七日目
ベッドの中で目が覚める。昨晩は早めに寝たが、あまり疲れが取れていない。
睡眠は浅かった。夢を見ていたからだと思う。嫌いな人が、出てくる夢。
間違ってもその続きを見たくなかったので、俺はまだまだ眠い体を無理やり起こす。
そして寝ぼけた頭で、無造作に転がった携帯の電源を入れると、一瞬にして頭が冴えた。
通知を見ると、純花から大量のメッセージが届いていた。
『何か用事あるの?』
『明日はバイト、休みだもんね』
『起きてる?』
『何時がいいかな? どこに集合する?』
『やっぱりともくんの家?』
『おーい』
『明日は遅くなっても大丈夫だから』
『寝ちゃった?』
『全然あたし迎えに行くよ』
流し見て、すぐさまブロックした。
さらに途中でメールに切りかえたのか、何通かのメールが溜まっている。
電波がつながって立て続けに受信を始めるが、それら全てを開けずに消去。
メールの受信と電話も拒否に設定し、再び携帯の電源を切った。
跳ね起きるようにベッドを飛び出す。
手早く適当な服に着替えると、俺は朝食も取らずに家を出た。
今日は休みだというのに、俺はいつもの電車に乗って学校の最寄り駅まで来ていた。
自宅の周りには時間を潰せるような場所がろくにないという理由もあるが、単純に自宅から少しでも離れたかった。
駅構内のコーヒー店で軽く朝食をすませたら、時計は十時半を回っていた。
勢い余って出てきたはいいが、この後どうするか何も考えていない。
冷静になると自分で自分の行動がわからなくなった。なぜ俺は純花からの連絡を拒否し、逃げるような選択をしたのか。
今度こそ、面と向かってはっきり突き放せばいいだけの話なのに。
だがここまで来て、今さら家にとんぼ帰りする気にはなれなかった。
それが何も今日である必要はないし、むしろ明日のほうが都合がいい。
それは明日が、明日こそが約束の期日だから。明日、俺になんの心変わりもなかったことを純花に伝えれば、それで終わりだ。
そんなことを考えながら、適当に駅周辺をうろつくが、一人では特にやることも行くところも思いつかなかった。
こんなことになるなら、昨日のうちに誰か誘っておくんだった。今からでも遅くはないが、携帯の電源を入れるのはなんとなくためらわれた。
結局足の向くままやってきたのは、一時期入り浸っていたゲーセンだった。
UFOキャッチャーやメダルゲームのあるフロアを抜けて、ビデオゲーム筐体のあるコーナーへ。
思えば純花と付き合い始めてからは、こっちまで来たことはなかったかもしれない。
何の気なしに他人のプレイを眺めていると、やかましい店内の音に混じって、背後から聞き覚えのある声がした。
「あれ? 朋樹?」
工藤だった。
不思議そうな顔でこっちを見ている。
「珍しくね? どうしたん? 一人?」
「ああ、まあ……」
歯切れの悪い俺を見て、工藤が意味ありげな笑みを浮かべる。
「あらら? コレは一体どういう風の吹き回し……」
「別に、俺の勝手だろ」
「はっはーん、わかったぞ……。さては純花ちゃんとケンカしたとか」
「そういうんじゃねえよ。ていうか俺、もうあいつとは……」
いずれわかることだし、もう隠す必要もない。
きっぱり告げようとすると、横合いから邪魔が入った。
「よおトモッキーじゃん久しぶり」
馴れ馴れしく声をかけてきたのは吉田という工藤の同類。
端的に言えばバカだ。
「誰だよお前」
「そりゃねえでしょ。クラス変わったらこれだもんな~」
「誰か他のやつと間違えてんじゃ? つうかお前のファッションセンス相変わらずやべえな」
「おう、マジヤベーだろ? 結構してるからこれ」
「いや、そっちのじゃなくて普通にヤバイ奴」
「えぇ? なんだよやっぱイケメンはキビシーわ~。そんなことねえよなぁクドっち?」
「ごめん吉田。二人だと気まずくなるから言わなかったけどそれないわ。そのドクロマークなによ、なに光ってんのそれラメ入り? どこで売ってんだよそのシャツ。あとそのちゃっちいアクセもやめてくんない?」
「な、なんだよ裏切りかよ、ひでー野郎だお前は」
「どこかだよ、優しさに溢れてるだろ」
吉田の格好はあまり一緒に歩きたくない程度には痛い。
工藤はさすがにそのへんは聡いのかきっちり着こなしているが、がっつり原色を取り入れていて俺からすればかなり奇抜ではある。
「ガラもそうだが、そもそもサイズがおかしい気がする。肩幅あってねえだろそれ」
「はいともくんのファッションチェック入りました~。吉田はありがたくお言葉を頂戴しとけ」
「いや俺も全然だけどさ……姉貴にひたすらダメ出しされてたし」
「それな、今だから言うが朋樹の姉ちゃんにはお世話になったわ。夜のオカズ的な意味で」
「死ね」
「ちょっ、ぶはは、さすがヨッシー!! みんなやってるけど口には出せないことを平然と言ってのけるゥ!!」
「お前らマジで死ね」
工藤と吉田が握手をはじめて、やいのやいのと騒ぎだす。
なんだかんだで、こうやって男同士でふざけているほうが楽だったりする。
工藤も女子がいないところなら、ヘンに気取ったりすることもない。
「午後からヒロキん家集まるつもりだから、ヒマならお前も来いよ」
これで適当な口実ができると思った俺は快諾した。
「よっしゃよっしゃ。あいつの妹、朋樹連れてくと急にそわそわしだすからウケるんだよな」
「マジ? オレ知らねえ、じゃみんなであのブスからかって遊ぼうぜ」
「あ~でも前にヒロキが、吉田っていう奴が生理的にムリって妹に言われてガチで困ってるって言ってたわ」
「えっ、それでなんで今言っちゃう? 本人の前で言ったらダメなやつじゃんそれ」
「あ、それ俺も言われたわ。なんかごめん、って謝っといたけど」
「いやなんでトモッキー勝手に謝ってんの? なぜに深刻な感じにしちゃうわけ?」
そんな調子で俺はそのまま工藤たちに付き合って、一日過ごした。
最後はファミレスで晩飯を食ってだべって、自宅近くまで戻ってきたのは夜の十時過ぎだった。
道すがら携帯の電源を入れてみたが特に変化はなかった。純花からの連絡は全てブロックしているのだから当たり前か。
結局純花は家に来たのか、来ていないのか。
明かりの消えかかった大通りを、狭い路地に曲がりながらそんな疑問が頭をよぎったが、すぐかき消した。
これ以上あれこれ余計なことを考える必要はない。まもなく、もう終わりなのだから。
住宅街に入ると、人通りは途絶え、静かになった。
街灯がとぎれとぎれになり、人家から漏れる光もまばらになると、視界は暗さを増す。
薄着ではやや肌寒くなってきた空気を感じながら、足早に先を急ぐ。
もう家はすぐそこだ。俺は歩調を緩めることなく、勢いよく最後の曲がり角を折れた。
その時、かすかに甘い匂いがして、すぐ近くに人の気配がした。
それとほぼ同時に黒い影とすれ違った瞬間、右手首に、強い圧迫感が走った。




