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世界一簡単な世界滅亡  作者: 篠渕暗渠
12/20

捌 絶望




     捌 絶望




 人間の生きる意味とは何だろうか。全ての人間に果たして生きている価値はあるだろうか。人間はただ生存しているだけではなくて、生きる目的や生き甲斐を持ってこそ、本当の意味でそこにいる理由を持つのではないだろうか。

 そこから考えると、別枝隠子べっし・おんこはその生きる意味も価値も理由も失った人間ということになる。

 彼女は生きることに絶望していた。

 それは全て、白戸光羽を永遠に喪ってしまったことに由来する。彼女こそが隠子の光だった。隠子が自分の存在に誇りを持てる要因でもあったというのに。

 絶望は隠子から思考を奪った。

 そのまま一生家から出ないでやろうとも思ったが、考えなしの隠子の身体はむしろ普段通りに機械的に登校することを選んだらしい。

 そして。

 隠子の唯一の親友である彼女に見つかって。

「貴方、誰なの?」

 そんな端的な疑問符を、彼女――久留火折風に投げかけられて。

 既に意味を失っていた隠子の白斗蜜葉としての顔も死んだのだ。

 とうとう、隠子には何も残らなかった。


 そもそも何が悪いかと言えば、生まれてこの方、根暗を保って最低限の人間関係構築すらもままならない隠子に、恋をさせた光羽が悪いと思う。光羽こそが諸悪の根源である。

 四月の大学入学時、一目惚れだった。そして、隠子の初恋でもあった。隠子と光羽は同級生であり、つまりそれは罪の味。初恋は罪の味だった。だって、二人は女の子同士だったから。だけど、そんなことは関係なかった。隠子は光羽に夢中だった。

 今、瞬く間に誰かから広まっている白戸姉弟心中自殺の報だけれど、そもそもその自殺が楠條院大学というコミュニティで、主にSNS等を通じて爆発的に拡散したのには理由がある。白戸姉弟は(何故か折風は知らなかったけれど)、それなりに名の知れた人物なのである。どのように名が知れているかと言えば、それは変人として。

 その傍を通り過ぎたら思わず振り返って二度見せずにはいられないと評判の美人でありながら、弟への病的な愛を隠そうともしないブラコン、『残念美人』という分かりやすいカテゴライズを受ける白戸光羽。

 そして、こちらは平凡な容姿ながら、視界に入った瞬間まるで腐乱死体や交通事故現場を目にしたかのような陰鬱さに包まれ、目を何故か捉えて離さないと(隠子の中で)評判の白戸光樹。

 その二人が自殺したとなれば話題にもなるだろう。しかし、隠子がネットを縦横無尽に探し回ったが、その情報のソース元、つまり火元がいまいち判然としないのが気にはなったが。

 隠子が光羽に一目惚れしたあの頃に話を戻すとすれば、そんな校内でもそこそこの人気を保つ光羽に、隠子はなかなか接近出来なかったということだ。初恋はただ隠子の脳内だけに留まり、何の進展もしないはずだった。憧れのあの人を見守って過ぎる四年というのが、隠子に訪れるには妥当な大学生活というものだと、彼女自身は納得していた。

 だが、人間関係を知らない隠子の『見守り』っぷりは他者の追随を許さなかった。まるで光羽に付き従う影のように、話しかけもしないのに常に光羽の半径百メートル以内くらいに入りまくり、シャッター音を消去したスマホカメラで光羽を盗撮しまくって三ヶ月。余裕を持って選んだはずの隠子のスマホの記憶容量が全て光羽の隠し撮り写真で埋め尽くされた頃、流石に光羽もそんな隠子を放置出来なくなった。というか、隠子自体は全く気付いていなかったのだが、隠子の存在が光羽とセットになって大学内では語られ始めていた(超絶ブラコン姉に超絶ストーカー女が付き纏っているらしい)。バレてないと思っていたのは隠子くらいだった。

「貴方、一体何な訳? ずっと、ずうっと、ずううっと、私の意志に関わらず視界にフレームインしてくる別枝隠子さん?」

「わた、わたわた、私の名前っ、白戸光羽さんっ!!」

「はい。何ですか?」

「好きです、付き合ってくださいっ」

「あー、キモいなー。この子キモいなー。ちょっと私にも付いていけないテンションだなー。うーんでも、せっかくだから友達にでもなっとく?」

 呆れ笑いを浮かべながら言う光羽の表情に魅了され、隠子の耳には都合の良い部分しか入って来ない。光羽が自分の名前を知ってくれている。友達になろうと提案してくれている。

「は、はい! それは勿論、素晴らしいことです!!」

 よく分からない受け答えをしつつも、この日から光羽は隠子の友達になった。

 とはいえ、光羽の方も隠子の性質を読み切れていなかったと言える。光羽からすればキチガイじみたストーカー女に対して、あえて友達というポジションを与えることで牽制したつもりでいたのだろうけれど、しかしそれは実際には、キチガイじみたストーカー女に一種の免罪符を与える結果となった。

 盗撮女は不法侵入女にクラスチェンジした。つまり隠子は光羽の友達になることで犯罪者とまで化した。

 これも光羽の住居である日暮荘がボロボロで無防備過ぎるのがいけないのだと隠子は思う。

 勿論、光羽と友達になる以前にも帰宅時につけたことがあったので、当然既に自宅の場所は知っていたのだけれど、それまではちょっと侵入までするのはちょっと駄目かな……と隠子も思っていた。

 しかし、友達ならどうだろうか。友達同士、自宅に招きあったりもするそうではないか。光羽が隠子をストーカー女と認識しつつも友達宣言してくれたのだから、これは家くらい忍び込まれてもいいよという意味なんじゃない……? と隠子は曲解し、内心ではそれがただの横暴と気付きながらもその横暴を押し通した。こうして「友達になっとく?」と言われた日には日暮荘102号室に不法侵入し、それから三日も経たない内に102号室への床下、入居者のいない102号室の右隣101号室と上階の202号室への侵入経路を確保、また102号室には各種盗聴盗撮機材が完備されたのだった。

 光羽は天然なのか鈍いのか、それらの盗聴盗撮機材にしばらく気付くことはなかったが、光樹は割と早い段階でそういったブツの存在に気付いた様子だった。しかし、彼は彼でそれらを自分の姉が設置したものと解釈したようで、特にそれが姉弟の話題に上ることはなかった。

 隠子は光羽について色々なことを知っている。全てとまでは言わないけれど、しかしそれに近付くために隠子は努力してきた。隠子は光羽が自宅でどんな風に身動きし、どんな風に息を吐くのかを知っている。そして、光羽が弟の光樹とどんな会話をし、どんな行為をするのかを知っている。

 けれど、それで隠子の願望は留まらない。 

 元々自分には興味が薄くて、夢中になれるものにも出会ったことがなくて、そしてこれが初めての恋で。

 とはいえ、隠子と光羽は同性である。隠子には百合的な発想はなかった。恋愛といえば男女、オーソドックスな交際のカタチしか思い浮かばなかった。だから、隠子の願望は『光羽となるべく親しい間柄で一緒にいたい』という方向ではなくて、『光羽のようになりたい』『光羽と同じ存在になりたい』『光羽と同化したい』というより病んだ方向に転がった。

 隠子は夢想する。

 もし、自分が光羽として生まれていたらどうなっていただろう……いくら妄想しても、うまくそれは頭の中で像を結ばなかった。そもそも光羽は光樹が好きなのだ。実の弟をベタベタに好きなのだ。そこから感覚が分からないけれど、しかし出来ることはしてみようと隠子は考える。

 自分が光羽だったらどんな感じなのか、妄想ノートをつけ始めた。隠子は大真面目だった。決してネタなどではないのだ。常に真顔なのだ。

 白戸光羽という名前を使うと、逆に自分の中でリアリティが失われてしまう気がしたので、白斗蜜葉という架空の女性に成りきってみた。恋人の名前は白鳥光輝だ。うん、ブラコンよりは理解しやすい気がする、と隠子は頷いた。

 こんなことをしている自分は気持ち悪いな、とふと冷静になるが、しかし自分のことを気持ち悪く思うのなんて日常茶飯事でもあった。隠子の人生は、自分を気持ち悪く思う人生だ。それは今更変えられない。変えられないのだから、行き着くところまで行ってしまえばいい。

 隠子は白斗蜜葉の名前で楠條院大学の学生証を偽造までした。これがことのほか良く出来て、本物と光沢感以外にほぼ変わりがない。パッと見どころか、注視してもこれは気付けないだろう。本物と並べてみないと分からないし、並べたとしても『扱いが雑だったから擦れて傷んだ』と言い張れば何とか押し通せないこともない気がする……と、カフェで偽学生証を眺めながらうんうんと頷いていると、

「何で自分の学生証を眺めてるの? よっぽど写真映りが良かったとか?」

 突然見知らぬ女子に話し掛けられたのだった。

「あ、ごめんね? いきなり話し掛けちゃって……何か凄く嬉しそうに夢中で何か眺めてる子がいるな、って思って、チラッと見たら自分が映ってる学生証だったからさ、ちょっと意外で……」

「う、ごめんなさいごめんなさい! そうですよね、自分の写真に魅入っててキモいですよね。どんな変態、ナルシスト……人間として見下げ果てる存在ですよね。そうですそうです……」

「え、えと……。いや、そんな自虐がスラスラ出てくる方がビックリだよ。うーんと、白斗蜜葉さん?」

「あ、はい」

 あ、はい、じゃなかった。しかし、白斗蜜葉は偽名で……と今更言い出せるだろうか? 偽の学生証を持っているとか知られたらドン引きされるだろうし……いや、待てよその前に。

「白戸光羽さんを知らないんですか?」

「うん? え、貴方、よっぽどの有名人だったりしちゃうの? ごめん、そういうの疎いから。っていうか自分にさん付けって……」

「おかしいですよね! おかしいですよね! おかしいんです私は! 今のは忘れてください!!」

「あははは……」

 苦笑されてしまった。

 けれど、幾つか分かったことがある。漢字が違うとはいえ、普通なら響きで気付くはずだ。つまり、この女子は光羽のことを知らない。だからこそ、バレた時の反応は怖くはあるが……。

「えっと、貴方の名前は?」

「あっと、こりゃ失礼したね。こっちは名前を勝手に盗み見たっていうのに」

「いえいえ」

「私の名前は久留火折風だよ」

 この人になら、もしかしたら自分は白斗蜜葉として振る舞えるのではないか? 自分の頭と妄想ノートに留めておくつもりだった。この学生証だって使う機会なんて全く想定していなかった。全ては自己満足の範疇だった。しかし、今、訪れたのは絶好の好機だ。このままなし崩し的に、この人の前でだけ、白斗蜜葉を演じてみよう。躊躇する気持ちがない訳ではなかったが、その時の隠子は自らが新しいステージに踏み込んだようなときめきで一杯だった。

 光羽には友達と認められてから、ちょくちょく会って話す機会にも恵まれていたのだけれど、何となく蜜葉を演じる後ろめたさから、直接会うことはなくなった。光羽との接触は悪質なストーカーとしてのそれに限定され始めた。そして、その内、あまり光羽自身が大学に来なくなった。

 折風とは週一に会う機会を限定して、それ以外の時間でどのように蜜葉としてのトークを展開するかをずっと練った。その演技の日々は、うだつのあがらない隠子から、別の存在に成り代われるようで新鮮な時間だった。

 しかし、何事にも終わりは来るものだ。

 永遠の憧れである光羽は自殺した。

 そして、ほぼ同時期に、こうして折風には隠子が蜜葉という名前を騙っていることがバレた。

 もう終わりだ。

 せめてものケジメとして、隠子は折風に言う。

「――全部話します。少し時間が掛かりますけれど、それでもいいですか?」


「……はぁ。うーん」

 全部聞き終えて、折風は額を抑えた。

「そっかぁ、なるほどねぇ。確かに最初会った時からしばらくはおどおどしてたよね……それからどんどんキャラが変わっていって、私は緊張が解けて地が出て来たのかと思ってたんだけど、むしろ逆に演技を深めていった訳か……」

 折風がううむ、と唸る。変わっていった友人の様子を回想しているのかもしれない。

「ふぅうん……そっかそっか。完全に私は謀られていた訳だね」

「そうです。完全に私が騙してました最低です屑ですごめんなさい」

「いや、何か懐かしいねそのノリ。そこまで自虐することもないけどさ。それにしても、何で私、気が付かなかったのかな」

「それは折風さんが恋人の波切さんにぞっこんベタ惚れで、他に注意が向いていなかったからだと思いますけれど」

「ぞっこんベタ惚れって言っちゃうセンス、どうなの?」

「いえ、でも言葉の選び方はともかく、久留火・波切ペアが校内でも有数のアベックだってことは実はそれなりに有名なんですよ」

「アベックって……」

「てへへ」

 もはやわざとだ。

「え~、でもそうなの? そんなにかなあ、江都とはそんなにベッタリしていないつもりなんだけれど」

「風評っていうのは本人がどう感じているかじゃなくて、周囲がどう見るかで決まるんですよ」

「なるほど。何か卓見っぽい感じ」

 折風は顎に手を当てた。

「ふむん。それにしても敬語に戻っちゃったね。もう蜜葉としては振る舞わないの?」

「だって、もう終わりましたから……光羽さん、死んじゃった……」

「江都から色々逸話を聞いている私からすると、何かイマイチその報を信じ切れないところがあるんだけれどね」

「どういう意味ですか?」

「あーいや、江都の奴が白戸姉弟と幼馴染らしくってさ」

「な、何でそんなことを黙っていたんですか?!」

「いや、だって私も最近まで知らなかったし……」

「この裏切り者っ!!」

「な、何でそこまで言われないといけないのよ」

「何ですか何なんですか、彼氏さんくださいよ、一晩でいいんです、光羽さんの情報を搾り取ったらちゃんとお返ししますから!!」

「搾り取るって……まあいいけどさ。何か、蜜葉バージョンじゃないと貴方とはうまく付き合えそうにないな」

 隠子は「そうですか……」とガックリと肩を落とした。

「ま、嫌いじゃないけどねー」

 折風は軽く笑った。そこで、その肩に手が置かれる。

「話は聞かせてもらった」

「ねー、ホント私と蜜葉……いや隠子が話している時に忍び寄って聞き耳立ててる貴方はホントに何なのよ江都。このストーカーかつ彼氏」

「ストーカーかつ彼氏ってなかなか斬新な響きに思えるな」

「話を逸らさないで」

「まあ聞けって。白戸姉弟についての話だよ」

「何ですか?! 光羽さんについてだけでいいですから早く吐きなさい!!」

「隠子、キャラぶっ壊れてるわよ……」

「正常です!!」

「あー、うん。お前の友達は濃いなあ、オリちゃん」

「ついさっき本性を暴いたのよ」

「へえ、それはそれは。兎にも角にも白戸姉弟なんだけどさ」

「なによ」

「あいつら死んでねーぞ」

「え?!?!」

 掴み掛かってきそうな勢いの隠子を、江都は片手で『ウェイト』と制するようにした。

「それって……どうなってるの?」

「これからそこら辺、諸々確かめてくるよ。後で話、聞かせるからさ」

「聞かせないと許しませんよ……」

「怨念を込めた視線を投げないでくれ……ホントどうにかしてくれないオリちゃん、この子」

「無理だと思うけど。っていうか江都、間違いないの? 白戸姉弟が生きているって確実に言えるの?」

「ああ、だってさ。弟の方とさっき電話で話したし」

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