蝉の一生
9月下旬、秋だというのに残暑が厳しい
今日この頃。
昨今の秋の気温の高さにうんざりする。
さすがにうるさい蝉の鳴き声は少なくなってきたものの、完全に消えた訳ではない。
彼らの声が完全に鳴こえなくなるのには、
まだしばらくかかりそうだ。
遅れてやってきた夏バテをこじらせた
百合-Yuri-は、遠くで鳴く蝉の声を聞きながら、
ベッドに寝転がり考えを巡らせていた。
いつもならこの時間には、TVの音と百合の
笑い声が部屋中に響いているのに、今日は部屋では何の音もしていない。
いつもなら百合の頭の中では、明日は何を食べようかという議題で何人もの自分たちが脳内会議を開いているのに、今日は大好きな食べ物のことも考えられない程にある1つの悩みが百合の脳内を占領していた。
彼女を悩ませているのは、ある男の言動・行動、いや、その存在自体が百合にとっては悩みであった。
『僕と結婚してくれ!』
電話をとった瞬間のこの発言に百合は、
呆れ果てた。
「なに?新手の詐欺かしら?」
『違う!違うから受話器を置こうとする手を止めてくれ!』
「はぁ。何よ。わかってるんならそうゆうこと言うのやめなさいよ。」
『ご、ごめんよ…。そんなに怒らなくても…。』
電話の相手である彼、朱峯成-AkamineNaru-は、私の幼馴染だ。
実家は隣同士であり、誕生日、血液型、生まれた病院、通った保育園、小学校、中学校、高校と、例を挙げればキリがないほどに私たちの間には共通点がありすぎた。
彼が"結婚しよう"発言をしだしたのは、
保育園の年中あたりの頃だった。
生まれた時からずっと一緒だった私たちは、"姉弟"のように育てられた。
整った顔立ちに男にしては長すぎた美しい
黒髪が彼を"男の娘"へと成長させてしまった。
彼と私の母が、成に女装をさせるのは日常茶飯事だったし、保育園に通い出した頃には女の子のようだとからかわれ、いじめられていた。
そんな成を助けるのはいつも私の役目だった。
初めてプロポーズされたのは、4歳の誕生日を迎えてしばらく経ってからだった。
いつものようにいじめられていた成を助けてあげると、いつもなら「ごめんね。ありがとう。」で終わるのに、「ごめんね。ありがとう。ゆりちゃん、ぼくのおよめさんになってね?」と謎の言葉が付け加えられた。
幼かった私は、深く考えもせず、「うん、わかったよ。おとなになったらなるのおよめさんになるからね。」と頭を撫でながら言ってしまったのだ。
その日から助けては同じ台詞を聞かされ、同じ台詞を返していた。
このやりとりは小学校卒業まで続いた。
それが全ての始まりであり、大きな間違い
だったのだ。
昔から何事も軽く考える能天気ガールだった私と、思い込みが激しすぎた成。
私は成のこのプロポーズを本気にしておらず、ただこう言われたらこう返すという習慣になっていただけだった。
だけど、成は毎回顔を赤らめては、手を震わせ、全力でプロポーズしていたらしい。
小学校卒業間近になり、当時のクラスメイトであった女子から「百合と成くんって変だよね。」と言われ、やっと"え、変なのかな?"と考え始めるようになった。
卒業式の日、「百合ちゃん、結婚して!」と
言われ、「ごめん、無理。」と答えたのは、初めてだった。
今までこのやりとりの後は決まって満面の笑みであった成が、この世の終わりであるかのような顔をするようになったのもこの日からであった。
その後、中学・高校とこの新しいやりとりは続けられた。
いつもすぐ諦めてしまう飽きっぽい成が、このやりとりだけは1日も欠かさず続けていた。
なぜ、こんなにもしつこいのか。
執着心も独占欲も皆無な成が、私にだけは執着し、自分だけのモノにするために必死だった。
成がどれだけ本気なのかは、そんな様子を見ていれば一目瞭然だった。
成の気持ちは素直に嬉しかった。
もちろん、私にとっても成は大切な存在だった。
でも、だからこそ辛かった。
私の"好き"と成の"好き"が釣り合っていなかったから。
そんな中途半端な気持ちで成に応えることなんて出来ない。
そんな残酷な事なんて出来ない。
だから、私は茶化して誤魔化した。
それが成を傷つけると分かっていながら、自分が傷つくのが怖いから、自分が傷つく前に、成を傷つけた。
私はそんなずるい女なのよ、成。
きっと、成はそれもわかってる。
わかった上で私を甘やかしている。
私だって成の想いに応えたい。
でも、成には私ではないし、
私には成ではないのだ。
それだけは分かっているから、
成に流されてはいけない。
成、もう私を振り回さないでよ。
私の寿命が蝉のようにたったの一週間で
あったなら、一週間という短い一生であったなら、私は成に応えたのであろうか。
たった一週間を一生懸命に鳴いて生きるのか、それとも黙って静かに生きるのか。
私はどちらの一生を選ぶのだろう。




