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世界一簡単な世界滅亡  作者: 篠渕暗渠
8/20

伍 追憶・下

「そうだね。それで、じゃあそもそもの話に戻るけれど、売春グループのトップさんは何で売春を始めたの?」

「うーん。これは発言に本人しか分からない事が含まれているから、うまく納得してくれるか分からないけど……」

「前置きはいいよ」

「『白戸光羽みたいになりたかった』」

「えーと……白戸姉のようになりたかったが為に、売春を始めて、売春グループを作ったの? さっきから思うんだけれど、白戸姉弟に影響されたのか何なのかっていう人の発想っておかしいよね。白戸姉弟という理由があるのに、白戸姉弟とは直接関係のない目的に驀進するというか……」

「俺もそう思うが……ともかく、売春グループトップは白戸姉に憧れていた。白戸弟のような男子と付き合いたいとも思っていたようだけれど……オリちゃんの指摘の通り、白戸姉弟に影響された人間は直接的にその矛先を姉弟に向けない。上手くは言えないが、トップは彼女自身の中に彼女なりの白戸姉像的な物を持っていたんだろうな。そして、その再現を試みた」

「売春をして、売春グループを立ち上げる事によって? あ、似たような事をまた言っちゃった」

「確かに俺達から見れば、それは憧れの白戸姉からむしろ遠ざかる事のようにも思える。だけど、そのトップの中ではそれこそが正攻法だったんだろう。それは手探りみたいな方法論だったかもしれないけど、そもそも他人に成り代わるなんて不可能だからな」

「江都は売春グループのトップと白戸姉はどこがどのように近いんだと思った?」

「売春グループのメンバーと違って、トップと俺はサシで話す機会にも恵まれなかったから、推測が多分に含まれるけど……トップは白戸姉の本質をどこか本能的に察知していたのかもな」

「本質?」

「つまり、さっき言ったみたいな一般人から見た異質感、異物感だよ。白戸姉弟は一見、何もしていない。事件の本体には何の関与も見られないように思える。しかし、関与はないにも関わらず、その影響力はとても強いように見受けられる。姉弟共にモテているのに、高嶺の花みたいに告白されない、あるいは出来ない。だから白戸姉弟に告白したいから、『だから』、他の誰かと代わりに付き合う。姉弟がブラコンシスコンで、そして姉の方は弟の女性関係に過敏っつったって、この反応は異様だよ。どこかが間違っているような――どこかが狂っているような。そして、その原因は間違いなく白戸姉弟にあるに違いないという空気。おかしな事をするのは他人でも、どこか何もしていない白戸姉弟の方を事件の主因のように――影の黒幕のように見てしまう雰囲気。つまり、売春グループのトップはそういう異質の空気を作り出す原因になってみたかったのかもしれないな。売春グループのメンバーには直接関与する所が、当然白戸姉弟とは違う。けれど、売春グループそのものは学級の中では秘匿された存在だ。しかし、そんなグループが存在するだけで、やっぱり空気の乱れは生じるよな。どうしようもなく」

「そういう影の影響力を、求めた」

「そういう事なんだろうと思う。そして、そういった影響力の始点である事、売春グループの女王様然としたトップである事が、きっと彼女には重要だったんだろうな」

「ふーん……やっぱり物凄く婉曲的に思えるわね」

「とにかく白戸姉弟に執着したら終わりって感じが俺はしてるんだよな。白戸姉弟に破滅させられる事はない代わりに、自らの行動で道を外れていくから」

「だとしたら、ある意味幼馴染として一番近くにいた江都は何で破滅してないの? それとも、もう既にしてるの?」

「俺は別に白戸姉弟とは仲良くさせて貰ってきたけど、別に執着していた訳じゃないからな」

「何か一緒にいた理由とかあるの?」

「俺は白戸姉弟を利用してたんだ」

「はい?」

「ま、そこら辺の事情は最後に話すわ」

「え、気になるんだけど」

「その前に白戸姉弟についてまとめたい。その方が俺のスタンスを話しやすい。ここまで小中高と三つの事件を話してきたけど、どう思った?」

「んー。何とも言えない。白戸姉弟が凄い暗い影響力があるっていうニュアンスは分かったけれど、江都も通ってきた小中高が実は精神病院の中に建っていたっていうオチで、生徒も教師も全員頭がおかしかった、っていう展開かもしれないじゃない?」

「そんな展開はない」

「現実的に考えれば、白戸姉弟は悪くないとは言わないけれど……例えば、事件の犯人として扱われるような対象では少なくともないよね。弟くんの方は事件の加害者にいちいちインタビューを行って、それが悪趣味ではあるし、それも手伝って自分の悪意の計画を他人に実行させてその結果を確認しに行ってるみたいな黒幕感はあるけれど。でも、江都が知る限りそういう事はないんでしょ?」

「ないな」

「だとしたら、こういう事になるのかな。白戸姉弟は無数の事件の『理由』として語られる。白戸姉弟の近くにいると頭がおかしくなる人というのがそれなりの数に及んでいて、そして、結果として学校を追われるような事態に至る人がとても多かった。でも、はっきりと白戸姉弟が悪いとは断言できないよね。だって、そこって人間にははっきり因果関係を説明できない領域だもん」

「そう。だから、白戸姉弟は環境のような物だと思うんだ」

「環境? 二人の人間が環境そのものに影響を与えてるの?」

「ああ。例えばだけれど、オリちゃんが心底腹が立つ事態に遭遇して激情に駆られたとする。その時に相手を拳銃で撃ち殺そうと考えるか?」

「え? ないない。まず、私、人を殺そうとかしないし。あと、拳銃を持ってない」

「そうだよな。まあ、俺もオリちゃんが人を殺すような人間とは考えてない。ただの喩えだから気を悪くしないでくれ。俺はそこが銃社会の弊害だと思ってるんだ。キレる事、心底腹立たしくなる事って人間にはあるだろ? でも、そんな時に人は相手を殺すまではしないで踏み留まる筈だ。何らかの危害を加えられそうになったとしても、相手を逆に排除する以外の方法を求めようとする筈だ。それはある意味、自衛の手段としては心もとないという事になるかもしれないが、武器がない人間は落ち着くまで時間が過ぎるのを待つ事が出来る。あるいは、殴るくらいの行為で留まる事が出来るかもしれない。対して拳銃は包丁等とは違い、殺傷の為だけに作られた道具だ。そんな道具が手元にあった時、激情に駆られてしまったら人は――勿論、それでも多くの人間は踏み留まる。しかし、事実として、実際問題として、銃で相手を撃ち殺す事『も』出来る。可能にはなる。その殺傷可能な銃器が身近に存在するという環境は、やっぱり重軽傷を生む銃犯罪の根本的な原因になっていると思うんだ」

「なるほどね。まあ、銃社会には銃社会になるだけの歴史的背景があったんだろうとは思うけれど、その理屈は仮定としては面白いかもね。で、それが白戸姉弟とどう関係するの?」

「白戸姉弟は拳銃のような物なんだよ」

「うん?」

「だから、白戸姉弟がいたとしてもほとんどの人間は踏みとどまる。別に何の問題も起こさない。でも、白戸姉弟がいる事によって足を踏み外す人間も確実にいる。死にはしないし、殺しもしないけれど、社会的な信用を失って、社会的な死を迎えたりもする。拳銃に別に害意はない――そう作られただけだ。白戸姉弟にだって悪意はない――そういう人間ってだけで」

「それくらいにヤバい存在だって、江都は思っているのね」

「ああ」

「そんなにヤバい姉弟とだからどうして江都は付き合っていたの?」

「だから利用価値があったから。俺は人を助けるのが好きだろ?」

「そうね」

「人を助けるには、人が困っていないと無理だ。勇者は魔王がいなければただの凡人だ。兵隊は戦争が起こらなければ必要ない。事件が起こらないなら名探偵は要らない。白戸姉弟がいるから、残念ながら俺のような人間が役に立ってしまうという訳さ」

「相変わらず堂の入った歪みっぷりねぇ……」

「勿論、白戸姉弟が悪人だったら然るべき措置は取るつもりだった。でも付き合っていると悪いヤツっていう訳でもないしさ。悪行の尻尾は掴めないし。それに現実的に考えるなら、白戸姉弟を罪には問えない。人を殺す手段として使われたとしても、拳銃を死刑にする訳にもいかないだろう。だから、俺は白戸姉弟と共にいると、無数に無限に湧く悩み事や困り事をとにかく出来得る限り解決して回っていた。ま、俺という人間が形成されたのは白戸姉弟がいたからこそって見方も出来るな」

「そして、その流れで私の事も助けてくれたって訳でしょ?」

「そういう事になる」

「素直に喜べないなー……」

「だから最後に回したんだよ」

「悪影響を生む姉弟の悪趣味な幼馴染が彼氏の私ってどうなんだろう?」

「…………」

「でも、好きだけどね」

「ありがとうな」

「自虐してたけど、江都はただ単にお節介で世話好きで、そしてお人好しなだけだと思う。変態じみたお助けマンなんだよ。だって普通なら、そんな白戸姉弟となんて、距離を取ればいいだけなんだから。物好きだな、とは思うし、そういう物好きに見初められたのは、別に悪い気分じゃないかな。それにさ、」

「うん?」

「そんな世話好きな彼氏は、きっと蜜葉の事も何とかしてくれると思うから」

「当然だ」

 言い切って江都は、長い事話している間にすっかり冷めたコーヒーを一気に飲み干し、咽せた。

「イマイチ格好が付かないね? 江都」

「うっせえ」

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