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一日目 


「俺たち、もう別れよう。会うのも、これで最後にしよう」


 夏休みの最後の日。

 一緒に買い物に出た帰り道。

 日差しの傾いた遊歩道を、半歩遅れて歩く純花に向かって、俺は唐突にそう言った。


「え……?」


 ぴたりと足を止めた純花は、何を言われたのかわからない、といった顔で、二度三度、長いまつげを大きくまたたかせた。

 すぐにお得意の作り笑いを浮かべるが、さすがにぎこちない。

 

「あ、あはは、どうしたの急に。今日あたし、なんか、まずったかなぁ……?」

「いや、そういうんじゃない」

「え? じゃあ……。じ、冗談だよね、とも君っていきなり変なこと言ったりするし……」

「冗談じゃないよ」


 そうはっきり言い切ると、純花の笑顔が滑稽なまでに引きつった。

 何かと感情が顔に出やすい彼女は、こういうときどんな表情をすればいいのかわからないのだろう。


「嘘……なんで、そんな……」

 

 純花の体が、小刻みに震えだす。

 見開かれた瞳が、どうして? と訴えかけるようにこちらを見上げてくる。

 

 今思えば、彼女と付き合うことは、俺の本意じゃなかったように思う。

 周りの連中が、彼氏が彼女が、なんて騒いでいるから、俺も仕方なく作ろうかと思った。

 事の発端はそれだけだ。


 彼女ができれば、変わるかもしれない。

 退屈な学園生活が。だるい、疲れた、帰りたい、が口癖の俺が。

 何をやっても中途半端な、どうしようもないクズの自分が。


 漠然とそんなふうに思っていたが、なにも変わらなかった。

 変わったとしてもそれは表面上。根本の部分では、なにも変わっていない。

 そもそもが、最初から俺は純花のことを、本気で好きではなかったのだと思う。

 これ以上はお互い時間の無駄。だから別れることにした。


 というような理由を、延々と述べる気はなかった。

 そもそも俺自身、それが本当の理由なのかよくわかっていなかった。

 今日の朝、思い立ったことなのだ。そういえば今日で夏休みも終わりで、区切りがいいな、なんて思った。


 だがそう言ったところで、俺のことをなにもわかっていない純花はきっと「そんなことないよとも君はかっこよくて背も高くて、運動だってできて……」なんて始まるに違いない。 

 だから俺は別の、てっとり早くすむ方法を選んだ。

 

「ごめん、俺、他に好きな子ができたから」

「……それは、誰?」

「お前の知らない奴」 

「……それって、いつごろから?」

「んー……忘れた」


 できるだけ冷たく言い放った。

 嫌われて結構。もう別れるのにいいも悪いもないだろう。

 さすがの純花もその言い草にムっとしたのか、珍しく否定的な口調になる。

 

「でもそんな、いきなり言われても……。あたしがとも君と付き合ってること、みんな知ってるし……みんなになんて言われるか……。とも君の友達だって……」

「くだらないこと気にするんだな。お前にとって俺って、勉強ができるとか運動ができるとかそういう、ステータスの一つかなにかなのか?」

「そ、そんなこと言うつもりじゃ……ごめん、ごめんなさい」


 ぺこぺこと頭を下げる彼女に対して、すまないとか、申し訳ないとか、そういう気持ちは起こらなかった。

 むしろ謝られるごとに、イライラが増していく。純花は自分の意見というものがろくになくて、たまに考えが行き違ったかと思えばすぐ謝る。

 要するにいつものことだ。頭を下げつつも、純花が内心どう思っているのかは知らないが。


 もちろん純花がそんなつもりで言ったのではないことはわかっている。

 純花と別れて、周りから叩かれるのはむしろ俺のほうだろう。

 そこを慮っての発言だったのだろうが、俺にしてみれば余計なお世話だ。

 

「そういうわけだから。わかった?」


 押し付けるように上から同意を求める。

 俺たち別れよう、だとか他に好きな子ができた、とかそういうドラマみたいなセリフ自体、うすら寒く思えてきた。

 

 これぐらい強引でも、きっと純花は逆らわないだろう。すんなり別れられると思った。

 なぜなら純花は、俺の言うことに逆らったことはなかった。

 

「……一週間、ちょうだい」


 沈黙の末、純花が搾り出した言葉に、耳を疑う。

 予想では純花がここで「わかった。ごめんなさい、今まで気づかなくて」と言って終わりのはずだった。

 だから俺は思わず聞き返していた。

 

「どういうこと?」

「とも君がその気だったとしても、あたしはそんなすぐ気持ちの整理、つかないよ。だから……一週間。一週間後、もしとも君が同じ気持ちだったら……」


 純花はそこで言葉を切った。

 どうやら別れてもいい、ということらしい。

 純花の提案は意外ではあったが、少し呆れてもいた。純花が気持ちに整理をつけようがつけまいが、どの道別れることに違いはないのだ。

 一週間やそこらで俺の気が変わることはない。絶対にないと、言い切ってしまってもいい。

 一度吐き出してしまった別れるという言葉を撤回するのが、どれだけ難しいことかわかっていないのだろう。

 

 意味のない猶予。全くの無意味だ。

 そんなのは知らない、今別れようとねじ伏せることもできた。

 だけど俺は、受け入れることにした。

 最初で最後の、純花の俺への反抗。

 最後に一度くらいは、こいつの意見を聞いてやろうと思ったのだ。

 

「わかった」


 とだけ言って頷いて、その日は別れた。

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