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穿つ少女のキャンドルと、異国で生まれた純白の塔  作者: おかしばっかり
二章 グローバルフォールの使者
9/35

2.2 白の機械

 虚空にくっきりと、誰かの笑い声が浮かび上がってくる。同時に、こちらに向かって誰かが歩いてくる。

 それは歪んでいて、邪悪で、悪いものとしか言えない。声も、動作から発生する音も。

(今まで何をしていたっけ?)

 どこまでも奥行きのある暗澹の中、現在の状況を把握できないレイラは自分のこれまでの行動を振り返る。

 少年に説教をしようとしていた事。謎の料理と少年の料理を食べた事。大きくて低い地鳴りと、振動を感じて店を飛び出したこと。そうして、自由奔放なケーヴィを発見した事。それから――。

「……!」

 レイラは瓦礫の隙間から忍び込んでくる光に向かって、手探りをする。それから、自分の体を圧迫している少し大きめの何かを押しのけて自由を確保して、更に、暗澹を作っている何かを押しのける。

 それの正体は固くて、重いから恐らく瓦礫なのだろう。とにかく彼女の脳裏には全てが思い出されて焼き付いている。

 さっきまで全身をなめまわしていた狭くて蒸し暑い感じは、外の光を全身で受ける様になってから、一切途切れた。真新しい空気と緩い風で体の隅々が冷却される。同時に、女性の矛先によって、自分の体の節々に鈍痛の走っている事も自覚する。

 レイラはよろめきながら立ち上がる。しかし、体は完全に自由とはいかない。痛みやらなにやらで、手足の統率がとれないのだ。

 そんな事をしている内に、いつからそこにいたのだろうか、女性代弁者はもうすぐそこまで来ていた。

「ぅぅう……」

 何者かの声は、レイラの耳に忍び込んでくる。その呻く声のする後ろを見たら、どうやらケーヴィは一足先に瓦礫から脱出していた様子で、しかし、自分と同じように苦痛によって動く事を阻まれているらしい。そうでなければレイラの知っている彼女は、呻くなんて行為をしない。

 絶体絶命の窮地。今までにもこれからも発生しないような、それ。もはやこの場で、自分達は女性を停止させる事は叶わないのか。自分に残された手段を、未だに朦朧の残る思考の全てを使い尽くして考えて、考えて、考える。それでも思いつかない。

 ケーヴィは恐らく戦えない。ではレイラはと言うと、魔法術を顕現する為のブローチも手元にないし、キャンドルだって同様だ。逆に、プライベートでも戦闘準備は万全であると言い切れる人物など、元老院には存在しない。それこそ戦闘狂でもない限りは。従って彼女は、必然的に諦めるしか手は無いという事に気付いて、もう動く事を止めた。

 女性はよろよろと、着実かつ不気味に迫りつつ言う。

「ハッハッハ、やっぱりガキじゃ勝ち目はねぇよなぁ? ……こっちも実動部隊はってんだよ。無能共が」

 こんな状況にも関わらず、職業人の性か、レイラは『実動部隊』という単語について、どういう意味が包含されているのだろうと推察してしまう。それを理解した所で、通報を受けた元老院の増援の到着までに、恐らく自分達はこの世からいなくなっているというのに。

 レイラは結局、自分の朦朧している思考でそれを咀嚼する事は出来なかった。だとしても、目の前の女性にこれ以上話しかけたり、真相を確かめようと思う気持ちもない。それに意味はない事だし、そもそも彼女にはそんな気力ももう残っていない。

 大地に散乱した埃を蹴散らし踏みつけて接近して来た女性は、レイラと目と鼻の距離で静かに、ゆっくりと歩む事を止めた。

「あの世でお幸せに。 アッハッハッハァ!」

 座り込むレイラは見上げる。淡い星の光を背景にして、しかし、その美しい情景にぽっかりと邪悪が浮かんでいる。加えてそれは、余りにも大きい。だから、もう本当に終わりなのだと納得するのに、それほど時間はかからなかった。

 未だに背後からはケーヴィのうめき声が聞こえてくるのだが、彼女には悪いと思いつつ、レイラは目を静かに瞑った。最後に自分の網膜を焼いた光景には納得できなかったが、それは仕方のない事である。それを気にする事ほど無駄な事は、他にないだろう。

 いよいよもって、終幕。

 考えても見れば、レイラは最初から最後まで安眠する事は出来なかった。一体、悪夢の正体は何だったのであろうか。そんな状態でも、ケーヴィという奔放な少女と仲良くなれて、ローレンスからのお節介を受けて、そうやって彼女はここまでこれた。惜しむらくは、彼らに感謝を伝える事が出来なかったという点か。

 何やら、シュー! という音が大きくなって、轟音と呼んでも問題ないレベルに成長して来た。この音は代弁者の奇跡を放つ際の音だろうか、レイラにはそれはわからない。だからどうという事はないのだが。

 だが、どうしてもレイラは、『これ』ばっかりは気にしてしまった。

「うおおおおぉぉぉぉ!」

 気になる音――声は、割合離れている。

 どこからか突然やって来た絶叫は、黙り込む空間全体に色を添えた。直後に響いてきた爆音と風圧も、全てを目一杯に彩った。

 レイラの思考は全く追いつかない。何が起こっているのか。

 その場にいたのが元老院の調査部の面々であれば、それはまだ理解できる。奇跡的にも彼らは短時間でここに到着して、すぐさま活動を開始したのだと。だが、そうではない。現在場を掌握している闇に対して、真逆の色合いの純白は、元老院の法衣ではない。

「クッソ!」

 代弁者は叫びながら飛び上がり、場馴れを無言で象徴する軽やかなステップを二~三回踏んで後退した。

 代弁者は、目の前から何者かに強襲を受けた。強襲者はつまり、ケーヴィやレイラの座り込む座標を後ろから飛び越えて、『白』を振るったという事だ。この様な事が出来るのは、特別な力を宿した者だけである筈。

 にも関わらず、そうでない者はそれをやってのけて、レイラに迫る凶器に立ちふさがった。

「おい! 大丈夫なのか!?」

 それは、一介の少年。ただの修学にやってきた、少年。そしてその少年の名前をレイラは知っている。当たり前だ、先程食事をごちそうになった相手なのだから。

「どうしてあなたがここに……」

 とにかくそう聞くしかない。

 極東機構都市地帯出身者は、特別な力を体内に宿していない。つまり、代弁者だったり魔法術師だったりといった特別な者達でない。

 だからこそ、極東機構都市地帯は特別な力に執着をせずに、全く別の方向に進化していった。その結果として彼らは、先進機械技術という誰も成し得なかった可能性を獲得したのだ。

 だから、レイラの目の前に立つ少年にも同じことがいえる。要するに、可畏は特別な力を体に宿していない。であれば、謎の『白』を振るいつつ彼女らを易々と飛び越えて、事もあろうに特別な力を宿す者同士の戦いに身を投じる事の出来る力は、どこからやってくるのだろうか。

「まさか、あなたはロボ……」「んな訳あるか」

 どうやら彼はロボットではないらしい。

 だったら彼の正体は――。

 レイラの解釈が追い付くのは、時間の問題だった。

 可畏は極東機構都市地帯の人間――どうやらそうらしい――だ。彼らは機械という観点から人体拡張を行ってきた。従って、彼の両手にはまっている純白のガントレットと、それが握っている細長い白の剣の正体は、歴然だ。

 それは、機械的なもの。そして、特別な力を持つ女性代弁者を後退させるだけの力を持つ、恐らく武器。

 レイラは結論を下した。修学しにやって来た少年は、異国の人間同士の特別な力の衝突に、機械の力を用いて身を投じたのだ。だが、彼女は疑問を全て解消できない。理由だ。なぜ、修学にやって来た筈の彼は、こうして戦闘行為の真っただ中に、しかも自らやって来たのだろうか。

「どうしても何も、いきなり店から飛び出したから追っかけてきたらこれだったんだよ」

「だから、どうしてこんな危険な……」「危険だから出てきたんだよッ!」

 可畏の言葉に割り込ませようとしたら、逆に彼に重ねられてしまった。

 だが、危険故とは。

 そんな事を言われても、彼女は困ってしまう。危険に身を投じる必要のある職務に、彼女自身が就いているのだから。そこに民間人である少年を巻き込むことは出来ない。加えて少年は修学にやって来た外国人だ。『修学に来た少年は、しかし、戦闘行為によって亡くなりました』などと発表すれば、元老院の存在意義に関して問題である。だから、他国の少年にレイラの仕事、ひいては自国の問題を任せっぱなしにする事は、レイラには出来ない。

 頭ではそう思っていても、体が付いてこないのだから仕方がない。とにかくレイラは、わずかばかり残った余力で声を張り上げた。

「さっさとここを立ち退きなさい!」

――しかし。

「いやだ。俺は退かないよ。こんな危ないところに『友人』を放っておく事なんて、俺には無理だ」

 可畏は、あっけらかんと言った。まるでレイラの気持ちを無視している。それでも彼女は、友人と言った彼の本心を理解する事は出来ない。一体異国の少年は、友人としてここに立つ事に何らかの意味を見出しているのだろうか。

 逆に、別の意味であっけらかんとしてしまったレイラだったが、そうもしていられない。少年のシルエット越しに見える代弁者の顔の一部は、一部というだけで余りにも禍々しい。

「おい、もういいか? ……返事がねぇな、じゃあなバカ共」

 口汚い代弁者は、見るも憎々しい態度で揶揄してきた。それが揶揄だとしても、彼女は本気だろう。つまり彼女のこの後の行動は、台詞に沿ったものとなる筈。

 突然、代弁者の広げた左右の手に呼応して、大地は今までにない圧倒を見せつけてくる。なんと、周囲一帯にまき散らされた『全部』は、ガタガタと震えだした。本当は、ガタガタなどと表現できる様な規模でない。

 結構近い距離にいる代弁者の眼が見える。その眼は真っ赤に染まりきって、明らかに充血している様相である。だからレイラは、とうとう代弁者の持てる本気の、全放出を目の当たりにする。

「一色しか扱えねぇ訳じゃねぇんだよ。『疲れる』からそうしたくねぇだけだ。 まぁ? 下らねぇ茶番代は? ……きっちり支払ってやるよぉおおおおおおおおお!!!」

 代弁者の絶叫に伴って、大地に散乱したあらゆるゴミは規律正しく立ち上がった。そして、立ち上がったそれらは全て統率を代弁者に委ねる。つまり、それらはガタガタと揺れる事を止めて、すべての鋭利な部分を、少年と少女達に向けた。

 その後は――。

 代弁者は、自分の喉をつぶさんばかりの絶叫を解き放って、それから恐らく、自分の力の全てを解き放った。そうなれば、周囲に散乱している彼女の凶器達もまた、全てを振り乱して突っ込んでくる事は必然であり、明白だ。

 ザッ! と、空気は身を引いた。レイラは、殺戮の舞台に立つ凶器達の為に、それらが席を譲ったのだと思ってしまった。そして、一斉にして凶器は、四方八方から加速しつつ降り注ぐ。

 もうレイラは、少年の背中を見つめるしかやる事を残していなかった。

 無力。何も出来ない。

 この状況において、彼女はやる事を失ってしまったのだ。少年に逃走を促す事も、自分の持てる残りのエーテルを魔法術に還元する事も、何もかも。そして、彼女は遂に目を瞑った。自分の為ではない。民間人の犠牲を見たくなかったのだ。

(まだ?)

 代弁者は、どうしたというのだろうか。彼女の放った筈の破壊は、いつまで経ってもやってこない。先程の調子から推察するに、とっくの昔に自分の体を引き裂いて散らかして、レイラという視点からの世界は終わった筈なのに。

「こんなもんかよ?」

(!?)

 少年の声。凶器の真っただ中にいた彼は、真っ先に粉になっている筈。にも関わらず、彼の声は未だにレイラの鼓膜に入り込む。そんな彼の声はどこまでもたくましく、周囲に広がる重苦しい闇を強引に引き裂く様であった。だからレイラは、驚きやら何やらで訳が解らなくなって、とにかく目を開く。広がる闇は、本当になくなったのか。

 眼前に、未だ少年はいた。ただ、立っていた。一体何が――。

「オラクソガキ、何しやがった!」

 女性もレイラと同じく、現実に対しての思考の追従は遅れている様である。確かに、この状況であれば、女性の気持ちも少しは察せる気がする。なぜなら、彼女のこれから放とうとしていた瓦礫の全ては、突然にして破壊の意志を失って、周囲の大地にそうあったかの様に転がっているのだから。この様な光景を目の当たりにしてしまえば、何らかの小細工を行ったのは相対者である少年と、直ぐに結論を導ける。

 疑問の渦中の少年の手に握られた純白は、その細身の刀身の横に彫り込まれた一本のラインを紫色に発光させている。その発光は弱くなったり、強くなったりしている。やがて紫色の光は徐々に、そして確実にその発光力を失って行く。

 完全に発光が収まり、一本のラインはただの黒い筋になってしまった。それから可畏は周りに聞こえるくらい大きくスッっと息を吸い上げて、目一杯の時間をかけてから全部をいっぺんに吐き出して言う。

「俺には詳しい事はわからないけど…… こいつには特別な力の源を吸収する装置がついてる。お前のクリードの出力とこいつの吸収じゃ、こっちの方が早かったみたいだな」

「クッソガキ……」「次は俺の番だ」

 極東機構都市地帯は、特別な力の吸収などという機構を開発する事に成功しているのか。国内で法規違反者を裁く仕事をし続けている彼女は、そんなグローバルな話を耳にした事は今回で初めてである。そんな話を聞いてしまえば、渾身の力を放った代弁者の態度も納得――不服であるが――できる。しかし可畏はそれすら許さずに、これから反撃を行うという旨を、代弁者の怨嗟に重ねて口ばしった。

 ゆっくりと、可畏は純白の兵器を空に掲げる。すると、先程紫色に発光していた、刀身の両サイドは再び発光を開始する。それは、先程の様な色でない。まるで大地に万物を生み出した太陽の様な、黄金。

 黄金色は、徐々に強くなる。

 まだ、強くなる。

 もっともっと、底知れず、強力に発光する。

 遂に黄金色は、文字通りの意味で、闇を掻き消し、蹴散らした。強大な力の競り合う一帯は、完璧な黄金色によって無欠の空間と化す。星の光など、もはや見えない位にそれは強く、レイラは手を顔の前にかざす事で網膜を焼く光を遮った。

 若干の間に、壁面やら瓦礫の破片やらに反射して光量が弱くなっている黄金を目に入れる事で、レイラは目を慣らして、視界を遮る手をどかす。そうする事で、先ずは可畏を見る。すると、可畏の持つ純白の刀身自体は既に、黄金で塗り固められた、さながらそれその物の様相を呈していた。その黄金を彼は大きく大きく、天に向かって振り上げてから。

「おおおおお!」

 咆哮の後、沈黙。一瞬だけ、この場に流れているあらゆる空気は止まった。そして、可畏は蓄えた黄金を自分の背面に来てしまう位に振りかざすと、彼自身を支える大地をいっぺんに蹴っ飛ばして、前へ前へと突っ込んでいった。彼の向かう先は、代弁者の立つ座標だ。

 同時にレイラは、黄金の前に聳え立つ代弁者の顔をも目撃した。目撃してしまったのだ。その顔は忌々しいものから、更に醜く歪曲しきって、同じ人のそれとは思えなかった。彼女の表情だけが、神聖を想像させる黄金の空間で嫌に目立つ。

「クソガキ、ありがとうな。で、さようならだ」

 レイラは代弁者の喉の奥から出てきた邪を受けて、彼女の言っている意味は紛う事なき真実であり、彼女の意志そのものだと悟る。この空間全体は、黄金という一色に染まっている。そして代弁者は色を扱う。従って、この戦闘領域全体は、代弁者の手中にあるという事か。だからレイラは少年の身に迫る事態を警告として口から投げつける。

「可畏、危ない!」

 遅い。レイラはそう思う。

 発言の語尾の辺りに差し掛かる間に、代弁者は何かを空に投げつけた。それは、可畏の持つ黄金からの光を受けて、それこそ星の光の様に空中で瞬く。それらは代弁者の空中で広がるだけ広がってから、ピタリと停止した。そのまま代弁者は、何かをばら撒くために天に高く持ち上げた腕を器用にクルリと返して、可畏に向かって指を指す。その刹那。

 ヒュン! と、空気の間を縫って、何かの数々は一斉に可畏に向かって、しかも一個も軌道を逸らす事なく直進してゆく。それらの速度はどれくらいであるかなんて、見ただけではわからない。しかし、明らかに速い。人体に食い込んで、それを破壊するだろうと想像する事は容易である。

「死ねおらぁああアッハッハッハッハァ!」

 黄金を受けて輝く何かの破片の隙間から、手を腰の辺りで広げて、天を仰いで笑いを蔓延らせる代弁者は見えた。それは精神を豪快に削り、毒する。それを真正面から受けていた可畏は、しかし、それをもっても脚を停止させる事はない。

「おおおおおぉぉぉぉ!」

 可畏の持つ黄金は、彼の右側方に真横に倒れた。彼がそうしたのだ。そうして、黄金を一気に――。

 可畏は、白い兵器の一部であるガントレットを握る両の手に、渾身の力を込める。その渾身の力を受けたガントレットは、彼の意志を尊重する様に、白くて細身の剣に莫大なエネルギーを供給する。エネルギーは、空間全体に漂う、恐らく少女達の発生させたエーテルの残滓だったり、代弁者の解き放ったクリードの残滓だったりする。それを極限まで蓄えて、飽和状態を維持しつつ、攻撃の際の力に還元し、力の後押しをするのだ。

 ブオン!! と、非常に豪快な音は、可畏の直近にある全てを薙ぐ。その瞬間に、白い細身の刀身はエネルギーを放出した為に、一瞬だけ分厚くて巨大な金の塊となった。その厚みは、彼の体を完全に隠してしまう程に、巨大。従って、比較的前方広範囲から迫って来た無数の何かは全て、即座に立ち消える。余りに豪快な音が響くものだから、代弁者の放った何かが砕けてなくなる瞬間の音は全部飲み込まれて、可畏には聞こえなかった。

 そのまま、顔だけ天に向けて、下目でこちらを睨んでくる代弁者に向かって、可畏は一気に突っ込む。最後に大地を強く一回だけ蹴ると、可畏の体は放物線を描きつつ空気を潰して、代弁者の体に迫った。

 全開の出力を保って、可畏は代弁者の胸の辺りに照準を定めて、黄金を体の下にぶら下げて、尋常ならざる速度で真上に振り上げた。

 圧倒。ただ、一瞬にして圧倒は周囲を席巻して、強力という単語を連想させる数々を散布した。

 音。

 可畏は、鼓膜だけでなく、四肢全体から音を拾う。その音は余りにも重くて、低くて、しかし高周波も混ざっていて、長い。

 衝撃。

 攻撃だけでなく、大地全体をすくい上げる。その衝撃はとてつもなく素早く、巨大で、しかも鋭い。

 色。

 それは、どこまでも神々しく、無骨にして繊細。その色は白い兵器を中心として広がり、可畏の周辺に至っては、全てが金色に染まる。

 それらは瞬間的に発生して、空気を切り裂き、大地を切り裂き、振動を起こした。次の瞬間にそれらは、可畏の背面から全部の空気を拾い集めてきて、可畏の振るった剣の方向に向かって風を吹き飛ばす。軽いゴミはそれらに巻き込まれ、重いゴミは気流の邪魔となってヒュウという甲高い音を発生させた。

 そのままの勢いを殺さずに、可畏は大地に着地する。彼と兵器の重さを支えた大地はゴリゴリ低い音を上げて、着地者の体をスライドさせた。二~三メートル程スライドした彼は、まずは豪快に体をねじらせる事で後ろに振り返る。

 そう、衝撃の手ごたえが一切なかったのだ。完全な空振りの感覚をガントレット越しに感じた彼は、背後にまだ代弁者の存在はあると確信してその行動をとった。しかし、風の残滓と立ち込めた微細な埃以外に、そこに存在はない。あるのは、遠くからこちらを見つめている少女と、大地に横たわる少女のみ。

 索敵に精を出す彼の両手に握られた純白の兵器の黄金色は、一瞬にして小さくなった。それはやがて加速的に縮小を進めて、全てが消失した。それから純白の兵器の刀身のラインは、今度は青色に発光を始めた。その光は先程の黄金には遠く及ばないが、それでも彼の直近の周囲を明るくするだけのそれを放つ。可畏は、一撃で黄金の源である吸収したあらゆる力を放出した故にモードを切り替えを行って、兵器に、自発的にエネルギーを生成する方針にシフトさせたのだ。

 遠くからこちらを見つめてくるレイラは、星の光を受けて、特徴的な銀色の長い髪の毛を輝かせる。その髪の毛は彼女の何かしらの動作に呼応して左右に揺れるから、反射によって発生した淡い銀色は彼女の周囲に拡散する。その動作と共に、彼女は叫んできた。

「上!!!!!!!」

「おせぇよぉぉぉ、ガキャァァァァ!」

 怖気。そして、焦燥。

 可畏の上方から聞こえてきた声は、そういった様々な負を万遍なく堪能させてくれる。彼にとっては全くありがたくない。とにかく彼は、そんな事を言っている場合ではないのだ。だから彼は本能の赴くまま、負から逃れる様にして剣を前方から上方に向かって、腰を入れて振り上げた。そうして、その大きなモーションに連動させて、彼自身の体も同時に移動させる。

「おせぇっつてんだよぉぉぉぉおおらあぁぁぁぁ!」

 体を一気に収縮して、持ちうるすべての力を放出しつつ、純白のガントレットからの人体機能の拡張を受けて、大地を滑りながら移動した。確かに移動を行ったのだ。にも関わらず、上空から迫ってくる女性は振った剣を一番初めに制してから、『遅い』と彼の行動を言葉で一蹴した。そう言えるだけ、彼女には自身があるのだろう。

 だから。

 可畏は上空から女性の色の奇跡を受けて、瞬間的に大地に突っ伏した。どうしてそうなってしまったのかは、代弁者の力に起因するのだろうが、肝心な詳しい仕組みに関してはわからない。ただ、腕とか足を引っ張られる感覚の後に、彼の体は、立っている状態から即座に大地に向かって墜落した。その際の衝撃に起因して、彼の手に握られた防衛と攻撃の要、純白の剣は遠くに、滑る事で離れていった。

「ガッ……!」

 一瞬で地面に突っ伏して、しかも彼は何の準備もしていなかった。自分の体をスライドさせるようにして上空の代弁者から逃れようとしていた彼の体勢は、当然崩れている状態でもあった。従って彼は、意図せず衝撃などの圧力を全身から受け止めてしまい、これまた意図せず口から苦痛の声が溢れだしてしまった。

 仰向けになって大地に伏した彼に対して、代弁者は落下してきつつ、加えて、一切容赦をする様子を見せない。

「アッハッハッハッハァァ!」

 代弁者は一直線に、大地に伏す可畏に向かって落下してきた。それも驚くべきことに、頭を可畏に向けて――即ち、大地に向かって頭から落下して来たのだ。一体どれ位の距離を落下してきたのかはわからない。とにかく彼女は顔一面にべったりと張り付く笑みを蓄えたままに、落下の風圧を受けても瞬き一つせずに可畏の両眼を見つめて、落ちてきた。

 もう幾許かの距離もない事だけは理解出来る。可畏の視界の中で、女性代弁者の気持ちの悪い笑いの面積は、加速的に大きくなってゆく。

 そんな状況でも、代弁者の力に因るところなのか、手足は地面に張り付いたままピクリともせずに可畏に動く事を許さない。そんな彼の中で燃え盛っている焦燥の塊は、更に油を注がれる事になる。

 女性代弁者の手。非常に鋭い光を放つそれは、非情な結果をもたらすのだろうか。

――得物。

 彼女の手に、かなり大きめのナイフは握られていた。ここに来て、女性代弁者は自分の力を用いずに、ナイフというありきたりなアイテムを、物騒な凶器へと変貌させて、両の手で駆る。焦る可畏の顔を見つめていた女性は、口だけでなく目つきさえもドロドロに溶解させると、それを自分の顔の前に突き出した。つまり、このまま行けば、落下の勢いで可畏の体が貫かれる事は必然か。

 絶体絶命。まさしくそういった状況をかみしめる可畏。それでもあと数瞬は残っている。つまり、可畏にはまだ時間の猶予が存在する。

 彼が最後に残された時間で行う事は決して、レイラという少女を助けようと戦闘地帯にフラフラ足を踏み入れた、自分に対しての批判や叱咤などではない。寧ろ、彼女を助ける為に出来る行動を、それこそ馬鹿の一つ覚えの様に施行し続けるだけだ。

 そう、可畏は純白の剣こそ手から離してしまった。それでも人体の拡張を行う、戦闘に関しての重大性を担っている部位は、未だに彼の両の手にはまった状態で、闇夜の光を受けて白く輝きを放っている。

「おらあああああああああああ!!!!」

 凄まじい絶叫を繰り出して、可畏は自分の腕の筋肉を収縮させる。

 まだ、収縮させる。

 もっともっと、それを繰り返す。もう少し。もう僅かだけ。

 やがて、大地はメリメリという悲鳴を上げた。いや、それが彼の手から聞こえてくる音なのかどうかはわからないが、とにかく可畏はその音を聞いた。そして、自分の手に戻って来たコントロールの全てを、触覚から確かめた。

 可畏の腕はじりじりと空中に浮き上がる。今まで見えない力によって張り付いていた全身の内、彼の両の腕だけが復帰を果たしたのだ。彼の腕だけが、最後の城壁。そして、最後の兵力。

 もう、女性代弁者は手を伸ばせば届く位置で不気味を放っている。ナイフは――。

「死ねクソガキがあああぁぁぁ!!!」「うおおおぉぉぉぉ!」

 邪で禍々しい、負の全てをしょい込んだ真っ黒い声音と、それに抗う強き少年のたくましい声音は混ざり合った。そして直後に、金属同士を激しくぶつけ合う音もそれらに追加される事で、彼らの周囲は躍動する戦の音の再現の完了を迎える。

 金属同士。つまり、女性の握ったナイフと、少年の腕にはまり込んだガントレット。一方は何の変哲もないナイフ。もう一方は、極東機構都市地帯で作成された、技術の塊。

 そこからもたらされる結果は、歴然としていた。

「ッ!」

 女性は発声しようとした。だが、それは叶わない。

 可畏は、左腕でナイフの刀身を、横から殴りつけた。その衝撃や速度に圧倒されたそれは、いっぺんに女性の手から滑り落ちて、吹き飛んだ。立て続けに彼は、女性代弁者の顔色の変化に見向きもせずに右の腕を真下から、一気に女性代弁者に振るった。彼の右腕は落下してくる女性代弁者の肩甲骨辺りに直撃して、しかも落下の衝撃すらも掻き消して、彼女の体を真横に薙ぎ払った。

 強烈な衝撃を受けた女性代弁者は、もはや悲鳴を上げる事すらままならず、地に伏す彼の頭の方向に向かってフェードアウトし、着陸の勢いをもってしても転がり続けた。五~六メートル程飛んでから、彼女はやっと停止した。その瞬間に可畏の体は大地から解き放たれて、ようやく彼に行動の自由を許した。

 決着は、ついたのだ。

 驚くべき結果。この結果から、レイラは少年の正体に嘘偽りの含みを想像してしまう。

 キャンドルを所有していなかったとはいえ、レイラは元老院異端審問部所属の審問官なのだ。こういった事態にも一応は手慣れている筈。にも関わらず、一介の少年――しかも彼は修学に来た――は、レイラの今までに遭遇した中でも強敵の部類に含まれる人間を、たった一人の力で制してしまったのだ。これを目撃してしまえば、可畏の正体は兵隊か何かで、彼の言う修学は方便であり、極東機構都市地帯からのスパイか何かかと疑ってしまう。

 とにかく間抜けな顔を見せつけつつ、レイラは座り込んだままであった。そうしていると、レイラの視界内に収まっている可畏は軽い調子でフッと息を吐いて起き上がって、彼の少し離れた位置に落ちていた純白の剣を握り直した。

 彼の手にした純白の剣は、少しの間持主に見つめられてから、突然にして刀身が短くなった。どの様な機構が搭載されているのかはレイラにはわからないが、彼の握った持ち手の中に、どうやら全ては収納されたらしい。

「大丈夫かー?」

 可畏は地面を踏み躙るジャリジャリという音をさせた刹那に、小走りで座り込むレイラに駆けて来つつ、非常に軽い調子で口走る。生命をかけた戦いの後にこの様な態度の取れる少年は、しかし、どうして中々、探しても見つからないだろう。流石の彼女も、呆気にとられる。

 現にレイラは、強敵との凌ぎ合いに終焉が来た事を理解して、全身から疲労を染み出させている。本来は早急に、若干ばかり離れた位置で伏している代弁者の四肢を厳重に拘束せねばなるまいのに。

「『大丈夫かー』じゃありませんよ、全く! 死んでしまうかも知れなかったんですよ!」

 命の恩人にも関わらず、レイラは彼の顔を見るなり、強く叫んでしまった。

 改めて考えてみても彼女は、本当にその通りと思う。国内の事件に巻き込まれた外国人は重篤な障害を負った、という事態になれば、それだけで問題となるのだ。いや、寧ろ彼は死亡する可能性もあった。それこそ大問題である。

 国家の立法機関に所属している彼女にとって、それは認められない。故に、ひとまず下火になった問題の区切り目なのに、彼女は彼を叱ったのだ。

「そうなったとしても、友人が目の前で死ぬ事は見過ごせないよ」

 またもや。彼はさも軽いといった調子で友人と口走る。

 たった二日。時間にして数時間。そんな付き合いしか、レイラと可畏の間にない。一般的な考え方なら、明らかに圧倒的な負をまき散らす特別な力を持った人間に相対してまで、数時間の付き合いしか存在しない人間を助けようなどと思わないだろう。そう思ったとしても、少なくともレイラは、恐れから行動出来ない。ましてや、レイラは可畏に叱咤を浴びせようとして呼びつけたのだ。

(この人は、何を考えているんでしょうか……?)

 意味がわからなくて、とにかくレイラはボーっと彼を見つめるしかなかった。

「キッヒヒ…… やっぱ、あんたアホだったんだねー」

 よろけつつあるが、ちゃんと起き上がって二本の脚で自立して、ケーヴィはレイラの横に並んで言った。彼女はどうやら少し辛そうであるが、重大な問題は抱えてない様子か。ケーヴィの体に関しての心配をする必要はなさそうなので、レイラはひとまず安堵した。

 それにしても、ケーヴィのセリフは的を得ている。レイラの思っている事を代弁してくれた。

 そう、彼は『アホ』だと思う。それも、空前絶後だ。普通ではない。

「アホってなんだアホって」

「キッヒヒヒヒ」

 レイラの声の代弁に対してどうやら不服があるのか、可畏はとシラッとした、しかし、爽やかさも含んだような、複雑な調子で言い放った。そんな彼を見ていてケーヴィは、大いに笑う。

 が、レイラは自分の中で何かの整合性が合わないような気がして、二人の和やかな円から遥か遠くに外れて、じーっと考える。

 考える。

 考える。

(…………まてまて!)

 ピンとつながったレイラの思考は、彼女に口を動かさせるに至る。

「……ケーヴィ、どこで戦闘になったのですか?」

「え?」

 レイラの感じた最初期の振動は、可畏と共にいたレストラン内部である。

「どこって…… レストランのまえー」

 ケーヴィの回答は納得できる。一番初めに異変に気付いた際の振動は、何しろ大きいものだった。レストランの前で何かは発生した、とレイラも考えていた。

 という事は。

「じゃあ、ケーヴィはレストランの前にいたんですか?」

「いえーす」

 元老院の審問官は、非番だろうが何だろうが、町の治安を乱す行為を発見すれば治安維持活動を開始する。それが誰かに刷り込まれたプロセスでなくても、彼らは自発的に行動する。レイラだって同じである。という事は、先程ケーヴィはレストランの前に『なぜか』いて、たまたま治安を乱す行為を発見して、戦闘を行いながら遠ざかっていったという事になる。

 そう、ケーヴィは『なぜか』そこにいた。

「で、ケーヴィはレストランの前で何をしていたんですか?」

「……え。決まってんじゃん」

 ケーヴィは腰のあたりに両腕を構えて、足腰に力を入れている様な調子で、レイラに背を見せた。不穏である。

 そしてケーヴィは核心部分を言う。

「覗き」

 直後の、ケーヴィのスタートダッシュ。

 瞬間的にレイラは腕を振り上げてケーヴィを追いかける。その際にレイラの横目に入って来た可畏は、何やら状況を理解出来ていない様子だった。

「こら! 待て!」

「キッヒヒヒヒ!」

 レイラは結構大きい声を発しつつ、彼女の背中を追い掛け回す。対するケーヴィは嬉しそうに大笑いしつつ、とんでもない速度で駆け抜けて行く。

 そうこうしている内に、元老院の特徴的な法衣を纏った集団は前方から各々、素早くこちらに向かって走って来た。その人数は、事件の規模を聞きつけたのか、レイラの目検で二十人位はいるだろう。

 ケーヴィはその集団の中に溶け込んで、彼らを壁に使う事で姿を隠してしまった。一体、ケーヴィの先ほどの弱弱しさはどこに行ったのだろうか。こうなってしまってはレイラは、彼女を見つける事が出来ないとわかっているので、これ以上無駄な体力を消耗する事を止めて、束の間の休息に入る決心をしてその場に座り込んだ。

 レイラが後ろを向くと、相変わらず疑問といった調子で頭を抱える可畏の姿が彼女の視界に入って来る。レイラは、彼が何も理解できないのならばそれでよいと思い、今回はケーヴィを見逃そう――レイラは、かけっこでケーヴィに勝った事はない――と心に決めるのだった。

純白の兵器は、籠手と剣で一式です。

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