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『○月×日 異世界四十二週目
今月も最後の週よ。結局、風邪が完治するまで、一週間以上かかったわ。もう、雨の中、出掛けたりしない。それに、変な時に出掛けたら、変なものに遭うんだもの。ちょっと鏡を覗いてみる。あら、熱のせいで少し痩せたわ。悪いことだらけじゃなかったみたいね。
でも、一日中寝ていた感覚が抜けきらないの。時々、眠くなって、カウンターでトキちゃんに起こされちゃうわ。あら、いけない。それでもお客さんが居ると、気が紛れるのだけれど。なんだか、最近ぼうっとしているって、ルオスに言われるし。そんなことないと思うんだけど。
久しぶりに晴れた夜。ご無沙汰になっていたから、星を見ることにしたの。カーディガンを羽織って、籠を持ってお出かけ。雨が降った後だから、芝生は濡れているの。注意しなくちゃ。でも、空は澄んでいるのね。とても素敵。なんだか、いつもより広く感じてしまう。安心出来る感じではなくて、広すぎて途方に暮れてしまうような印象よ。………。私、どうしたら、良いのかしら。』
『○月×日 異世界四十三週目(12月)
ルオスに言われた通り、私、どこかぼうっとしているみたい。お店番が終わって、自由時間になるとずっと庭にいるの。ずっと座り込んで、日が沈むのを眺めているのね。自分でもおかしいと思うわ。でも、どうしようもないんですもの。この間まで元気にしていたのが、嘘みたい。いつも何か考えている。
何かしら。何なのかしら。頭の中がぐちゃぐちゃよ。何を考えているのか、何を悩んでいるのか、それ自体も分からなくなりそう。女将さんも時ちゃんもルオスも気を使ってくれるんだけど、私自身もわからないんだから、何の解決にもならないのよね。駄目、駄目、ちょっとお掃除でもして気分転換しましょう。』
『○月×日 異世界四十四週目
あら、11ヶ月経つのね。本当、長い間ここにいるわ。長すぎて、まるで、最初からここに居たような気分にさせてくれる。でも、ほんのちょっとしたことで、私はここに馴染めていないんだって、気がつくの。以前は気にしていなかったのに、気がつくと違和感が大きくなるのね。ルオス達が自然に話していることも、私には馴染みがないし、逆もそう。ちょっとしたズレを感じる度に、私は、異邦人に戻っていくんだわ。
気だるい雰囲気の中、カードをめくる。確か、“神”様に会ったのが、一ヶ月前あたりだったわね。そんな事をぼんやり考えているの。あまり集中していないいわね。“嘘つき男爵”が出て、ちょっとだけ手を止める。意味は、虚実と真実。読み解きが難しいカードなのよね。どちらが本当か、どちらを意味しているのか、真逆のカードだから。カードは読み手の心を読むっていうけれど、”貴方”も分かっているのね。そうよ、私は混乱しているの。
向こうの世界は、私の故郷ですもの。お父さんもママも弟も居るし、友達だって居るわ。自称”伯爵”との、悲しいけれど大切な思い出だってあるの。大切よ。もちろん帰りたいと思う。でも、私はあまりに長く、此処に留まりすぎてしまったわ。居心地が良すぎたの。元の世界に戻る事は、そうした“歪み”を正す、一番良い方法でしょう。それでも、帰るって事は、此処との絆を断ち切ること。あ、駄目。泣きそう。
けれど、甘えては駄目ね。お父さんにも言われているもの。きちんと向き合わなければ、いけないわ。今は辛くても、時間が経てば、きっと、良い思い出って言えるようになるわよ。たぶん。胸の奥が悲鳴を上げているようだけれど、それは気の迷いだわ。大丈夫よ、“ルーク”』
『○月×日 異世界四十五週目
うふふ。すっかり元気になったわよ。あら、驚いているのかしら。変な顔をするのね、ルオス。大丈夫よ。体調はばっちりだし、朝ご飯もちゃんと食べたわ。ほら、怪我だってないわよ。え、素肌を晒すな、スカートを捲るな?
だって、心配そうに見ていたじゃない。はいはい。後できちんと聞いてあげるから、今はちゃんとお仕事に行って頂戴。貴方がこの家の大黒柱でしょう。あぁ、女将さんかもしれないけれど、一番の稼ぎ手なのは否めないわ。だから、さっさと行け!
ちょっと翻ったスカートを、すばやく手で押さえる。あら、いけない。優しく見送るはずだったのに、つい蹴り出しちゃったわ。おほほほほ。一応、シェイランっていう、良家のお嬢様なのに、はしたないわ。お父さんに怒られちゃう。あら、トキちゃん、おはよう。まぁ、見ていたの。ルオスは大丈夫よ。嫌に頑丈で、こっちがびっくりするくらいだもの。あんなもの、HP:-1のダメージもないわ。まるで、ゴーレム。
トキちゃんはちょっとだけ首を傾げたけれど、「さぁ、お店に入りましょうか」って言うと、とことことついてきてくれる。あぁ、可愛い。本当、癒されるわ。ルオスなんかと大違いよ。まぁ、ルオスもルオスで、座り心地が良かったりするんだけど。そんな事を言ったら、怒られちゃう。』