったのだが(ラッキースケベに対する占いも呆れつつも引き受けてくれる)、最近はそれも渋りがちである。それはまあ別に、智良も彼女の占いばかり頼るつもりもなかったが、最近、高等部の生徒どうしでのやり取りまで薄アジ気味のように思えたので、ここいらで喝を入れてやろうかと思ったのである。ついでに、中等部で活躍している彼女の姿を一度拝んでみたかったのであった。
懐かしさの溢れる廊下では、晩秋の残滓が涼やかな静寂を奏でているだけであった。麻幌がしばしば訪ねているという教室の前までやってくると、智良はすぐには中に入らず、扉の前でそっと聞き耳を立てることにした。わざわざそうする必要もないだろうに、彼女はわざわざ身体を低くして、猫のような四つん這いの姿勢で教室のようすをうかがっていた。ミントブルーのおぱんつが丈の短いプリーツスカートから飛び出し、いずれ廊下を訪れるであろうものに対して強烈なアッピールを示している。しかも、今回はラッキースケベでなく、無意識でおこなわれたというのだから、おぱんつの女神さまの作為にいいようにされているとしか言いようがない。
さて、教室は、すでに今日の分の占いは終わったのか、ずいぶんと静かであったが、無人というわけではない。占術同好会である麻幌の声と、幼さの残る少女の声との対話が外にいる智良にも届いた。うらべぇでないほうの声は、今にも泣きそうな響きがこめられていた。
「ごめんなさい、本当にごめんなさい……私、どうやって償えばいいのか……」
「気にしないで、あなたたちのせいじゃないわ。でも、こんなことになるなんて……」
「ごめんなさい……」
蚊の鳴くような少女の声。だが、その声に智良は「おや?」と過去の記憶を刺激された。どこかで聞き覚えのあるような……そう思いながら、そっとツインテールと瞳を片方ずつ覗かせた瞬間、うわわ、とけったいな悲鳴を上げて尻餅をついた。あやふやな記憶が輪郭を描き、色と音をつけて智良に回答を与えたのだ。部外者の声に、教室の空気が一気に変容した。
「誰っ!?」
麻幌の誰何が鋭く空気を鳴らし、智良はすぐさま観念して教室に足を踏み入れた。ルームメイトの姿を見て、麻幌はいちおうは物騒な空気を緩めるも、両眼にはまだ不審さを拭い去れずにいた。智良も緊張したようすで現れたが、その緊張は麻幌ではない人物に向けられていた。
教室にいたのは智良と麻幌を除くと、二人であった。一人は智良と身長が近い黒いショートヘアの小柄な少女、もう一人は中肉中背のミディアムカットの少女。校章の色を見るに、小さい方が中等部一年で、大きい方が高等部二年のようだ。そして、この両名を智良は知っていたのであった。
相手側も智良のことを認知したようであった。仲良く夕日に差された頬を染め上げ、同時に困り顔を見合わせたのであった。わけがわからないのは、うらべぇただ一人である。
「十さん、四方田先輩。この娘と面識が?」
「はい、以前ちょっとあれであれしてまして……」
智良の先輩にあたる少女がしどろもどろに応じた。
茶道部の副部長に就任した四方田恵にとって智良は、黒歴史めいた名言を引き出させた困ったチャンなのであった。河瀬マノン先輩に連れられて茶道を経験した智良は、いざ退室のときになって足が痺れたとか抜かして畳の上で小尻を突き上げて倒れた。そのとき見たかるぴすそーだ柄のおぱんつに対して恵は、
「あまかけるおぱんちゅのひらめき……」
と、ほぼほぼイキかけたようすでつぶやいたのである。
このときいたのは部長の鷹野美沙と、恵の恋人である新人茶道部員の十京。後はお客さまが数名いたぐらいであるが、誰が広めたのか、一週間くらいは茶道部のあいだでそれがさんざん話題になったものである。ううう、おのれおぱんちゅめ。らくにぢごくにいけるとおもうなよ! と、いう声が部室の離れから響いたとかなんとか。
京もまた、智良のかるぴすそーだを見て、年頃の少女のように赤面で慌てふためいたものだが、その京に対して、智良は異端審問官めいた鋭い視線を向けたものだ。言語化するなら「何を白々しいタイドを!」と言ったところだろうか。だが、智良はその視線を外して、ルームメイトに尋ねた。
「うらべぇ、何があった?」
「うらべぇ言うなッ。……二人を占ったとき、ちょっとしたトラブルがあっただけよ」
麻幌の態度はそっけない。占い師としての守秘義務もあるだろうが、もともと性格の軽い智良のことを始めから信用していなかったようである。だが、麻幌の懸念を秘密の共有者である京自身が打ち明けたのであった。
「あの、実は恵おねーさまと二人の関係について占おうと思ったのですが、そこで……」
「水晶玉が割れてしまったのよ」
相手側が言うのであれば、麻幌としても隠す意味はなかった。机の下から、愛用の水晶玉を取り出す。それがソフトボールの流れ弾が当たったかのように派手にひびが入っている。長年ルームメイトでいた智良としても、この水晶玉が割れてしまうのは初めて見た。思わず息を呑む。
「こりゃまた、なんだってこんな……」
「わからない。二人の恋愛について占ったら、いきなり亀裂が入ってそのままパリンよ」
その話を受けた四方田先輩はなんともいたたまれないようすで視線を下げていた。
(なるほど。『十京』の名前で占ったから『ばぐ』なり『きゃぱしてぃ・おーばー』なりが発生したかもしれません……)
恵以外はごくわずかの人しか知らないことだが、十京は多重人格の持ち主なのである。このちんまい肉体に、幾人もの人格が秘められており、そのときそのときの状況で切り替わってしまうのだ。もっとも、みだりに話題にできるようなことではない。そういう意味では、沈黙を守らざるを得ない恵は、麻幌にとって負い目を感じていたのであった。
もっとも、その麻幌としては別のことが気になっていた。
「……ところで、この娘はなんでこんなに十さんを敵視してるのよ」
ラッキースケベの権化の少女は、さきほどから手負いの獣のような目つきで怯える京をぎらぎらと睨みつけている。へたをしたら弱者に対して一方的にメンチを切る図にしか見えないのではないか。智良が物騒なケを剥き出して叫んだ。
「お、おまえっ、このあいだはよくも……ッ」
「ひぅ! 恵おねーさま、おぱんつのヒトが私にいんねんをつけてます……」
京の表情が正直な恐怖心に包まれた。袖を掴まれた『おねーさま』もまたパニックの波に洗われてしまっている。
「な、なんです! おぱんつリーグやる言うですか!?」
「ダメですおねーさま。この人おぱんつかいでんのオーラがもわもわと!」
「ぐぬぬ、ならば胸の大きさならかろーじてっ! 京さんの乙女の純潔を奪わせるわけにはまいりませんっ」
「純潔の危機にさらされたのはコッチじゃいッ!」
智良がわめいた。どうせラッキースケベでトラブルが発生したのだろうと麻幌は思ったが、話を聞くと、やはり案の定だった。
お茶会でラッキースケベを決めた後日のこと、四方田先輩と十京の反応に味をしめた智良は、まいど呆れることながら茶道部の離れに侵入してラッキースケベをくわだてた。生垣の下にできた穴をお尻を突き出しながら覗き込んでいたのである。このとき、離れから智良のおぱんつを目撃したのは十京ひとりだった。内心ほくそ笑んで智良はなやましげに腰をくねらせていたが、そんな変態淑女に京は堂々と言い放ったのだった。
「あらあら~、誘うにふさわしい見事なおしりね。合格よっ」
恥じらいの微粒子が微塵も感じられない口調である。だが、その違和感を智良は強がりと解釈していたのであった。かなり強引な解釈ではあったが、京の姿形は覚えていたので、そこにある性格もまた劇的に変わるとは思っていなかったのである。極端な人格の豹変など、智良の常識ではありえないことだった。その認識が誤りと気づいたのは、京がおぱんつ少女のもとに近づいて弾力に指を這わせたときであった。
「ひゅみゅあっ!?」
肌と神経と声と視界が同時に蠢動した。京の手つきは明らかに英国変態淑女のエヴァンジェリンに匹敵する玄人もので、以前恥じらっていた京の手とは思えない。おぱんつとお尻の肉の境目をなぞり、白い繊維に包まれた弾力を軽く叩きながら、京の姿をした少女は年齢に不釣り合いな艶めかしい声を発した。
「お尻を出した一等賞の子にはごほうびを上げないとね~。にゃははっ、どんな風にお尻が震えるか楽しみ
だわっ」
狂喜の声に、智良の行動力に喝が打ち込まれた。四つん這いの姿勢のまま、パンツをひらめかしながらみっともなく茶道部のはなれを後にしたのである……。
「そ、そんな可愛い顔したって騙されないからなッ。あたしはあんたの変態ぶりを知ってんだ」
勢いよく指を突きつけられた京は、救い求めるようにおねーさまに目をやり、それから困り果てたようすでツインテールの先輩に弁解した。
「た、多分それは人違いではないかと……」
正確に言えば人違いではなく人格違いになるであろうが、それが語られるにせよそうでないにせよ、智良の心は曲解した真実しか見えていないようであった。
「そんなわけあるか。確かに、あたしの尻を狙ったのはあんたに違いないんだ。この引っかけ屋め」
「やめなさい智良。後輩相手にみっともないわ」
うらべぇこと占部麻幌が割り込み、おぱんつのルームメイトに向けてかなり厳しく糾弾した。
「そもそも、あなたのしたことを考えれば相応の報復を食らうのは自業自得と言うものでしょうよ。おおかた、女の子に襲われたいという深層意識が智良に都合のいい夢を見させたんじゃないの?」
「夢じゃないし。だいたい、襲われたいなんて思ってないし……」
「えーっと、理純さん。京さんのこの目を見てもまだ、そういう猥雑なことをする少女だとお思いですか?」
四方田先輩が静かな声で智良に問う。その智良は怯える京の顔を見つめて、気まずさに包まれた調子で「ごめん」と頭を下げた。もっとも、上げたときの顔に疑惑はわずかに残されたままであったが、ルームメイトと先輩にまで非難されてしまったら分が悪い。『後輩いじめ』という不名誉を被らないためにも、ここはひとまず納得せざるを得なかった。
智良と麻幌と別れた後、茶道部のカップルふたりは中等部の校舎を出て、正門にいたる大通りを歩いていた。先ほどの出来事も踏まえた、たわいのない会話の話題を繰り広げていたが、そのとき恵の頭に、妙に調子のいい声がよぎった。
「にゃはっ、あの子と恵のさわり心地と揺れ心地、どっちが素晴らしいか、いつか比べっこしたいものねえ……!」
「も、モモさんッ」
「は、はいっ?」
人格のほうの名で呼ばれ、京の中にいる百々はきょとんとおねーさまの顔を仰いだ。
「……そこにいますか?」
「はい、私はずっと恵おねーさまのそばですよ」
じゃあ、頭の中に響いた別の声はどこからきたと……?
困惑気味の恵に追いすがるように、麻幌の過去の言葉が飛んできた。恵の困惑は悶絶に変容した。
『女の子に襲われたいという深層意識が智良に都合のいい夢を見させたんじゃないの?』
なるほど、大した教訓だ。ただ教訓として仰いだ時点で、いろいろ女子高生としての良識の轍を踏み外しているような気がして、百々が気遣わしげに呼びかけるまで、茶道部のおねーさまはひたすら煩悶に打ちひしがれる始末であった。
四方田恵さんと十京さんは坂津眞矢子様の星花女子プロジェクト第二弾作品、
【この世界で 生きていく(https://www.alphapolis.co.jp/novel/798310137/39145377)】の主要登場人物になります。
四方田恵さんのキャラクター考案は作品作者と同じく坂津眞矢子様(https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/798310137)、十京さんの考案は壊れ始めたラジオ様(https://mypage.syosetu.com/536581/)です。