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年を越す事

作者: 年越しマン

 年の瀬というものは、文字通りどうも騒がしいものだ。実際のところ、先人の決めた暦の一つの大きな数字が変わるだけであって、何が変わる訳ではない。日本人は祭りが好きなのであろう。私は長く日本にいるが、何かにつけてものを斉う風習がある。

 それだが、私はそれらが別段嫌いという訳ではなく、こうして淡々と正月の準備を進めているといよいよ過ぎ去ろうとする年がまるで余命宣告された友人のように思えるのだ。彼は私の過去のみならず、ありとあらゆることを内包して、予定通りに全てが人々の記憶の中にそれぞれの形で収まる。――尤も、彼はそれこそ“仕切り”でしかないのかもしれないが。

 お節料理、その様々な語呂合わせで選ばれた色とりどりの食材を切り、煮込み、餅を搗く。正月三が日は料理が作れないので、これで三日分と思うとどうしても買い込んでしまい、こうして三十一日は特にその調理に追われるのだ。それを尻目に家族は思い思いの事をして過ごす。弟はテレビを見ながら牛の様に転がって動かず、母親はコンピュータに向かい、父親も布団に寝転がりながらまた画面を凝視するのだ。年の瀬が騒がしく思えるのは私だけなのだろうかとこの光景を見る度に思う。ただ、世間は間違いなく騒がしい。彼らは去りゆく年を追悼する事も、またこれから来る新しい友人を迎え入れるのも同時にするから、きっと送別会と歓迎会を一度にするようなものなのだろうなどと毎年思う。


 そうこうしている内に、時計の短針が十一時を指し示す。いよいよこの年も余命一時間なのだなと思えば、やはりどこかうら悲しい。必然の、決定付けられた別れというものはどうにも辛いものだ。彗星の如く激しく燃焼しながら過ぎ去る者どもは、その生命を燃やすためだけに生きているとすれば、あまりに残酷すぎる運命を背負ったものだ。

「今年はどうだっただろうか、私はそう自問すれば悔いばかりが残ったようで、真っ先に浮かぶのは負の記憶だ。ああ、得も言われない。今年こそは、来年こそは、いつでもそうして考えて、年の終わりになってから、結局何が出来たろうと思い返す度に私は自責の念に駆られる。慙愧に堪えないとまでは言わない。ただ、忸怩たる思いで年を越すのはそれこそ恥ずべきであろう。日の終わりにも来るこの感情が、年の終わりともなればより強大になって、私を苦しめるのだ。」

妹が言う。「どうしてお兄ちゃんはいつもそうやって難しく考えちゃうんだろうね。簡単な事だよ。年は死なないし、時間は常に記憶に変わり続けている。年明けも何も変わらない瞬間の連続の上にあると思えば、誰が死ぬとか、誰が来るとか、そういう考えはせずに済むって、お兄ちゃんが言ってたんでしょ?」と。気楽なものだ。私はお前を失って何もかもを狂わせたというのに。昔日の恋、褪せた匂いは星のような沈黙の心無い光に照らされて踊る。私は結局、過ぎるものを送るのが似合うらしい。


 年越し蕎麦を夜食代わりに食べ、それぞれが家の思い思いの場所で新たな年を迎えようとしている。そうして、いよいよ待ちに待った瞬間が来る。秒針が今年の十二時五十九分五十九秒から、年を跨いで零になる。皆が「初めまして、新年!」と挨拶する頃に、私はこう叫ぶだろう。

「さらば、過ぎ去りし想い出の日々たちよ!」



 その元日すらも呆気なく過ぎ、賑やかな新年の一日目の夜だというのに、街は死んだように静まり返っていた。初詣へ向かう途中、車一台と人十数人の他には何もなかった。ある人は義務を感じて行った初詣の帰りであろう疲れ切った顔で。ある恋人達は福袋を両手に抱えて幸せそうに、またある家族はその幸福な未来を予見して生き生きとして神社から出てくる。


 こうして、再び日常が始まるのだ。私達は何も変わってはいない。ただ、変わる為の区切りだけは、嫌というほど用意されているものである。

あけましておめでとうございます。新年なので、久しぶりに更新を。生存確認ついでに。私は何も変わっていませんよ。それとも周りから見れば、私はまるで別人なのかもしれません。では、皆様にとって今年が良い年でありますように。

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