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伝説の剣?いいえ、これは刺身包丁です。  作者: 九太郎丸
プロローグ 既踏未来
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伝説の剣?いいえ、それは刺身包丁です。

 雨が降った。

 この日、一人の人が死んだ。




 雨が止んだ。

 この日、一人の人が死んだ。




 星が綺麗だった。

 この日、一人の人が死んだ。




 紛争が終わった。

 この日、一人の人が死んだ。




 財布を落とした。

 この日、一人の人が死んだ。




 人参が安かった。

 この日、一人の人が死んだ。




 一人の男を刺した。

 この日、一人の人が死んだ。








これはしがない社畜の思案。


 原付に乗った小学五年生。

 ふらふらと揺れるつり革を見ながら漠然と白昼夢のような状態になってふと文章が浮かんだ。

 駅の改札口を出て、雨上がりのアスファルトに革靴の底をべったりとつける。煌々と光り輝く自販機を横目に帰路へつく。

 瞬きをする度に眼球が自然と上を向くんだ。

 17連勤、3徹でもう辛い。

 電車よりひどく揺れる地面を必死で歩いて歩いて歩いて。

 霞む視界の先で愛しの我が家がやっと見えた。


「…帰りたい…」


 自然とそんな言葉が口から這い出てきた。

 なんでこんな言葉が口から出て来るんだ。


 ウザいんじゃ。しね。


 誰に向かってのものとも知らぬ怨嗟の声を上げ、ついでにいつの間にか俯いていた顔も一緒に上げるとその先には男がいた。

 人柄の良さそうなサラリーマンだ。

 高そうなスーツにネクタイをきちんと締め、よく磨かれた革靴を履いて清々しい朝を迎えたような表情をしている。

 無表情に近いが、決して仏頂面ではない。

 まるでこれから営業に向かうような風体だ。


 今は夜の12時回ってんだよ。殺すぞ。


 そして、そのサラリーマンとすれ違う時、リーマンは腕を振った。ように見えた。慎ましやかな香水の香りも仄かにした。

 ばつ、とスーツの袖が空気を叩く音が聞こえる。


 首に激痛が走り、一瞬、胸から刃が生えた。ように見えた。多分生えた。

 明滅を繰り返している死期を悟った電灯に凶刃を照らす力など無い。

 俺の体重を乗せてアスファルトに激突した膝の痛みなど気にならなかった。

 感じるのは喉、胸の激痛と急に立ち上がった時に起きた貧血風情の目眩だけ。

 なんだこれ、と叫ぶ気力もない。

 胴体に広がる暖かな感触がぬくい。

 俺はアスファルトに頬ずりをする。皮膚が削られていく感覚も、あるような、ないような。

 ああ、この感じは、なんだ。

 まるでオンボロのパソコンに大気圧をメチャクチャにかけて全体を一気に壊すような。コンセントを引っこ抜くとは違うな。


 …これが昇天か。








これはしがない人間の記憶。


 っと、あぶえねな。

 朝のこの時間、満員電車の中では女性は地雷である。

 特にそこのお前!お前からは核地雷臭がプンプンするぜ!!

 詰めるフリをしてさりげなく同類の男達の間にサンドイッチ。

 …ちなみに俺はホモじゃねぇ。ここはシェルターだ。

 シェルターの外の空気は汚染されていて、吸っただけで肺が爛れると言うわけではないが、特殊な音波により一定確率で即死する。

そう、車両奥の方ご名答!答えをそのまま読み上げなくてもいいのに!痴漢ですと言う声だ!その掲げた手に「私は金の為に痴漢冤罪をしています」とでも彫り込んでやろうか。

 つまりここに逃げ込むのは当然。必然。自明の理。

 そうしてシェルターに隠れていると、スピーカーの女性が到着を予告した。そのうち扉は開き、欲に塗れた人間共を解放するだろう。

 ついでにこの電車内の物理的に暑苦しい空気も。




 終点に近づき、乗客はもう残り少ない。電車は軽くなった体で一息つくように、悠々と進む。

 その時。

 車内に轟音が響き、跳ね上げられた床が俺の首を間接的かつ縦方向にぶん殴った。

 何だ。地震か、断裂か。噴火か。

 左側の窓には素敵な青空。右側の窓には赤褐色の石が高速で流れているのが見える。

 慣性を持った俺の体は意図せずとも空中に存在している俺を車内の長椅子一個分ふっ飛ばしていった。

 景色を眺めていると次の景色は眼前には長椅子の両端にある固定された鉄棒。

 1秒が30秒ほどに引き伸ばされた思考の中で俺は。


 あっこれは死んだな。

 そう思った。予想通り鉄棒は眉毛のあたりに食い込み、俺の頭蓋を比較的長い時間をかけてへし割っていく。当然痛い。だが、この調子だったらきっと走馬灯とやらも長く見られるのかもな。


 これは俺が小さい頃なのだろうか。幼い指先が折り紙の上を這い、自分の好みの姿へと変えていく。出来上がったものを2つ組み合わせ、4つの角が立った…これは手裏剣か。俺は折り紙の手裏剣の先を人差し指で突っついている。ちょっと痛いけど、痛いのが嬉しい。何だろうな、これやっちゃうんだよな。何でだろうな。

 場面が切り替わり、今度は自分の体が入る程の袋に手裏剣を放り込まれている。10個、20個、もっとある。俺はドアの隙間からそれを見ている。

 場面が切り替わった。テレビのチャンネルのように変わるのではなく、同じような景色を繋ぐように変わっていく。


 夕焼け空だ。









 都会の真ん中、スクランブル交差点の隅っこに生えたタンポポは通りの向こうで欠伸をした黒い野良猫の白い牙を眺めながら、頭上の大スクリーンの声を聞く。

 ――今朝、新城場線の普通電車が脱線。この事故による死亡者は現在確認されている時点で33人。重傷者157人となっております。


 タンポポはなんの偏見も持たずに道行く人々の声も聞く。

 ――あの脱線事故の犯人捕まったってよ。あれ警察どうやって見つけたんだよ!ただの置石だろ?やっぱすげぇな日本の警察!

 ――そういやさ、脱線事故のあったあたりから連続通り魔事件も減ったことね?

 ――あーあれか。あれ毎日あったんだっけ。あれ結局合計何人だ?3000行ったって言うのはどっかで聞いたけど。

 ――3165人だってよ。やべぇな、これ一人でやったんだろ?警察以上にやべーわジョックザリッパー。

 ――なーんか規模でか過ぎて微妙に凄さがわかんねぇな…名前だせぇし。

 ――名前は意味的にはあってるんだけどな、人気あるし。宗教もあいつでメッチャ増えたって聞くし。凄さは…一人で日本の法律変えたって感じじゃね?

 ――あーそれはスゲエわ。確かにそうだわスゲエなジョッ君。

 ――だろ?俺の予想だと多分コイツ脱線事故で死んだわ。

 ――それネットでメッチャ言われてるから。別に考えたのお前だけじゃねえだろ。


 タンポポが気にかけているのは、綿毛が何処まで飛んでくれるのかだけ。

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