二日目 いつもどおりの純花
とことこと近寄ってきた純花は俺の前で立ち止まると、若干上目遣いに口元をキュッと持ち上げて、
「体育館に集合だって。一緒に行こ?」
……やっぱりだ。
昨日あんな話をしたばかりだと言うのに、純花はいつもどおり。
それはまるで、何事もなかったことにしようとしているかのような……。
「ああ……」
つい生返事になってしまい、まっすぐ見つめてくる純花の視線から逃げるように目をそらす。
するとそこには他人ですとばかりに、微妙に距離をとろうとしている北野。
さすがに無視するわけにはいかないと思ったのか、純花は北野に向かって声をかける。
「あっ、転校生の。あたし、佐々木っていうの。よろしく」
「……あ、ど、どうも、よ、よろすく」
北野は挙動不審な動きをしてうつむく。
こういうひねくれたのは、純花のようにまっすぐ来るタイプは苦手だろうな。
だけどそんな形だけの挨拶をして、二人の会話は終わり。
純花は北野なぞ眼中にないとばかりに、俺のほうに体を向き直った。
じゃ行こうか? とアイコンタクトを送ってくる。
純花はよろしくね、と口では言いながら「体育館わかる? 一緒に行こうか」なんて言ったりはしない。
まあそれもそうか。コイツに親切にしたところで、何の得もない。
――人に親切にする時には、見返りを求めないほうがいいと思うんだ。そのうち自分が苦しくなるからね。朋樹はどう思う?
昔、俺にそんな事を言った人がいた。俺が唯一心から尊敬していた人。味方だと思っていた人。
だけどそいつの言葉は、口先だけのでまかせだった。
――それって、なんか得があるの? そんなことして意味ある? 時間と労力の無駄じゃない?
仲良くなりたての頃、秀治はことあるごとに俺にそう言ってきた。
最初は内心反発していたが、だいたい秀治の言うとおりになった。
少なくともあいつは俺の味方をしてくれる。俺にその価値があるうちは。
俺が純花と付き合うことになったのも、ほとんどが秀治の力だ。
秀治がいなかったら、俺は純花と知り合いにすらなっていなかっただろう。
それ以外にも秀治に言われるがまま流されて従って、その通りになったことは数知れない。
それで表面上は何もかもうまくいっていた。だけどそれは結果的に……。
「……北野さんも一緒に」
「え?」
「連れてってやろう。場所、わからないかもしれないし」
「あ、でも……」
「なに? 俺なんか変なこと言ってる?」
「え、あっ、そ、そうだよね。ごめんね気づかなくて。もうバカだなーあたし」
そう言って頭をかいてみせるが、最初純花は俺の提案に対し明らかに難色を示した。
嫌がっているのがわかっていて、あえて押し切る。純花が若干ぎこちない笑みを向けてくるが、こちらはにこりともしない。
うながすように俺たち二人が視線を向けると、北野は変な動きをして、あさっての方を向きながらぶつぶつ言い出した。
「いやあの、私ちょっとトイレに行きたくて……だ、大丈夫っす、場所わかりますんで……」
逃げやがったな。それかまた腹が緩んだか。
それに対し純花は何も言わず、俺の顔をうかがうようにしてきた。判断を任せるということなのだろう。
「あっそ。じゃ行くか」
踵を返して歩き出す。これ以上突っ込んでどうこうする気はなかった。
そもそも俺自身、なぜあんなことを言い出したのかよくわからなくなっていた。
体育館へと向かう道のり。
大またに先を行く俺の横を、純花がちょこちょこと早足で追いついてくる。
「もう、歩くの早いなぁ……。ねえ、ともくん? さっきなに話してたの?」
「別に……」
「別にって……、最初ともくんから話しかけてたよね?」
純花の言う通り、教室で最初に話しかけたのは俺のほうからだ。
しかし、そこから見てたのか……? あのざわつく教室内で。
それに純花の席は、廊下側から二列目の位置にあり、俺の席からは結構離れている。
だがまあ腐っても相手は転校生だし、遠目に様子をうかがっていてもおかしくはない。
純花だけでなく、早坂のやつあんなのに話しかけてるよ、といった感じで周りから見られていたのかもしれない。
俺だって朝の駅でのアレがなければ、北野に話しかけるような真似はしていないだろう。
なにが飛び出してくるのか、後でネタにできるなぐらいの感覚だった。
それをここで隠す意味もないと思ったので、俺は正直にそのいきさつを話した。
「へえ~、そんなことあったんだ、面白いね~」
なんて言って、純花はくすくすと笑っている。
ここでネタにされているのを北野に知られたら、「バラされてる……欝だ死のう」というようなことを言うかもしれない。
「でもさっきさ、ちょっとだけ話してるところ見てたんだけど、ともくん楽しそうだったよね」
「はあ? 俺が?」
「うん、なんか笑ってた」
「そりゃ笑うだろ、人間だし」
「違くて、ともくんっていつもふっ、みたいな笑いだけど、さっきはにこっ、てなってたよ」
自分ではそんな意識はない。
あるとすれば、北野は誰との繋がりもないし利害関係もない。だから何を話してもいいと思っただけだ。
向こうも俺に媚を売るわけでもなく、わけもわからないことをまくしたててきただけ。
「なんかちょっとヤキモチ焼いちゃうかも、なんて。えへへ」
純花は恥ずかしそうにはにかむが、こちらはただただ閉口するばかりだった。
俺は不意に足を止めると、純花が不思議そうな顔で覗きこんでくるのを待って、改めて確認をする。
「……あのさ、わかってると思うけど」
「あっ、そうそう、今日学校お昼で終わるでしょ? 終わったらね、由希がみんなでカラオケ行こうって」
「ん? ああ、行けば?」
「ともくんもだよ?」
「はあ? 行かねえよ」
「えー、でも秀治くんとかも来るって」
「秀治が?」
朝はそんなこと言ってなかったのに。
カラオケなんて到底行く気分ではなかったが、秀治が行くとなると俄然断りづらくなってくる。
「しょうがねえな……」
「やった、楽しみ」
純花が胸の前で手を合わせて小さく拍手をする。
結局肝心の話はできないまま、俺たちは体育館に流れていく人ごみの中にまぎれた。




