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伝説の剣?いいえ、これは刺身包丁です。  作者: 九太郎丸
第1章 勇者失格
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第2話 秘技!異世界転生! 〜転生時にはスーパーラックの御準備を〜 前

消える。


「gh,duck ifdfsuse isbt―――


消える。研究所のような場所で俺に向かって頭を下げていた人達も、その場所も消える。








「あの〜、これ下さい」


男の声だ。

…何だこれは。憑依とでもいう奴か。スーツを着た男の指の指した先に注意を傾けてみると視界を埋め尽くすのは包丁。箱入りの包丁が値札をつけられガラスケースの中で売られている。ホームセンター、にしては世間の台所では見られない包丁が多いな。専門店か?

視界が俺の意識と反して店員の方向を向いた。


「――――――――――――」


初老の店員が鍵を外し、ガラスケースの中の一つの包丁を手に取った。先が日本刀のような形の、とってもよく切れそうで高そうな包丁だ。何に使うんだよこれ。視界がぼやけ始めて文字が読めない。店員の声も何重にもエコーをかけたようになっている。


「ええ、妻にプレゼントです。俺自身刺身がめっちゃ好きなんで、まぁ俺の為でもありますね」


男の声は嫌によく聞こえる。男は少し笑いながら店員に対して自分の為のプレゼント、という結構最低な…マッチポンプによく似ている構図を話す。

初老の店員はそれに対して笑いかけ、駄目だ、ぼやけてこれ以上は見えない。床の色、壁の色が混ざって肌色の様な色になっていく。視界が端から黒くなっていく。

景色が遠くなっていく。







目を開けると、目の前には鏡に映っている自分。

いつもの髪型、いつも見た顔、そしてコートを着た俺。8月下旬、コートを着る理由がどこにあるのか。

いつの間にコートなんて着ているのか。いや、着せられているのか。

……取り敢えず落ち着いて整理しよう。


素早く頭を左右に振って周りを確認する。ここがどういう場所なのかはすぐに理解できた。

ショッピングモールやホームセンター、家電量販店のトイレ。である。

ポケットには何が入っているのかと思い、右手でコートのポケットを弄ろうとした時右手から何かが滑り落ちた。

滑り落ちたものは床のタイルと衝突し、閉鎖された狭い空間に大きく衝突音を響かせ出口の方に滑っていく。慌てて追いかけ、それを手に取った。


丸みを帯びた白木の持ち手、天井を映す真っ直ぐな薄い刃、刃を縁取る鋼の白。日本刀の様な形の切っ先。

包丁だ。どういう包丁なのかは俺にはわからないが、包丁だ。

おそらく工業製品であるそれは、一種の芸術価値さえありそうな程に美しい。鋼の芸術、と言う言葉が浮かんだ。

無意識に、親指で鋭さを確かめるように刃を撫でる。


ぴり、と指先に走る痛みで我に帰った。

見ると、親指には1センチ程度の赤い線が付けられていた。

冷静になれ俺。客観的に見ろ。

何気なくトイレ行こう、と思って誰かがここに入れば即終了。手に持った包丁をじっと見つめている少年が発見される。

とっても面倒くさいことになった、では済まされないだろう。普通に考えて警察を呼ばれる。

…何か包める物はないか。抜き身で手に持ってたら不味いどころの騒ぎじゃない。通り魔だ。左手を各ポケットに入れて探索させつつ考える。鞄は今は持ってない。ポケットに入っているのは財布、携帯、ポケットティッシュ、他にはないか。

周りを見渡す。そもそもトイレだから物がない。包めるものなんて、ないか。

…いや、トイレットペーパー、これだ。

トイレットペーパーをホルダーから外し、包丁の刃部分を中心にロールを回転させてぐるぐる巻きにする。長めの刃を包み隠し、刃部分を握っても安全な程度に巻いてロールから包丁を切り離した。

この状態でコートの内ポケットに突っ込む。長さはギリギリだが辛うじて入りそうだ。

完璧、とまでは行かなくとも最適解ではあるだろう。このコートの内ポケットの位置が低めで助かった。


中程まで開けたコートのジッパーを閉め、そのまま手を顎に当て思案する。現在最優先ですべき事は場所の確認だろう。

ネカフェであなたは勇者になりました、という声を聞いて以来記憶がハッキリしない。

ポケットから取り出した携帯を開いて画面の表示を見た。時刻は13時、電波の表示は圏外だ。

圏外…圏外か。トイレの中ならある程度電波は通じにくいと思うが、圏外とは。

電波が違うのか?とすればここは日本じゃないな。

体温が上がってくる。心臓の鼓動が大きく、速くなっていく。

これはまずいな。非常にまずい。

一度深呼吸をして、トイレの扉を開けて外に出た。




家電量販店のようだ。陽気な曲が流れ、棚に並べられた商品の一つをとある客は手にとって見ている。


――そして、この店を埋め尽くすは異国の言葉。英語でもない、中国語でもない、アラビアという感じでもない。俺の記憶には存在しない言語だ。


歩きながら観察を続ける。

売られているのは冷蔵庫、照明、エアコン、パソコン、プリンター、ヘッドホンなどなど。携帯コーナーにはスマートフォンが所狭しと並んでいた。俺の持っている携帯電話の形の物は一つもない。ここは何年だ。2015年?2020年?俺が生きていた2010年では確実に不可能だった技術がここには存在している。

脇が熱を持ち、汗ばんできた。なんだここは。帰れるのか俺は。

……今トイレに戻ればまだ何かあるかもしれない。日本へと通ずる道の残滓が。今なら戻れるのかもしれない。


急いでトイレに戻って、自分がいた場所に魔法陣とか魔術的なものは何かないか探した。


何もなかった。


追い打ちをかけるように、便器の注意書きすらも異国語だとだけ気がついた。



溜息をついて、再びトイレを出る。

まだだ。

まだだ。


諦めるな。

昔から俺は努力しなくたって並ぐらいは余裕で出来るんだ。


…死ぬ気でやったら。


死ぬ気でやったら日本一。

いや世界一だ。



物と文字を比較しろ。

共通点を探せ。

単語を探せ。

読解しろ。

解読しろ。


冷蔵庫の表示を睨みつけ続ける。そうしていると、少しずつ世界が変わって来た。

スピーカーから流れる音楽の歌詞が所々解る。

冷蔵庫のメーカーが読める。

意味不明な文字列が意味を持ってくる。


――この世界の文字が多少理解できる。


全身から力が抜けた。その場で座り込まなかった俺を褒めてほしい。

瞼を閉じて意識的に呼吸をする。自分でも分かっている、今の読解は俺の実力ではない。何か超常的なものによるものだ。ファンタジー的に言えば加護、というものなのかもしれない。なんにせよ僥倖だ。少し、ほんの少しだけ希望が見えた。


さぁ、いつまでもここにいてもどうしようもない。取り敢えず、この店から出てみよう。

エスカレーターや出口を探していると、どうやらここは一階に相当するらしい。

なので、そのまま自動ドアをくぐり店外へ出た。

街の雰囲気を察するに都心のど真ん中、という訳ではないようだ。

例えれば秋葉原。比較的背の低いビルの中にぽつぽつと背の高いビルが混ざっている感じ。

歩道のアスファルトを踏みしめて前に進む。

明らかに8月の物ではない風が前髪を揺らす。真冬、と言うほどではないが寒い。春になりかけの季節、と言ったところか。この国に四季があればの話だが。


今、この街は斜陽に照らされていた。そのせいかこの世界の人々を見ているとどうしても違和感が生じて、何故か自分の世界の人類とは違って見える。

そう言えば、先程確認した携帯の時刻は13時。時刻にもズレがあるな。


挙動不振だと思われない程度に街や人を観察しつつ歩いていると、異国の文字が書かれた看板に赤い夕陽が反射し、俺の目に突き刺さった。

眩しい。反射的に目をつぶり、目のあたりを手でさすってしまう。

目、そうか目か。

目に注目して人々を見てみる。

服装、体格は俺のいた世界と同一と言っていいが、この世界の人の目はカラフルだ。

赤、青、紫に金。茶や黒の目を探す方が難しい。


自分の中で納得がいった。

人類にしたって違う。やはりここは異世界。

つまり、俺は俗にいう異世界転生をしたというわけだ。

嬉しいかって?嬉しい訳ないだろ。現在無一文、ここの言葉喋れない、行くあてもない。

ハッキリ言って詰んでる。おお神よ、我を見捨てたか。

完全な転生じゃないところが詰みポイントだ。こりゃ無理だな。どうしようもない。


待て、待て待て待て。そんな簡単に諦めてたまるか。諦めたら死亡なんだよこれは。先ずはこの世界の言葉の練習。先程のように、意識をすればこの世界の文字は読めるのだ。あとはそれを口に出して練習。会話が出来なきゃ始まらない。

そうだ。まだこれはスタート地点。

早速この危機を脱するためレッツトライだ。不審者にならないように程度に気をつけつつ独り言開始だ。


道行く人々の声を頼りに発音を見定めて行く。皆独特な発音の言葉を流暢に操っている。

…落ち着け、落ち着けば大体のことは上手いく。

ポケットに手を突っ込み、おそるおそる喉に空気を送った。


「…ハナタバ。トモダチ、ノ、タメニハナタバ、をカイにいく」


あ、ダメだこれ。スッゲー片言で完っ全に不審者だ。日本語とも英語とも発音の仕方が違うから超言いにくい。舌が回らない。……もっと声を小さくして集中、レッツトライアゲイン。


「今、のジコクは、は、は、夕方。このクツは歩きにくい…こともない。いや、あの店で買った甲斐があった、な。なかなかのものだ」


そうだ。出来てる出来てる。頑張れ俺。やっぱ俺は天才だ。

このままこの練習を続けよう。気がすむまで。道行く緑の目が俺を貫こうと俺は動じないぞぉ。

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