にゃんと不思議な恩返し?
疲れたぁ・・・、
今日も、いや正確には昨日からずっと徹夜で、今日午前中には終わるかと思っていた仕事、結局、昼もとっくに過ぎ、十月の空、もう陽が傾きかけていた。
会社で昨夜はコンビニ弁当、今朝は菓子パン、昼はハンバーガー、そういえば男性陣は深夜にカップ麺食べてたなぁ・・・って! 全部ジャンクフードじゃない!
まっ、お金は全部チーフ持ちだから文句も言えない。
「温っかいご飯が食べたい・・・」
フラフラの頭の中、湯気のたつ白いご飯を描きつつ、一人暮らしの身、自分で作る気もしない。
「さっさと公園抜けて帰ろ。とにかく今は寝るんだ!」
そう、口に出した通りにさっさと帰れば良かった、公園の悪ガキ共など無視して・・・。
「おまえ潰すなよ!」
「転がせ、転がせ!」
「面白れぇ!」
んっ、あの悪ガキ共、何やってんだ?
花壇の前、手前のブロックに何かを並べて、自分達も横並びにしゃがみ込み、騒いでいる。
後ろからそっと覗くとブロックの上には、体を丸くガードした『ダンゴムシ』が5〜6粒・・いやいや、5〜6匹並べられていた。
それを悪ガキ共、あっちへコロリ、こっちにコロリ、
「何やってんの?」
「うわあぁ〜!」
私の声に驚き、ひとりは尻もちをつく。
「俺ら遊んでただけだからな!」
「ふ〜ん、ダンゴムシ死ぬよ。」
「死なねえよ!」
「あんたらも転がされてみる?」
「うっせい! バ〜カ!」
「バカぁ?・・・」
ワァ〜っと悪ガキ共は慌てて走っていった。
「転ぶよ! 急に走っちゃ危ないから。」
私の声など聞いてはいない。
「まったく、近頃のガキは・・・」
あっ、完璧オバサン発言だ。ため息がでる。
私は目の前のダンゴムシを見つめ、
「災難だったね、あんなのに見つかんないよう、土の中にいなよ。」
ガードしたままのダンゴムシを花壇の土の方へ転がした。
ありゃぁ、私も転がしてしまいました、ごめんなさい。
でも土の上、体を伸ばすと繋がるように歩き出し、奥へと消えた。
「何してんだ私・・、帰ろ。」
公園のベンチには、縞柄の猫が気持ち良さそうに寝ている。その姿にいっきに眠気が襲い、
「私も猫になりたい、のんびり気持ち良さそうな毎日だよね。」
呟きながら早足で公園を後にした。
明日は日曜日、やっと休み、一日寝てやろう!
しかし、人間界は甘くない。
リリリン・・リリリン・・リリリン・・・
「誰?」
携帯電話の着信音に、
「今何時?」
目覚ましを見ると6時を過ぎたところ、寝たのが6時くらいだったから・・、24時間寝た? いや、そんな訳ない。じゃ、朝の6時?
(勘弁してよ! 誰!)
仕方なく携帯電話を取った。
「はい・・・」
「俺だ! 寝てたと思うが起きろ! タクシーが10分後におまえのマンションの下に着く、それに乗れ! 俺は会社だ。待ってるぞ! 急げ! 10分後だ!」
「はぁ・・?」
もう携帯は切れていた。
10分後って・・・
「嘘だぁ!」
飛び起きた! まず顔洗い、化粧は・・
「なんだぁ! これは!」
洗面所で凍りついた。
鏡に映る私の頭、そのてっぺんやや右と左、対になってピクッと動いた。
猫耳(ねこみみ)
体も心も貼り付いたように動かないのに、猫耳だけがピクピク動く。
(私・・疲れてる・・よね・・・)
ハハハハ・・・、笑いながら両手で猫耳を引っぱってみた。
「痛い!」
痛いんですけど・・、最近の夢は精度がいいなぁ・・・
んな訳ない!
私の耳は・・?・・・ない。
じゃぁこの猫耳が私の耳?
猫耳の穴の中、小指でサワサワっとしてみる、ゾクッと肩が跳ねた。
はいっ、私の耳・・決定!
「嘘だあ!」
私はタクシーの中にいた。
携帯で私を起こし、このタクシーまで手配したのは、・・鬼チーフ。
でも私達が帰った後も、チーフはまだ会社にいたってこと?
とにかく呼び出された訳は分からない。
分かっているのは、私の耳が猫耳なことだけ。
とりあえず、バンダナで三角巾巻きにして隠してきたが、まるで食堂のオバサンみたいだ。こんなことならお洒落な帽子のひとつも持っていれば良かった。
こんなことって・・、あり得ない想定だよね。
「運転手さん、すみませんが後ろでちょっとお化粧させてもらいます。」
「あっ、どうぞどうぞ。お休みの日に急な呼び出し、大変ですね。」
会社が契約しているタクシー会社、多分チーフが事情説明をしているんだろう。
完璧なチーフらしい。
そのチーフに、この猫耳見られたりしたら・・・
事情説明されているタクシーの運転手さんでさえ、この頭のバンダナに違和感ありありで、不思議顔なのに・・。
会社に到着するとまずトイレへ、鏡の前で念の為もう一度確認する。
バンダナをそっと取ると、押さえられていた猫耳がピョコンと登場。
ハハハ・・・やっぱ猫耳・・・
バンダナでしっかり隠し、フロアのドアをそっと開けた。
チーフは背中を向けたまま、
「すまん! 古田。原稿にミスがあった、印刷所で分かって慌てて・・んっ?」
振り返ったチーフの視線の先がどこかなど、目を瞑っていても分かる。
「髪の毛がハネてて・・」
「急がせたからな、すまない。原稿のチェックとデータ確認してくれ。」
「・・・・・・」
「おい、早くこっち来い。」
「あっ、はい。」
小走りにデスクに向かい、椅子に腰掛け仕事を始めた。
「写真の方は乾に任せてあるから、もう少ししたらこちらに来る。」
「えぇっ! 乾君も来るんですか!」
「なんで驚いてる? この仕事はずっと一緒だったろ。」
あっ、いや、分かってますが、今日はできたらあまり人には会いたくない。
とにかく早くと焦りながら頑張り、私の仕事は終わった。
ホッとする私の隣りにチーフが立ち、
「ありがとう助かった。おまえは優秀だ。」
そう言って頭を撫でた。
「あっ。」
「んんっ?」
バレタか?
「おまえ、頭にタンコブできてないか? なんか固かったぞ?」
「だ、大丈夫です!」
「見せてみろ!」
あっ! ダメ!
私が押さえるよりも早く、チーフの手には剥ぎ取ったバンダナが・・・
「おまえ、ハロウィンには早いぞ。仮装パーティーでもしてたのか? はずしてから来いよ!」
チーフ、徹夜で仕事を一緒にしてましたよね。あれから帰って仮装パーティーできるほど、私、体力も気力もありません。
そんな私の心の声など聞こえるはずがない。チーフは笑いながら、猫耳をはずそうと耳先を両方掴み引っぱった。
「痛い!」
「えぇ! はずれない!」
上目遣いにチーフを見ると、笑顔が固まっている。
当然だが、私の耳があるべき場所になく、代わりに猫耳。
チーフは笑顔が消えた顔のまま、今度は両手で猫耳全体をふわりと掴んだ。
「ふわふわだぁ。」
感想間違ってますよ! チーフ。
その時ドアが開いた。
「おはようございま・・、あっ! すみません!・・・まさか何かのプレイ・・」
「バカタレ! んな訳ないだろ!」
乾の声にふたりで叫んだ。・・が、猫耳の私に猫耳掴むチーフ、説得力ゼロ。
「一晩にして古田の耳が猫耳に・・。」
乾は笑いながらこちらに近づき、
「チーフ、新しい企画ですか? ハロウィンの仮装で・・・」
猫耳を片方掴み固まった。
「何これ! ふわふわだ。」
だ・か・ら・・、あなたも感想間違ってますよ!
ふたりが片方ずつ猫耳をサワサワと触る。
ゴロゴロゴロ・・・
嘘っ! 喉が鳴る。ふたりともやめてくれ!
待って・・、まさか・・、私、猫になるの・・?
「あぁあ! まさかの恩返し?」
「どうした?」
「恩返しって?」
チーフと乾の声。とりあえずあなた達、猫耳から手を離しなさい!
私は昨日の公園での出来事を話した。
ふたりは真剣に聞いてくれていた。・・はずだ・・・が、
爆笑している。ムカつく! 腹立つ! 私は真剣なのに!
「すまん! だが・・ダンゴ・・ぷっ・。」
「悪い! チーフ笑いすぎ。・・アハッ・。」
「もういい! 私、帰る! 公園行って恩返し解消してもらう!」
「待て! 解消って・・まさかダンゴ・・すまん、交渉する気か?」
「どうやって交渉・・・ぷはっ!」
「ふたりして笑ってたらいいんだ! これから先、縞柄の猫を見たら引っ掻かれないよう注意しなさいよ!」
「だから待て! 俺も一緒に行くから。」
「俺も行くよ、縞々猫耳触らせてもらったし、まっ俺はチーフと違い、方耳だけしか触ってないけどな。」
「あたり前だ! おまえには触らせない。」
「やっぱプレイ?」
「バカタレ!」
ふたたびバンダナを巻きタクシーに乗る。今度は三人で乗車。
あの後、公園の花壇に向かい、並んでしゃがむ三人の大人が何かブツブツと語る姿、よく通報されなかったことだ。
さんざん語りそのまま我が家で様子を見ることに、いつの間にか私達は眠っていた。
私を真ん中に左右にはチーフと乾。
夢の中、私は縞柄の猫、ふたりの膝に交互に抱かれ、耳を撫でられ喉を鳴らし、気持ち良さそうに眠る。
私の左右のふたりの手は、もうふわふわじゃない私の耳を優しく掴み眠っている。
もちろん私も喉は鳴らしていないけど、気持ち良さそうにすやすや眠っていた。
ふわぁ〜、よく寝た。
三人で川の字になって熟睡って、あり得ねえよな。
徹夜して疲れてるとこ呼び出しくらい、そのうえあれだから・・・
猫耳(ねこみみ)
「ぷはっ! いやぁ笑えた! かなり笑えた。まっ、可愛かったけどな。」
美々さん・・古田さんは会社の先輩、パソコン扱わせたら右にでる者がいないくらい優秀な人。
さっきまで川の字の真ん中で、すやすや眠ってた。
5才年上だけど、みんなが美々さんて呼ぶから俺も呼んでいる。
本人はあっけらかんとした性格だから、細かいことは気にしていないようだ。
「それでも猫耳は気にしたか・・ぷっ!」
しばらく思い出し笑いしそうだ。
川の字の三本目、180の俺よりまだ5cmも背が高いのが、鬼の根津チーフ。美々さんよりさらに5才年上だから、俺より10才上だ。
この5あき三人の秘密かぁ・・チーフとはライバルだな。
美々さんの耳が猫耳からちゃんと自分の耳に戻ったのを確認して、俺とチーフは美々さんの部屋をあとにした。
(おいおい、今、みみって何回言った・・)
笑える。
チーフはタクシーを呼び一緒に乗れと言ったけど、俺はぶらぶら電車で帰ると言って断った。
で、例の公園を横切っている。
あれかぁ・・。
公園のベンチには縞柄の猫がのんびり寝ている。近づきながら心の中で、
(確かにこの姿見たら呟きたくなるよな。・・あぶない、あぶない。)
その時だった、公園の中少し離れた所で野球をしていたガキが、打ったボールがベンチに向かい弧を描いていく。
あぶない! とっさに走っていた、ベンチの前でナイスキャッチ!
縞柄猫はとっくに逃げていた。
「おまえら、硬球なんか使ってあぶねえだろ! もっと広いグラウンド行って遊べ!」
と、言っても、無いのが現状か・・。
(ダンゴムシなら体ガードしてセーフか?)
人はそうはいかねえ。緩くボールを投げ返し公園を出た。
翌朝、また一週間が始まる。
(今日が本当のハロウィンか・・、体だりぃ・・)
シャワーを浴びてコーヒー飲んだら出勤だと思いながら、シャツを脱ぎカゴに投げ入れた。
んんっ?
バスルームの前、洗面台の鏡に映る自分の姿が横目に入った。
「なんじゃぁ! これ!」
背中に硬い蛇腹の甲羅?
待て、落ち着け! 俺。・・・ただの目の曇りかも、右手をそっと背中に回し、腰の辺りを撫でてみる。
硬くて冷たい・・・
念の為、蛇腹の間にギュッと指を差し入れてみた。
「痛っ!」
はい! 俺の背中に決定! って、
「嘘だろ!」
シャワーも浴びた。コーヒーも飲んだ。でも・・・出勤したくねえ。
バスタオルで拭く背中の乾きはいつもより早かった。
「おはようござ・・」
「おはよー!」
後ろから美々さんの声、慌てて壁に背中をつける。
(あぶねえ、背中叩かれそうだった。)
脇の下に嫌な汗、俺の態度に不思議顔の美々さんが耳元に近づき、
「あのことは秘密だよ。・・ああぁ、乾君に借り作っちゃった。」
そう言ってデスクに向かった。
(今俺も、その借り無くなる事態です。)
とは、言えない。
とにかく今日は、なんとか理由をつけて早退だ。で、例の公園へ行かねば!
もう原因はあそこしかない。
早くチーフよ来い、俺は帰りたい。スーツの上着が脱げねえ! 今日に限って夏日の暑さ、地獄だ・・。
昼前、印刷所をまわってきたチーフがやっと現れた。
(帰れる!)
デスクの上の書類に、目を通しながら指示を出しているチーフのもとに、急いで向かうと、横からコーヒーを持ってきた美々さんとぶつかった。
「きゃ、ごめん。コーヒーかからなかった?」
「んっ? 乾、なんで丸まってる?」
デスクから身をのり出しチーフは聞き、横にはチーフのコーヒーカップを握りしめ美々さんが固まってる。
背中に汗はかかないのに、額を汗がつたう。
「乾君、顔色悪いよ、今日暑いのに上着脱いだら? 大丈夫?」
美々さんはコーヒーカップをチーフに渡し、俺の方へ手を伸ばした。
「大丈夫です!」
と、言いながら、なぜか体はガードを解かない。
「どっか痛いの?」
「大丈夫か?」
チーフも近づく、ふたりの手が優しく俺の背中に触れた。
そう、優しく、なのに、丸い俺・・・。
背中を擦るふたりの手が、ピクッとした。
(気づかれたか? 気づくよな。)
「乾、朝からハロウィンの仮装を仕込んでいるということはないな?」
(あたり前だ!)
「まさかだけど、うちからの帰りあの公園行った?」
(はい、そのまさかです!)
俺の心の声はしっかりふたりに届いてたみたいだ。
「とりあえず乾、今日は今から三人で外回りだ。」
「その前に乾君、三人でちょっと会議ね。」
俺はふたりに引っぱられるように会議室へと連れて行かれ、当然そこで・・・
会議室のテーブルの上には、俺のスーツの上着とシャツ。
「冷んやりだね。」
「案外硬いもんだな。」
このふたり、絶対感想間違えてる! 俺の背中を撫でるな!
「で、乾、今回は誰と交渉予定だ?」
笑いを堪えてチーフが聞いた。
「多分・・縞柄猫・・・」
「ぷはっ!」
笑うなら手を離せ!
「でも、縞柄猫はいつもいるわけじゃないよ。」
「確かにアポなし交渉は難しいな・・ぷっ。」
今チーフ、小さく笑ったよな。
「呼び出そう。」
どうやって?
俺達は会社を出て、量販店内のペットコーナーにいた。
「古田、交渉に手土産は不可欠だ。」
「やっぱり高級カリカリ料亭の味シリーズでしょうか?」
「ここはぐっと庶民的に、煮干しというのもありだな。」
「チーフ! 野性的にマタタビは・・」
あんたら確実に楽しんでるよな!
他人事感いっぱいの会話にムッとしながらも、猫耳を笑った罰かと反省もする。
とにかく早く公園へ、
「全部買います! 早く見つけて交渉しないと、俺、ダンゴムシに・・」
「ぷはっ!」
無茶苦茶ムカつく!
量販店の袋を提げ公園に着くと、三人はそれぞれ手土産を手に散った。
30分後、公園の中は猫の群れ、よく通報されなかった。
俺は全ての猫に頭を下げた。
その日の夜、俺はカラオケで、ヒーローシリーズ、戦隊ヒーロー、テーマソングを片っぱしから歌い続けた。
ヒーローならまだしも、危うく怪人になりかけたのだ。何度も背中に触れた。
「美々さん、背中見て!」
「もう11回目だよ!」
「この酔っぱらい! 俺が見てやる! 来い!」
裸の背中をふたりが叩く。パチン! と響くその音と、軽い痛みが心地いい、ついでに手形も愛おしい。
「よしっ! 次歌うぞ!」
三人の、ハロウィンナイトは終わらない。
ありがとうございます。
ハロウィンが近づくと店頭に並ぶ仮装グッズ、毎年欲しくなる「ねこみみ」そこからちょっと書いてしまったお話です。
「ねこみみ」買ったことはないのですが・・・