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時折、青い人の日記が入ります。
◇◇◇青い人の日記◇◇◇
『○月×日
とりあえず、どうするべきだろうか。独身男が圧倒的に多いうちの職場には置けないし、気心の知れる友人にも頼みにくい。散々迷った挙句、彼女をうちで預かる事にした。家に連れて帰ると彼女は少しだけ驚いた顔をしていたが、母さんに会うと、何度か頷いてぺこりと頭を下げていた。状況から、この家に預けられると判断したようだ。とても冷静で助かる。うちには一室だけ空いている部屋があるので、そこに通す。部屋に案内する間、彼女は物珍しそうに周囲を見ていた。
そんな彼女の手荷物は学生が持っているような鞄で、職務上調べさせてもらった中には、知らない言語で書かれた本やノートらしき物とケータイらしき物、見慣れない硬貨の入った財布、化粧道具や写真など、大凡旅行者には見えない物ばかりだ。何か大事件に巻き込まれたような気分になったが、ますます放っておけない。
その後俺は報告の為、一度職場に戻り、定時に上がった。帰宅すると、母さんに言われてか、カウンターに座っていた彼女に変な目で見られた。すぐさま彼女は奥へ引っ込み、母さんを連れてくる。彼女は俺に指をさしたまま、母さんに向かって首を傾げてみせた。俺は、何か悪いことでもしたのだろうか。
母さんは納得がいったらしく、一度二階に上がり、まだ父さんが生きていた頃に撮った写真を手に階段を下りてきた。彼女は興味津々で写真を眺めると、写真の中の父さんを指さし、その伏せた目で俺を見上げる。
いや、違うから。否定の意思表示をすると、彼女はまだ小さい俺を指さし、再度見上げてくる。肯定すると、彼女は一瞬だけ変な顔をした。何か問題でもあるのだろうか。前途多難である。ともかく、言葉の通じない彼女がうちに来た以外に、今日は特出すべき事はない。』
◇◇◇魔女の日記
『○月×日 異世界七日目
これまで日記に書いているように、私の異世界生活は至って順調よ。
特に、トキちゃんって黒髪黒目の背の小さい可愛い子と知り合ったのが良かったわ。この子、私の居候しているパン屋さんでアルバイトをしているんだけど、どうしてか私の言葉がわかるのよね。不思議…でもない、か。≪魔女≫である私は見えるのだけれど、彼女は、私の世界の境界線が絡まっているもの。そして、この世界の境界線も。
私も含めて、この境界線って目に見えない厄介な物が絡まっていると、普通の人にはない体験に巻き込まれる事が多いの。そういう意味でも、貴方も大変なのねって指摘しても、彼女は困ったというより、少し嬉しそうな顔をする。それが凄く見知ったような、恋する女の子の顔をしていたのよ。まぁ、まぁ、まぁ! まさか、いい人でも居るの?
さて、言葉の必要性を感じた私だけれど、まず硬貨の種類や価値について勉強したわ。何故って、やっぱりお店のお手伝いをしているんだもの、それを優先させた方が良いじゃない。折角住まわせてもらっているのに、役立たずなんて耐えられないわ。私の大好きな、生真面目なお父さんだったら、そんな私を見てとても嘆くでしょう。だから、まずはそれから。
困ったことがないわけじゃないけれど、頑張った成果か、お店番の手伝いを出来るようにはなったわ。まだ、パン以外の品物の価値は曖昧だから、お使いには行けないけれど。
そうそう、ルオスなんだけれど、やっぱり彼は“警察官”みたい。それも結構偉い人らしいわ。嘘よねー、見えないわよねー。だって、私のお父さんみたいに落ち着いていないし、威厳があるようには見えないもの。何より、私の四つ上で、まだ若いの。人材不足な感じなのかしら、ここの警察官は。』
『○月×日 異世界二週間目
異世界に来て二週間経ったわ。私が野菜やお肉の種類を覚え始めた以外に、あまり変化はないの。私の一日は、相変わらずカウンターに座ってお店のお手伝いをしているし、ルオスはお仕事。そうね、ちょっと常連のお客さんと仲良くなったかしら。なんとなく言葉がわかるようになってきたと思うの。まだ、雰囲気だけだけれど。
それにしても、この世界って文明が遅れているわ。今の時代、宇宙船に乗って隣の惑星に行くのも日帰りなのに、こちらでは宇宙に行く技術も開発中で、他の街に行くのに何日も電車に乗って移動するんですって!
家電も博物館で見たような物がちらほらあって、最初に使い方を教えてもらわなくちゃならなかったの。もう使い方はわかったし、逆にこちらの方が便利な点もあって、そんなに困るようなことはないけれど、特にネット技術なんて一昔以上前の方式よ。
≪精神物理化応用理論、第六式≫が確立されて、私の世界はネットダイブも自分の分身であるアバターを使用するようになっているの。その影響で、気の持ち様によっては現実よりもダイブした時の方が能力が高い人が居るようになって、実は私も、≪ウィザード≫ってアバターで、情報屋をやっていたのよね。もちろん、警察官に見つかれば、刑罰対象よ。くわばらくわばら。
そんなわけで、とても気になった私はルオスのデバイスを見せてもらったのだけれど、あんなプロテクトなんてものの一秒もかからずに突破出来る自信があるわ。そんなので良いのかしら、警察官は。』
『○月×日 異世界三週間目
異世界に来て三週間目よ。日にちが経つのも早いわね。私はやっとオーナーにメモを貰って、お買い物が出来る程度になった。結構な頻度でお店に行くから、顔を覚えられちゃった。時折おまけしてくれるから、別に良いけれど。
そうそう、ルオスに頼んで雑誌を買って貰うことにしたの。もちろん簡単にはいかなくて、その意志を伝えるまで四日かかったわ。彼は不思議そうにしたけれど、頼んだ次の日には買ってきてくれた。でも、あんまり面白味がない雑誌ねぇ。貴方のセンスを疑うわ。買ってきて貰った身だから文句は言わないけれど。
それから私の日課は、雑誌とテレビを見ることになったの。もちろん、オーナーやルオスの会話、お客さんとのやりとりからも言葉を勉強しようと頑張っているわ。うふふふふ。いつか驚かせるつもりでやっているの。やっぱり楽しみがないとやる気も出ないし、ルオスの間抜け顔が見られるよう頑張るわ。』