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世界一簡単な世界滅亡  作者: 篠渕暗渠
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拾弐 真実




     拾弐 真実




 江都は溜息でも吐きたい気分で、半透明に透けた自分の身体を見た。

「一体何がどうなっているんだか……」

 今、彼は元いた病室とは遠くかけ離れた景色を俯瞰している。俯瞰だ。江都は宙に浮いていた。

 おかしくなった光羽が言っていた、叶絵が光樹に取り憑いた幽霊だという話を思い出す。幽霊は宙に浮くんだろうか、と江都は考える。

 何にしても自分が得体の知れない事態に現在進行形で巻き込まれているのだけは間違いなかった。

 そこは蝋燭に照らされた洞窟のような場所だった。少なくともこれまでに江都が訪れた事のない所だ。

 得体の知れない秘境のような雰囲気を醸し出しているにも関わらず、しかしそこには人が溢れ返っていた。

 江都には数える気がない。しかし、人数は百人に届きそうだ。

 これだけ人が集まるとなると何らかの熱気が生じて然るべきだ。だが、そこに集った人々の表情は総じて暗く、陰鬱だった。

 人々の中心には盛り土をして作られた舞台のような場所があり、そこには白装束を着た男女が立っていた。

「って、あれミツとコウの親だよな……」

 白戸姉弟の両親、白戸夫妻だ。いつも朗らかで良い人オーラ全開だった二人の印象とは打って変わって、今の二人はもう絶望の淵に立ったかのような雰囲気だ。長い苦難の道乗りを経て、そこからようやく解放されるような――ようやく楽になるというような。

「これ、集団自殺の前段階じゃないだろうな?」

 江都の呟きを聞く者は当然誰もいない。

 しかし、そこから起こったイベントは、ある意味では集団自殺とは対極にあるような事柄だった。

 つまり、公開出産だった。

 現代では夫婦や医師、助産師、限られた人数の中でだけ共有される筈の出産が、ここまで大勢の前で開けっぴろげに行われるというのは、悪趣味を通り越して、ある種の儀式のようにすら見えた。集まった人々は物音を立てずに、その出産を注視している。

 こんな環境下では赤ん坊がどうなるか心配だったが、どうやら助産師を勤める女性もいてくれたようだ。出産はつつがなく終わった。一つハプニングがあり、それは産まれた赤ん坊が双子であった事だ。それもそうだ。これは白戸姉弟が産まれる所なのだから。初めて見た出産の現場が、よく知ってる幼馴染の姉弟二人というのは何とも複雑な気分だった。あれ、と江都はそこで首を傾げる。あの姉弟は普通に病院で産まれたという話ではなかっただろうか。

 助産師が人々の集まる空洞から退出していった。 しばらくは赤子の泣き声とそれを包むような人々のざわめきが聞こえていた。

 そして、江都の眼前にそれは現れた。

 それは霧のようにも見えたし、あまりにも細やかな雪の煌めきのようにも見えた。その大きさは丁度人と同じくらいで、二つ分の歪みがあった。江都と同様に宙に浮かんでいる。その揺らいだ空間から声が聞こえた。

「着いて早々、妙な現場に出くわしましたね、兄さん」

「妹よ、これは一体何やってんだと思う?」

「思考を読んだ所、どうやら悪魔の召喚を試みているようですね」

「よりにもよって俺達みたいな何かを呼び寄せようとしている訳か。それは成功しそうなのか?」

「する訳ないでしょう。あんな出鱈目な方法で。あの人間達はただ無意味に鬱屈とした熱狂を垂れ流しているだけですよ。それが何処かに繋がる筈がない。この世界そのものを象徴したような思想ですね」

「何も生み出す事はなく、ただ終末の悲劇という慰みとして消費されるだけ、か。……あれ、でもあれってさ、あの赤ん坊達、」

「赤子がどうかしましたか?」

「あれ丁度双子だぜ。しかも、あれは姉弟だけど、俺達は兄妹だからあべこべだ」

「……うーん。何となく兄さんの発想が読めてしまったような」

「あいつらの中を今回の滞在先にしよう。どうせ今回はバカンス……すぐに終末を演出するつもりはないし、そんなに凝った趣向でこの世界全体に策略と陰謀を振りまく予定もない訳だし」

「ふむ。兄妹を姉弟と入れ替えた倒錯的なごっこ遊びですか。まぁ、いいですけれどね。たまにはそういうお遊びも」

「そう言っといて、お前も結構愉しみなんだろ?」

「そうですね……姉としての権力を得た暁には、私の足の指を一本一本しゃぶらせてあげます。そういったプレイも肉体がある時限定の役得ですから」

「……ふふん。やれるものならやってみろ」

 靄達は好き勝手に喋った後、舞台の上の双子の赤ん坊の元へ降りていった。靄が赤ん坊の身体に侵入し、そして、同じ人間という器に入って初めて、江都はその靄達の異様さを実感した。

 それは白戸姉弟を初めて見た時の怖気を、出来得る限り煮詰めて濃縮したような悪意。脳の裏側をガリガリと掻き立てられるような、いるだけで人を狂気に追い込んでいく存在。生きている限り極限の苦痛が与えられ続けるという直観。そこから逃れる為ならどんな手法の自殺も辞さないという発想を、当然のように人に与える不可視の波長が放たれる。

 江都は喉を掻き毟ろうとしたが、半透明のその手は自分の身体にも物理的に触れる事が出来なかった。

 死ねない。死ねない。死ねないけど、死にたい。死にたい。死にたい。死にたくて、仕方がない。

 死ねない江都は、眼下で死んでいく人々を羨ましいと感じた。

 彼らは、自らの眼窩に指を突っ込み眼球を引き摺り出し、喉を掻き毟り大量の血を噴出し、腹肉を抉り内臓を露出させた。絶え間ない自壊衝動に彼らは突き動かされていた。そして、その果てには死という安息がある事を、彼らはちゃんと把握していたのだ。

 やがて、人々はより効率的な方法を求め始める。これだけ人が大勢いるのだから、自分一人で自分を殺そうとするよりは、皆で殺し合った方が話が早いという当然の帰結。

 人々はほとんど身一つでこの場に来ているのか、利用されるのはただ単純に手だけだった。ひたすらに誰かの肉を抉り取り、その中身を引き摺り出し、血液を垂れ流させる事だけを目的に人々は動いた。

 そして、数分もしない内に誰も物音を立てなくなった。

 それはある種の統制すら感じさせる死の集合だった。

 白戸夫妻も、とっくのとうに事切れていた。この場では唯一舞台上に用意されたハサミをお互いの身体に滅茶苦茶に突き刺し合い、まず妻の方が出血多量で死んだ。夫の方もそれから間を置かずに自分の頸動脈を掻っ切って死んでいた。

「あれ? 皆死んじゃったみたいですよ、兄さん」

「だらしねぇな。でも、ちょっとこのまま動くには色々不都合がありそうだから、調整が必要って事は分かったな」

 呑気な兄妹の声が空間に響いている。

 江都の意識は急速にブラックアウトへ向かっていく。

 その中で、江都はこれこそが真実だったのだと確信している。この真実が靄の兄妹達によって歪められ、今、江都が知る現実が構築された。

 そして、赤子である白戸姉弟に宿った、あの靄の兄妹こそが――


「――悪魔だ」


「お呼びかな?」

 江都は完全なる暗闇の中にいる。今の自分がどのような状態であるのかも認識出来ない。

 ただ、聞こえてくるその声はまるで自分の内側から響いてくるかのように思えた。

「それは誤認っていう物だぜ、人間。俺がお前の内側から話し掛けているんじゃない。お前が俺に取り込まれて、俺の内部にいるんだ」

「あのノートを読んで、病室から飛ばされた時か」

「飛ばされたっていうか、現実から見ると消失だけどな。分かりやすく言えば、白戸光樹の中の俺という存在に喰われたって所だし」

「はあ……もう思考が追いついていかない」

「自分の身体のアウトラインを認識出来ないだろ? もうだいぶ俺の魂の中で、お前という魂の融解が始まっちまってる訳だな。ほら、質問があるなら早くしろ。特別に答えてやるぞ」

「何の為に俺に教える?」

「名探偵の推理披露でも、黒幕の真相提示でも、一人は聴衆がいないと締まらないだろ? 独り言っていうのもアレだし。だから、俺達が人形として使っていた、白戸姉弟と親しいお前に白羽の矢を立ててみた」

「名探偵だの黒幕だの、どうも人間じみた発想だな。お前達は何者なんだ」

「お前に合わせてやってるんだよ。俺達が何者なのか説明するには? アレだな。お前らの世界について解きほぐしてからの方が早いだろう。どうして俺達悪魔がこの世界で好き勝手出来るのかもそれで分かる筈だしな。なぁ、お前。この世界っていつから始まったと思ってる?」

「宇宙って意味なら137億年前だろ」

「違う。三十年前だ」

「はぁ?」

「お前達の住む世界は、本来の世界のデッドコピーなんだよ。世界が見ているちょっと突けば割れる程度の夢のシャボンみたいな感じか。だから、五十年から百年程度の耐用年数しかない」

「何を言ってるんだ?」

「まあ、こうものすっごくでっけぇ巨人をイメージしてくれ。仮面を被り、マントをはためかせる巨人。その巨人が俺達の父親である魔王だ。そして、その巨人は胸の前に抱くようにして、無数の球体を宙に浮かべている。その一個一個が本来の世界、無数にある平行世界だ。こっちは本来の宇宙としての耐用年数がある。そして、その下に屑がポロポロと零れ落ちる訳だ。本来の宇宙が海だとしたら、その下に零れ落ちるのは波の一つの飛沫って感じかな。儚く揺らぐ可能性。一瞬で消えて失くなる朧な影みたいな世界。その木っ端の一つが、お前の住む世界だよ」

「そんなどうでもいい世界だから、悪魔であるお前が好き勝手に干渉出来るっていうのか?」

「本来なら干渉する必要もないんだけれどな。言ったろ? 元々耐用年数が長くて百年なんだぜ? 俺達が何にもしなくても解けて消滅して終了だ。人類だって何も気付かない内に消し飛んで終わり」

「じゃあ、何の為にお前達はこの世界に来たんだ?!」

「まあ、広い意味では娯楽の探求の為かな? まぁ、悪魔の研修的な意味合いもあるんだけれど、そっちの目的からすると今回は落第点もいいところだしな。完全にサボってバカンスしてたし。アレだ、アレ。人間が犬や猫を飼うのと似てるよ。たまには低能な動物と戯れて心を和まそう的な」

「巫山戯てやがる」

「巫山戯てねぇよ。だから言っただろ? 俺達悪魔がお前達の世界みたいな塵みたいな世界に来るのは娯楽の探求の為だって。つまり、どうせ終わる世界ならどんな有終の美を飾ったら悪魔達が笑えるか、いい暇潰しになるかっていうその模索の為なんだぜ? 俺達が目的を放り出して遊んでた事で、この世界は悪魔が訪れたにしちゃー問題があるくらいに平和だったっつの」

「それを感謝でもしろって?」

「感謝しようが憎もうが、どうでもいい。なあ、明日捨てる予定の可燃ゴミに感謝されようが憎まれようが、お前だってどうでもいいと思うだろ?」

「クソ……じゃあ、人形って何だよ?」

「お前の身近な人間で言うと白戸家全員がそうだな」

「だから何だよ」

「薄々は気付いているんじゃねぇのか? あの集団殺戮こそが真実だって分かっただろ? 白戸夫妻はもう死んでいるし、白戸姉弟だって俺達に入り込まれてそれで無事に済むと思うか?」

「…………」

「人形っていうのは、人間の身体を器としてその中に擬似霊魂を突っ込んだシロモノだよ。白戸夫妻も娘息子がいくらヤンチャしても何も咎める事のない朗らかで愚鈍な都合の良い人形だっただろ?」

 江都は好感を抱いていた白戸夫妻の人格が、悪魔に造られた物でしかないと知り、どうしようもない虚無感に襲われた。

「白戸姉弟については、俺達が入り込む事で壊死した二人の霊魂を、あて布して補強して疑似霊魂にして身体の中に戻した。それから俺達が更にその疑似霊魂の中に隠れ住んでいた訳だから、ちょっと事情が特別だけどな」

「……病室で光羽が言ってた、ゲームとかキーとかってのは何だよ」

「この世界でバカンスをする事にした俺らだけれど、それも無制限にずっとダラダラやるのも飽きるだろ? だから、この世界を滅亡させる切っ掛けとして、俺と妹、本来の姿を取り戻すキーを設定したんだよ。もうそれは果たされた。妹は『正体に関連する質問を受ける』。俺は『創作に使ったノートを誰かに読まれる』、だ」

「光樹のヤツは、俺にノートを読まれるのをえらく嫌がってたな……」

「俺の悪魔としての才能は自分の書いた物語を世界に反映させる事において優れててな、キーはそれに関連させた物だ。白戸光樹という疑似霊魂はそれに薄々気付いてたんだろ。だから、頑なに創作ノートを誰にも見せなかった訳だ。俺が表に出るって事は、疑似霊魂の役割の消失――存在の消滅を意味するからな」

「そうか……ああ、もういいや。質問は終わったよ」

「お前はどうだ? 死ぬのが怖いとか思ったりするか?」

「そうだな。もはや別にどうでもいい」

 それはただの諦念なのか、それとも恐怖を押し隠す為の強がりなのか、それすらも江都にはもう分からない。

「なあ、どうだ? 世界の真実を知れてどんな気分だよ?」

 ニヤニヤ笑っている雰囲気すら感じる悪魔に、江都はただ吐き捨てる。

「俺は別に自分の世界が偽物だとか、お前が世界を滅ぼす悪魔だとか、ただただくだらねえ、って思っただけだよ。お前は見下しているんだろう? こんなすぐに破滅するみたいな脆弱な世界を。指先一つ弾けば滅ぶ人類も。だけどな、俺だって思う。その滅亡を誘引するお前達悪魔も、同様にくだらない存在に過ぎないと。ただ悲劇を慰みにするような、俺達と同じ、存在する理由も価値も意味もない、ただの塵だってな」

「――――、――ハ。――――」

 そして、江都は自分の意識が粉微塵に消し飛ばされるのを感じる。

 最期に、何を激怒してるんだ悪魔、と嘲るような気持ちになった。


 本当の事を言ってやっただけだろ?

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