5ページ目
『○月×日 異世界十四週目
今日はとても驚いた出来事があったの。まず、どうして十三週目の日記がないかというと、私はその間、誘拐されていたのよね。誘拐よ、誘拐! こんな目に遭うのは、一昨年の修学旅行中、駆け落ちして結婚したお父さんの、実家の叔父さんに連れ去られて以来だわ。スペクタクル!
でもねぇ、私が連れ去られた理由って言うのが、ルオスへの当てつけらしいじゃない。彼ってガーディアンでも優秀って本当なのね。ばっちり、恨みを買われているわ。逆恨みっぽいけど。それが、どうして私に来るの。人質にしても、家族でも何でもない私より女将さんの方が良いし、貴方達の方が人数も多いし、物騒な物も持っているんだから、さっさと彼一人呼び出して、真っ正面から喧嘩吹っ掛ければ良いじゃない。そう言うと、彼らは一斉に溜め息を吐いた。ルオスって、一人でも十分強いらしい。お家も街の見回りしている時も、体は大っきいけれどいつもはにかんだような笑顔をしていて、そんな感じがしないけど…本当なの?
私みたいな言葉足らずな小娘の説教にまでため息を吐く様子があまりに情けない。だから、偶然だろうけれど、不意に手を縛る縄が解けた私は、足のも外して彼らに提案したの。「手を組まない?」って。ほら、私って退屈していたのよね。それに、ルオスが本当に強いのか見てみたかったし。何より、私が攫われて三日も経ったのに、仕事が忙しいのか、彼ったら助けに来ないのよ。頭に来て私が彼らに手を貸すのも、仕方のないことだと思うのよね。
もちろん、彼らも冗談だと思ったらしく笑ったわ。だから、私、少しだけ特技を披露したの。最初は≪ウィザード≫仕様の、情報操作で、今居る位置や建物の構造特定、建物周囲の電灯―――街灯もマンションの明かりも全部――を操作して見せる。私の世界より情報技術が遅れているこの国なら、普段のアバター操作より随分簡単だわ。
口をあんぐりと開けて呆然とする彼らだったけれど、それでもまだ信用してくれない人には、魔女として境界線を操ったの。過去の記憶やら、その場での暗示掛けにも成功し、彼らは真っ青になった。私は、伏せた目で薄く笑う。そうそう、従順な子は大好きよ。最も、彼らは私より年上の、素敵なおじさまだったけれど。
手始めにこの街の情報機関に潜入、管制に気付かれないように支配する。私が予想していたより、ガーディアンの電子制御セキュリティーってちょろいじゃない。私の世界の”ガーディアン”って用心しないといけない相手だったから、今回の作業はかなり拍子抜け。おじさま達は喝采していたけれど、こんなもの、≪ウィザード≫関係の知り合いなら、誰だって解けるわ。
早く迎えに来てほしくて、挑戦状って形で細工をしてメールで届けちゃった。あまりに退屈していたから、そこらにあった雑誌から合成して、ちょっと私に酷いことしている写真でも送っちゃう。さぁ、慌てて頂戴、ルオス!
…じゃないと、私、ちょっと悲しくなっちゃうわ。でも…、元々彼には私の保護義務はなくって、好意でお世話してくれていたんですものね。……・そうね、もう何日も経つのに、助けに来てくれないんですもの。見捨てられちゃったのかしら。
しゅんとしたのも少しの時間だけ。私はいつもより伏せられた視界で、次にカードを出して占い、拠点を変えた。だって、危険を知らせる“赤髪の騎士”が出たんですもの。それから、隠された者、闇を追従する者、“隠者”。知識を司る彼が示しているのは、恐らく≪ウィザード(わたし)≫と同じ、情報屋でしょうね。そういう職業があるって聞いていたし、何より、≪ウィザード≫が支配した情報網からも、侵入の警告が出ていたもの。さっき、派手に電気系統いじくっちゃったのが、目立ったのよね、きっと。
侵入者は、お友達の≪藍蓮≫と同じぐらいで、比較的レベルが高いけれど、まだ私の敵じゃないわ。ちょっと乱暴な操作が多い、アタッカーである≪緑深≫だって、もっと誤魔化す程度に突破するわよ。そんな事を考えながらも、ささっと荷物を纏めるのは、やっぱり追跡者が怖いから。私の国だって、≪ウィザード≫みたいなハッカーは刑罰対象だもの。
その後は彼らの用意した拠点を転々とし、私は、ルオスや”警察官”の皆が巡回してくるのを待ったり、その順回路を調べて、自分が居る場所に掠りもしない事にがっかりしていた。それから情報屋みたいな≪侵入者≫が探ってきたのを、安全のためにやり過ごしてと、何度も対処しなければならなかった。「結構しつこいわねぇ」なんて私が思うのも、最もよ。
私は順回路を見ながらがっかりしていたけれど、おじさま達は笑顔で話合い、何度か拠点を変えてやり過ごしている私達だったけれど、最近おじさまが馴れ馴れしいし、逃走を誤魔化す以外の悪事にも加担するよう求めてきた。「仲間になれ」ですって?
―――冗談じゃないわ。私はルオスを懲らしめるっていうから、手伝っただけよ。お迎えが遅いから、早く来るように催促しただけ。犯罪者の仲間入りだなんて、ふざけないで。貴方達はスマートじゃないのよ。もう、やっていけないわ。後は適当にして頂戴。
そうして再び、人質に逆戻り。今度は猿轡までされちゃった。ちょっと、めげそうよ。ルオス、お迎えが遅いわ。貴方は強いのかもしれないけれど、探索とか捜査とか苦手なのかしら。誘拐犯自体はレベルが低いし、≪ウィザード≫達みたいな情報屋と協力したら、きっとすぐに見つけられるのよ? …まぁ、天敵同士だと思うから、難しいかもしれないけれど。あら嫌だ、泣いてしまいそう。
縛られてるし、辺りも暗いし、無言で座って待っていると、何だか騒がしくなってきた。不思議に思っていると、誘拐犯の一人が、椅子に縛られているのに、私の腕を引き上げる。ちょっと!痛いじゃない、止めてよ。急に、それも椅子ごと立たされて、私は小さく呻いた。痛かったのよ。ほら、青あざになってる。抗議しようとしたところで、乱暴にドアが蹴破られた。
あら。あら、あら、あら。ルオスじゃない。遅かったわね。待ちくたびれたわ。誘拐犯の腕に顔を押しつけて、猿轡を無理やりずらし、そんなことを言ったら、彼、少しだけ脱力したみたい。でも直ぐに頭を切り換えたのか、向かってくる誘拐犯を殴り飛ばしたりしているじゃない。まぁ、素敵よ、ルオス。まるで、狂戦士みたい。
ガーディアンが突入して程なく、誘拐犯は全員締め上げられた。本当、強かったわ、ダーリン。鬼の様で、寒気がするくらい。ほら、腕に鳥肌が立っている。その中でも特に、最後まで私を人質にして抵抗していたおじさまに、彼は容赦がなかったわ。多少血が飛ぶのは、≪緑深≫の喧嘩で見慣れているけれど、地面に倒れて気絶したみたいなのに手を止める素振りがないの。慌てて私が止めないといけないくらい。誤解よ、ルオス。私、そんなに酷い事されてないわ。だから、許してあげて。ちょっと脅迫の写真の出来が良すぎたみたい。反省。』