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『○月×日 異世界二十四週目
半年きっかり、六ヶ月。何だか、元の世界に帰るのが怖くなる数字ね。きっとお父さん達は、心配し過ぎて怒っているわ。もしかすると、いつも穏和な分だけ、激怒するかもしれない。怖いわ、ルオス。とっても、怖い。あら、なぁに。あまりひっつくなですって?
お生憎様。私がしたいんだから、協力して頂戴。でも、そうね。そういえば、最近、貴方にべったりだわ。どうしてかしら。たぶん、安心出来るのよ。あら、ちょっと照れたわね。可愛いわよ、ルオス。年上には思えない…って、あ、待って。訂正するから、待って。部屋に入って、鍵を閉めないで!
そうやってルオスをからかって過ごした今週は、全部のお土産を皆に配ることが出来たわ。女将さんでしょー、トキちゃんでしょー、レノアちゃん達に、レクタに、ご近所さんとか。結構な量だったし、お金もかかったけれど、楽しかったから良いわ。また、お金がなくなっちゃったから、アルバイトして稼ぐわよ。』
『○月×日 異世界二十五週目
さぁて、珍しい物も手に入ったことだし、私、ちょっと化粧品を作ってみようと思うの。私のママに教えて貰ったことだから、きっと、歴代の魔女が作ってきているんでしょうね。元の世界では評判が良かったけれど、ここではどうかしら。
女将さんに許可を貰って、早速、匂いがつかないように大きな外套と帽子、マスクをする。だぼっと大きくて、一見すると不審者みたいだけど、大事なことなのよね。
まずは台に材料を広げてみる。この世界の図鑑を見て調べた、効果がある薬草や雑草、それと花の乾燥させたもの。それに新鮮なお水とお酒、お塩もいるわ。そして、これこれ。珍しい物だって事もあるけれど、これ、麻薬の原料なのよね。ルオスに見つかったら、怒られるだけじゃ済まないかもしれないわ。
次々と並べて確認し、新しく買った薬品用お鍋をコンロにかける。「まず、お酒と薬草を入れて~」と、鼻歌交じりに調合していくの。ある程度入れてしまうと、後はかき混ぜるだけなのよね。ゆっくり、ゆっくり、中火でコトコト。そうそう、麻薬の原料だって、丁寧にすり潰して…と。
紫色だった鍋の中が、次第に緑色に変わっていく。う、麻薬を入れたら、匂いが強くなってきたわね。思わず変な顔をしちゃうわ。でも、これは成功している証拠なの。完全に透明な緑になってしまうと、弱火にして、やっぱりゆっくり混ぜるのよね。それから、これからが肝心なんだけど、ちょっと痛いのよねぇ。鍋の上に手をかざす。片手には刃物。思い切ってやっちゃうけど、血を採るのよ。すぱっと。あ、痛い。
ぽとん、ぽとんと血が落ちると、鍋は緑色から、透明になる。完全に透明じゃなく、うっすらと緑色が残っているの。うふふ。もう少し煮詰めたら、完成よ。さて、血を止めなくちゃ。ええと、バンソウコはっと。指に巻こうかとした所で、後ろのドアが開けられる。女将さんじゃないわ。匂いがきついですって言っておいたもの。
振り返ると、あら、ルオス。今日は早かったのね。やっぱり匂いがきついのね、変な顔をしている。彼がつかつか寄ってくるから、私、マスクを探してあげようとしたの。優しいわよね。そんな彼は口を覆う布を差し出した私の、反対方向の手を掴んで、じっと見てる。あら、どうかしたの?
あぁ、指ね。ちょっと、必要だったのよ。そういうレシピなんだから、変な顔をしないで頂戴。にこにこしている私を見て、それから何か気になったのか、台の上の材料を眺めるルオス。―――あ、ちょっと待って。それに触らないで。何でもないのよ。何でもないから。なんて勘が良いのかしら。すぐに麻薬だってわかっちゃったみたい。あう、怒ると思ったわよ、ダーリン。』
『○月×日 異世界二十六週目
はい、腕を出して頂戴。前の週で喧嘩して、今は実験中なのよ。丁度一週間。これで効果が出なかったら、私、魔女を辞めるわ。本当よ。そろそろと腕捲りする、ルオス。さぁ、見せて。片腕だけにつけた化粧水。効果があれば、お肌つるつるなはず。さぁ、さぁ、さぁ。
……。じっと見つめ合うこと、しばし。やったわ。男の人にしてみれば、気味悪いくらいすべすべの肌。片腕の肌は、疲れたようにくたびれている。ほら、見なさい。効果はあったでしょう。これで文句はないわよね。これは、きちんとした、化粧品です。あら、まだ、何か言い足りないようね。え、麻薬?
だから、これは麻薬じゃないの。原料なだけ。それに、きちんと毒を消してあるの。郵送で、首都の研究所からも無害だって検査証明してもらったわ。毒消しって、不思議な効果がある≪魔女≫の血に決まっているでしょう。だから、こうやって刃物で指を…え、止めてくれ?
何よ、貴方。効果がきちんと証明されたっていうのに、まだ、抵抗するの。困ったことに、ご近所さんから、評判が良いのよ。だから、もう少し様子を見ていてちょうだい。そういうと、渋々と、本当渋々だけれど、怪我の治療をしてくれた。
それから、今週末はルオスの誕生日だったのよね。もちろん、準備は万端よ。旅行に行っていた時に、良い物を見つけたの。お金もあまり持っていなかったし、ルオス自身も邪魔になる物は好まないと思ったから、小さなペンダントなんだけれど。もちろんそれだけじゃないわ。中はロケットになっているの。私がここに来たときに見せて貰った、ルオスの家族写真。あれを入れるつもり。きっと喜んでくれるわ。
彼がお仕事の時間にこっそり女将さんから借りて、レクタの家へ。やっぱりお金持ちって良いわ。それなりの設備があるじゃない。でも、私には扱えないから、複製をお願いすると、レクタは快く引き受けてくれた。有り難う、レクタ。受け取った写真を入れて、何度も確認。綺麗に包装紙に包んで、リボンもかけちゃう。うん、会心の出来。ルオス、早く帰ってこないかしらね。
彼が帰ってきたら、持っていたクラッカーを引っ張った。パーンッと良い音。うふふ。驚いている。そうね、流石に人に向かって引っ張るなんて、私ぐらいなものだわ。でも、ルオスって丈夫そうなんですもの、大丈夫よね。それから、いつもよりちょっとだけ贅沢なお夕飯。私も手伝ったのよ、すごいでしょう。
さてさて、お夕飯も終わったら、早速プレゼントを手渡し。あら、不審がっているわね。そうよ、小さいのよ。リボンだってピンクだし、一見すると婚約指輪でも渡しているみたいよね。残念ながら、貴方は男性だけど。さぁ、開けてみて。
開けてみて、ルオスはさらに不思議そうな顔をする。まぁ、失礼ね。ただのペンダントだと思わないで頂戴。第一、蓋の部分に留め金とかあるでしょう。もっとよく調べて。私が「開けて」と指示すると、ルオスはやっと中のロケットに気がついたみたい。
驚いている、驚いている。じっと写真を見つめて、それからはにかんだように「有り難う」ですって。あら、まぁ。そんな笑顔で言わないで頂戴。こっちが照れちゃうわ。』