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穿つ少女のキャンドルと、異国で生まれた純白の塔  作者: おかしばっかり
二章 グローバルフォールの使者
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-12y An indelible memory…… #1

――呼ばれたか。

 とにかく私は忙しいのだが、彼に呼ばれたのならば仕方があるまい。しかし、奴も見境がないものだ。

 直近に警備業務を控えている。それは奴も同様だ。だというのに、奴はよりにもよって、会議室前で雑談でも開始するつもりか。

「余裕だな、ラヴァー」

「何がだ」

 この男は結論から先に言いたがる。だからいつも私は、奴が何を言っているのか確認する作業から会話を開始する。全く、面倒な事だ。

 奴は屈託なき眼光を真正面からこちらに送ってくる。奴の精神状態は常にクリアだから、それが態度に現れているのか。羨ましい限りだ。

「警備の一件だよ。俺とお前ならな」

「ああ」

 どうやら奴は、先のブリーフィングでの内容を評価したかったらしい。今更確認する事かは疑問であるが。

 ジョシュア・ピーク・レガリー。この男が冠する名だ。

 冠するなどと言えば仰々しいかもしれない。しかし、敢えてそう表現したい。まぎれも無くこの男は、調査部の時期トップとなる男だ。その名もきっと、やがては潤沢な価値を誇る事になるのだろう。

 この国では、未だに年功序列が蔓延っている。元老院も例外ではない。奴が調査部のトップになった暁には、その全てを払拭して、実力至上主義として欲しいものだ。

 ジョシュアと私は、同期の仲だ。互いに元老院で成長してきた。そうする中で、奴とは長年調査部で切磋琢磨してきた。まあ有り体に、相棒といった所か。

 今回の元老院の警備も、我々の共同で行う事となった。たった二名で元老院の一角を防衛するのだから、我々は余程信頼されているのだろう。と言っても私は、遥かに奴に劣っているから、奴と比較される様なタマじゃない。奴の魔法術に関して技量はずば抜けているが、私はかなり離されてのナンバー二なのだ。

 それでも奴の相棒は私にしか務まらないのだろう。だから私は選抜された。

 とにかく、お互い管理職なのに、現地で任務とは。そう考えると、誰かに同情してほしい位だ――おっと、こんな事を言っているから、奴の足元にも及ばんのか。自粛せねばなるまい。

「おい、行くぞ」

 ジョシュアは私を急かしつつ、背を向けた。そう焦らなくてもすぐに追従するというのに。

 この男はせっかちだ。周りの人間からそんな事を言われている彼を見た事はないが、私は知っている。だから私はとりあえず、急くジョシュアに、毎度の様に促す。

「急くなよ、ジョシュア。たかだか元老院のトップの外出だろう?」

「刺激が足りないんだよ。ハハハハ」

 余りに爽快にジョシュアは笑うから、私もつられて笑いそうになった。奴の言う通りだ。管理職など、私にとっては退屈そのものだ。だが、今回の警備業務はことさらに退屈だ。そういう意味で奴も口にしたんだろう。

 ジョシュアは歩みも早い。ただでさえ魔法術で劣っているのに、歩みまで遅れる訳にはいかないと無駄な意地をはって、私は奴に追従した。

 私とジョシュアは、ブリーフィングで指定されたルートをひたすらに歩き回る。といっても、元老院の外に出ている訳ではない。我々に与えられた業務は、元老院の庭を歩き回って、不審物や不審者を排除する事だ。管理職にもなれば、元老院のトップの扱う魔法術のレベルは見えてくる。だから、正直言って我々が警備に当たる必要性に疑問を呈せざるを得ない。

「なあ、どう思う」

「何がだ」

 退屈に歩き回っていた私に、ジョシュアは左手に銀の槍を携えて、私の右前方で、右の手をポケットに突っ込みつつ言った。奴も退屈なのだろうか。私はいつも通り、奴のセリフの真意を訪ねる。

 もしジョシュアが退屈だとすれば、私も同感だ。正直言って、こんな事をしているのは個人的にはバカバカしい。確かに昨今、代弁者によるテロが増えてきた。町のあちこちでは大ユグンツィカ出身者に対しての偏見の目も強まっている。

 しかし、かといってだ。元老院の敷地内にいる外国人を目撃すれば、あからさますぎるだろう。何も、我々がここを散歩する必要性などないのだ。

 任務に疑問を呈していた私に、ジョシュアはようやく回答を返してくる。日柄もよいし、風も心地よいから眠気すら感じる『間』だ。要するに、せっかちな奴は、回答を返す時だけはレスポンスが遅れる。

「テロに関してだよ。大昔の戦争の思想を、奴らはいつまで持ち続けるんだ?」

 ジョシュアにしては、かなりヘビーな話題を振ってくるから、私はとにかくびっくりした。いつも楽観的で、小難しい話題を嫌う男な筈なのだが、どういう訳だか、この男は突然にそういった話をしたりする。正直、奴の考えている事は私には理解できない。

「……さあな、それは私に聞かれてもわからん。兎角、私はやるべき事をやるだけだ」

「おい、来たぞ」

 話題を振って来たのはジョシュアだ。それに丁寧に回答してやっている最中に、奴の興味はどこへやら。もうこれに関しては、今更何を言っても『治ら』ないだろう。病気か何かだと思って、私は諦めている。

 ジョシュアの見る方向には、元老院の建物がある。という事は、黒い法衣の連中に囲まれて、中央でぽつりと立つ白い法衣を纏ったのは、恐らく元老院のトップか。自分の仕事であるが、余り深いところまで興味の無い私は、それに全く気付かなかった。

 群がる黒の中にポツリと白が浮いている光景は異様すぎる。だから私はジョシュアに声をかける事を我慢できなかった。

「おい、仰々しいな」

「お前は本当に周りに関心のない男だな。ハハハ」

 すると奴はいつもの楽観的な調子で笑うから、若干ふてくされた私は奴にちゃんと聞こえる様に言う。

「悪かったな」

 尚もジョシュアは笑う。

 悪気はないのだろう。しかし、それにしても豪快奔放な男だ。余程、奴の方が私の心中に対して無関心なのではないかと返さざるを得ない。

 そんな調子で、それこそねじまき式のおもちゃの兵隊みたいにダラダラと庭を歩き回っていると、元老院のトップは、元老院の正面の巨大な門に向かって、黒い法衣の連中に囲まれつつ移動を始めた様子だ。

 門は我々の遥か背後にあるから、トップとはかなり接近する事になるだろう。こういった場合は、特にブリーフィングでは行動を指定されなかった。敬礼でもして停止していれば良いのか。

 果たして、ジョシュアはどうするだろう。奴は、左手に持った銀の槍をバトンの様にくるくる回しながら、相変わらず右腕をポケットに突っこんで歩いているが、豪快奔放な奴の事だ、やはりトップが近づいてきたらその様な振る舞いを継続するだろうか。

 そろそろだ。元老院のトップとの距離は僅かに五〇メートル程といった所か。そして――。

「ラヴァー!」

 異常事態か。奴は私の名を叫ぶ。奴は振り向いて、銀の槍の先端を伸ばしつつ叫んだ。伸びた先端は、槍先に向かって花の様に広がって、光を放つ。

 私は即座にジョシュアの声に反応して、奴の眼を見る。奴は上を向いている。であれば、異常は上空からか。兎角、奴の視線に応じて上を見る。

 そこに広がっていた光景は――。

「サー」

 一体いつからジョシュアは『サー』などと――。

「サー・ラヴァー」

 いい加減に、その呼び方を止めたらどうだと思う。既に爵位制度など形骸化――。

「サー・ラヴァー。現在、元老院第三分署を眼前に控えており、そこでは昨今再び増加しつつある代弁者によるテロに関して、重大な会議は行われます。重大な会議を目前とした場合、睡眠をとるより、準備をする方が好ましいと言えます。従って、第三分署を眼前に控えた現在、サー・ラヴァーは準備をする事が好ましいと言えます」

 シルバーチェアのはきはきとした声は、ローレンスに覚醒を促すには十分だった。

 ローレンスは、元老院から自動車で鉄道の駅へと向かい、何時間も鉄道に揺られて郊外に出てきて、元老院第三分署の迎えの自動車に乗り換えていた。何しろ第三分署近辺には空港がないのだ。更に元老院は昨今、対外的な問題から航空機の利用を制限している。であるから、この様な長旅――尤も、第三分署のある場所柄、航空機の利用をしてもしなくても、大した時間の短縮は出来ないのであろうが――となるのだ。

 第三分署からやって来た迎えの黒い自動車に搭乗して出発してから、かなり長い時間が経った。その内に、極めて心地よい振動をシート越しに受け付ける事によって、ローレンスの意識は切断されていたのだ。

 彼女の声を受て、ローレンスは自動車の窓から外を確認する。

 ローレンスは初めてここに来た。彼の視線の先に、星の微弱な光でもベージュ色だとわかる、石でくみ上げられた元老院の第三分署は見えた。分署と言えども、元老院所有の施設はやはり大きい。

 第三分署の周囲には、大きさを比較する建物が少なく、一言でいうなら星の光を受けて輝く草原が広がっているだけである。それにも関わらず、明らかに大きい建物だと認識できる。

 絵に書いたような流麗な景色を眺めつつローレンスは、輝く草原の広がる田舎と言えども、公安警備と立法を司る元老院の存在は必要不可欠だと実感する。そうしてから、直近に迫る自身の仕事の重要性を再認識して、脳内のスイッチを入れ替えた。

ジョシュア・ピーク・レガリーは優秀な男性です。

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