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魔女の日記  作者: 和砂
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1ページ目の、その前に

ネタばれ。

DHに出てきた魔女さんの、若いころの日記。

 高いビルで区切られることのない青い空は、彼女の頭の上を広がっていた。天気はとても良い。お昼寝には最適である。風も穏やかで、ふとしたらまぶたが下りてしまうかもしれない。けれど、彼女にそんなことは出来なかった。まず何をしなければいけないかというと、この、不幸にも下敷きになってしまった彼の上から急いで退いてあげることである。しかし困ったことに、彼の上は座り心地が良い。つい、心の中の自分が困っていると、下の彼が呻いた。突如落ちてきた彼女を受け止める事に成功した彼は、気絶するような繊細な人物ではないらしい。『怒られるかしら?』と彼女は、ますます困って彼を見下ろし、そして常に伏せたような眼を、常任にはわからない程度に微かに見開いた。先ほど見上げた青空が前にある。彼女はそれを良く観察するように、上体を屈ませた。いや、それは下敷きにしてしまった彼の眼であるとわかってはいるのだが、そう、とても素敵な瞳だと思ったのだ。

「………×××××?」

 ぼうっと見惚れていたためか、背部の痛みに呻くようにして上体を起こした彼に声をかけられる。相手は痛みに軽く顔をしかめたものの、どちらかというと彼女を心配したように声をかけてきたわけである。だが、彼女は一瞬にして動きを止めた。ますます困ったように、彼をじっと見つめ続ける。彼女の常識なら考えられない髪の色もそうなのだが…。

「ごめんなさいね、わからないの」

 彼女の声を聞き、彼もまた、瞠目した。そうして気付く。深い青の髪に青い目の、とても座り心地の良い素敵な彼は、どうやら彼女とコミュニケーションがとれないようだった。




◇◇◇




 咄嗟の事に、考えないでも体が動いたのは職務故か。彼がしっかり状況を把握したのは、人一人ぶつかった衝撃に、さらに背中で取った受け身の痛みの後だった。受け止めた女性は上手く彼の腹をクッションにして着地したようだ。痛みにしかめた顔に影がかかったのが瞼越しにわかる。ゆっくり目を開ければ、光の加減だろうか、深紅の宝玉が目に入った。それが伏せられた彼女の瞳だと気がついたのは、そのまた後の事だが。

 しばらく彼女はじっと彼を見つめていたが、うんうんと唸ると、そっと上から退いて傍にしゃがみ込んだ。先ほどの、彼の上に落ちてきた時もそうだが、彼女はずっと無表情を保っており、精々、微かに眉根や唇が動いた様に思えるだけだ。何を思っているのかわからない顔で、口を開かず、じっとこちらを見ている。

「大丈夫か?」

 とりあえず彼が立ち上がると、彼女は自分の口を指し、少しだけ唇を動かした。彼は一瞬変な顔をし、そしてざっと彼女の全身を見てみた。

 年は彼よりやや年下だろうか。学生服らしき物を纏っていることからも、それが伺える。表情はどこか無表情に近く、伏せられた目は紅葉のような不思議な赤。髪は赤みがかった茶髪で、この国でもよく見かける色合いだった。彼女が着る服は見慣れない物であり、さらに彼女がいきなり空から振ってくることがなければ、彼は特に注意を払わなかったかもしれない。しかし。

「………………」

 じっと見続ける彼を何の抵抗もなくじっと見つめ返す彼女の、周囲とは違う違和感のようなものが、彼の勘に引っ掛かった。「名前は?」と尋ねると、彼女は一瞬にして困惑の表情を向けてくる。まるで、聞いたこともない言葉を耳にしたときのように、尋ねた言葉を繰り返した。そして首を傾げる彼女に、彼は少し困った顔をする。

 と、ふと彼女が視線を逸らした。それまで熱心に見つめられていたため、ふと気が抜けるが、彼女は周囲に関心を持ったらしい。右を見て、左を見て、再び右を見て、こちらを見て、さらに上を見て、下を見て、最後に自分の全身を見るように首を廻らすと、彼にはわからない、聞いたこともないような言葉で何事か告げた。

「××××××××?」

 聞こえていないと思ったのか、もう一度告げる彼女。わからない。彼が困惑していると、彼女はちょっとだけ不機嫌そうな顔をして、恐らく別の言葉(発音がなんだか違っていた)を何度か試していた。その全てがわからない。どう対処するべきか。

 しばらく何も考えが浮かばないなりに考えていると、彼女は待つことに飽きたか、身を翻した。そしてカッカッとそれほどヒールの高くない靴であるにも関わらず、音を立てて歩いていく。歩調は思いの外早く、彼は呆然と彼女を眺めた。が、彼女が道沿いに立ち、警戒もなく道を渡ろうとするのを慌てて止める。何かわからないなりに、彼は、どうやら彼女を放っておけないことに気がついた。


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