伍 追憶・中
「小学校、中学校、高校で分かりやすいエピソードを三つ話すよ。起こった問題を全部話してたら数時間掛けても足りないし、そもそも起こった問題の内容じゃなくて、それと白戸姉弟の関わりが主題だしな」
「はいはい。それじゃまず小学生からね」
「給食費が盗まれた」
「ありがちね」
「クラス全員分の給食費は白戸姉弟の机から発見された」
「え? 白戸姉弟は事件と直接関与はしないんでしょ? 犯人探しの段になって白戸姉弟が隠れ蓑にされたとか? あるいは、白戸姉弟は虐められていてそれも嫌がらせの一環だったとか」
「どっちも間違いだ。まず、白戸姉弟は犯人じゃない。そして、犯人は白戸姉弟を苦しめる為に給食費を机の中に放り込んだんじゃない。白戸姉弟の為を思って、入れておいたんだ」
「はい? いや、意味が……」
「白戸の弟の方はな、悪趣味なヤツで……自分の身の回りで起きた事件の被害者とか犯人とかの話を聞くのが好きなんだよ。アイツ自身は『取材だ』っつってたけどな。『君にはどんな理由で、そんなことをしたのかな? 君に起こった物語を聞かせて欲しい』なんて言って、色々聞いて回ってた。普通に考えたら気分を害されても仕方ない聞き方だと思うけれど、白戸弟はよくインタビューに成功はしてたよ。そういった取材結果を活かした物語というのも書いてたのかな……書いているって話は聞いてたんだけど、そういえば俺は一度も実際に読ませて貰った事がないな」
「話を戻してよ」
「ああ。だから、その一件についても給食費泥棒が騒ぎになって、白戸姉弟の机の中で給食費が見つかり、そしてその犯人がすぐに名乗り出てから、一旦事態が収束した後に、白戸弟がその動機を聞き出したって事だよ」
「すぐに名乗り出た?」
「ああ。だって給食費泥棒の犯人が言うには、白戸姉弟に嫌がらせする為じゃなくって、白戸姉弟の為を思って入れたんだからな。当人達に嫌疑が掛かったら意味がないって発想だろう」
「それじゃ、最初からするなって事なんじゃ……」
「ああ、俺もそう思う。でも、『アイスが買えないのは可哀想だから』ってさ」
「え?」
「白戸家は別に貧乏って訳じゃない。給食費を集める日の少し前に、放課後にクラスメートの友達で集まって、ちょっとした買い食いをする機会があった訳だ。その時に、白戸姉弟はたまたま手持ちがなくって、アイスを買えなかったんだよ」
「え? それで?」
「だから、アイスが買えないのは可哀想だから、給食費を盗んで白戸姉弟の机の中に入れておいてあげたんだよ。その犯人だったクラスメートはな」
「えっと……意味が分からないんだけど」
「意味が分からないだろ? 例え、白戸家が貧乏だったとしてもだ。給食費が入れられてても、白戸姉弟がそれを使える訳じゃない。根本的な問題解決になっていない上に、逆に白戸姉弟に迷惑が掛かるであろう事は容易に分かるはずだ――普通ならな」
「そのクラスメートは変な人だったの?」
「いや、普通のヤツだったよ。大人しくて、目立たないけれど、よく本とかを読んでいて、常識から逸脱した行為は取りそうにない。規律から外れた行動は怖くて出来なさそうなそんなヤツ」
「そんな子がアイスが買えない白戸姉弟を見ただけで給食費を盗んで、その机に入れたの?」
「ああ」
「…………」
「真面目に、純粋に、自分の行為に一欠片も疑いを持たずに、自分が良い事をしてると信じ切って、その行動を起こしたんだよ」
「何でなの?」
「俺なりの見解はあるが、取り合えずエピソードを重ねよう」
「……分かったわ。じゃあ、次は中学生の時のものね」
「男性教師と女子中学生の禁断の恋愛関係」
「それは……結構ショッキングな感じね。っていうか、そんな事ってあるの? 女子高校生だったら、まだ分からなくはないけれど。女子の結婚可能年齢は十六歳だし。勿論それでも高校側にバレたら、どっちもただでは済まないでしょうけど。女子中学生と男性教師の恋愛ってなると、それだけで年齢差の面でもかなりタブーの感があるわ。何で起こったのかな?」
「男性教師がロリコンだったんだろ」
「……女子中学生の方はどんな娘だったの?」
「華やかで、交流関係も広くて、クラスで一番人気の女子だったよ」
「江都も好きだったの?」
「俺は昔からそういったランキング形式の女性評の類を参考にはしない」
「そう。話を戻すとして、そんなに人気な子がどうして教師との恋愛なんて後ろ暗い道に?」
「そういう子だからこそ、大人との恋愛なんて危険な火遊びに転んじゃったのかな、とも思える。だからその関係の主は、女子中学生に付き合いを持ちかけた男性教師の方にあると言えるかな」
「女子中学生の方が憧れとか好意を抱いたのが先じゃないの?」
「男性教師のアプローチから始まったそうだ」
「だいぶ気持ち悪いんだけれど……」
「まあ、告白された女の子の方も悪い気はしなかったんだろう。大人が、ましてや先生が自分に好意を持っているなんていうのはな。何ていうか、対等に扱われている気がして、嬉しかったんじゃないか?」
「そういう意識につけ込んだ犯行みたいにも思えるけれど……」
「そうかもな。ともかく、この一件の結果、女子中学生の方は転校、教師の方は退職に追い込まれた。辞める前の教師に白戸弟はまたインタビューに行った。『貴方はどうしてこんな事をしたんですか?』ってな。教師は答えた」
「なんて?」
「『君のお姉さんのせいだ』」
「いやいや……」
「『君のお姉さんが可愛すぎるのが悪いんだろう? でも、お姉さん本人に手を出す訳にはいかないから、あの子と付き合ったんじゃないか』」
「えっと……意味分かんない。そもそも白戸姉に手を出す訳にはいかないって何? 結局、女子中学生と付き合って、退職になってるじゃない……」
「俺もその男性教師の真意は知らん。けどまあ、白戸姉は彼の中で純粋で、実際に手を出して汚してはならない存在だった、とかじゃないのか?」
「それで女子中学生は代替品って事? うわ……本気で気持ち悪いんだけど」
「ちなみに俺はこの類の『白戸姉と付き合えないから代わりにこの人と付き合ってる』、『白戸弟と付き合えないから代わりにこの人と付き合ってる』というタイプの人間を十人以上知ってる。しかも、それは俺の知っているのが十人くらいっていう意味じゃなくて、十以上は数えるのが面倒になるくらい一杯いたって意味」
「そんなに白戸姉弟って美人イケメン姉弟なの?」
「いやあ……? それこそクラス内ランキング的な指標で言えば、弟の方は中の上って感じかな。姉の方は美人だけれど純粋に顔とか容姿、性格面で総合的に見るとベスト五位からは漏れる、って感じだな。男性教師と恋愛した女子中学生にしたって、そういう意味では白戸姉よりも全然美人だったと思うぞ。何せクラス一だし」
「江都、興味ないって言う割には、なかなか美人ランキングに詳しいじゃない」
「今の時代、スクールカースト的なのを頭に入れておかないと、上の人間、下の人間関わらずすんなり仲良くっていうのは逆に手間になるからな。関係を築くアプローチが変わってくるし」
「ふうん。でも、事実としてそういうランキング関係なく、白戸姉妹は恋の相手としては人気だった訳でしょ?」
「白戸姉弟の人気の理由は、ある種の得体の知れなさ、秘密を持っていそうな空気、あるいは同類として括れない異質さなんじゃないかと思う」
「分かりやすく言うと?」
「昼間の駅前交差点で、突然触手を持った化け物が現れたら、皆の視線を独り占めに出来る感じ」
「……大げさなんじゃない?」
「あるいは人食いの化け物が人間に擬態していて、今は例え犯行に及んでいなくても、溢れ出てくるその危険な本質から、『この人は何かが違う』と目を逸らせなくなる感じ。一人吊り橋効果というか?」
「白戸姉弟自体は何の犯罪も犯してないんだよね?」
「俺が知る限りではな」
「江都が知らないだけで、実際には何かやってるとか」
「性格にはかなり問題があるとは思うけどな。でもとにかく、自分で何かやるってタイプでもないんだよ」
「何なのその無条件の信頼は……江都こそ白戸姉弟に毒されちゃってる一人なんじゃないの?」
「その否定は出来ないね。なんせ四六時中一緒にいたからなー。それじゃあ、兎にも角にも最後のエピソードを話しちまうか」
「そうね……最後は高校生の時のものだよね?」
「そうだな。一番大きくなった問題」
「高校の時はどんな事件が起きたの?」
「売春グループが出来た」
「い、一気に犯罪規模が大きくなったわね……」
「白戸姉弟は基本的に事件には関与しない、と言ってきたが、今回ばかりはしているかな。事件そのものじゃなくて、その幕引きに。結成された売春グループの正体を暴いたのは白戸弟だし、売春グループをぶっ潰したのは実質的には白戸姉って事になる」
「んー、ちょっと待って。そもそもその売春グループそのものはどんな感じの集団だったの?」
「十パーセントって所だな」
「へ?」
「俺達の高校は一学年に四クラス、一クラス辺り三十人くらいだった。売春グループには一クラス三人ずつが所属していた。売春グループのトップの采配によってな。だから俺達の学年の内、十パーセントの生徒が売春グループに所属していた」
「十人に一人かあ……それってかなりの割合だよね? 他の学年や他の高校の女子は巻き込まれなかったの?」
「悪事は結局、トップの目が届かない所から綻びるからな。メンバー集めにあまり手を伸ばし過ぎなかったのは、手法としては評価出来る」
「それじゃあ、どうしてバレちゃったの?」
「だから言っただろ。白戸弟が暴いたって。ヤツは教室の中の視線の流れ、ヒソヒソ話、その他諸々を把握した上で、特に売春の現場である町に繰り出す事もなく、売春グループの首謀者を特定した。そして、それを公表するとかクラスで問い詰めるとかそういう劇的な展開を経ずに、ただトップが一人暮らししてるマンションの部屋――売春グループの本拠地とも言えるその家を訪問した」
「……何の為に?」
「だから、これまでも話してきただろう。インタビューをしに行ったんだよ。アイツは自分の知的好奇心の為に、わざわざ火中の栗を拾いに行くタイプだし。『貴方はどうしてそんな事をしたの? 貴方が経験した物語を教えてくれない?』って」
「で、聞き出せたの?」
「みたいだな。売春グループのトップの経緯については後回しにして、先に事態の帰結について話すよ。白戸姉は売春グループトップと白戸弟が接触した事……というよりは単純に弟が見ず知らずの女の家を訪ねたという事実にキレた。私の弟に手を出したと、汚したと、女が誘惑したからそうなったに違いない、と強引に結論を下した。翌日にはそのトップの女生徒は自主退学していた。それで、白戸弟も白戸姉も自分の欲求を満たしただけで、全てを掌握していたトップを放逐しちまっただけで、売春グループそのものには何の興味も示さなかったからな。そもそも問題が顕在化しなかったんだ。客や金の管理をしていたトップが消えちまったせいで、売春行為そのものも終わりを迎えた。だから、問題の中心はグループに参加していた女生徒達の心の問題……いわゆるアフターケアってヤツだ」
「ああ。売春グループの存在が表立っては発覚しなかったのに、どうして江都はそのメンバーを把握していたのか不思議だったけれど、何となく読めたよ、私」
「そう。そのアフターケアをやっていたのが俺だ。トップにつられて自主退学しそうなヤツ、自傷に走るヤツ。売春グループの露見を恐れて気の弱い子は自殺しそうな勢いだったし。事情が事情だから心の専門家に相談する訳にもいかないだろ? まあ、俺もほとんど話を聞いたりしただけだよ。一人は転校しちまったけどな……。とにかく、そこからが中々大変だった。トップがいなくなって売春グループ自体がグズグズになっちまったから、売春がなくなったにも関わらず前よりもバレやすくなっちまったんだ。だから、俺は売春グループトップのメンバーリストを受け継いで、何だかんだでメンバーの結束を取り持ったりして、何とか卒業まで耐え忍んだ」
「ふーん。江都ってじゃあ一時期はトップだったんだ、元売春グループの」
「限りなくいかがわしい肩書きだな」